スキルレベルしか上がらない一般身体能力学生が迷宮に挑んだら 作:石田フビト
第二階層のスライムを倒し、全世界での称賛を一心に浴びた僕は、きっと明日にでもベスト和幸賞が贈呈されるだろう。
まいったな、目立つのは好きじゃないんだけど。
でも可愛らしい女の子にチヤホヤされる可能性を考慮した場合、世界平和的かつ宇宙真理的な理由により、謹んで受け取ることはやぶさかでなかった。
「あー……迷宮から出た瞬間、可愛い許嫁とか幼馴染とか来ないかなぁ……へへ」
いったい僕はどうしてしまったのだろう。
さっきから思春期真っ只中な妄想が止まらない。
これはあれか。極限の緊張状態から脱したことによる、精神の緩和的なやつか。
なるほど、道理で頭の中が女体まみれになるわけだ。
僕は学校を襲ったテロリストを華麗に撃退する妄想をしつつ、仰向けの体を起こした。
「ぅっ……気持ち悪い……ぐらぐらするー……」
失血によるものか。それとも単純に疲れているからか。
ポーションにより体力や怪我は治っているものの、摩耗した精神までは回復していない。
悍ましいまでの濃密な命のやり取り。
自分の体が段々と冷たくなっていく感覚は今でも覚えている。
……流石に、疲れた。
体だけではなく、心が、酷く疲弊していた。
「はぁ……おっぱい……」
世界を救う使命を負った勇者が、自分の運命を嘆くような憂いを秘めた顔で、そう呟く。
ここで勘違いしないでほしいのだが、別に僕は変態ではない。
原点回帰しているだけなのだ。
人類が生まれて初めて求めるものは何か。追い詰められた時の拠り所は何か。
それが、おっぱいだった。ただそれだけの、事実であった。
「太もも……うなじ……腋……」
前言撤回、僕は変態だ。
何ということだろう。自分でも驚きが隠せない。
僕が知らないうちに、性癖がここまで育っていたなんて。将来有望だと思っていたが、なんて成長速度だ。
雨夜和幸……我々は、とんでもない化物を生み出してしまったのかもな……。
はい。
ということで、おふざけ終了。
そこそこメンタルも回復したし、早く帰還の準備しよ。
「唇ぅ……!」
もう終わったって。しっかりしろよ僕。
疲れすぎて精神と体が分離しちゃったんだけど。ポーション飲めば治るかなこれ。
ポーション。
ポー、ション……。
「え、なんか震え止まらないんですけど。なにこれ健康器具?」
ポーションという単語を頭で浮かべただけで拒絶反応を起こしてしまった。
僕の両腕は今や、禁断症状末期患者のそれである。
てことは依存してるじゃん。
やっぱり、バナナポーションはこの世から無くすべきかなぁ。
「ぁー……」
……。
……。
……はっ!
やっべ。今、意識飛んでた?
「うわー……怖い。人間、疲れすぎるとほんとにこうなるんだな……早く帰って寝なくちゃ」
震える腕と足を駆使して、何とか立ち上がることに成功する。
だが立っているからといって油断できない。今の僕は、たぶんどんな状況でも爆睡できる。
というか本音を言えば、今すぐにでも寝てしまいたい。
たとえそれが硬い地面であろうと関係なく、尊厳も全て捨てておねんねしたい。
「でも、我慢だ……!」
僕は歯を噛みしめ、迫真の表情で前へと進む。
その際にスライムの核と、刀を回収することも忘れない。
腕を動かす度、最後の一撃で傷付いた筋肉繊維が痛みを発するものの、むしろ好都合だ。
あえてポーションを飲まず、僕は痛みを受け止める。
こうまでして眠気に抗うのには理由があった。
とても単純で、純粋で、人によっては笑われるような稚拙な願いだ。
それでも、僕は……。
「寝るなら、ふかふかのお布団で寝たいんだ……!」
恐らく人生で最も眠たいこの瞬間。
それを、こんな硬くてゴツゴツした地面で妥協する? 冗談じゃない、あまり僕を舐めるな。
絶対、ふかふかの布団と柔らかいベッドで寝る方が気持ちいい。
クーラーをガンガンに効かせた部屋で、毛布に包まりながら寝るのだ。
こんなの気持ちよくないわけがない。
「はーっ、はーっ」
過去最高の睡眠。
僕が求めるのはそれだけだ。
故に、ここで寝るわけにはいかない。ここで寝たら最後、僕は夕方まで眠りこけ、体中がバッキバキになるだろう。
そんなの嫌だ。
起きた後はすっきり爽やか。隣には一杯の水があってほしい。
「帰るんだ……僕は、帰るんだ……!」
どこか聞き覚えのある決意の言葉を口にしながら、来た道を戻る。
幸いにも、戦闘した場所は扉の近くだ。
ポータルへ続く階段に着くのに、そう時間はかからない。
「帰ったら……シャワー浴びて……お水飲んで……クーラー付けて……」
ふらふらと覚束ない足取り。
されど確かに前へ進んでいる。見ているか、神様よ。我らが創造主よ。
これが人間の、底力だ……!
