スキルレベルしか上がらない一般身体能力学生が迷宮に挑んだら   作:石田フビト

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三十四話 成長 3

「はは、ははひひ、ははああ……」

 

 笑みを浮かべ、地面に両腕を突き立てる。

 未だ激痛が走るものの、傷は大方治ったと見ていい。僕も大概、ふざけた回復力だった。

 

「ん、べっ」

 

 びしゃ、と口の中に残っていた血液を吐き出す。

 そういえば人間は何リットル血を失うと不味いのだったか。以前どこかで読んだ気がするが、忘れてしまった。

 ポーションは失った血まで補填してくれない。

 おかげで頭がくらくらするが、まぁ大丈夫だ、体は動く。

 

 僕はまだ戦える。

 

「ふっ……ぐ、ぅ。あ゙ぁー、きっつ……」

 

 膝を体の内側に丸め、腹部の前に空間を作る。

 ここまでくれば立つことは容易だった。渾身の力を込めて、ふらふらと上体を起こす。起こして、見つめる。

 

『ピ、ピ……!』

 

「……なんだ、君も存外、親切だなぁ……待ってくれるなんて、ね……」

 

 靴で地面を踏みしめ、膝に手をつきながら立ち上がる。やはり失血の影響か、視界がぐにゃりと歪んだが問題はない。

 眼前で小さく震えるスライムを睨めつけながら、左腰へ手を伸ばす。

 今が好機だ。

 ここで仕留める……。

 

「……? あ、やべ。そういえば刀どこいったっけ」

 

 虚しくも空を切った右手。

 焦って周りを見渡せば、ついさっき壁に衝突した際に落としたのか、壁付近に刀が転がっていた。

 もう一度スライムの姿を見る。

 先程より、明らかに振動が大きくなっていた。突進まで残り数秒ってところか。

 

「ちょっ、待って待って。お願い、刀だけ拾わせて」

 

『ピ、ピピ……!』

 

「っ、やっば」

 

 もはや猶予はない。

 僕は壁に向かって走り出し、飛びかかるように刀へ手を伸ばした。

 

『ピギィッ!』

 

 少し遅れて、スライムという名の弾丸が発射される。

 壁を打ち付ける超高速の死球。どうやらあの一撃に味を占めたらしい。

 

 刀を手にしたまま一回転。被弾まで残り数秒。

 さて、どうする。

 しゃがむか、前に避けるか、迎撃するか。

 

 脳がかつてなく回転する。極限環境の中、死を自覚したことで、更に集中が一段階深みへと到達した。

 どうすればいいか。その答えはとうに出ている。

 

 生きるためには、死に近づかなくてはならない。

 

 なら、僕が取るべき最善策は……。

 

「っ、ぁ、あああ゙っ!」

 

 我武者羅に振った刀。型もなければ体勢も悪い。

 不格好で下手糞な一振り。

 

 故に体を反転させながら放ったそれは、スライムを捉えることはなかった。

 振るのが早すぎたのだ。

 

 そして当然のように、被弾。

 

『ピ、ギュッ!』

 

「ごっ!?」

 

 左肩が弾け、再度壁に叩きつけられる。 

 今度は頭を打つことはなかったが、代わりに背中の負担が増した。しかしそれでもいい。背骨がいかれなければ、問題なしだ。

 

 激痛に歯を食いしばり、左肩の損傷を確認する。

 脱臼したのか、ぶらりと下がったままで動かすことができない。

 戦闘継続不可能。

 

 判断は一瞬だった。

 ポーチに右手を突っ込み、まだ中身が残っているポーションを口に含む。

 今度は全てではなく、三分の一程度。頼む、治ってくれ……!

 

「っ、ん、ぎぃ!? あ、がああああああっ!?」

 

 ゴキュリ、と骨と骨が擦り合わされる音が肩から聞こえる。

 折れた足の骨が治った時もそうだったが、どうやらポーションは骨格に至るまで修復してくれるようだ。

 それは素晴らしいが……この痛みは、なんとかできないものか。

 

 顔中に脂汗をかき、涙が頬を伝う。

 気が狂いそうになる痛みの濁流に、僕は縮ませながら耐えるしかなかった。

 

「ふぅ゙ーっ! うううぅ゙ーっ!」

 

 歯が折れそうなほど食いしばる。

 このままでは折角治った歯も台無しだ。いい加減、早く収まってくれ……。

 

「っ、あぁ゙ーっ、はぁーっ……ん、っく、あぁ……っ」

 

 背中を壁にぴったり付け、這い上がるように体を持ち上げる。

 左肩の痛みは酷いものの動けないわけじゃない。右手は無事だし、足も動く。

 

 顔を横に向ければ、スライムが次弾の準備をしていた。

 今、ここで攻めないとまた突進がくる。

 動け、動け、動け。

 

 戦え!

