スキルレベルしか上がらない一般身体能力学生が迷宮に挑んだら   作:石田フビト

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三十七話 転校生が知り合いなのは主人公の特権

 第二階層での死闘から、もう二日が経った。

 

 昨日の記憶はない。ただぼーっとしてたら、いつの間にか一日が終わっていた。 

 あれは朽葉さんの言う、精神の疲れというものだったのだろう。

 家に帰ってみて漸く理解した。

 全身から力が抜けて、立ち上がれなくなった感覚をよく覚えている。

 

 ……まぁ、確かに。

 考えてみれば、僕って結構やばい経験してるよな。骨折れたり、内臓ぐちゃぐちゃになったり。

 ついこの前まで普通の学生だったんだぜ、僕?

 いや今もそうなんだけどさ。

 

 何なら、教室の席に座っているわけだけどさ。

 

「はぁ……」

 

 辛いねぇ。

 自分で選んだ道だとはいえ、こんなにも大変だとは思っていなかった。

 誰だよ冒険者は勝ち組とか言ってた奴。スライムにボコられてから言えよ、まったくよぉ。

 

 キーンコーンカーンコーン。

 

 頬杖を付きながら胸中で毒づいていると、チャイムが鳴り響いた。

 朝のホームルームが始まる。

 ガララ、と扉を乱雑に開けて担任が入ってきた。次いで響く、扉の閉まる轟音。 

 

 荒川先生、もうちょっと優しく扱ってくださいね。この前もそうやって扉壊して怒られてたじゃないですか。

 減給しても知らないですよ。

 

「おー、お前ら座れよー。座れ、おら座れ。ぶっ飛ばすぞ、あ?」

 

 荒川先生はきつい感じの美人だが、口がとても悪い。

 ギロリと睨みつけられた生徒が少し嬉しそうに頬を染め、ニヤニヤして席に座る。

 江蓋君を含め、この教室の何人かは既に目覚めていた。業が深い……。

 

 全員座ったのを確認し、先生は口を開く。

 睡眠不足なのかダルそうだった。

 

「あー……ったく、何言おうとしてたんだっけか……えー、あ、そうだ。今日ここに転校生がやって来る。よかったな、野郎共」

 

 ……転校生? こんな時期に?

 突然の報告に思わず疑念が込み上げ……その思考を塗りつぶすように、爽やかな声が教室に響いた。

 

「と、いうことはつまり?」

「誰だお前」

「江蓋です。先生のお言葉を聞くに……転校生は、美少女と断定してもよろしいでしょうかっ?」

「あー、たぶんな」

「よっしゃぁあああああああ! 女王様候補きたあああああああ!」

 

 彼は自分の眼鏡をクイクイしながら高らかに天を向いた。

 荒い鼻息は、正にご褒美をねだる豚そのもの。その姿に女子はドン引きし、男子は静かに尊敬の念を送った。

 こういう人間が、日本の将来を変えるんだろうな。

 

「おうおう、どうやら待ちきれねーみたいだから、さっさと紹介するか。おい、入ってきていいぞー」

 

「分かりました、先生」

 

『……!』

 

 その綺麗な声に、教室の全員が戦慄する。

 特に男子は凄かった。もう、そわそわが全身から溢れ出ていた。

 無意味に髪を整える者。口臭をチェックする者。口に手を当てて、イケボの準備をする者。

 

 見るに堪えない光景とはこのことだった。 

 共感性羞恥ともいうべき、言葉にできない恥ずかしさが僕を襲った。

 美少女が陰キャを好きになるなんて……そんなの、創作だけなんやで。

 肩を叩いてそう教えたかった。怖がられるからやらないけど。

 

 ……しかし、あの声。

 どっかで聞いたことがあるような……。

 

「失礼します」

 

『おぉ……!』

 

 カラリ、と静かに扉を開けて彼女は入ってくる。

 透き通るような金髪。まるで絵本の中から飛び出してきたような、小さな顔に可憐な碧眼。

 そして際立つスタイルの良さ。

 男子の中から歓声が上がる。女子でさえ、あまりの可愛さに吐息を漏らしていた。

 

 金髪碧眼巨乳美少女。

 およそ二次元でしか見たとこのない存在が、今目の前にいる。

 

 僕はぽかんと口を開けた。

 この人を僕は知っている。あぁ、なんということだ。

 