「お布団にダイブ……! 枕に顔、スリスリ……!」
半袖半ズボンで、シーツと布団の感触を最大限楽しんで、寝る。
僕の頭にはそれしかなかった。
スライム? 知らない子ですね。迷子センターにでも送ってあげてください。
一歩、更に一歩と歩みを進める。
そしてついに、希望は現れた。
「……おぉ、神よ……」
薄暗い闇が続く気味の悪い階段が、今では神々しく、天国へ繋がっているとすら思えてくる。
布団の神よ、枕の女神よ、今そこに参ります……。
「……っ!」
階段を上り、完全な暗闇が視界を覆う。それでも上り続けると、やがて青色の光が現れ、僕を大きく包み込んだ。
青色の奔流。
コツン、と厚い靴底が地面を叩いた。
荒れた岩の感触ではない。人が作ったと確信できる、滑らかなフローリング。
「帰って、きた……」
嬉しすぎて涙が出そうだ。
寝ることばかり考えて、すっかり頭から抜けていたが、スライムとの戦いは正に激戦だった。
そして僕は勝ち抜いた。勝って、生き残ったのだ。
心臓の音がやけにうるさい。
勝利の実感というものが、今更になって溢れてきた。
あぁ、僕は……帰ってきたんだ……。
「おかえりなさいませ、雨夜、さ、ま……」
「あ……ただいまです、メリアさん……はは、何だか久しぶりに感じますね……」
濃密な経験による時間感覚の歪み。
恐らく時間にすれば、一時間も潜っていなかったのではないか。
こんなすぐに帰ってきたら、またメリアさんに煽られるかもしれない。
どうしよう、『目的通り様子見だけして帰ってきたんですね(隠しきれぬ嘲笑)』とか言われたら。
せっかく仲直りしたのに、再び冷戦が始まってしまうよ。
宣戦布告の用意だけしとかないとな。
そう、思っていたのだが。
何やらメリアさんの様子がおかしい。空色の宝石みたいな瞳を開き、僕の一点を注視している。
嘘、もしかしてチャック開いてた……?
「よかった、僕の尊厳は無事だ……ん、じゃあ何を見て……?」
「雨夜、様……その、血痕は、いったい……」
「え、けっこん?」
急に告白された……はありえないので、血の方の血痕だろう。
しかし血痕って、あぁこれか。ほんとだ、服とかにべったり付いてるね。
最初の突進のときのやつかなぁ。
それとも、腹を陥没させられたときか。心当たりが多すぎて分からないや。
「あー、はい。ちょっと血を吐いちゃって。そのときに付いちゃったのかな。ごめんなさい、汚いですよね」
「血を、吐く……そんな重傷を、負ったのですか……?」
「重傷……まぁでも、骨が折れたとか、内臓が潰れたくらいなので平気ですよ。ちゃんと治りましたし」
「――」
ポーションは本当に頭が狂いそうになるほど痛いけど、怪我を完治させてくれるから有難いよなぁ。
正直、これのおかげで生きているみたいなものだし。
ふん……バナナポーションよ、貴様を絶滅させるのは少し待ってやる。僕の恩情に感謝するんだな。
そんな風に心の中で雑なツンデレをしていると、突如として僕は肩を掴まれた。
凄い力だ、まったく動かせない。
驚きを込めた視線を、この状況を作り出した張本人……メリアさんに向ける。
どうしてか、彼女は動揺しているようだった。
その小さな口が、堰を切ったように動く。
「雨夜様、今すぐ病院に行ってください。もし移動が難しいなら救急車を呼びます。服の血痕、顔色から推定するに、多量の失血による脳への損傷が考えられます。何か栄養のあるものを摂取……否、内臓に損傷があると仮定すれば得策ではない。ラビリンスに常備してある点滴を持って参ります。否、否、否、それでは失血の根本的な治療にならない。雨夜様、血液型をお教えください。他の冒険者、又は受付嬢に献血をお願いして参ります。抵抗など許しません。確実に、完全に、了承を得ます。早くお教えください、早く、早く、手遅れになる前に――」
「はーい、メリアさん。そこまでです」
パチン、と彼女の前で手を叩く。
決して大きな音ではないが、意識をこちらに向けさせるには十分だ。
虚ろな瞳で呟いていた彼女は僅かに顔を上げ、茫然と僕を……血痕のついた服を見つめる。
……んー、どゆこと?
