スキルレベルしか上がらない一般身体能力学生が迷宮に挑んだら 作:石田フビト
目が覚めたら女性が同じベッドで寝ていた。
彼女いない歴年齢の恋愛マスターである僕でさえ、この状況は混乱を極めた。しかも相手は朽葉さんで、なおかつ抱き着いているわけで。
……あー、これ、終わりました。
エンディングナンバー4、『お巡りさんの足音』です。
短い人生だったな。願わくば来世では、女性に抱き着いても怒られない美少年になりたい……。
「って、ごめんなさいごめんなさいっ! いつまで抱き着いてっ……! 今、退きますかっ、ぁ、ごふっ!?」
「おや……大丈夫かい、雨夜君?」
「んごごご……あ、頭が……」
焦って距離を取ると、勢い余ってベッドから落ちてしまった。強打した後頭部が非常に痛い。
暫く悶絶していると、その痛みのおかげか。段々と頭が働き、記憶が蘇ってくる。
そうだ。僕は確か、メリアさんの話の途中で気絶したのだ。
体が言うことを利かず、視界が暗くなっていったのを覚えている。
そこまではいい。問題は現状である。
どうして僕は、朽葉さんと一緒に寝ていたんだ?
いくら頭を捻っても答えは出なかった。
「……床は冷たいだろう。ほら、こっちにおいで……? まだ君も、疲れているはずさ」
「いえいえいえいえ。僕なんぞはここで十分でございます」
朽葉さんの誘いを全力で断る。これ以上罪を重ねるわけにはいかなかった。
そもそも同じベッドで話とかできるわけないし。童貞だし。
故に僕は床の冷たい感触を味わいつつ、恐る恐る疑問を述べた。
「あ、あのぉ、それでぇ……僕はどうして、こんなことに? というかここは一体……」
「はいはい……それは、こっちで話そうね」
「いえ、ですから僕は……ん? うぉおおっ!?」
体が宙に浮く。比喩とかではなく、実際に体が浮いていた。
驚愕の声を上げ、思わず彼女を見る。そこには実に楽しそうな顔をしている麗人の姿があった。
あ、よろこんでいらっしゃるのですね……。
ならよかった……。
いやよくない! どうなってるんだこれ!?
「う、浮いてっ……! ちょ、これ浮いてますって……っ」
「ふふふ……」
「ふふふじゃなくて! 朽葉さんっ、え、これ朽葉さんのやつだよね? 助けてくださーい!」
「うーん……どうしようかな。……素直にベッドへ戻る、というなら考えてあげるけど……」
「あ、それは無理です」
捕まっちゃうので。
「……」
「うぉおおお!? ま、まわっ、視界が回るぅっ!?」
朽葉さんの人差し指が動いたと思ったら、視界が横に流転した。
高速とまではいかないが中々の速度だ。三半規管終わりそう。
しかし不思議なことに、回る景色は鮮明に見えた。愉快そうに笑う朽葉さん、横に並ぶ白いベッド、コーヒーメーカー。
それらがやけに、くっきりと見える。
己に起こった変調に疑問を覚えるも、その思考は気持ち悪さに塗り替えられた。
は、吐きそう……。
回りすぎて、死ぬ……。
「く、朽葉しゃ……た、助け、たしゅけて……」
「んー?」
「……も、戻りますっ。ベッドに戻りますから、止めてくださいぃっ」
「うん、よろしい」
彼女の許しの声と共に回転が終わる。
宙ぶらりんになった僕は、さながら電池の抜けた玩具であった。
「うぅ、気持ち悪い……」
「はは……許しておくれ。だがこうでもしないと、君は意地でも上ってこないだろう?」
「……まぁ、はい」
「うん……君のそういうところを、私は好いているけれど。同時に心配もしているんだ。だからどうか、無理だけは……と言っても、君には無駄かな」
「いやぁ、そんなことはないですよ。そもそも僕、無理なんてしたことないですし」
「ほら。やっぱり無駄だった」
くすりと笑い、朽葉さんがゆっくり体を起こす。
灰色のくすんだ、されど絹のような柔らかさを持った髪がシーツを這う。あれに触れるには、きっと一生を捧げても足らないんだろう。
そう確信できるほどの神秘性。触れ難さ。
改めて思う。
彼女は美しい……危険なほどに。
「……あぁ、君は起きなくていいよ。そのままうつ伏せで……そう、そのまま。あと、両手を顔の前にして……ふむ」
「あの、何をしようと?」
「……うん、服が邪魔だね。脱がそうか」
「脱がっ……!? あの、朽葉さん!? 今ちょっと変なこと言いませんでした? 僕、脱ぎませんからね!」
「あぁ、勘違いしないで」
よ、よかった……。やっぱり聞き間違いだったんだ。
そうだよね、朽葉さんがそんな、服を脱がそうとかさ。
ありえないよね!
