スキルレベルしか上がらない一般身体能力学生が迷宮に挑んだら   作:石田フビト

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三十六話 優しい人

 目が覚めたら女性が同じベッドで寝ていた。

 

 彼女いない歴年齢の恋愛マスターである僕でさえ、この状況は混乱を極めた。しかも相手は朽葉さんで、なおかつ抱き着いているわけで。

 

 ……あー、これ、終わりました。

 エンディングナンバー4、『お巡りさんの足音』です。

 短い人生だったな。願わくば来世では、女性に抱き着いても怒られない美少年になりたい……。

 

「って、ごめんなさいごめんなさいっ! いつまで抱き着いてっ……! 今、退きますかっ、ぁ、ごふっ!?」

「おや……大丈夫かい、雨夜君?」

「んごごご……あ、頭が……」

 

 焦って距離を取ると、勢い余ってベッドから落ちてしまった。強打した後頭部が非常に痛い。

 暫く悶絶していると、その痛みのおかげか。段々と頭が働き、記憶が蘇ってくる。

 

 そうだ。僕は確か、メリアさんの話の途中で気絶したのだ。

 体が言うことを利かず、視界が暗くなっていったのを覚えている。

 そこまではいい。問題は現状である。

 

 どうして僕は、朽葉さんと一緒に寝ていたんだ?

 いくら頭を捻っても答えは出なかった。

 

「……床は冷たいだろう。ほら、こっちにおいで……? まだ君も、疲れているはずさ」

「いえいえいえいえ。僕なんぞはここで十分でございます」

 

 朽葉さんの誘いを全力で断る。これ以上罪を重ねるわけにはいかなかった。

 そもそも同じベッドで話とかできるわけないし。童貞だし。

 

 故に僕は床の冷たい感触を味わいつつ、恐る恐る疑問を述べた。 

 

「あ、あのぉ、それでぇ……僕はどうして、こんなことに? というかここは一体……」

「はいはい……それは、こっちで話そうね」

「いえ、ですから僕は……ん? うぉおおっ!?」

 

 体が宙に浮く。比喩とかではなく、実際に体が浮いていた。

 驚愕の声を上げ、思わず彼女を見る。そこには実に楽しそうな顔をしている麗人の姿があった。

 あ、よろこんでいらっしゃるのですね……。

 ならよかった……。

 

 いやよくない! どうなってるんだこれ!?

 

「う、浮いてっ……! ちょ、これ浮いてますって……っ」

「ふふふ……」

「ふふふじゃなくて! 朽葉さんっ、え、これ朽葉さんのやつだよね? 助けてくださーい!」

「うーん……どうしようかな。……素直にベッドへ戻る、というなら考えてあげるけど……」

「あ、それは無理です」

 

 捕まっちゃうので。

 

「……」

「うぉおおお!? ま、まわっ、視界が回るぅっ!?」

 

 朽葉さんの人差し指が動いたと思ったら、視界が横に流転した。

 高速とまではいかないが中々の速度だ。三半規管終わりそう。

 

 しかし不思議なことに、回る景色は鮮明に見えた。愉快そうに笑う朽葉さん、横に並ぶ白いベッド、コーヒーメーカー。

 それらがやけに、くっきりと見える。 

 

 己に起こった変調に疑問を覚えるも、その思考は気持ち悪さに塗り替えられた。

 は、吐きそう……。

 回りすぎて、死ぬ……。

 

「く、朽葉しゃ……た、助け、たしゅけて……」

「んー?」

「……も、戻りますっ。ベッドに戻りますから、止めてくださいぃっ」

「うん、よろしい」

 

 彼女の許しの声と共に回転が終わる。

 宙ぶらりんになった僕は、さながら電池の抜けた玩具であった。

 

「うぅ、気持ち悪い……」

「はは……許しておくれ。だがこうでもしないと、君は意地でも上ってこないだろう?」

「……まぁ、はい」

「うん……君のそういうところを、私は好いているけれど。同時に心配もしているんだ。だからどうか、無理だけは……と言っても、君には無駄かな」

「いやぁ、そんなことはないですよ。そもそも僕、無理なんてしたことないですし」

「ほら。やっぱり無駄だった」

 

 くすりと笑い、朽葉さんがゆっくり体を起こす。

 灰色のくすんだ、されど絹のような柔らかさを持った髪がシーツを這う。あれに触れるには、きっと一生を捧げても足らないんだろう。

 そう確信できるほどの神秘性。触れ難さ。

 