冒険者という職業に怪我は必ずついてくる。彼女だって、今まで何人も見てきたはずだ。
血を流し、時には体の一部を欠損する危険な仕事。
それを彼女が承知していないとは思えない。
だから、こんなちょっと血が付いてる程度で驚くのは……なんか意外だ。
思ったよりも彼女は繊細なのかもしれない。だとしたら、悪いことをしちゃったな。
僕は少し体を屈め、彼女の眼を見ながら静かに笑いかける。
「メリアさん、落ち着いてください。僕がどこか、怪我してるように見えますか?」
「血痕が……口からも、その跡が見えます……」
「え、あらごめんなさい。えーと……はいっ、これでどうですかっ」
腕でゴシゴシと口元拭い、にかっと笑う。
メリアさんは僕の意図が図りかねているのか、茫然とした表情を変えない。
構わずに僕は続ける。
「これも、あとこれも。確かに血は付いてますが、今、怪我をしているわけじゃありません。いいですか? 全部、もう治ってるんですよ。だからどうか、安心してくださいな」
「……納得、しかねます」
「ふむむ、それまたどうして」
「それは……。……? どうして、でしょうか……」
「……?」
お互いにハテナマークを飛ばしあう。
変な間が開いてしまった。仕切りなおすように、メリアさんが口を開く。
「だとしても、不可解な点はあります。納得のため、いくつか私の質問にお答えください、雨夜様」
「お、なんか懐かしいですね……はい、分かりました。銀行の口座番号以外ならお答えしますよ」
「それでは、まず、その多量の出血について。先程、内臓の損傷および骨折によるものと答えられましたが……」
「はい」
「その怪我が、本当に完治していると判断できる証拠はありますか?」
「……あー、えっと。たぶん、はい」
証拠と言われても難しいが、僕が答えられるのは一つだけなので、言い淀む必要はない。
ポーチから半分だけ中身が残っている試験管を取り出し、見せる。
「これは……ポーションですか?」
「はい。これ飲んだので、恐らく、たぶん、きっと大丈夫だと思います。骨折した足とかも、ほらこの通り」
ぴょんぴょんと軽く飛び、元気さをアピールする。
それでも彼女は納得できないのか、疑いの眼差し……といっても無表情だが、向けてきた。
「見たところ最下級に位置する物と推定しますが……本当にこれで、治療を?」
「ええ。どうやら僕は、ポーションがよく効く体質なようで」
「……そう、ですか」
渋々、といったように彼女が頷く。
どれだけ疑われても僕はそう答えるしかなかった。だって本当のことだもの。
最下級のポーションで骨折が治った。それは紛れもない事実だ。
もっとも、内側がどうなっているのかは実際、判断もつかないが。
「……」
「……」
暫しの沈黙。メリアさんが考え込むように視線を下げる。
既に両肩は解放されていた。
先程の動揺は収まりつつある。
ちょっと本気で怖かったので、いつもの冷静な彼女に戻ってきて嬉しい限りだ。
「……では、雨夜様の怪我が完治したと仮定して、次の質問をいたします。雨夜様が接敵した相手は、どういった魔物でしょうか」
「え? 普通に……スライムでしたけど」
「本来、スライムに殺傷能力はありません。特異個体の可能性を加味しても、異常です」
「それは同感としか言いようがないですね。あれ、ほんとにおかしいですよ。扉開けたら天井から奇襲されましたからね」
「天井……奇襲……」
僕はあの殺意にまみれた攻撃を忘れてはいない。
まぁ、一階層では僕も似たようなことをしていたのでお相子かもしれないが。
奇襲って強いよね。
「以前にも一度、スライムが両腕を折ったとおっしゃられましたね」
「あー、そんなこと……あったっけ? はい、たぶん、言ったかもです」
「……雨夜様が第一階層の踏破に、一ヶ月もかかったのはそれが理由ですか」
「うーん、まぁ、僕が弱いってのも事実ですけどね。骨を折る破壊力が標準装備なのは、ちょっとアレですけど」
「……そう、だったのですね」
「……メリアさん?」
沈んだままの顔で、メリアさんが小さく呟く。
「私は、雨夜様のことについて、何も知りませんでした。貴方が苦難にあっていることを。……知ろうとも、しなかった。貴方を支えると言っておいて、この体たらくです。申し訳ありません、雨夜様……」
