スキルレベルしか上がらない一般身体能力学生が迷宮に挑んだら   作:石田フビト

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三十三話 成長 2

 逃げることは不可能で。

 眼前には逆立ちしたって勝てない化け物がいる。

 これがスライムという、迷宮でも最弱に位置する魔物なんだから笑えない。

 

 僕が今までスライムに勝てたのは、ひとえに奇襲と小細工のおかげだ。それが通用する相手だから、まだ何とか生き残れた。

 

 でも今はどうだ。

 策は見破られ、逃走経路は絶たれ。あるのは貧弱な肉体と一振りの刀のみ。

 しかも相手は第一階層より格上ときた。

 もう、冗談みたいな絶望である。

 

「前世でどんだけやらかせば、こうなるのかねぇ」

 

 一周回って感覚が麻痺しているのか、自分でも驚くほど平坦な声が出た。

 人間、追い詰められすぎると覚悟が決まるらしい。

 視界の端で鈍色に光る刀身を確認しつつ、スライムを注意深く観察する。

 

 ……?

 あれ、いつの間に僕、刀を抜いたんだっけ。

 まぁいいか。必要ない思考だ。

 

「しぃ、ぃ……」

 

 歯の隙間から熱い息が漏れる。

 まるで体の内側が煮えたぎっているようだ。心臓は破裂寸前に脈動し、筋肉がガタガタ震える。

 恐怖しているんだろうか。自分のことすら、もはやよく分からない。

 

 集中している。

 

 ただそれだけが理解できる。僕は今、かつてないほど集中している。

 頭が今にも割れそうで、けれどその感覚が妙に心地よい。

 

『ピ、ピピ……ッ』

 

「……は、ぁぁ」

 

 吐いた息と共に、刀を持つ手の力を極限まで抜く。

 生命の危険に強張りそうになる筋肉を、努めて弛緩させる。

 落ち着け。

 きっと、どこかに活路が――

 

『ピギィッ!』

 

「――」

 

 目の前でスライムが消える。

 あんなに注意深く見てたのに、姿を追うことすらできなかった。

 僕は刀を構えたまま硬直する。やはり自分はどこまでも凡人なのだと、反射的にそう感じた。

 

 次の瞬間、けたたましい音が迷宮内に響き渡る。

 鼓膜が破れそうな騒音の中、辛うじて視界を横切る青色の姿を捉えた。

 ……あぁ、なるほど。

 横に跳弾しながら近付いてきているのか。

 

 そりゃ、賢い――

 

『ギ、ィ!!』

 

「か、ひゅっ」

 

 刀を構えた右肘と脇腹の感覚が、消失した。

 一瞬、そこだけぽっかり穴が開いたように。そんなこと、あるはずもないのに、そう感じた。

 空白の刹那。

 世界が戻ってくる。

 

「がっ、ぁ、かはっ、ぁ!」

 

 僕は吹き飛ばされ、硬い壁へと激突した。

 頭を強く打った感触がある。だからきっと、壁に衝突したのだ。

 

「っぅ……ごぽっ、え゙、ぁ゙、げぇっ」

 

 口の中から何かが出た。

 胃液かと思ったら、妙に赤黒かった。どうやらそれは、血液らしかった。

 かと思えば、片方の視界が急に赤くなった。

 震える左手で顔を触ると、ぬちゃっとした気持ちの悪い感触がした。

 

 おかしいな。

 どうして頭の側頭部が痛むのだろう。

 右の脇腹も、腕も、火で焼かれているような熱さと重い痛みが広がっている。

 

 ……そうだ、僕はスライムの突進を受けたのだ。

 しっかりしろよ。

 家に帰るんだろう? そうだ、僕は家に帰らないと。母さんが待ってるんだ。

 

「かひゅっ、はぁ、げふっ、ぉ、え」

 

 ……?