「うし、じゃあ自己紹介を適当にしてくれ、お嬢」

「あら。今はただの生徒として扱ってくださいと言ったでしょう、荒川先生?」

「こりゃ失敬。昔からの癖でね」

「ふふん、分かればいいのです。……それでは、改めまして」

 

 彼女がこちらに向き直る。蕩けたような笑み。

 その熱い視線の先は僕……ではなく、左後ろに向けられていた。

 

「この度、国立冒険者高等学校へ転校してきました。朝比奈ミラと申します。以後、お見知りおきを」

 

 長い睫毛を揺らしてウィンクする彼女。

 僕はそれを死んだ目で見送った。左耳を掠ったのか、焼けるように熱い。 

 教室が大歓声を上げる中、僕はしっかりとその言葉を聞いた。

 

「まじかよ、あいつ……」

 

 僕も同意見だ、桐生君。

 君の心労は計り知れないものだろう。だが、これだけは言わせてくれ。

 

 君、どんだけ主人公なんだよ。

 

 水無瀬さんだけでは飽き足らず、朝比奈さんもゲットする気なのか。

 いや時系列的には彼女の方が先に会ってるのかもしれないけどさ。まさか、転校生イベントまでするとは……。

 ここまでくると、嫉妬を通り越して感心するな。

 彼がどうなるのか楽しみでもある。刺されて爆発しないかな、桐生君。

 

「落ち着けお前ら。黙れ、黙れって。殴るぞ……うし、静かになったな。んじゃあ、ちょっとばかし質問タイムだ。なんかあるか、お前ら」

「皆さんと仲良くなるためにも、沢山答えようと思いますっ」

 

 顔の前でグーを作って微笑む彼女。どうしよう、めっちゃ可愛い。

 他の男子もそう感じたのか、鼻息をいつもより三倍は荒くして挙手をしていた。

 

「どこから来たんすか! てかそれ地毛ですか!?」

「好きなタイプとかありますか!? 恋愛的な意味で!」

「彼氏いるんですか!?」

「はいはいはい! 朝比奈さんに質問でっす! 女王様になる予定はありぐはぁっ!」

「江蓋がやられた!」

「今から変な質問した奴にはチョークを飛ばす。慎重に聞けよ」

「い、イエッサー……がふっ」

 

 江蓋君は敬礼をして、静かに息を引き取った。僕達は心の中で敬礼を返す。

 一人の英雄が、今日ここで散ったのだ……。

 哀悼をささげ一時の静寂が教室を包む。

 それを破ったのは、我らが三女神の一人、桜森さんだった。

 

「あ、じゃあ私質問いいですかー?」

「いいぞ、桜森」

「ありがと~先生ぇ。じゃあねぇ、うーんと……どうしてここに来たのかー、ってのが無難かな? どう?」

「ふむ。どうだ、朝比奈」

 

「はい! えっとですね、ここに来たのはぁ、そのぉ」

 

 もじもじと手を前で合わせ、顔を赤らめる朝比奈さん。

 ちらちらこちらを見る姿は何とも愛らしい。

 ざわつく生徒をよそに、僕はボールペンを分解して、その中にあるバネで遊ぶことにした。この先の結末は分かっている。

 

 彼女は天使の笑みで、爆弾を投下した。

 

 

「私の()()()である、桐生翔也様と一緒に勉強するためです♡」

 

 

 一瞬の静寂。

 僕はバネを置いて、両耳を塞いだ。

 少し遅れて、爆発。

 

『え、えええええええええええええ!?!?』

 

 くっ、四十人近くが絶叫するとこうなるのか……! 凄い音量だ……!

 これが人間の可能性……! みんなの鼓膜大丈夫なのかこれ……?

 

 心配になってキョロキョロ見渡すと、騒いでいる生徒達の中で一人、微動だにしていない生徒がいた。

 水無瀬さんだ。

 彼女だけは唯一、全く動くことなく静止している。正直めっちゃ怖い。

 黙って朝比奈さんを見つめてるの怖すぎる。

 

「……大変なことになったなぁ」

 

 耳を塞ぎながら呟く。

 朝比奈ミラの転校は、予想通り大波乱を巻き起こしたのだった。

 

 

 

 

 

 それから暫く経ち、教室の絶叫が収まった頃。

 現在、生徒達は見事に二分されていた。

 即ち女子の『なにこれラブコメ? きゃー、尊い!』グループと、男子の『は? 死ね』グループの二つに。

 男子の殺意が凄いことになっていた。

 ぼそぼそと、彼らの怨嗟が聞こえてくる。

 

「……すぞ」

「許せねぇ……あいつだけは……」

「闇討ちは俺に任せろ。うちは代々、忍者の家系なんだ」

「男子高校生、殺害、バレない方法っと……へー、塩酸ね……」

「この前買った爆竹まだあったっけ。改造すれば……殺傷……」

 

 なんだこれ。

 憎悪としか呼べない黒い何かが蠢いてる。冒険者として討伐すべきなのか……?

