TS転生美少女だけど世界救ったからアイドル始めた、仲間達が曇った 作:サイボーグアイドル
「はぁー……今日も世界を救っちゃったなぁ、私」
急速充電の完了を告げるアラートが脳内で鳴り、私の意識は微睡みの淵から一気に覚醒へと引き戻された。
専用の充電ポッドからプラグを抜き、うなじのハッチをパチンと閉める。
首を左右に振ると、本来なら「ポキポキ」と鳴るはずの頸椎が、微かなサーボモーターの駆動音と共に滑らかに回転した。
鏡の中の私は、相変わらず非の打ち所がない美少女だ。
前世の社畜時代、鏡に映るのは死んだ魚の目をした中年男の成れの果てだった。
それに比べれば、今の私はまさに「奇跡」そのもの。
永遠に老いることなく、太る心配もなく、何よりこの銀髪と碧眼は、前世の重課金ゲームでしか拝めなかった代物だ。
(まあ、中身は安定の三十路おじさんなんだけどね。あー、ビール飲みてぇ……あ、ダメだ。私、アルコール入れると回路がショートするんだった。まじ不便)
私は、ふわりと舞うフリルのスカートを揺らしながら楽屋を後にする。
目指すはドーム型居住区「セクター04」の中央広場だ。
昨夜のライブの余韻を冷まさないうちに、ファンとの『交流会』という名の、汚染雲の濃度調査を兼ねた営業活動が待っている。
「んー?」
通路を歩いていると、角でカイルと出くわした。
かつて共に戦い、今では私の「警護役」を務めているこの男は、今日も今日とて眉間に深い皺を刻んでいる。
「おはよ、カイル! 朝からそんな顔してると、幸せが逃げちゃうぞっ?」
私はアイドル全開のスマイルを向ける。
カイルは一瞬、眩しそうに目を細めたが、すぐに視線を私の「右手」へと落とした。
「……ルナ、右腕の調子はどうだ」
「絶好調! ロイドにグリスアップしてもらったから、昨日よりキレキレだよ」
「そうか」
カイルは短く答えると、無言で私の隣を歩き始めた。
相変わらずの無愛想だが、その歩幅は私の歩調に合わせて少しだけゆっくりだ。
彼は時折、盗み見るように私の身体を確認してくる。
まるで、ガラス細工が今にも砕けないかと案じているような、そんな危うい視線だ。
(重いんだよなぁ、あいつらの視線。私はこんなに元気なのに)
私は内心で苦笑する。
カイルやセーラは、私を「犠牲になった英雄」として見ている。
彼らにとって、私のこの身体は美しさの象徴ではなく、あの凄惨な決戦で失われた「人間だった頃の私」の残骸なのだろう。
だが、私に言わせれば、死んで土に還るより、美少女サイボーグとしてチヤホヤされる方が何倍もマシだ。
前世のブラック企業に比べれば、二十四時間稼働のアイドル活動なんて、実質ホワイト企業の福利厚生みたいなものである。
居住区のゲートを抜けると、そこには「灰色」の世界が広がっていた。
空を覆う汚染雲のせいで、太陽の光は弱々しい鉛色に変色している。
建物の壁は変異種の酸で腐食し、道ゆく人々はみんな俯いている。
そんな中、私のステージ衣装だけが異様なほど鮮やかに、浮き上がって見えた。
「あ、ルナちゃんだ!」
「ルナ様! こっち向いてー!」
人々が集まってくる。
私は反射的に手を振り、愛想を振りまく。
彼らの視線には、崇拝と、そして縋るような「依存」が混ざっている。
私は彼らにとってのアイドルだが、同時に「この世界がまだ終わっていないこと」を証明する唯一の偶像だった。
「ルナちゃん、これ……。僕が拾ったんだ。綺麗だったから」
一人の少年が人混みをかき分けて差し出してきたのは、汚染に耐えて咲いたらしい、萎びた野花だった。
私は膝をつき、少年と同じ目線になる。
「わあ、可愛い! ありがとう、大切にするね」
私はそれを受け取ろうとして、指を伸ばした。
少年の小さな、温かそうな手が私の指先に触れる。
その瞬間、少年の顔がわずかに強張った。
――冷たい。
彼の心の声が聞こえた気がした。
私の体内は、内部の冷却システムによって常に一定の温度に保たれている。
だが表面はそもそも人の肌ではないので触れば生きている人間の温度を感じることはできない。
そこにあるのは無機質な冷たさだ。