 改めて思う。

 彼女は美しい……危険なほどに。

 

「……あぁ、君は起きなくていいよ。そのままうつ伏せで……そう、そのまま。あと、両手を顔の前にして……ふむ」

「あの、何をしようと?」

「……うん、服が邪魔だね。脱がそうか」

「脱がっ……!? あの、朽葉さん!? 今ちょっと変なこと言いませんでした? 僕、脱ぎませんからね!」

「あぁ、勘違いしないで」

 

 よ、よかった……。やっぱり聞き間違いだったんだ。

 そうだよね、朽葉さんがそんな、服を脱がそうとかさ。

 ありえないよね!

 

「私は、 脱がすと言ったんだ。君に選択肢はないよ」

「フラグ回収ぅううう!」

 

 僕が、ありえないよね、とかそんなまさか、って言ったときは大体当たってる気がする。 

 生まれながらのコメディアンなのか……?

 

「ふんぬっ」

 

 しかし僕は運命を幾度も変えてきた男。こんなの、スライムとの激戦に比べれば可愛いものよ。

 シーツを握り、ベッドにしがみ付く。

 

 ふふ、残念でしたね、視聴者の皆さん。

 現在、僕が着ているのは迷宮で使う防護服。その構造上、前からしか脱がすことはできない。

 つまり、僕が上を向かない限り服は安全ってことさ!

 なんという完璧な作戦。自分の賢さに戦慄するばかりだよ。

 

 ……ん? これってもしかしてフラグか?

 

「よいしょ」

「あぁっ、ジッパーが勝手に開くぅうっ!?」

 

 僕のお馬鹿! そういうこと言っちゃ駄目って、なんで分からないかなぁ!

 

 独りでに開いていくジッパーを抑えようとするも、時すでに遅し。防護服の前が完全に開き、あれよあれよと脱がされていく。

 手によるものではない。

 これはさっきの、僕を宙に浮かしたときの感じに似ている。 

 

「く、朽葉さんって、超能力者だったんですかっ?」

「さぁ、どうだろうね……?」

 

 それもうずるいちゅき。

 はぐらかされてるのに、心の安らぎゲージがうなぎ上りだよ。

 

「はい、これで終わり」

「あぁん、らめぇっ」

 

 そして最後の砦、黒いインナーも脱がされる。僅かの抵抗も許さぬ早業だった。

 

 上半身を生まれたままの姿にされた僕。

 あれかな、くっ殺せとか言えばいいのかな。

 どうしよう……既に心も体も屈してるんだけど。勝ち目がなさすぎて笑えてきた。

 

「ふふ……そんなに緊張しなくていいさ。少し、マッサージをするだけだから……」

「まままマッサージ? 嘘でしょ、今日お金持ってきてないよ……」

「はい、リラックスして……」

「ぅ……あふぅ」

 

 背中が朽葉さんの指によって、ゆっくりと押される。 少しひんやりとした、すべすべの感触。

 滑らかな指は上から下へと流れていく。

 その力加減は正に絶妙。

 強張っていた筋肉が一瞬にして弛緩し、蕩けていく。

 

「あぁー……」

「くふふ……気持ちいいかい?」

「……っ、はい」

 

 耳元で囁かれる言葉。

 すみません、ちょっと変な妄想をしてしまいました。だって気持ちいいかとか聞かれたら、そんなの誰だって考えちゃうよ。

 僕悪くないよ。

 全てはあれだ、地球温暖化とか災害とかが悪い。絶対に許さねぇ……。

 

「ん……少し、筋肉が付いてきたね……ほら、こことか」

「わっ! そこは、あの、擽ったいというかなんというか」

「ほほぅ……?」

 

 彼女の声に悪戯な色が乗る。

 やばい、死ぬ。 

 

「あっ、ちょ、んふふっ。やめ、ふひっ、止めてくださっ、あはははっ! そこ、やば……! ぬほほほっ」

「……君は実にいい反応をするねぇ」

 

 脇腹付近の筋肉を触られ、悶絶する。

 なにこれ幸せ。朽葉さんの綺麗な指が僕の体を触っていて、擽られて幸せ。

 まるで失われた青春が戻ってきたようだ。

 ここが僕の楽園……ただいま……。

 