 

「ぉ、お、おおおおおおおお゙ぉぉぉ゙っ!」

 

『ピ、ピ……!?』

 

 聞くに堪えない蛮声を張り上げながら、刀を右手に構えて突撃する。

 こんな姿勢でまともに刀が振るえるわけがない。それがどうした。不格好なのは今更だろ。

 

 お互いの距離は数メートル。

 スライムの突進よりも、僕の一振りのほうが早い。

 

「づぁっ!!」

 

『ピッギィッ……!』

 

 そう思ったのも束の間。

 眼前でスライムが弾け、青色の軌跡が直線を作る。

 

 少し遅れて、ガギン、と刀が地面を斬った。刃こぼれなど気にしない。

 それよりもスライムだ。振り下ろす瞬間、左へ飛んで逃げた。

 左へ顔を向け、血眼になって探す。

 

『ピ、ピギ……!』

 

「……そこ、か……」

 

 刀を振り下ろした体勢から、ゆらりと状態を起こす。

 左肩の痛みが引いてきた。これなら、両腕で刀が握れる。より速く刀を振れる。

 

「しぃ、いいいっ……!」

 

 喉を締め、体を前へ倒すようにして駆ける。

 刀はまだ振り上げない。ただ、スライムとの距離を詰めることだけを考える。

 

 一直線に接近する僕に対し、スライムは再度振動した。

 その溜めを見て、今回は攻撃してくると判断。走る速度を僅かに緩め、スライムの動きに注視する。

 

 間近で見たときのことを思い出せ。スライムの突進、その振動が最高に達した時の、瞬間を。

 まだだ。

 まだ、まだ……!

 

『ピギギィッ!』

 

「っ、はぁっ!」

 

 突進の刹那、僕は横っ飛びに地を蹴り、刀を振るった。

 横一直線の一刀。

 手応えは……ない。

 

「ふぅっ、ふぅっ……くっそ……っ」

 

 スライムの軌道が見えない。これじゃあ核を捉える前に僕がやられる。

 

 横跳びの勢いで壁に激突した肩を抑えながら、更に思考を回す。

 問題なのはやはりあのスピードだ。突進する瞬間が分かっても、どこに飛んでくるかが分からないと意味がない。

 それにタイミングも重要だ。スライムが飛んできて、丁度そこに刀を当てる。

 言葉にすれば簡単だが実行は極めて難しい。

 

 さあ、どうする。

 

 スライムは壁に跳弾せずに飛んだから距離はある。よって追撃は不可能。

 もう一度接近してくるのを待つか? それともこちらから近付いて、さっきと同じように横跳びで躱して……。

 

「……あ」

 

 そっか。スライム、今あっちにいるんだよな。

 

 僕は視線を左に向け、扉を見た。

 扉までの距離は十数メートル。思いっきり走れば逃げ切れるだろう。

 あんなに待ち望んでいた逃走経路が、今僕の目の前にある。

 

「……」

 

 僕は、右へ足を進めた。

 

 気付いたのだ。今回の冒険で、思い知らされたのだ。

 ここで逃げても仕方がない。今逃げたら、僕は一生、あのスライムに勝てない。

 きっと何かと理由を付けて逃げてしまう。

 

 だから、今、ここで。

 戦うんだ。たとえそれで、僕の命が尽きようとも。

 僕は僕のために、戦わなくちゃならない。

 

「準備をするなんて、欺瞞だ……僕はただ、怖かった……」

 

 呟きながらスライムとの距離を詰める。

 

 魔石袋で囮にしたのも、塩を撒いたのも、全部怖かったからだ。

 自信がなかった。こんな自分が、何かを真正面から倒すなんて。そんなこと、できるはずがないと高を括っていた。

 

 挑戦もしないで、諦めていた。

 僕の失敗は準備に手をかけたことじゃない。準備すること自体は、とても大切なことだ。

 そうか、ようやくわかった。

 

 僕の一番の失敗は、自分を信じなかったことだ。

 怯えて、怖がって、挑戦しなかったことなんだ。

 

「僕は、君を倒す……倒して、次に進む……」

 

 小細工なんていらない。

 僕は真正面から、この理不尽を斬り開く。

 

