スキルレベルしか上がらない一般身体能力学生が迷宮に挑んだら   作:石田フビト

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三十話 女心は難しい

 第一階層を踏破した勢いのまま、僕は第二階層へ足を踏み入れ……ることもなく。

 普通に迷宮を引き返していた。

 いや正確には一度降りてから、すぐにまた上ってきた。

 

 何でもその階層を踏破した証拠として、一度は次の階層に降りなければならないのだそうだ。

 そうすると冒険者プレートに入ってる何とかかんとかがアレしてコレして……まぁとにかく、踏破した記録が刻まれる。

 講習の教官が言っていたことが確かならば、という但し書きは付くけどね。

 

「ひーふーみー……うん、全部あるな」

 

 ポーチに入っている核を歩きながら数える。

 両断された赤い球体は、まるで宝石のように輝きを放っていた。

 一応、査定に響くかもしれないからペアにしておこう。割れた核の断面を合わせ、ぴったりのものを探す。

 

「これはこれで……これは、違うか。えーとどれだろ。……やば、ごちゃまぜになっちゃった」

 

 などと悪戦苦闘すること数分。

 全てのペアを探し終える前に、ポータルへ続く階段の前まで来てしまった。

 もういいか。どうせ暇つぶし程度のものだったし。

 

 ポーチのボタンを閉め、僕はゆっくりと階段を上っていく。

 次第に広がっていく暗闇。

 その中で、突如として青い光が僕を包み込み……。

 

「……ふぅ」

 

 安堵の息を吐く。

 白で埋め尽くされた空間。今回もまた、無事に戻ってくることができたようだ。

 これ、毎回ちょっと緊張するんだけど僕だけなのかなぁ。

 感覚としては駅の改札にICカードを通す瞬間に近い。お金入れても緊張しちゃうよね。なんかね。

 

「おかえりなさいませ、雨夜様」

「あ、どうも。ただいまです」

 

 ぺこり、とメリアさんに頭を下げる。

 前回はふざけて恥ずかしい思いをしたので、丁寧に挨拶した。

 

「……」

「……」

「……あの、メリアさん?」

 

 もの凄い視線の圧を感じ、無言に耐えかねた僕は口を開く。

 おかしい、今回は何もしていないはずだ。まさか密かに家で練習していた挨拶ギャグを見透かして……? いや、そんなはずはない。

 一体どうしたのだろう。依然として彼女は黙ったままだ。

 

「おーい、メリアさーん? ちょっと、大丈夫ですかー?」

「……」

「……え、大丈夫だよねほんとに。もしかして熱中症? ここ冷房利いてると思うんだけど……」

「……」

 

 心配になって彼女の顔を覗き込むと、何故か突然上を向かれた。

 いやこれは上というより……見下している?

 どうしたの急に。

 

「雨夜様、どうでしょうか。ドキドキなされましたか?」

「定義によりますね。今はメリアさんの行動に困惑と心配を抱いてます。緊張、という意味ならドキドキしてるかもですが」

「……? 検索内容との差異を確認。現状での相違点を整理します……」

「うん。整理しなくていいので、目的を教えてくれません?」

 

 首を傾げてフリーズする彼女に問いを投げかける。

 僕は今までの会話経験から、彼女が整理すると言ったら数分程固まることを知っていた。

 別に待つのは嫌いじゃないけど、目の前で何も話してくれないのはきつい。

 幸い、今回は自分の世界の入る前に質問を聞いてくれたらしい。

 彼女は僕の顔を見上げ、小さな口を開いた。 

 

「検索結果の一つに、殿方は女性の沈黙に対し興奮を抱くという仮説を発見しました。その仮説を立証するため、雨夜様には実験台となっていただいたのです」

「……うーん。どこからツッコめばいいのかな」

「実験結果より、この説はおおよそ立証したと言ってよいでしょう」

「よくないですね、はい」

 

 なに自信満々に僕のことを変態認定してるんだ。

 というか女性の沈黙に対し興奮、ってどういうことなの? 一体何を検索したらそんなトチ狂った性癖出てくるんだ。

 

 ……まぁ、確かに?