 力が、入らないな。早く立ち上がらないといけないのに。

 スライムはどこに行ったんだ。早く逃げないと、殺されてしまう。

 

 視界が遮られていない右目で見回すと、少し離れた先で青色の球体を見つけた。

 距離は……まだあるから。

 今の、うちに……。

 

「……ぁ、ぶっ。っうぶ、ぅ」

 

 動こうとして失敗し、顔面から倒れこむ。

 また鼻血が出た。体が思うように動かない。

 どうしよう、服、汚れちゃうな。洗濯大変なのに、嫌だな……。

 

「ぅ、ぐ……おえぇ゙。頭、ぐらぐら……きもち、わる……」

 

『ピ、ピ……!』

 

 遠くのほうでスライムの鳴き声が聞こえる。

 うるさい奴だ、まったく。君のせいで僕は、最近夢見が悪いんだぞ。

 人様の安眠事情まで侵害して、困った子だよ。

 

「ふっ、ぐ、ぉおお……!」

 

 左肘を地面に突き立て、何時ぞやの匍匐前進を再現する。

 そうだ、一番最初のときも、こうやって地を這いながら逃げたのだ。

 でも、今回はちょっと難しそうかな。

 

 ごめん母さん、家、帰れないかも。

 

『ピ、ギィッ』

 

「……ふぅ、ふぅ」

 

 ダァンッ、という音が響き渡り、洞窟内が僅かに振動する。

 音の方向は……上空。

 

『ピ、ギ……!』

 

 少しして、またもやスライムの鳴き声。突進が来る。

 反射的に僕は体を丸めようとし……右足の膝から下が、爆発した。

 

 さっきと似た感覚。違うのはその痛みの膨大さだ。

 頭を強く打ったおかげで曖昧になった痛覚を感じる神経が、時間を置いたことで蘇ってきている。

 

 メギュ、ギチ、ボギュ。

 

 耳を覆いたくなるような不快な音と共に、僕は絶叫した。

 

「ぁ、ぎぁあ゙あ、がっ、あぁぁあ゙っ!!」

 

 右足の、膝から下が壊れた。

 そう評するしかない。痛みが酷く、振り向くことすらままならない。

 痛い、怖い、怖い、痛い、怖い。

 怖い……。

 

「……か、えぅ……」

 

 口から血反吐を垂らしながら。

 譫言のように呟く。

 

 前に、前に。

 

 帰るんだ。僕は、帰るんだ。

 

「かぇ、るぅ……かひゅっ、か、ごほっ……ぇるぅ」

 

 ずり、ずり。

 欠伸が出る遅さに歯を噛み締める。こんなんじゃ、ダメだ。遅すぎる。

 死にたいのか。

 もっと早く。もっと、もっと早く。

 じゃないと、僕は。 

 

 ……血に濡れた顔で前を見る。扉までの距離は先程と変わっていない。

 無情なまでに、扉は遠かった。

 

「……ぁ」

 

 そこで僕は、自分の中で折れた音が聞こえた。

 何なのかは分からない。けれどきっと、大切なものだった。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 ……母さんは今、仕事中かな。

 近所のスーパーで働いているんだけど、虐められてないかな。母さんは僕と違って人付き合いがいいから、大丈夫か。

 明日のご飯は何にしようかな。

 

 できたら母さんに、もっと僕の料理を食べさせたかったな。

 

「……」

 

 力なく地面を見つめる、その視界の端に。

 ふと、黒い影が伸びた。

 

「……?」

 

 不思議に思って顔を上げると、そこにはスライムがいた。

 お互いの距離は三十センチもない。よく考えたら、生きてる姿を間近で観察したのはこれが初めてだった。

 最後のトドメ、ってことらしい。

 徹頭徹尾抜かりのない奴だ、ちくしょうめ。

 

『……』

 

「……」

 

 スライム、か……。

 これで最弱なのだから、他の魔物はどうなってしまうんだろうな。もうそれを知ることもできないけど。

 残念だ。

 

『ピ、ピ、ピ……!』

 

「……」

 

 ……これからだと、思ったのになぁ。

 メリアさんと仲直りして、朽葉さんに見送ってもらって。お金もちょっとずつ貯まってきて。

 何となく、自分の人生がいい方向に傾いてきたと。

 そんな淡い希望を抱いていた。

 

 馬鹿らしい幻想だった。

 所詮、僕にできたことは精々、姑息なやり方でスライムを数匹倒したぐらいだ。

 情けない。

 これが冒険者の姿か? はは、笑える……。

 

『ピ、ピギ……! ピギ……!』

 

「……あ、ぁ」

 

 死にたくないなぁ。

 くそ、くそ、死にたくない。死にたくねぇよ、ちくしょう。

 まだまだこれからだってのに。ほんのちょっと、希望が見えてきたのに。

 