「私は、 脱がすと言ったんだ。君に選択肢はないよ」
「フラグ回収ぅううう!」
僕が、ありえないよね、とかそんなまさか、って言ったときは大体当たってる気がする。
生まれながらのコメディアンなのか……?
「ふんぬっ」
しかし僕は運命を幾度も変えてきた男。こんなの、スライムとの激戦に比べれば可愛いものよ。
シーツを握り、ベッドにしがみ付く。
ふふ、残念でしたね、視聴者の皆さん。
現在、僕が着ているのは迷宮で使う防護服。その構造上、前からしか脱がすことはできない。
つまり、僕が上を向かない限り服は安全ってことさ!
なんという完璧な作戦。自分の賢さに戦慄するばかりだよ。
……ん? これってもしかしてフラグか?
「よいしょ」
「あぁっ、ジッパーが勝手に開くぅうっ!?」
僕のお馬鹿! そういうこと言っちゃ駄目って、なんで分からないかなぁ!
独りでに開いていくジッパーを抑えようとするも、時すでに遅し。防護服の前が完全に開き、あれよあれよと脱がされていく。
手によるものではない。
これはさっきの、僕を宙に浮かしたときの感じに似ている。
「く、朽葉さんって、超能力者だったんですかっ?」
「さぁ、どうだろうね……?」
それもうずるいちゅき。
はぐらかされてるのに、心の安らぎゲージがうなぎ上りだよ。
「はい、これで終わり」
「あぁん、らめぇっ」
そして最後の砦、黒いインナーも脱がされる。僅かの抵抗も許さぬ早業だった。
上半身を生まれたままの姿にされた僕。
あれかな、くっ殺せとか言えばいいのかな。
どうしよう……既に心も体も屈してるんだけど。勝ち目がなさすぎて笑えてきた。
「ふふ……そんなに緊張しなくていいさ。少し、マッサージをするだけだから……」
「まままマッサージ? 嘘でしょ、今日お金持ってきてないよ……」
「はい、リラックスして……」
「ぅ……あふぅ」
背中が朽葉さんの指によって、ゆっくりと押される。 少しひんやりとした、すべすべの感触。
滑らかな指は上から下へと流れていく。
その力加減は正に絶妙。
強張っていた筋肉が一瞬にして弛緩し、蕩けていく。
「あぁー……」
「くふふ……気持ちいいかい?」
「……っ、はい」
耳元で囁かれる言葉。
すみません、ちょっと変な妄想をしてしまいました。だって気持ちいいかとか聞かれたら、そんなの誰だって考えちゃうよ。
僕悪くないよ。
全てはあれだ、地球温暖化とか災害とかが悪い。絶対に許さねぇ……。
「ん……少し、筋肉が付いてきたね……ほら、こことか」
「わっ! そこは、あの、擽ったいというかなんというか」
「ほほぅ……?」
彼女の声に悪戯な色が乗る。
やばい、死ぬ。
「あっ、ちょ、んふふっ。やめ、ふひっ、止めてくださっ、あはははっ! そこ、やば……! ぬほほほっ」
「……君は実にいい反応をするねぇ」
脇腹付近の筋肉を触られ、悶絶する。
なにこれ幸せ。朽葉さんの綺麗な指が僕の体を触っていて、擽られて幸せ。
まるで失われた青春が戻ってきたようだ。
ここが僕の楽園……ただいま……。
そうして、数分ほど擽り攻撃が続き。
僕が若干過呼吸になり始めた頃、彼女の指は止まった。
そして再び労わるような優しいマッサージに代わる。首元、背中、腰。笑いによって力んだ体を解され、弛緩していく。
「……」
「……」
静かな時間が淡々と流れる。
ゆったりとした手付きも相まって、このまま寝てしまいそうだ。
僕は二度三度目蓋を強く閉じ、先程から気になっていたことを尋ねるために口を開いた。