 いやしかし、まだ悪と決まったわけではない。

 その証拠にほら、皆のまとめ役、寝都君が立ち上がったぞ。

 

「みんな、落ち着くんだ。転校生の前だよ? そんな風に殺伐としてちゃ、彼女も困って……」

「でも桐生、水無瀬さんとも仲良くしてたぞ」

「あぁ、俺も見た。何か楽しそうにお喋りしてたな」

「てか寝都も見てただろ。記憶消してんじゃねぇよ」

 

 寝都君の表情が消える。

 

「……人気の少ない川の場所を知ってる。ここから車で二時間だ。そこに沈めよう」

「了解した」

「車はどうする」

「俺に任せろ。近所にツテがある」

「分かった、頼んだぞ」

 

 どうしよう、桐生君殺害計画が順調に進んでいる。

 かつてこんなにも一致団結したことがあったろうか。なんていう醜さだ。見てるだけで吐き気を催す。

 やはりもう、討伐するしか……。

 

「ねーねー! 朝比奈さんってどこに住んでたの? 苗字は漢字だから……ハーフとか?」

「ふふ、私は生まれも育ちも日本ですよ。ただ、母がアメリカ人でして……」

「へー、そうなんだぁ! 顔小さくていいなぁ~。肌もすべすべだし」

「そうですか? 貴女もとても綺麗ですよ?」

「……い、嫌味に感じない……これが真の美少女か……」

「はいはい! じゃあ今度はこっちの質問ね!」

 

 悲しき愛の怪物と化した男子とは対照に、女子は興味津々とばかりに質問していた。

 まぁ気持ちは分かる。

 美少女転校生と婚約者イベント、とか現実で起こったら興味引くよね。

 故にその質問が出るのは、当然のことだった。

 

「申し訳ありません、朝比奈さん。一つ、質問よろしいでしょうか」

「はい! 何でも聞いてください!」

「では……先程の、婚約者、というのはどういうことなのでしょうか。簡潔にお答えください」

 

『……!』

 

 水無瀬さん、言った……!

 あの聞きたかったけど聞きにくかった質問を、何の恐れもなく……! 

 対する朝比奈さんは、余裕の表情で。

 

「んー? 婚約者は婚約者ですよ? そこにいる桐生翔也様は、私のフィアンセでございます」

「……っ、そうなのっ? 桐生君っ?」

 

 全員が気になっていた話題だったのだろう。

 水無瀬さんが振り返るにつれて、全員の視線がこちらへ向く。

 その内何人かは僕の顔を見て振り返るのを止めていた。泣いてもいいか?

 

 かくして、彼に注目が集まる。

 さて、その返答はいかに……。

 

「……はぁ。勝手に決めつけるな。俺に婚約者なんていない。全部そいつの戯言だ」

「……! 信じてました、桐生君……!」

「まぁ、酷いです。戯言だなんて……傷付いちゃいます」

「下手な演技はやめろよ。ったく、何考えてんだあんた?」

「あら、私の名前は『あんた』ではありません。どうか……ミラ、またはハニーと呼んでください。ダーリン?」

「だ、だだダーリン!? き、桐生君!?」

「一々俺の名前を呼ぶなよ……」

 

 ため息を吐いて面倒くさそうにする桐生君。

 どうでもいいんだけど、他所でやってくれないかな。僕は君達に挟まれて非常に居心地が悪いんだよ。

 てか水無瀬さん泣きそうになってるんだけど。君、ほんと彼女に何したのさ。

 

