折田さんのアフタータイム的な話   作:ゆのじ

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1.

「───ところで折田さん」

「なんですか、マスター?」

「どうして僕のアイスを食べているんでしょうか…?」

 

 その問いかけに返答することなく、彼女───折田さんは氷菓子をまた一口頬張る。

 しゃくり、という子気味のいい音と、安っぽい甘味料の味に、折田さんは大変満足そうであった。

 

「私の事は放っておいて。さっさと宿題を終わらせなさいな」

 

 氷菓子に当たり棒が存在する、ということなど知るはずもなく。手元に残ったアイスの棒を視界に入れないままにゴミ箱へと放り投げ、ぐっと背筋を伸ばす。

 宿題を手伝ってくれ、と言わんばかりの視線を感じはしたが、残念ながら十五世紀を生きたジャンヌ・ダルクの贋作には、今世の勉強など分かるはずもなく。

 

『びぶん…?何それ、中国語?』

 

 数学のワークを見た折田さんの一言で、今回の召喚がただの徒労であったことを理解させられたのだった。

 神頼みなぞ無駄なのだと、思い知らされながらも、マスターはまだ蜘蛛の糸が垂れてくるのを待っているようで、時折チラリチラリと沖田さんの顔を伺っているようだが、それすらも無駄なのである。

 少年が期待しているであろうこの()()も、ただ制服を着ているだけで。もっと言ってしまえば、最後の思い出にしがみついているだけで、高校生らしい知識など持ち合わせてはいないのだ。授業を受けていたような記憶もあるが、あの状況で授業の内容など覚えているはずもないし、覚えておく必要も無かったし。

 

 故に、そんなマスターの思いなど我関せずと。折田さんは壁にかかったカレンダーをぼんやりと眺めていた。

 ───2019年8月。日付までは流石に推測出来ないが、宿題が終わらないと騒いでいるところを見るに、後半の何処かではあるのだろう。

 

 ああ、そうか。これが2019年なのか、と。

 恐らく汎人類史であろうこの光景が、2019年であることに、折田さんは安心したような。それでいて、何処か残念そうな、何とも言えない感情が胸を支配していた。

 全てが解決したという事実に対して、喜ぶべきであることは重々理解している。

 それでも、素直に喜ぶことができないのは、この身が憤怒で成り立っているからなのか。はたまた、結局のところ私が居なくてもあの子は生きていけているんだというほんの僅かな寂しさか。

 

「……あの、カレンダーがどうかしました?」

「別に。って、私の事はいいから、さっさと宿題を進めなさい!」

「は、はいぃ…!」

 

 憂いを帯びた表情でカレンダーを眺め続ける折田さんが気になったのか、チラチラと此方を確認してくるマスターの様子に、折田さんは本日何度目かの溜息を零すのだった。

 

 体の何処かしらに刻まれているであろう三画の令呪がある限り、折田さんは今暫くは彼に従うしかない。しかし、宿題を手伝えない以上、彼女に出来ることは何もないのだが。

 聖杯戦争でもないのに、そもそも令呪が存在するのか、なんて話もあるかもしれないが、やはり聖杯戦争に詳しくない彼女は、その疑問に辿り着くはずもなく。

 詰まる所、手持ち無沙汰になってしまった折田さんは召喚に使われたであろう、オカルト雑誌の一冊を手に取って、ぱらぱらと流し読みするぐらいしかやることが無かった。

 

「そ、そう言えば折田さん……」

「……何かしら」

「僕も聞いてみたいことがあるんですが、いいですか……?」

「その手を止めないのなら、どうぞ」

 

 黙々と―――、とはお世辞にも言えないが。仕方なくと数学のワークを進めていくマスターであったが、夏休みの後半まで宿題の大半を残してしまった彼が、短時間でも集中できるわけもなく。シャープペンシルを握る手を何とか動かしながら、少年は今更ながらの疑問を口にするのだった。