「……」
スカートをぎゅっと握りしめた彼女は、無表情のまま、されど自己を戒めるように俯く。それは叱られる寸前の、幼子にも見えた。
謝る必要はない。
そう口にするのは、何だか憚られて。もっと大切なことを伝えなくてはいけない。そんな確信があった。
僕は心の中を整理し、改めて口を開く。
「僕のことを知らない……なら、これから知っていけばいいんじゃないですか?」
「……これ、から?」
理解できない言葉を聞いたかのように、言葉が返される。
そんなに難しいことを言っているだろうか。
僕から見れば、話はとても単純なものだと思えるのだが。
「ええ、はい。最初にも言いましたが、大体のことは答えますよ僕。スリーサイズは秘密だけどね」
「ですが、私は。私は、貴方の言葉を、信じないでいて。甘えて、しまって……」
「それの何が悪いんですか」
僕は顔を少し近づけ、さっきより語気を強めて言う。
「スライムが人を吹っ飛ばすなんて、信じられなくて当然ですよ。最近の小説じゃあるまいに。それと人に甘えてしまうのも、人間として当然です。メリアさんは一つだって、負い目に感じる必要はありませんよ」
「……それでも、私は、誓いを破りました。貴方を支えるという契約を、成し遂げれなかった」
「はぁーっ? ちょ、今なんて言いました??」
疲れているからか、感情の制御が難しい。
だがそれを込みで流石に今のはイラっと来た。メリアさんはいつもそうだ。
いつもいつも、自分を卑下して。全く気に入らない。
こりゃちょっとお灸を据えなきゃならんね……。
「メリアさん、僕が迷宮に入る前に言ってたこと、もう忘れたんですか? なら何度も言いますがね。僕は貴女に……すっごい感謝してるんですよっ」
「ぁ……」
「それなのに、成し遂げられなかった? ふざけないでくださいよ。それじゃあ僕が今まで貴女に助けられたのは、一体どうなるんですか」
チリチリと脳の片隅が焼けている。
脳の限界が近い。だが、これを言い終えるまでは気絶してやらんぞ。
がんばれ、僕。彼女を安心させてやるんだ。
「いいですか、メリアさん。貴女は最高の受付嬢さんです。誰が何と言おうと、僕は貴女に支えられた。これまでも、きっとこれからも。だから……」
スカートに皴ができるまで強く握った手を、優しくほぐす。
そして、包み込む。
こんな汚い野郎の手じゃ嫌だろうけど、どうか我慢してほしい。
「だから……そんな悲しいこと、言わないでください。自分を責めないでください。貴女に悪いところなんて、一つもないんだから……」
「……」
「僕のことは……これから、知っていけばいいんです。過去は重要じゃありません。大事なのは今、どうすべきかなんです」
「……いいので、しょうか」
「……?」
戸惑いがちに、彼女が呟く。
「これからを望んで、いいのでしょうか。私はまだ、貴方と一緒に……」
「勿論、いいですよ。いいに決まってます。ていうか、それは本来、メリアさんが決めることでしょう?」
「……私、が?」
「はい。だってメリアさんがどうしたいかは、メリアさんの自由なんですから」
そう言葉にしたとき、僕は自分が最も言いたいことを口にできたと実感した。
あぁ、そうだ。メリアさんはどこか、自罰的というか。自分の意思を他者に委ねている節がある。
それも一種の生き方なのだろう。
けれど僕は我儘な人間で。それとは違う生き方を。こんな生き方もあるんだよと、伝えたかったのだ。
「……」
「……質問は、もうありませんか?」
「ぁ……はい。ありま、せん。ですが……」
「……?」
「……いえ、何でもありません。質問は以上です。長い時間、お付き合いいただき感謝します」
「あはは、いいんですよ。……これからも、よろしくお願いしますね」
「……はい」
僕の言葉に、彼女が小さく頷く。
きっと全てを納得したわけではないのだろう。まだまだ疑問に思っていることはあるはずだ。
けれど、その人形のような美しい顔にはもう、どこにも憂いはなかった。
僕は一安心して、微笑みながら肩の力を抜く。
それが、いけなかった。
「……ぁ、れ……?」
「――雨夜様?」
なんだか、おかしいな。
どうしてこんなに、地面が近付いてくるんだ?