 恥じらいを持って黙っている女性はグッとくるかもしれないけどさ。もっとこうタイミングというか情緒というか。

 あと、そもそもの話。

 

「ええと、メリアさんの目的は分かりましたけど……どうして僕に? そもそも何でそんな仮説を立証しようと?」

「それは……よりよきサービス向上のためです」

「サービス向上のためかぁ」

 

 だったら仕方ないよね、とはならんだろ。

 

「では次の検証に移ります」

「いやいや、次ってなんですか。そんな当然のように言われましても」

「雨夜様、お手をお出しください」

「? はい、どうぞ」

 

 脳死で手を差し出す。

 こういうのが駄目だってんのに学ばねぇな僕は。頭三歳児かよ。

 単純すぎる自分に軽く絶望していると、メリアさんが僕の手をペチンと払った。

 

 そしてまた見下すポーズをする。

 なに、なんなの……?

 

「説は立証しました。やはり殿方は、期待感を裏切られることにより仄暗い快感を覚えるようですね」

「もしかして冤罪を着せようとしてる……?」

「……? 疑問、どうして雨夜様の体温が下がっているのでしょう」

「そりゃ目の前で堂々と冤罪工作を見せつけられればね」

 

 僕をとんでもない変態だと仕立て上げ、警察に突き出すつもりだろうか。切実に止めてほしい。

 

 それにしても、今日のメリアさんは一段と変だ。

 僕に対して辛辣なのはいつものことだが、迷宮以外のことを話すなんて滅多に……!?

 

「ちょ、ちょっとメリアさんっ? なにをして……っ」

「体温低下の原因を探っています。仮説が正しければ、体温は上昇するはず……」

「だ、だからって触らんでも……っ」

 

 突然、彼女が僕の体をペタペタと触りだし、その小さな手でお腹を、胸を、首を優しく撫でた。

 異性との接触はおろか会話すら碌にしてこなかった僕にこの体験は、ちょっと刺激的すぎる。

 かといって、彼女の手を掴むなんて勇気もなく。

 結局、僕はただ嵐が過ぎ去るのを待つほかなかった。

 

「……む。体温上昇を確認。やはり雨夜様は例にもれず、殿方と同じ興奮の仕方をするのですね」

「……もう、それでいいです……」

 

 両手を挙げて降伏宣言をする。

 勝者である彼女は、勝ち誇ったように上を向いた。

 さっきからやってるけど、これあれかな。ドヤ顔してるのかな。

 くそ、ちょっと可愛い。

 

「はぁ、せっかく一階層踏破したのに……ぐすん」

「……発言内容を確認。吟味、考察、疑問。……もう一度、言っていただけますか?」

「え? まだ敗北宣言を聞きたいと?」

「違います。先程……雨夜様が、第一階層を踏破したと、聞こえた気がしたのですが」

「ああ、はい。踏破しましたよ。気分はどん底ですが」

「――」

 

 そういえば踏破してたんだわ。

 メリアさんのぶっ飛んだ行動ですっかり頭から抜けていた。

 まぁ、踏破したって言っても一階層だけだからね。彼女からすればそんな大した事実でもないのだろう。

 

「……冒険者、プレートの。提出を、お願いできますか?」

「へ? あー、ちょっと待ってくださいね。ええと……はい、どうぞ」

「確認中……」

 

 僕の手から静かに冒険者プレートを手に取り、隅々まで眺める彼女。

 いやめっちゃ疑われてる~。悲しいよ僕は。これでも毎回、試行錯誤してるんだよ?

 そんな0点しか取ったことのない馬鹿が満点取ったみたいな反応してさ。

 失礼しちゃうわっ。

 

「……照合。第一階層の踏破、確認いたし、ました。おめでとうごさいます……雨夜様……」

「はぁ、どうも。……あの、どうかしました、メリアさん?」

「……どうかした、とは?」

「いや、なんかその。あんまり元気がないように見えましたので」

 

 僕の勘違いならいいんだけど。

 さっきと違って、彼女はどこか落ち込んでいる様子を見せている気がした。正確な理由は分からない。

 たぶん何となく、僕が冒険者プレート渡したからだと思うけど……。 

 

「……私に、元気という状態はありません。ご心配は不必要です」

「んー、そう言われましてもね。女性が落ち込んでいると心配しちゃうのが、殿方の性ってもので」

「……落ち込んでなどいません。冒険者プレートを返却します。どうぞ、お帰りください」

「わっ、メリアさん。ちょっと待っ」

 