 ちくしょう。

 

 どうして、こんな強いスライムが出てくるんだ。第二階層って、そんな、そんなのありかよ。

 おかしいだろ、なぁ。

 いくらなんでも、あんまりだろこれは。

 

「ふっ、ぐ……ひぐ、ぅう……!」

 

 どうしろってんだよ。

 こんな怪物に、どうやって勝つんだよ。

 小細工も通じない。策も通じない。過去最高に集中していても、姿すら捉えられない。

 

 ほんの僅かな希望もない。

 今までと違って、何も。何も、ない。

 完全な詰み。

 覆しようもない、終わり。

 

「うぅううっ! ゔー!!」

 

 ……何なんだ。

 こんなの、理不尽じゃないか。僕一人だけ、こんな、貧弱なままで!

 どれだけ工夫しても、最後にはこれだ! 純粋な暴力の前で死ぬ!

 じゃあ今までのは何だったんだよ!

 

 今までの全て! 努力も試行錯誤も、トレーニングも! 

 結局これの、理不尽の前じゃ意味ないじゃないか!

 

「ぅぐ、えぐっ、あぁぁぁぁ……! あぁぁああああ゙!」

 

 ふざけやがってふざけやがって!

 いつもこれだ! どうして僕達はいつも、こんな理不尽に全てを奪われるんだ!

 

 特異個体に遭遇した父さんも!

 不治の病にかかった母さんも!

 全部全部、理不尽じゃないか! 二人が何をしたんだ! なぁ、誰かに迷惑をかけたか?

 人生を奪われるほどの、大罪を犯したってのか!?

 

 こんなの、あんまりだ……!

 許せない。許してはいけない。僕が認めない。こんな理不尽、僕は認めてやらない! 絶対に、絶対に!

 

「あ、ぁ゙、あ゙あぁ゙あああああ゙ああ゙っ!!」

 

『ピギ、ギ……ッ?』

 

 今まで無理やり押さえつけていた感情が溢れ出る。

 もはや拘束具である理性は必要なく。零れるまま、溢れるまま心を解き放つ。

 そうだ、僕は憎んでいる。憎み、怒り、心底嫌悪している。

 

 この理不尽を。

 弱者を平気で踏み躙る、理不尽という概念そのものを。

 そして、何より。

 

 その理不尽に対して、何も出来なかった自分自身を、僕は憎む。

 

『ピ、ピギ……ッ』

 

「ゔるざ、いんだよぉっ、お前ぇえええええええ!!」

 

『ギッ……!?』

 

 比較的軽傷な左手で、スライムの体を掴み、握り締め、潰す。

 だが僕には力がない。このまま核を壊せるほどの力が、僕にはない。その事実がより一層、情けなくて、自己に対する怒りを増幅させた。

 

「ぐ、ぅう……!」

 

『ピギ、ギギ……!』

 

「だり、ないぃ゙……もっと! もっどぉっ!」

 

 この程度では到底足りない。 

 スライムを倒すには、もっと強い力が必要だ。この理不尽を滅ぼすには、もっと。僕が捧げられる全てをぶつけなければならない。

 

『ギチ、ギチ……!』

 

「が、ぁっ!? ってぇ、な゙ぁ! あぁ゙!?」

 

 ミシミシ、ギチギチ。

 スライムの体に沈み込んだ指が締め付けられ、激痛が走る。

 ……それがどうした。今更指が折れたところで関係ない。

 

 お前(理不尽)は今、ここで殺す。

 

 自分の体が壊れるなんて、どうだっていい。ただそれを殺すことができれば十分だ。

 ただ、証明できれば。

 決して弱者が、理不尽に泣くだけではないと。

 僕の人生をもって証明できるなら、本望だ。

 

「ごわ、れろぉ゙……! ん、がぁ!!」

 

『ピギ!? ギ、ギギ……!?』

 

「ん゙ー!! んん゙ーっ!!」

 

 スライムを掴んだ左手に力を籠め、自分の体を引き寄せた勢いのまま、齧り付く。

 半固体とは思えないほど硬い食感。

 歯が折れそうになるが、知ったことではない。

 

 既に脇腹をやられて、内臓も損傷しているんだ。多少傷が増えたところで今更である。

 ねぇ、そう思うでしょう?