「……あ、あの。ルナちゃんの手、冷たくない? 風邪?」
少年の無垢な質問に、周囲の空気が一瞬で凍りついた。
後ろに控えていたカイルが、喉を鳴らすのがわかった。
彼は剣の柄を握るように拳を固めている。
セーラがいれば、今すぐ魔法で温風でも出したことだろう。
だが、私はプロだ。
この程度のトラブル、前世のクレーム対応に比べればお遊びに過ぎない。
「えへへ、バレちゃった? 実はね、ルナはみんなにハッピーを届けすぎて、ハートが熱くなりすぎちゃうの。だから、身体を冷やしてバランスをとってるんだよっ!」
私はウインクを飛ばし、おどけたポーズをとる。
突拍子もない嘘だが、彼らはそれを聞いてホッとしたらしい。
「そうなんだ! すごいや、ルナちゃん!」
少年は納得して笑顔を取り戻した。
周囲の大人たちも、安堵したように息を吐く。
だが、私は知っている。
私の背後で、カイルがどれほど悲痛な眼差しで私を見つめているかを。
(……そんな顔すんなって、カイル。私はただ、便利な冷却機能がついてるだけなんだから)
交流会が終わり、夕刻。
私とカイルは居住区の外縁部にある展望デッキにいた。
ここからは、街を囲む巨大な防壁と、その向こう側に広がる不毛の荒野が一望できる。
「ルナ」
カイルが重い口を開いた。
「なんだい、カイル君。サインならさっき書いたでしょ?」
「……いつまで、あんな嘘を続けるつもりだ。お前はもう、食事の味もしなければ、風の冷たさも感じない。それなのに、なぜあんな風に、普通の少女のように振る舞える」
カイルの声は低く、怒りにも似た悲しみが混じっていた。
彼は私の強がりが許せないのだ。
私が自分の喪失を隠して道化を演じていることが。
「いいじゃん、別に。みんなが喜んでるんだし。それにさ、私、結構気に入ってるんだよ、この身体。毛穴はないし、ムダ毛の処理もいらないし。最強の美容法だと思わない?」
「ふざけるな!」
カイルが叫び、私の肩を掴んだ。
金属の骨格に、彼の強い握力が伝わる。
だが、痛みはない。
ただ、「外部からの圧力:25kg」という数値が脳内に表示されるだけだ。
「お前は、あの日……俺たちのために、自分を捨てたんだ。その代償がこれか? 笑顔で嘘を吐き続け、冷たい身体で歌い続ける。それがお前の望んだ未来なのか!」
カイルの瞳が潤んでいるのを見て、私は少しだけ困ってしまった。
ああ、本当に心配性だ。
彼らは私が「失ったもの」ばかりを数えている。
でも、私からすれば、得たものだってあるんだ。
私はそっとカイルの手を解き、防壁の向こう側の、濁った空を指差した。
「カイル。私はね、前世で……あ、違う、昔、とっても暗い場所にいたんだ。毎日同じことの繰り返しで、誰の役にも立たなくて、ただ削られていくだけの場所。そこには、空なんてなかった」
私は、前世の満員電車と、蛍光灯の光に晒されたオフィスを思い出す。
「それに比べれば、今の私は最高に輝いてる。身体が機械だって、味が分からなくたって、私の歌で誰かが笑うなら、それは『生きてる』ってことだよ。……あ、今のセリフ、歌詞に使えるかも」
私はわざと明るいトーンで言い放ち、カイルに背を向けた。
これ以上彼と話すと、私の中に眠る「おじさん」の部分が、彼の優しさに甘えてしまいそうだったから。
「じゃあね、カイル! 明日のライブの準備があるから、私はもう行くよ。あ、夕飯はオイル多めでお願いね!」
軽やかなステップでその場を去る。
背中越しに、カイルが地面を叩く音が聞こえた。
楽屋に戻る道すがら、私は自分の胸に手を当てる。
トクン、トクンという鼓動の代わりに、規則正しい電子音が刻まれている。
(……冷たい、か。まあ、確かにね)
私は少年に渡された野花を、自室の机にある小さな花瓶に挿した。
汚染された世界で懸命に生きていたその花は、気づいたら少しずつ黒ずんで枯れ始めていた。
私の身体が、この世界の毒を浄化する代わりに、生命を拒絶する「機械」であることを突きつけられた気がして。
それでも、私は鏡に向かって最高の笑顔を作る。
「よし、次はバラードを入れようかな。ギャップ萌えってやつを狙いにいこう」