「あの……そういえば僕、あの後どうなったんですか?」
「ん……?」
「えと、メリアさんの前で倒れたのは覚えてるんですけど。そこからどうして、ここにいるのかなぁ、と。そもそもここは一体……?」
「あぁ、そうだったね。大丈夫、一から説明するよ……」
両肩に手を置かれ、掠れた囁き声が耳元に近付く。また背中に感じるこの柔らかな感触は……考えてはいけない。
予想外の接近に心臓が騒ぎ出す。
その動揺を知ってか知らずか、彼女は姿勢を変えずにボソボソ喋り出す。
「まぁ、説明といっても単純で……私が倒れた君をここに連れてきた。それだけなんだけど……あ、ここはラビリンスの仮眠室でね。この時間帯は誰も来ないから、安心していいよ」
「なるほど。通報は免れた、ということですね。ありがとうございます」
「くく、むしろ襲っているのは私の方じゃないかい?」
「そりゃ朽葉さんみたいな綺麗な人が、僕を襲うなんて誰も考えませんよ。疑われるのは僕でしょうに」
「そうかねぇ。君も大概、可愛らしいと思うが……」
はぁ、と温かい息が耳を掠める。
ちょっと朽葉さん、それはちょっと、ちょっとすぎやしませんかね。駄目ですよ、それは。
既に頭は機能していない。声が上擦らないように気を付けて、必死に話題を探す。
「あー、その。なんというか、色々と迷惑をかけまして。申し訳ないです、ほんと」
「気にしなくていいさ。君は、よく頑張った……その褒美として、安息が与えられるのは当然のことだよ」
「……また、聞こえてたんですね。やっぱり朽葉さん、超能力者だったりしません?」
「ふふ、そうかもしれないねぇ……」
くすくすと笑う彼女。その度に耳元がゾワゾワとなり、精神が削られていく。
密着したお互いの体。
甘い蜜の香りが鼻腔を抜ける。桃色に歪む視界。
このままではいけない。
シーツを強く握りしめ、冗談めいて口を開く。
「いやはや、それにしても今回は強敵でした。……その分、報酬は期待してもよろしいので?」
「勿論。勝手ながらポーチの中身を拝見したけど……あの核の状態なら、二万円は確実だろう」
「え、まじですか!?」
「おっと」
「……ぁ、すみません……」
まさかの二倍の金額に驚愕し、朽葉さんとの距離も考えず振り返ってしまった。
少し進めば触れる距離。もし彼女がのけ反らなかったら、当たっていたかもしれない。
僕は自己嫌悪と申し訳なさでいっぱいになり、頭を下げ続けた……。
「……ふふ、ごめんよ。少しからかいすぎたようだ。君の反応が面白くて……可愛くて、ついね」
「……そんなこと、生まれて初めて言われましたよ」
「そうかい? なら……お相子、だね」
「へ?」
僕の背中から遠ざかった彼女の言葉に疑問を抱き、位置を確認して振り返る。
彼女はベッドから降りて、こちらを見ていた。
その表情はいつものニヒルな笑顔で……どこか、儚げでもあった。
「私も、
「……朽葉さん?」
「さて、そろそろ私は帰ろうかな。どうやら君を心配で仕方のない子がいるようだし……邪魔者は退場するに限る」
そう呟いて、彼女は扉まで静かに移動する。
極めて無駄のない歩法。革靴なのに足音がほとんどしなかった。
そしてそのまま、扉の取っ手を掴み……。
「……あぁ、そうだ」
最後に言い残したことがあるとばかりに、振り向いた。
「明日はちゃんと休みなよ。君が思っている以上に、精神の疲れは重大だ。間違っても、明日はラビリンスに来ないように……分かったかい?」
「あ、はい。休みます」
「よろしい」