 他人事みたいに見てないで、お前もこっちに来いよ。なぁ、一緒に死のうぜ……! 

 

「ふっー! ふっー! くふぁ、げろぉっ!」

 

『ピギギギ!? ピ、ピ……!』

 

 カチュリ、とついに奥歯が核を噛み締める。

 スライムの体が、ぶるりと震えた気がした。

 

 ……これでようやく、対等になった。

 生きるか死ぬか。僕は君の命を握っていて、君もまた僕の命を握っている。

 どこまでも対等な世界。

 あとはもう、根競べだ。

 

「ぐ、ぎぃ……!」

 

『ピギ、ピギッ、ピギィ!』

 

「ゔー! うううううゔーっ!」

 

 生命の危機を感じてか、スライムの振動が更に激しくなる。

 尋常ではない圧迫感だ。

 突進まであと、数秒もないだろう。

 

 ……別にいいさ、こいよ。

 このまま突進されたら僕の首の骨は折れるだろうが、それでもいい。

 絶対にその核を噛み潰してやる。

 たとえ僕が死んでも、絶対に、殺す。

 

 ピシリ、と核に罅が入った感触がした。

 もう少し、もう少しで噛み潰せる。命が終わる。僕もお前も、死ぬ。

 

 諦めてやるものか。

 最後まで足掻いてやる。足掻いて足搔いて、この理不尽な世界に、一矢報いてやるんだ。

 

「んんんんん゙ーー!!!」

 

 証明するんだ。

 

 僕達は決して、奪われるだけの弱い存在ではないと。

 誰しもが、生きている全ての人間が、不条理に抗える可能性を秘めていると。

 

 証明、するんだ――!

 

『ピ、ピギィッ!!』

 

 涙に濡れる視界の中、スライムの震えが最高潮に達し……。

 

 弾けた。

 

 

 

 

 

 ……ただしそれは、僕の顔から『逆方向』に向かって。

 

「はぁっ、はぁっ、けひゅっ、ごほ、はぁ、はぁ……はは、ひ、ひひひ……」

 

 ちらりと左手を見れば、小指と薬指、そして人差し指があらぬ方向へ曲がっている。痛みはない。燃えるような熱だけがある。

 ひゅー、ひゅーと息が漏れる音。

 どうやら、歯もいくつか持っていかれたらしい。

 

 ……だが、生きている。

 僕の心臓は未だ脈を打ち、相手を睨みつけることができる。

 

「ひ、ひひ、くひひっ、はは、はははは……」

 

 笑いが止まらない。

 腹筋を動かすたびに脇腹が酷く痛むが、それでも止められない。

 だって、こんなに愉快なことがあるかい?

 

 奴は、逃げたのだ。

 

 僕に死を届けるはずの死神が、あろうことか、死を恐れたのだ!

 怯えたのだ! 僕よりも遥かに強い、あのスライムが!

 

「はは、くひっ、げほっ、おえ、げぇっ」

 

 口からびしゃりと血を吐き出し、左手の甲で拭う。

 もはや恐れは完全に消え去った。たとえ満身創痍だとしても、こいつは恐れるに足らぬ存在だ。

 

 あぁ、どうして僕はこんな奴に怯えていたんだろう。

 数分前の自分が情けなくて仕方がない。

 そうだ、初めからこうすればよかったのだ。僕は逃げるのでもなく、安全策を取るでもなく。

 

 僕は戦えばよかったのだ。

 

「はぁ、はぁっ……! んぐ、ぐぐ……!」

 

 戦う。

 自分の全てをかけて戦う。

 今までの僕は、失うものばかり、得られるものばかりを考えすぎていた。

 リスクにあったリターンを求める。

 馬鹿馬鹿しい考えだ。それが通用するのは、あくまで人間社会の中だけだというのに。

 

 迷宮では違う。

 ここは全てが平等だ。生きるも死ぬも自分次第。その状況で、中途半端に挑もうとした結果が、今の僕だ。

 

 全てを注ぎ込まなくてはならなかった。

 命をかけた戦いなのだから。生と死を奪い合う争いなのだから。

 自分だけが安全圏いようだなんて、甘ったれた考えだった。

 

「ぐぅ、うぅ……っ! はぁ゙っ!」

 

 左肘を付き、体を何とか回転させる。

 折れた右足が揺れて激痛が走った。右肘も脇腹も、気が狂うほどの痛みを訴えかけている。

 しかし、こんなものは序の口だ。

 なにせこれから、もっと痛い思いをするんだからな……!