 強引に冒険者プレートを手渡しされ、ぐいぐいと体を押される。

 一体どうしたんだろう。何か気に障ることを言ってしまっただろうか。だとしたら謝らないと。

 

「あの、ごめんなさい。僕なにか嫌なこと言いましたかね。その、なんというか」

「謝罪は不要です。お帰りください、雨夜様」

「でも、メリアさ……はい、分かりました」

 

 抵抗していた力を弱め、流されるまま退いていく。

 謝罪はいらない、と言っている相手に謝っても不快にさせるだけだ。今は少し、時間を置くべきだろう。

 僕も家に帰って、冷静になる必要がありそうだ。

 

 彼女の手が離れる。

 だけど僕は戻ることなく、ゆっくりと背を向けた。次に会うときは、もっとちゃんと彼女のこと考えなきゃな。

 そう思いながら歩きだそうとしたとき。

 

「……ぁ、まや様」

 

「? はい、どうしました?」

 

 か細い声に違和感を抱きつつ、振り返る。

 そこには珍しく逡巡するように瞳を揺らすメリアさんの姿があった。

 表情は変わらぬものの。ちらちらと僕を上目遣いで見て、口を開いた。

 

「次回も……また、ここに来られます、か? ここに……始まりの迷宮に、来てください、ますか?」

「え、当たり前じゃないですか」

 

 何を言っているのだこの人は。まだ九階層も残っているというのに、どうして他の迷宮へ行けるのか。

 というか始まりの迷宮であんなに苦戦してんだから、他の迷宮に潜れるわけないじゃんね。

 全く、不思議なことを聞くもんである。

 

「てか何なら明日も来ますよ。次の日休みだし……うん。暫くはメリアさんのお世話になると思います」

「……そう、ですか」

「はい。だから、これからもよろしくお願いしますね」

「……は、ぃ。こちらこそ、よろしくお願いいたします……雨夜様」

 

 お互いにぺこりと一礼して、僕は再び踵を返した。

 正直何を聞きたかったのか全く意味不明だけど、最後はいい感じに着地したのではなかろうか。

 メリアさんも元気になったみたいだし、よかったよかった。

 

 一人でうんうん頷きながら歩いていると、まるでモーセの川割りの如く冒険者が引いていく。

 これ実質俺つえーだろ。

 実態としては虎の威を借る……いや、朽葉さんの後ろに引っ付いている虫という感じだが。

 

 そうこうしている内に、朽葉さんが座っている受付まで来た。

 彼女を見ると、何だかニヤニヤして僕を見上げていた。

 

「おかえり……。くくく……君も存外、隅に置けないねぇ……雨夜君」

「えー、はい。これでも身長だけはあるので、細いのに結構場所を取るってよく母さんに言われます」

「ふふ、そういうことじゃないさ。……見ていたよ、メリアちゃんと君の甘酸っぱいやり取りをね」

「甘酸っぱいという割には、いささか辛みが強い気がしましたが」

 

 仮説の立証と評して、沈黙と期待を裏切られることで興奮する変態だと認定されたし。

 不評被害もいいとこである。

 

「まだ彼女も勉強中なんだ。許してあげなよ……落ち込む女性を放っておけない、心配性君?」

「うぐ……この位置からでも聞こえるものなんですか」

「耳の良さが私の唯一の取り柄なんだ。君が家で漫画のセリフを声に出して読んでることも、知ってるよ」

「な、なんですと……!?」

 

 何故その秘密を。母さんに一度見られてからは厳重な警戒をしていたのに!

 それはもう、耳がいいってレベルじゃないと思うんですが。

 

「おや、当てずっぽうだったんだけど……正解しちゃったかな。ふーん、雨夜君……家ではそんなことを……へぇ?」

「もうやめてください」

 

 いくら僕が朽葉さんに揶揄われるのが好きだといっても限度がある。

 でもちょっと嬉しい。こりゃもう手遅れかも分からんね。

 

 そんな会話をしている内にも、換金の手続きは進んでいく。

 何も見ずに作業する朽葉さん……まじかっけーっす。 

 

「さて……改めて、第一階層の踏破おめでとう、雨夜君」

「えへへ、ありがとうございます。何とか、苦戦しながらですけど、ようやく踏破できました」

「本当に素晴らしいことだよ、これは。歴史的な瞬間といってもいい。それも、全宇宙で称えられるほどの……」

「……うーん、メリアさんの反応もあれだけど。そんなに褒められるのもちょっと、むず痒いですね」

 