「大体、あんたとは」

「ミラ、もしくはハニー、です」

「……ミラとは、一回しか会ったことがねぇ。それも電車の中でだ。だのにいきなり婚約者ってのは、どういうつもりなんだ?」

「どうもなにも私は貴方をお慕いして……」

「だから、それが分からねぇんだよ。俺は別に、ミラに惚れられるようなことはしてない」

「うふふ……そういうところが素敵なのですよ、桐生様。分からぬというなら、説明いたしましょう。あぁ、今でも思い出せます。あの運命の日の出来事を……」

 

 彼女はうっとりとして遠くを見つめた。

 何だか長くなりそうだな。丁度いいや。さっき暇つぶしで遊んでたペンのバネ無くしたから、今のうちに探そっと。

 えーと、どこ行ったかな……。

 

「……そのとき! 彼が白馬の王子のように現れ……」

 

 うわ、教室の床汚すぎるだろ。誰だよ昨日掃除したやつ。

 あれか? 僕の席には近寄りたくないってか?

 バネも見つからないし……あれないと、ノートに赤線引けないんだけど。

 折角今日は頑張って授業受けようと思ったのに。

 

「……私は感じたのです。彼こそが、運命の人だと……!」

 

 ……ん? あ、これか!

 机の脚に隠れて見えなかったよ。ふー、よかった。

 これで一安心だ。

 

 席に座り直し、前を見る。どうやら彼女の演説も終わったらしい。

 ちらりと水無瀬さんの背を見つめる。

 桐生君との馴れ初めを聞いて、彼女は何を思うのだろう。

 

 文武両道、品行方正。

 我らが三女神のリーダー、水無瀬理沙さんは、一体何を。

 

「ふ、ふーん……そ、そんなこと言ったら、私も迷宮で助けてもらったし。朝比奈さんだけじゃ、ないし……私は冒険者だし……」

 

 めっちゃ普通に嫉妬してた。そしてマウントの取り方がダサい。

 こんな水無瀬さん見たくなかったよ。

 

 だが必死の抵抗も虚しく。朝比奈さんは満面の笑みで言った。

 

「あら、あなた()冒険者だったのですね!」

「へ?」

 

 ……立ち振る舞いから、そうではないかと疑っていたが。

 やはりそうだったか。

 お悔やみ申し上げます、水無瀬さん。

 

「よかった……私、冒険者同士でお友達になるのが夢だったんです。これから、よろしくお願いしますね!」

「う、うん……よろしく、ネー」

 

 彼女の背中の哀愁が凄いことになっていた。

 声には覇気がなく、まるで魂を抜かれたようだ。成仏してくれ、水無瀬さん。貴女のことは忘れないよ。

 

 ……しかし、水無瀬さんには悪いけど凄いな。

 これでこの教室には僕を含め、五人の冒険者がいることになる。

 千人に一人が適合者に選ばれるわけだから、それが五人も集まるのは結構なことだ。

 他の皆も同じことを考えたようで、驚きの声を上げていた。

 

「ま、まじかよ……朝比奈さんも冒険者だったなんて」

「これで()()()だろ? 俺、このクラスになれて幸運だわ……」

「女王様ぁ……」

 

 ん? 四人目? 

 ……あぁ、そっか。皆は桐生君が冒険者だってこと知らないのか。

 僕も電車の件がなければ気が付かなかったし。彼自身も隠してるようだから、仕方ないよね。

 

「凄ぇなぁ……桐生に続いて、朝比奈さんもかよ。もしかしたら俺も、適合者になる可能性が……!」

「はは、ねーよ」

「……まぁでも、確かに夢見ちまうよな。あの桐生でも冒険者になれたんだからよ」

「お前はスライムでも負けそうだけどな」

「んだとぉ?」

「ははははっ! 確かに!」

 

 わいわい、わいわい……。

 

 ……why(ホワイ)

 なんで、桐生君が冒険者だってこと知ってるの?

 彼、今までずっと授業に出てたよね?

 僕がいない内に何かあったの?

 ていうか……。

 

 僕、週二で登校してるのに、冒険者だと気付かれてないの?

 

「……」

 

 前からは桐生君の近くに座ろうとする朝比奈さんと、それを止める水無瀬さんの声が。後ろからは桐生君の面倒くさそうな溜め息が聞こえる。

 

 ……窓に顔を向けて、その先にある空を見つめた。

 鬱陶しいくらいに青い空には、雲がぽつりぽつりと浮かんでいる。

 綺麗な空だ。

 けれど、何故だろう。こんなにも胸が痛いのは。

 

 僕は頬を伝う熱い液体を、静かに拭った。

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