 

「け、結局、サーヴァントって何なんですか…?」

「……………」

 

 開いた口が塞がらないとはまさにこのことだろうか。いや、一般の人間がサーヴァントを知らないことぐらいは当たり前の話だが、寧ろそんな少年に召喚されてしまった自分に呆れてどうしようもない、折田さんなのだった。

 そして、英雄や偉人が死後英霊として祀り上げられた存在のコピー、聖杯の魔力を利用して漸く召喚することができるモノ、なんて言ったところで伝わるの筈もないだろうとも。

 

「……そうですね。日本人のあなたでも知っているとすれば、織田信長や宮本武蔵みたいな、死後英雄や蛮勇として伝聞された偉人を英霊と呼びます。その存在の力を召喚したモノがサーヴァント、みたいなものでしょうか」

 

 ロン毛軍師様から赤点を貰ってしまいそうな説明ではあるが、まあ問題はないだろう。英霊の座だのなんだのとは、今の説明ですら曖昧な苦笑いを浮かべている少年に話すべきものではないだろう。

 

「へ、へぇ……。ま、まあ名前ぐらいは聞いたことありますよ、信長も武蔵も」

「名前ぐらいはって…。アンタ学生でしょ!?」

「勉強は嫌いでぇ……」

 

 好きとか嫌いとか以前に、あの子でも知っていた有名どころを名前に上げたつもりだったのだが。

 折田さんの知る宮本武蔵に関しては、もう英霊の座に存在はしないが、その説明は不要だろう。彼女も、折田さんと同じく英霊の座を間借りしていただけの存在であり、この贋作と同様に不安定な存在だった、なんて知る必要のない話だ。

 

「じゃあ折田さんも有名な人なんですね。日本人じゃなさそうですけど……」

「………きっと、そうなんでしょうね。召喚出来てしまったんですから」

 

 折田さん自身、英霊の座の仕組みについて詳しいわけではない。召喚されている以上は、まだあそこの「間借り」は解約されていないのだろうとしか言いようがない。

 本来ならば復讐を心の底から望んでいるような人間でないと、復讐者を召喚することなど難しいはずだし、本来は召喚出来ていいはずのクラスでもないし、本当によくわからない話だ。

 それこそ人理だって無茶を通せば裁定者として召喚されることも許してしまうようなこともあったり、突然そのクラスたちを使い過ぎた清算をしろと言って来たり。

 やはや、理解しようとするだけ無駄なのかもしれない。可能であるならば、人類を代表する天才辺りにでも解読してもらいたいところだ。

 

「私がどんな英霊なのか知りたいのなら、頑張って勉強なさい。もしかしたら出てくるかもしれないわよ」

「えぇ………」

「いいですか、英霊にとって自分の名前、真名を知られることは弱点を明らかにしているようなものなのです。戦争の道具として召喚される英霊は、自身の名を基本的には隠したがるはずです」

 

 例えば、アキレウスが踵を撃たれれば死んでしまう様に、メデューサの名を知っていれば石化への対策が出来る様に。

 本物であれば―――、縛り付けて火炙りにでも処しておけばいいか。なんてどうでもいいことを考え、ふと折田さんはシャープペンシルを握る手が止まっていることに気が付いた。

 

「手が止まってるわよ」

「あっ、すみません………」

 

 慌てて宿題を再開した少年に、折田さんは肩を竦め。

 

「私が召喚されたことを考えると、もしかしたら聖杯戦争の前触れなのかもしれません。あなたが知らないだけでこの街に聖杯があって、他にもサーヴァントが召喚されてもおかしくはなさそうですね」

 

 寧ろ、そうであってほしいという願いを込めた言葉を零すのだった。

 聖杯らしき気配も、他のサーヴァントの気配も今のところは感じないが、そうであって貰った方が、この違和感だらけの状況に今度こそ説明がつけられるのだが、なんて。

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