 いつの間にか僕は走っていた。

 あれだけ怖がっていたスライムへ、全速力で向かっていた。

 

「は、はは……!」

 

 何だかおかしくて笑みが零れた。

 もう迷いはない。

 洞窟内の景色が視界を流れる。中心にいるのはスライムのみ。

 

 見る、見る、見る。

 スライムの振動、その大きさ、音、色。

 瞬きを忘れ、全てを残さず観察する。脳が今にも焼けて溶け落ちてしまいそうだ。

 ああ構わない。どうなってもいい。

 

『ピ、ギィッ!』

 

「ぉ、おお゙っ!」

 

 刀を両腕で振り上げ、またもや一直線に向かってきたスライムを迎える。

 今度は僕も横跳びなんかしない。

 さっきよりも距離があるため、見る余裕がある。

 

 弾丸のように飛来するスライム。

 僕はその姿を捉え……!

 

「――が、ふっ」

 

 しかし刀を振りぬくことができなかった。到来したのは、腹部の熱、衝撃。

 体がくの字に曲がり、後方に吹っ飛ぶ。

 ごろごろと転がる僕は血反吐を吐きながら、取りこぼしそうになる刀を必死に握り続けた。

 

「か、ひゅっ、げふっ、ぉ、え゙っ」

 

 内臓がぐちゃぐちゃになった気分だ。実際、そうなのかもしれない。

 痙攣する手で、なんとかポーチを開けようとする。

 

「ふっ、ふっ、ふっ……! ごほっ、が、ぁ」

 

 二回、三回。ポーチのボタンを開けるのに失敗し、四回目にてようやく成功する。

 取り出したのは、まだ新品のポーション。

 できれば先程の飲みかけがよかったが、四の五の言ってられない。

 

 震える手で蓋を開け、飲む……のは、少し難しそうだ。最悪、胃が壊れているかもしれない。

 だからお腹に振りかけた。

 これで丸々一本。残りのポーションは……確か、五本だ。

 

 空になった試験管。また激痛が始まる。

 

「あ、がぁああああああ! ぅ、ごぽっ、げぇえええ……!!」

 

 体の内側が蠢く感覚を、なんと評すればいいのか。

 端的に表すなら最悪だが、そんな二文字でこの不快感を表したくはない。尋常ではない気持ち悪さだ。

 風邪の時の吐き気を、百倍酷くしたような辛さ。

 

「けほっ、ぉえっ、ああああぁぁぁぁ……」

 

 ひくひくと喉が痙攣し、開いた口から胃液と血が垂れ流れる。

 正に悪夢としかいいようがない。

 だが、心なしか。回復の速度が上がっているような気がした。無論、僕がそう思いたいだけという可能性もあるが。

 

 ぐちゅぐちゅ、ぎゅるぎゅる。

 体内から鳴る不快な音を耳にしつつ、僕は立ち上がる。

 

「はぁーっ、はぁーっ……まだ、ま、だ……」

 

 刀の持つ手が震えている。 

 痛覚の信号が馬鹿になって、神経全体に影響を及ぼしているのかもしれない。

 いやでも、それならポーションが治すか。

 じゃあこれは心理的なものだろう。あぁ、分かっている。もう嫌だよなぁ。

 

「あ゙ー……ぁ゙ー……」 

 

 幽鬼の如く、おぼつかない足取りでスライムに近づく。

 既に振動は大きくなっており、突進までの時間はあと僅かであった。

 

 当たり方の問題、かな。

 僕が衝撃を吸収したから、スライムはさほど吹っ飛ばされずに済んだんだろう。羨ましいね、まったく。

 

「……こい、よ」

 

 力なく刀を構える。

 瞬間、僕の言葉を聞いたわけではないだろうが、スライムの体が弾け、突っ込んできた。

 視界に収めていた青色の球体が消える。

 ふざけた速度だ。こんなの、どうやって防げば……。

 

「――ぁ?」

 

 ――右、足?

 

「――」

 

 僅かに、重心をずらす。

 ほんの僅か、数センチ程度の傾き。スライムからすれば誤差の範疇。

 

 そして、被弾。

 右膝に信じられない衝撃と痛みが走り、僕は前へ回転しつつ、左へ吹き飛ぶ。

 

「ぁ、ぎゃっ!」

 

 背中、顔、腕、足、そこら中が壁だか地面だかにぶつかり、倒れこむ。

 今、何回転したんだ……?