 

「ふぅっ! ふぅっ! あぁ゙、ぃ、ってぇ……! くそっ!」

 

 左手の残った親指と中指でポーチを弄る。

 当然折れた指がべしべし当たるわけで。こんな状態でも指の痛みは感じるのだなぁ、と場違いな感心を覚えた。

 

 そして数秒後、ついに目当てのものを抜き取る。

 やけに眩しい黄色の液体。

 仄かに香るその匂いは……間違いなく、バナナだった。

 

「ふぅー! ふぅー!」

 

 ポーションの服用。

 以前にも一度、大怪我を負ったときに使ったが、その時は酷いものだった。

 あまりの痛みに失神しかけたくらいだ。

 しかし今回は、意識を手放すわけにもいかない。

 

 相当な覚悟がいる。

 

 ……飲むなら早くしなくては。スライムの姿は遠くにあるものの、いつ戻ってきても不思議はない。

 

「飲むぞ……飲むぞ飲むぞ……!」

 

 左手が震えているのは、痛みによるものだけではなかった。

 正直めっちゃ怖い。死ぬほど怖い。

 それでも生きるためには、戦うためにはこれが必要だ……!

 覚悟を決め、ポーションの蓋を唇で取り、溢れ出る液体を飲み下す。

 

 生きることとは、死ぬことと見つけたり。

 

「ゴクッ、ゴクッ……ぁ、が、あぁぁぁぁあああああ゙!?」

 

 嚥下した瞬間、発狂する。

 まるで、神経という神経を引き千切られ、その上で荒く磨かれているような、暴力的なまでの痛み。

 さっきまでとはレベルが違う、魂を壊されていると錯覚すらあああああああああああああ痛い痛い痛いいたいたたたたいいいいいい!!

 

「かひゅっ、ぁ、ぁがっ、か、はっ、はっ、はっ……!」

 

 メキュ、ミチ、ギチチチチ。

 

 およそ人体から鳴ってはいけない音の旋律に、心の底から恐れを抱く。

 体が痙攣して息がうまくできない。

 まずい、このままだと窒息で気絶する。気絶したらやばい。殺される!

 

 スライム。そうだ、どこにいる。あいつ、どこだ。

 探さなきゃ痛いでもがんば痛い痛い死にそうどこにああああああ!

 

「かはっ、ぁ、どこ、だぁっ! ひゅーっ、ひゅーっ、ああああ、ぶふっ」

 

 立ち上がろうとして、またもや失敗する。

 今、どっちの手を付いたんだ? 痛すぎてもう分からない。

 でも立ち上がらなくちゃ。 

 戦うんだ。戦って戦って戦って。

 

 僕は、この不条理を覆す。

 

「はぁ゙ーっ、はぁ゙ーっ! ……みづ、げだぁっ」

 

 激痛の暴力に脳が狂いそうになりつつも、僕はスライムを発見した。

 思ったよりも距離が遠い。

 てっきり、狙いすましていると予想していたが、外れたね。

 

 まぁいい、好都合だ。

 そっちが準備できていないなら、こっちから行くさ。

 

「はぁ、はぁ……スライム、くぅん……? あ゙ぁー、今、いくよぉ……?」

 

『ピ、ピギ……ッ』

 

 体の修復が終わりつつある。

 未だ痛みは抜けていないが、動くことは可能だ。

 

 僕はスライムに向かって、にっこりとした笑みを浮かべた。そして、吐き出すように笑う、嗤う。

 

「ひひっ、ははははっ、はははははああああああああ! あ゙ー、ははははははっ、ははははははああああああ!!」

 

『ピ、ギ……』

 

 笑わずにはいられなかった。

 どうして笑っているかなんて分からない。笑いたいから笑うのだ。激痛に苛まれながらも、笑い続ける。

 

「はぁっー、あぁ……はは、はははは……」

 

 目尻に溜まる涙は何によるものか。右手でそれを拭いながら、大きく息を吐く。

 

 僕は今日、生まれて初めて、しっかりと息を吸えたような。

 そんな気がした。

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