 確かに頑張ったけど、全宇宙は流石にスケールが大きいというか。

 

「事実を言っているまでさ。君はあの迷宮で、魔物を倒し、あまつさえ踏破した。もはや運という言葉では表せない。つまりこれは、君の実力が生んだ奇跡なんだよ」

「う、うーん……」

 

 駄目だ、普段から褒められ慣れしてないせいで違和感が凄い。

 首の後ろを擦りながら僕は視線を泳がせる。これが陰キャの許容限界であった。

 

「……おっと、ごめんね。また私だけが盛り上がってしまったようだ。君は、こういったことを好まないというのに……」

「あ、いえ。朽葉さん、なんか嬉しそうだったので、はい。僕も何だか、嬉しいなぁ、なんて……あはは」

「……」

 

 頭を掻きながら本心を伝える。

 よく分からないが、朽葉さんが僕を褒めるときは、何故か朽葉さんの方が嬉しそうに話してくれる。

 それが僕は無性に嬉しくって。

 だから分不相応だと理解しつつも、聞いてしまうのだ。我ながら子供っぽいよなぁ。

 

「君は……いつか女性に刺されそうだね。それも修羅場の中で、誰かを庇う形で」

「どういうことです?」

 

 やけに詳細に語られる僕の末路。

 もしかして誰かを怒らせてしまうのだろうか。いやしかし、庇うとはどういった状況なんだ。

 うん、これはあれだな。

 また朽葉さんの冗談だな。ああそうに違いない。

 

「全く、僕を揶揄うのもいい加減にしてくださいよぅ」

「……ちなみに、さっきメリアちゃんが君に対して、またここに来るかと尋ねていたが……その理由は分かるかな?」

「それも聞こえてたんですね。うーん……あ!」

 

 腕を組んで少し考え、とある答えに行き着く。

 そうか、そういうことだったのか。なんで僕は忘れていたんだ。

 僕はいつも彼女に……!

 

「そうですよ、僕はいつも次に来る曜日をメリアさんに言ってたんです。それを言い忘れてたから……うわー、絶対それだ。メリアさん、几帳面なところあるものねぇ」

「……では、階層を踏破したと言って落ち込んでいたのは?」

「え? あー、それはたぶん、僕を煽れなくなったからじゃないですかね。メリアさん酷いんですよ、毎回僕のこと馬鹿にして。しかも未踏破の記録まで付けてるんですよ!? 酷いですよね!」

「うん……酷いね、雨夜君が」

「なぜ……?」

 

 学年順位下から三番目の超高性能な頭脳を以てしても分からない。

 これが女心。

 父さんが『理解するな、受け入れろ』と母さんに正座させられながら言っていたものか……。

 

「はい、換金終わったよ。確認してね……」

「あ、どうもです」

 

 青白いウィンドウを見ると、しっかりと今回分のお金が振り込まれていた。

 これでなんとか今月は耐えられそうか。

 ふぅ、安心である。

 

「……それじゃあ、また明日来ます。お疲れさまでした」

「うーん……少しは休んでいいと、私は思うけどね。ここのところ急ぎすぎじゃないかい?」

「いえいえ、大丈夫ですよ。ちゃんとポーションも飲んでますし、体調は万全です」

「そういうことじゃ……いや、蛇足か。ごめんよ、引き留めてしまって」

「いえ、そんな。……自分でも、ちょっとギリギリだなとは思ってるんですけどね」

 

 でも、まぁ、あれだ。

 お金のこともそうだけれど。 

 

「また明日、ってメリアさんに言っちゃったんで……来ないわけには、いかないですよ」

 

 ちらりとメリアさんがいるポータルへと目を向ける。

 そこには誰も並んでおらず、彼女が一人静かに佇んでいた。

 いつもの無表情。けれど、僕の勘違いかもしれないけれど、彼女は寂しそうだった。

 その寂しさが、ほんの少しでも紛らわせれたらいい。

 ただ、そう思う。

 

「……はは、ちょっとかっこつけすぎですかね」

「訂正するよ、雨夜君。君は……いつか複数人の女性に刺されるだろう」

「なんで!?」

 

 僕の悲鳴が受付で木霊した。

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