 そうして、数分ほど擽り攻撃が続き。

 僕が若干過呼吸になり始めた頃、彼女の指は止まった。

 そして再び労わるような優しいマッサージに代わる。首元、背中、腰。笑いによって力んだ体を解され、弛緩していく。

 

「……」

「……」

 

 静かな時間が淡々と流れる。

 ゆったりとした手付きも相まって、このまま寝てしまいそうだ。

 僕は二度三度目蓋を強く閉じ、先程から気になっていたことを尋ねるために口を開いた。

 

「あの……そういえば僕、あの後どうなったんですか?」

「ん……?」

「えと、メリアさんの前で倒れたのは覚えてるんですけど。そこからどうして、ここにいるのかなぁ、と。そもそもここは一体……?」

「あぁ、そうだったね。大丈夫、一から説明するよ……」

 

 両肩に手を置かれ、掠れた囁き声が耳元に近付く。また背中に感じるこの柔らかな感触は……考えてはいけない。

 予想外の接近に心臓が騒ぎ出す。

 その動揺を知ってか知らずか、彼女は姿勢を変えずにボソボソ喋り出す。

 

「まぁ、説明といっても単純で……私が倒れた君をここに連れてきた。それだけなんだけど……あ、ここはラビリンスの仮眠室でね。この時間帯は誰も来ないから、安心していいよ」

「なるほど。通報は免れた、ということですね。ありがとうございます」

「くく、むしろ襲っているのは私の方じゃないかい?」

「そりゃ朽葉さんみたいな綺麗な人が、僕を襲うなんて誰も考えませんよ。疑われるのは僕でしょうに」

「そうかねぇ。君も大概、可愛らしいと思うが……」

 

 はぁ、と温かい息が耳を掠める。

 ちょっと朽葉さん、それはちょっと、ちょっとすぎやしませんかね。駄目ですよ、それは。

 

 既に頭は機能していない。声が上擦らないように気を付けて、必死に話題を探す。

 

「あー、その。なんというか、色々と迷惑をかけまして。申し訳ないです、ほんと」

「気にしなくていいさ。君は、よく頑張った……その褒美として、安息が与えられるのは当然のことだよ」

「……また、聞こえてたんですね。やっぱり朽葉さん、超能力者だったりしません?」

「ふふ、そうかもしれないねぇ……」

 

 くすくすと笑う彼女。その度に耳元がゾワゾワとなり、精神が削られていく。

 密着したお互いの体。

 甘い蜜の香りが鼻腔を抜ける。桃色に歪む視界。

 

 このままではいけない。

 シーツを強く握りしめ、冗談めいて口を開く。

 

「いやはや、それにしても今回は強敵でした。……その分、報酬は期待してもよろしいので?」

「勿論。勝手ながらポーチの中身を拝見したけど……あの核の状態なら、二万円は確実だろう」

「え、まじですか!?」

「おっと」

「……ぁ、すみません……」

 

 まさかの二倍の金額に驚愕し、朽葉さんとの距離も考えず振り返ってしまった。

 少し進めば触れる距離。もし彼女がのけ反らなかったら、当たっていたかもしれない。

 僕は自己嫌悪と申し訳なさでいっぱいになり、頭を下げ続けた……。

 

「……ふふ、ごめんよ。少しからかいすぎたようだ。君の反応が面白くて……可愛くて、ついね」

「……そんなこと、生まれて初めて言われましたよ」

「そうかい? なら……お相子、だね」

「へ?」

 

 僕の背中から遠ざかった彼女の言葉に疑問を抱き、位置を確認して振り返る。

 彼女はベッドから降りて、こちらを見ていた。

 その表情はいつものニヒルな笑顔で……どこか、儚げでもあった。

 

「私も、()()綺麗だと言われたのは君が初めてだ。その言葉はもう、二度と聞くこともないと思っていたが……運命とは、分からぬものだね」

「……朽葉さん?」

「さて、そろそろ私は帰ろうかな。どうやら君を心配で仕方のない子がいるようだし……邪魔者は退場するに限る」

 

 そう呟いて、彼女は扉まで静かに移動する。 

 極めて無駄のない歩法。革靴なのに足音がほとんどしなかった。

 そしてそのまま、扉の取っ手を掴み……。

 

「……あぁ、そうだ」

 