 視界が目まぐるしく回って、気持ち悪い。痛みはもう、ずっと続きすぎてよくわからない。

 

「ぅ、うぅ……ってぇ」

 

 頭も強く打ったのか、視界がぼやけている。

 ポーションを飲まなくては……ええと、どこだっけ。

 手の感覚だけを頼りに探すと、少し硬めの感触が伝わってきた。

 ポーチだ。

 震えた手ではボタンを開けるのが難しいだろうが、今回は比較的軽傷である。

 足が折れた程度じゃ、もう驚かなくなってきた。

 はは、やばいね……。

 

「……?」

 

 そこで違和感に気付く。

 ポーチのボタンを開けようとしたのに、既に開いていた。

 ……そういえばさっき、閉めたっけ。

 

「ぅ……まじ、か……」

 

 背中に嫌な汗をかきつつ、ポーチの中に手を突っ込む。

 明らかに、試験管の数が減っていた。

 感触的に残っているのはあと二本。手探りでそれらを取り出すと……。

 

「……く、そ……っ」

 

 一本は既に、半分から下が割れていた。軽くなった試験管の一つを放り捨て、もう片方の蓋を開ける。

 幸いにも、一本は無事であった。

 もし帰ることができたら、試験管の耐久性について文句を言おう。

 

 そう思いつつ、ポーションを飲む。残りは一本しかないので、半分だけ。

 この量でも治るのかと少し心配だったが、それは無用だったらしい。

 すぐに地獄の痛みが僕を襲ってきた。

 

「ぃ゙、っでぇえ……! あぁ゙っ、もう、いやだぁ、ああぁっ……!」

 

 ミシ、ギチ、ボギュ。

 反対方向に曲がっていた右膝が、異音を立てて再生する。

 神経をすり潰すような激痛。これで今日、何回目だ? あまりの痛みに記憶すら曖昧になっていく。

 

「ふぅ゙ーっ、ぐ、うぅ……っ!」

 

 混濁する意識、摩耗した精神。

 そんな中でも一つだけ、鮮明に覚えていることがある。

 

 ……さっき、僕は。

 間違いなくスライムの動きを見た。

 否、見ただけではなく、どこに当たるのかも予想できた。タイミングまでは分からなかったが、確かに分かった。

 

「はぁ、はぁっ……は、ははは……ひひひひ……」

 

 涙と鼻水と血で濡れた、ぐちゃぐちゃの顔のまま笑う。

 希望が見えた。

 それがこの極限状態で生み出された賜物なのか、それとも当てずっぽうが当たっただけなのかは知らないが。

 それでも、有難い。

 

 おかげでまだ、立ち上がれる。

 

「やれる……僕、は……まだ、やれる……」

 

 四肢に力を込めて、ゆっくりと立ち上がる。 

 スライムはどこだ。今回は片足だけだから、そのまま後ろに通り過ぎたのかもしれない。

 僕は左の壁に手を付きながら注意深く辺りを見渡す。

 

「はぁ、はぁ……そこ、か……」

 

 見つけたのは、それなりに離れた、反対側にある壁の近くだった。

 そうか……僕がちょっとずれたおかげで、スライムも横に逸れたんだな。

 あんな足掻きでも、意味はあったんだ。

 少し、嬉しい。

 

「ぅ、っぐ……そろそろ、決着……つけようか……」

 

 刀の柄を握りしめ、ふらりふらりと前へ進む。

 目が霞んできた。流石に血を失いすぎたか。お願い、もうちょっと持ってくれよ。

 

 もうちょっとなんだ。

 何か、掴めそうな気がする。

 あとちょっと。もう少し。何かが手に入りそうなんだ。

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

『ピ、ピ、ピ……ッ!』

 

 右手の力を極限まで抜く。左手は包み込むように右手の下へ、握りこぶし一個分開けて、横に構える。

 水平より少し下がった刀身が、洞窟内の淡い光に照らされる。

 

 不思議だ……。

 こんなに疲れているのに。こんなに辛くて痛いのに。

 心はまるで、ぬるま湯に浸かっているが如く澄んでいる。

 

「すぅ、はぁ……すぅ、ぅ……はぁ、ぁ……」

 

『ピ、ピギ……! ピギギ……!』

 

 スライムの体が揺れ、鳴き声のようなものが洞窟内に響き渡る。

 恐れはなかった。あるはずもない。

 

 そんなものを感じている余地はないのだ。あるのはただ、純粋な感情のみ。

 たぶん、スライムもそうだった。

 僕たちは今、ようやく同じ立場になったのだ。

 生と死。女神はどちらに微笑むのだろう。

 

 一歩、踏み出す。

 

 そこはもう奴の間合いだ。 

 

『ッ、ピギュッ!』

 

 放たれる暴虐の弾丸。

 蓄えられていた莫大なエネルギーが、一方向に向かって炸裂する。

 それに対し、僕は――。

 

 

「――ぁ」

 

 

 ――頭だ。

 

 あれは、およそ一秒の半分で到達する。斬れるか? いや違う。

 

 斬るんだ。

 

 斬る、斬る、斬る。

 

 斬る――!