体に力が全く入らない。とても、寒い……。
「……」
「雨夜様」
僕はどうなったんだ。
視界が狭くなって、暗闇が近づいてくる。変な感覚だ。痺れて、薄らいで、擦り切れていく。
「……」
「あまや、さま」
どこかから声が聞こえる。
静かで落ち着く音色。これは、メリアさんの声だ。どうして、僕を呼んでいるのだろう。
答えてあげたいが、声が出ない。
「……」
「あまやさま」
平坦な音色に、悲しげな色が混ざった気がした。
ごめん……今はちょっと、動けないんだ。ごめんね、寂しい思いを、させたくはないんだけど。
ねむたいんだ。
とても、とってもねむたいんだ。
あぁ、せかいがとじていく……。
意識が終わる、その瞬間。
誰かの声が僅かに聞こえた。
労わるような、慈しむような、優しくて暖かい声。
「お疲れ様……雨夜君」
その声を聞いた僕は安心して。
今度こそ、意識を手放した……。
あたたかい。
ここはとてもふわふわしている。
やすらかで、しずかで、すべすべしている。
はなのみつのようなかおり。
ここはいいばしょだ。あんしんする。ずっとここにいたいなぁ。
とうさんもかあさんも、ここにつれてきたいなぁ。
あたたかくてやさしいものをぎゅっとする。はなさないように、だけどこわれないように。
みつのかおりがつよくなった。
ここはほんとうにいいところだ。
あぁ、かなうなら。
このままずっと、これをだきしめて、いたいなぁ……。
「……ん、ぁ? あー……ここ、は……」
意識が緩やかに浮上する。
闇から解放された瞳は、唐突な光に眩み、一瞬視界の全てを純白に染める。
僕は……どうなったんだっけ。
たしか、迷宮から帰って。それで、メリアさんと話して。
それから……。
「おや、起きたのかい。まだ眠たいなら、寝ててもいいよ」
「ふぁい……ありがとうございま……す?」
話の途中で倒れ……ちょっと待て。
今の声、誰だ?
鈍重な思考が急速に回転する。
何故か嫌な予感が止まらなかった。聞き覚えのある声、やけに鮮明な夢の記憶。
まさかね。
はは、まさかそんな、ははは。
……やがて目が光に慣れ。
僕が最初に見た光景は――
「おはよう、雨夜君。……それにしても、知らなかったよ。君がこんなに……積極的な子だったとは」
「朽葉さん!?!?」
目を見開く。
互いの息がかかりそうな距離に、朽葉さんの顔があった。
尋常ではなく整った美貌。見るものを惹き込む漆黒の瞳。その下に刻まれた隈すら、退廃的な雰囲気を感じさせてならない。
正に、魔性。
至近距離で美しさの暴力を食らった僕は、それだけで気絶しそうなのに。
全く、信じ難いことだが。
「は、ぇ……?」
「ん……ふふ、ちょっとくすぐったいね」
僕は彼女の背に手を回し、横向きに抱き着いて寝ていた。
……いや、なんで???