 最後に言い残したことがあるとばかりに、振り向いた。

 

「明日はちゃんと休みなよ。君が思っている以上に、精神の疲れは重大だ。間違っても、明日はラビリンスに来ないように……分かったかい?」

「あ、はい。休みます」

「よろしい」

 

 彼女は笑顔で頷き、今度こそ仮眠室から姿を消した。

 

 一人残された部屋で僕は考える。

 今回の朽葉さんは何というか……凄かったな。

 まず超能力?で僕を浮かしたし、その後のマッサージも筆舌に尽くし難かった。

 しかもトドメには囁きASMR『ダウナーお姉さんの掠れ声を添えて』をリアルタイムで体験した僕は、もう爆発寸前である。

 

 でも、最後の様子だけが気になった。

 楽し気な雰囲気に混じる、少しの……何だろうか。よく分からないが、何かを含んだ笑みだった。

 

 いつかその答えを聞くことができるのだろうか。

 この前は迷宮が異常な理由も知っていると話していたし。

 やっぱ、何かあるよなぁ、あの人。

 

「……まぁ、いいか」

 

 だとしても関係ない。朽葉さんは朽葉さんだ。

 ちょっと人をからかうのが好きな、優しい人。それだけ分かっていれば、十分だろう。

 

 僕は軽くなった体を完全に起こし、ぐっと伸びをする。

 あ~、気持ちええんじゃ~。

 

「はふぅ……」

 

 朽葉さんのマッサージすごいな。関節とか、ほらこんなところまで曲がるよ。

 整体とか行ったらこんな感じなんだろか。

 今度暇があったら、行ってもいいかもなぁ。

 ふいー。

 

 ……ん、なんか忘れてる気がするな。なんだろう。

 そこそこ重要なことだったような……あー、思い出せない。もどかしい。

 確か、朽葉さんがさっき……。

 

 ガララ。

 

「失礼します。雨夜様、ご体調はいかがでしょう、か……」

 

 あ、メリアさんだ。やっほー。

 

 扉が開く音に顔を向ければ、そこには空色の髪を少し乱した彼女がいた。

 なるほど、思い出した。

 あの僕を心配でー、とか言ってたのはメリアさんのことだったのか。

 やだ、嬉しい。

 普段は無表情なのに、実は僕のこと心配してくれてたの?

 えー、ちょー嬉しいんですけど。

 

 ……でも、なんか様子が変だな。僕を見て、彼女は石のように固まってしまった。

 

「えと、どうしたんで……」

 

 言葉の途中で気付く。

 

 僕、上半身裸や。

 

 脳裏でサイレンの音が流れる。

 

「わーっ、ごめんなさいっ。違うんですこれはセクハラじゃなくてその……違うんです!」

 

 わちゃわちゃと言い訳をしながら、防護服を羽織る。黒のインナーを着ている暇はない。

 とりあえず、肌を隠さないと。

 

 ……セーフか?

 

 僕は防護服に腕を通しながら、メリアさんをちらりと見る。

 彼女は無表情のまま凄い勢いでこちらへ向かってきていた。はい終わりです終わり。お疲れさまでした。

 

「雨夜様……っ」

「ふぁい」

 

 彼女はそのまま僕の前まで移動し、逃げられないようにか、防護服を掴む。

 絶体絶命の危機。

 そして僕は……。

 

 

 防護服を、脱がされた。

 

 

 本日二度目の上半身の開放。

 クーラーの利いた涼しい空気が素肌を撫でる……。

 

 なんで???

 

「……いや、え!? な、なんで脱がされっ、え!? メリアさん!?」

「『アレ』に何かされましたか? 体調の異常は? 吐き気、倦怠感、頭痛などはありませんか? 私の言葉は分かりますか?」

「ないないないです! だから、ちょ、触らないでっ……! サワサワしないで……!」

「筋肉の疲労度、骨格の歪み、血流状態……全て良好? データと違う結果を確認。更なる情報を……」

 

 僕のお腹に顔がくっつきそうになるほど近付き、観察するメリアさん。

 こうなってしまっては、もはや言葉は届かない。

 

 朽葉さんとは何もなかった。

 マッサージをしてもらっただけ。

 怪我はない。あと、明日はちゃんと休む。

 

 ただこれだけの情報を彼女に伝えるのに、結局僕は、一時間かかったのであった。

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