 

 

「は――」

 

 もはや点と点だけで支えられている刀を、下から掬い上げるように振り抜く。

 無駄のない一連の動作。

 だが、足りない。まだ数瞬、スライムの方が早い。

 ならば。

 

「――ぁ、あ、あ゙っ」

 

 更に足の力を抜き、腰を沈める。

 大きく後方へ傾く上半身。その回転の勢いを、刀に乗せる……!

 

 そして、ついに。

 

 

 ――剣先が、触れた。

 

 

「捉、えた、ぞ……!」

 

『ピギギギギ!?』

 

 

 捉えた。

 確かに、核を捉えた!

 

 あの、スライムを! 絶対に不可能だと思われた、あの突進を!

 真正面から迎え撃った!

 

「ぐっ、らぁあああああっ」

 

『ピギィッ!?』

 

 渾身の力を振り絞る。

 足から腰へ、腰から肩へ、肩から腕へ。自分の全てが刀に集約されていく。

 

 心の底から叫んだ。

 

「くだ、けろぉおおおおおお!!」

 

 膝を折り、地面につきそうなほど上体を反らして。後方へ飛んでいこうとするスライムのエネルギーすら、利用して。

 

 半月を描くように刀を振り抜く。

 

「終わり、だ」

 

『ピギ』

 

 ガァアアアアンッ!

 

 叩きつけるように、地面へスライムを堕とす。

 尋常ではない衝撃が腕に走った。ぶちぶちと、血管が千切れる感覚がある。

 

 どう、だ……!

 

「はぁっ、はぁっ、ぅ、はぁっ、はぁっ!」

 

『ピ、ギ……ピ……ピ……』

 

 刀に押し潰されたスライムが、うぞうぞと蠢く。

 しかしそこに力はない。やがて糸が切れたように、その体は弛緩した。

 

 眩む視界の中、僕は僅かに顔を動かして、覗き込む。

 

「はぁっ、はぁ、はぁ……はぁ……はは、はははは……」 

 

 赤色に輝く宝石は、真っ二つに割れていた。

 

 ……僕は、勝った……のか。

 勝った……真正面から、ちゃんと戦って、勝った……。

 

「あぁ……なんだ……」

 

 やれば、できるじゃないか。

 こんな僕にでも。何もできない、役立たずな僕にもできた。

 

 そうだ……誰だって、そうなのだ。自分には無理だと、悲しみ、諦める必要なんかなかった。

 

「意思が、あれば……ほんの、ちょっとの、勇気があれば……」

 

 僕たちはどんな理不尽にも打ち勝てる。

 

 溢れ出る達成感と疲労感に包まれながら。

 僕は目を閉じ、倒れこむ。

 

 こうして僕は、第二階層にて。

 正々堂々、スライムに勝利し……かけがいのない、証明を手にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソレはいつ、どこで生まれたのか分からない。

 気付けばここにいたし、ずっと昔からここにいたような気もする。

 ソレは何も分からない。

 暗闇の中、ただずっと佇んでいた。ソレはそういうものだったし、ソレもまた、疑問には思わなかった。

 

『……ァ、ア』

 

 ただ、渇く。

 ソレはずっと何かを待ち望んでいた。

 ソレはずっと、自分を終わらせる何かを望んでいた。

 

 それだけがソレの全てだった。

 

 血に濡れた甲冑に、刃こぼれの酷いロングソード。

 失い続けた騎士はずっと、あの日からずっと待ち望んでいるものがある。

 

『アア、ァ……?』

 

 永劫に等しい暗闇の中。

 ふと、何かがソレを呼んでいる気がした。冷たい闇には場違いな、温かくて優しい音色。

 

 どこかで、自分は、これを聞いた気がする。

 一体、どこだったろうか。

 

『……ァ、アァ』

 

 錆色の騎士は、その音色に導かれるまま、歩みを進める。

 

 運命が交差するまで、あと少し。

 

 一筋の光も通さない暗闇に、ソレは消えた――

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