折田さんのアフタータイム的な話 作:ゆのじ
「───サーヴァント、アヴェンジャー。召喚に応じ……?」
魔力で生成した契約書を突き出そうとしていた手を止め、ふと首を傾げてみる。
驚きを隠せていない間抜けな表情で此方を見つめている恐らく少年の姿。自分の意思で召喚した癖に、何故そんな顔をしているのか、という疑問が一つ目。
そして、もう一つ。いや、もう一つというか、そもそも根本的な問題と表すべきか。
「…あなたが私のマスター、ですか?」
とりあえず、聞いてみる。肯定されようが、否定されようが、自身が抱いている根幹の疑問は何一つとして解決する訳ではないと自分自身理解している。
とて、サーヴァントとして召喚されたのは確かだし、あの女の別の側面は喚ばれる度にそんな事を口走っているらしい、なんて
やはや、そんなモノが残っている事自体がおかしい話な気しかしていないのだが。
「───つ、使い魔に制服女子が来るなんて」
「……それはそれで問題なのも間違いないんですけども。兎も角、あなたが私のマスターなんですね?」
「た、多分そうだと思います……」
多分ってなんだよ。
込み上げてきたそんな呆れを溜息として吐き出し。妙に着慣れたブレザーのポケットに手を突っ込みながら。
「一から説明してもらってもいいかしら。どうやって私を召喚したのか、から、アンタの事まで」
原初の異聞は消え去り、特異点が生まれた歴史も無かったことになり。
因果的に、生まれた事実も生まれる
※
「聖杯戦争で喚ばれた訳でも無い、か」
聖杯戦争で喚ばれたサーヴァントには聖杯から最低限の知識が与えられる、と聞いた覚えがある。
それが現代知識なのか、はたまたサーヴァントに対する知識なのかは当事者にでも聞かないと分からないだろうが、この召喚者は聖杯戦争たるものを知らない様子であった。
加えて聖杯戦争ならば、アヴェンジャーのクラスが召喚されることもおかしいのかもしれないが。
「聖杯戦争でもなく、人理的な危うさがある訳でもない。ただの一般人がサーヴァントを召喚出来るなんて、そんなことあるのかしら」
「そんなことを聞かれても…。僕は使い魔を呼ぼうとしただけで…」
「使い魔もサーヴァントも意味合いは同じようなもの。アンタのイメージの問題と言ってもいいでしょうね」
聖杯から魔力的なバックアップもなく、サーヴァントの現界の維持が出来ていることに違和感はあるけども。
電力を魔力に変換だか、何だか。彼女自身、そういった事情に明るくない為、詳しく説明することは叶わなかったが。
閑話休題。
とて、これも聖杯戦争に参加したことがあるサーヴァントから聞いた事がある話だが、彼等は聖杯からの魔力的なバックアップを経て、サーヴァントの召喚及び現界を果たしていたとのこと。曰く、これは常識らしいのだが、そんなこと聖杯戦争どころか英霊としての在り方なぞに意味を成さない彼女からしてみればそんなこと知ったことでは無い。
凡百の魔術師では、サーヴァントの召喚など単独で出来るはずも無いのだが、この青年にはそれを実現させるだけの魔力があるのだろう。
無論、違和感に対する答えには全くならないのだが。
何故この少年はジャンヌ・ダルクの存在しない側面を喚び出す事が出来たのか。
例え万が一にでもジャンヌ・ダルクとの縁があろうと、彼女を喚び出す事は無理に等しい筈。裁定者であるジャンヌ・ダルクに、オルタナティブなど存在し得ないのだ。イルカのキチガイは度外視として、と付け足しておく。
英霊が召喚される理由、それは一に願望だ。英霊は須らく欲望を持つものであり、召喚に応じるかどうかは基本的には自由意志となる。
人理が脅かされているという例外的な状況はさておきとして。確かに彼女自身に願望がない訳でも無い。
見てみたい、とか。着いて行きたかった、とか。守りたかった、とか。ついぞ叶わなかったその願いを叶えられるのならば、夜空に流れる星に呟いてみてもいいだろう。
しかして、その願いが叶わないことは彼女自身で理解出来ているし、叶えてはいけないこともまた。
あの子を復讐の徒には出来ないと、彼女達は身を引いたのだ。
故に叶えて欲しい願望などない、消えるだけであったはずの彼女が、何故召喚に応じてしまったのか、それがそもそもの疑問であった。
「まあ、召喚された以上は仕方なくあなたに従いますが」
とりあえずは、と心の中で付け足し。
令呪がある以上、逆らうだけ無駄なことも理解しているつもりだ。あの子はそんなことをしないだろうが、目の前にいる彼がそんなことをしないとは限らない。
「なんでそんなに嫌そうなの…?」
「嫌そうなのではなく、私とはこういうものなのです。私というサーヴァントは憎悪によって象られたものですから」
ジル・ド・レェの怒りが、願いが、欲望が作り上げた存在しないはずの英霊。
火炙りに処されたジャンヌ・ダルクが抱くはずの無いソレ等を勝手に抱いて生まれ落ちた彼女はそう振る舞うしか出来ないのだ。正確には、出来ないはずだった、と言った方が正しいのやもしれないが。
「それはそれとして、マスター。あなたは私に何をさせるために召喚したのでしょうか?」
わざわざ使い魔を召喚しなければならないような事態───、には到底。
彼女を呼び出すために集めたであろう、所謂オカルト系の雑誌が彼女の足元に散乱している程度で、それ以外は何の変哲もない部屋。ハンガーに乱雑にかけられた制服を見るに、少年も高校生ぐらいの年齢なのだろうか。
にしては、制服女子だなんて親父臭い言葉選びではあったなぁ、とぼんやり考える彼女の耳に、信じられもしない言葉が飛び込んでくるのだった。
「な、夏休みの宿題が終わらなくて…」
「………はい?」
今、こいつは何と言ったか。
夏休みの宿題が終わらない、と言ったように聞こえたが。
「使い魔を喚び出して、宿題を手伝ってもらおうかなぁ、なんて……」
「…………」
空耳では無かった。
どういう発想になったら、宿題が終わらないから使い魔を喚び出そう、なんてことを考え着くのだろうか、と。毎年恒例のサマー特異点ぐらいに訳の分からない理由に、ただ呆れが溜息となって込み上げてくるばかりで。
半人半馬のアレやら、赤い弓兵やら、自称弁護士の犯罪者予備軍やら、もっと反応しても良さそうな英霊は山ほどいる気がしないでもなかったのだが。
「アンタねぇ…。もしこれで私じゃない奴が召喚されたらどうするつもりだったの?」
「え、だ、だって、ダメ元みたいなところだったし……」
「そういう問題!?考えなしどころの話じゃないわよ!?」
誰かを彷彿とさせるほどの考えなしというか。そもそも論として、ダメ元だろうがなんだろうが、得体の知れない何かを喚び出す儀式をしてしまえるその頭に、彼女は反射的に額に手を当てていた。
サーヴァントの現界が出来てしまうほどの魔力量で、この無知さ。召喚に応じたのが彼女でなかった時のことを考えると、我が身で無いとはいえ背筋に悪寒が走るぐらいだ。
───今更だけど、喚び出された以上は宿題に手を貸さなきゃいけないの?
なんて、そんな感情を包み隠さず、表情に発露させる彼女なのであった。