彼女は笑顔で頷き、今度こそ仮眠室から姿を消した。
一人残された部屋で僕は考える。
今回の朽葉さんは何というか……凄かったな。
まず超能力?で僕を浮かしたし、その後のマッサージも筆舌に尽くし難かった。
しかもトドメには囁きASMR『ダウナーお姉さんの掠れ声を添えて』をリアルタイムで体験した僕は、もう爆発寸前である。
でも、最後の様子だけが気になった。
楽し気な雰囲気に混じる、少しの……何だろうか。よく分からないが、何かを含んだ笑みだった。
いつかその答えを聞くことができるのだろうか。
この前は迷宮が異常な理由も知っていると話していたし。
やっぱ、何かあるよなぁ、あの人。
「……まぁ、いいか」
だとしても関係ない。朽葉さんは朽葉さんだ。
ちょっと人をからかうのが好きな、優しい人。それだけ分かっていれば、十分だろう。
僕は軽くなった体を完全に起こし、ぐっと伸びをする。
あ~、気持ちええんじゃ~。
「はふぅ……」
朽葉さんのマッサージすごいな。関節とか、ほらこんなところまで曲がるよ。
整体とか行ったらこんな感じなんだろか。
今度暇があったら、行ってもいいかもなぁ。
ふいー。
……ん、なんか忘れてる気がするな。なんだろう。
そこそこ重要なことだったような……あー、思い出せない。もどかしい。
確か、朽葉さんがさっき……。
ガララ。
「失礼します。雨夜様、ご体調はいかがでしょう、か……」
あ、メリアさんだ。やっほー。
扉が開く音に顔を向ければ、そこには空色の髪を少し乱した彼女がいた。
なるほど、思い出した。
あの僕を心配でー、とか言ってたのはメリアさんのことだったのか。
やだ、嬉しい。
普段は無表情なのに、実は僕のこと心配してくれてたの?
えー、ちょー嬉しいんですけど。
……でも、なんか様子が変だな。僕を見て、彼女は石のように固まってしまった。
「えと、どうしたんで……」
言葉の途中で気付く。
僕、上半身裸や。
脳裏でサイレンの音が流れる。
「わーっ、ごめんなさいっ。違うんですこれはセクハラじゃなくてその……違うんです!」
わちゃわちゃと言い訳をしながら、防護服を羽織る。黒のインナーを着ている暇はない。
とりあえず、肌を隠さないと。
……セーフか?
僕は防護服に腕を通しながら、メリアさんをちらりと見る。
彼女は無表情のまま凄い勢いでこちらへ向かってきていた。はい終わりです終わり。お疲れさまでした。
「雨夜様……っ」
「ふぁい」
彼女はそのまま僕の前まで移動し、逃げられないようにか、防護服を掴む。
絶体絶命の危機。
そして僕は……。
防護服を、脱がされた。
本日二度目の上半身の開放。
クーラーの利いた涼しい空気が素肌を撫でる……。
なんで???
「……いや、え!? な、なんで脱がされっ、え!? メリアさん!?」
「『アレ』に何かされましたか? 体調の異常は? 吐き気、倦怠感、頭痛などはありませんか? 私の言葉は分かりますか?」
「ないないないです! だから、ちょ、触らないでっ……! サワサワしないで……!」
「筋肉の疲労度、骨格の歪み、血流状態……全て良好? データと違う結果を確認。更なる情報を……」
僕のお腹に顔がくっつきそうになるほど近付き、観察するメリアさん。
こうなってしまっては、もはや言葉は届かない。
朽葉さんとは何もなかった。
マッサージをしてもらっただけ。
怪我はない。あと、明日はちゃんと休む。
ただこれだけの情報を彼女に伝えるのに、結局僕は、一時間かかったのであった。