スキルレベルしか上がらない一般身体能力学生が迷宮に挑んだら 作:石田フビト
仄かに灯りをともす、薄暗い洞窟の中。
その場で刀を一振り二振り、間断なく素振りをする。
ひゅんっ、と鋭い音が耳に響き、僅かな空気の振動が肌に伝わった。
続いて、袈裟斬り、逆袈裟斬り、一文字、左袈裟斬り、左一文字、突き、そして……真上に振り上げて、真向斬り。
振り終えた刀は鞘に収められた。
全ての動きに淀みはなく、自然のままに動けている。
自分でも信じられない。
生粋のもやしっ子である僕が、こんな風に刀を扱えるとは。
「これも、スキルのおかげなのかねぇ……」
改めてスキルの有能性に感嘆しつつ、本日
赤い宝石の如く輝くそれは、我ながら見事な真っ二つであった。
一ヶ月前の僕では、あれを真正面から斬れるようになると言っても決して信じないだろう。
ましてや、その斬り方を工夫するなど。
漫画やラノベの読みすぎだと言われそうだ。
「でも……実際、できちゃったよなぁ」
最初の戦闘ではスライムの勢いを殺しきれずに激突した。
であればと次の突進は、あえて両断せずに押し潰したのだ。
結果的に言えば、それは失敗だった。
なんせ相手は超高速の弾丸だ。
受け止めること自体は成功したが、腕への負担が尋常ではなく。何なら、最初よりもダメージを負う始末である。
これではいけないと反省し、考え抜いた三戦目。
つまり今回の戦闘で、ついに僕は編み出したのだ。
自分に被害が及ぶことなく相手を倒すことのできる、最強の戦法を。
「正直無理だろと思ったけど、案外やれるもんだね」
名付けて、しゃがみ斬り。
ネーミングセンスが終わっているとしか思えない。
待ってくれ、今もっといい名前考える。
えーと、そうだね……前傾姿勢斬り。うん、やめようか。
とにかく、前へと沈むように体を倒して、飛んでくるスライムを斬るのだ。
戦闘の基本的な戦法は避けながらの攻撃である。
よって、しゃがみ斬りはその理想に則った一撃といえるだろう。
おいおい……全く、何度驚かせてくれれば気が済むんだい雨夜和幸。
このまま次のベスト和幸賞も狙うつもりか?
当たり前だよ、ミスターレインナイト。今回もこの賞は僕のものさ。
ワォ、すごいね。
ははは……まぁ、僕しかエントリーしてないから、当然なんだけどね!
オーマイガッ!
そうして僕とミスターレインナイトは笑いあった。
薄暗い会場で響く僕らの笑い声。
この時間がいつまでも続けばいいのに……。
僕は何を考えてるんだ?
とうとう頭がおかしくなってしまったのだろうか。
誰だよ、ミスターレインナイトって。
「あー、駄目だ。上手く集中できない……ていうかダルいぃ……」
戦闘を終えて、緊張が緩んだからか。さっきからやけに思考が定まらない。
おいおい、大丈夫か雨夜和幸。
駄目だ、内なるレインナイトさんが顔をひょっこり出してきている。
これは早急に対処せねば。
「んにゃー……これ、ポーションで何とかなるもんなの……?」
何も考えずにポーチから取り出したが、大丈夫かな。
まぁいいや。
飲んどきゃいいっしょ、飲んどきゃ。
ごく、ごく……。
「ぷはぁ……うん! 頭痛と倦怠感と疲労困憊!」
アドレナリンって偉大なんだなぁ。
一度疲労を意識してしまうと、立ち直るのは容易でなかった。
あと地味にポーションが効かないことに驚いた。
治すのは体の傷だけで、精神には効果がないのかもしれない。
あー……そうね……今日はいっぱい集中したものね。
最後の素振りで使い切っちゃったよ。
何ていうの? あの、ほら分かるじゃん。体力的な、その、ゲージ的なね?
集中するにも限界があるんだよ、きっと。
今の僕がそうだ。
たぶん、今日はずっとこんな感じなんだろな。
「えぇー、せっかくここまで来たのにぃ」
これで三体目のスライムを倒した。
ということは、多くてあと二回戦闘すればこの階層を突破できるのだ。
まぁでも、うーん。
「……はぁ」
……今日は、帰ろうか。
締めて六万円。申し分ない成果だ。このまま欲をかいて死ぬのも阿保らしい。
踵を返し、来た道を遡っていく。
それなりに長い洞窟を歩きながら考えるのは、今日の反省点だった。
何が良くて何が駄目だったのか。
次の冒険のために、できるだけ考えてみよう。
「うん……」
まずは、あれかな。
スライムの突進を馬鹿正直に斬ったのが駄目だったな。
そのせいで残骸とぶつかったし。今後はそういうことも考えなきゃいけない。
それに、押し潰すのも無しだ。
今日はあそこで仕留められたからよかったものの、もし生きていたら追撃の恐れがあった。
その時、僕は刀を振るえない。
腕を破壊されるリスクは、なるべく取るべきじゃない。
あとは、最初に急ぎすぎたこととか、戦闘の中での細かいミスとか。
そして何より……集中力の限界、かな。
「……そもそも、集中って何なの?」
結構てきとーにやってるけど、あれって何なんだろう。
言葉にするのは難しいな。
こう、スライムに意識を割くというか。脳みそに力を入れるというか。
そうすると、何となくだけど。
世界がスローになるんだ。そして、鮮明に、相手がどう動いて、僕はどう動くべきなのかが分かってくる。
一種の、事故とかで世界がゆっくり見えるようになる、的なあれだろうか。
確か、タキサイキア現象とか言ったっけ。
スポーツのゾーンにも近い気がする。なったことないから分からないけど。
「でも、そうなると……」
やっぱり重要なのは、その状態をいつまで続けられるかだよね。
今の疲労具合からして、そう何回もできるもんじゃない。
というか出したり引っ込めたりできるのか?
戦闘中はスライムの突進の時に集中している感じはするけど、それ以外はどうだろう。
理想を言うなら、戦闘中……いや、迷宮にいる間はずっと集中していたい。
だが体力が持つか?
寧ろ、適度に休んだほうがいいんじゃ……。
「……ん? いや、いやいやそうじゃん。別に急いで次の扉に向かう必要はないよ。馬鹿なの、僕?」
一回戦闘して、十五分休憩とか。
そんな連続して戦う必要なんかないじゃんね。
おいおい、これじゃあベスト和幸賞はあげられないな。
レインナイトさんもそう思いますか。
あぁ……しかし、その事実に気付けた。よって、これからの行動次第でまだまだ受賞は目指せるはずだ。
「ありがとうございます……レインナイトさん……」
……はっ!
今、何か喋ったっけ?
やばい、記憶が飛んでる。何となく黒いマスクを被った気味の悪い男がサムズアップしてた気がするけど……。
「うぅ、頭痛い……ベスト和幸賞ってなんだよ……」
この前みたいに、倒れたりしないよね?
もし休憩室に連れていかれて朽葉さんと添い寝なんかしたら……たぶん、次は四肢が爆発すると思う。
うおおお……! 頑張れ僕……!
家に帰るまでが冒険だ。
気を抜くなよぉ……!
「えーと……えーと……」
あと、何か反省することあったっけ。
改善点でもいいや。
えーと……あ、そうだしゃがみ斬り。
あれも結構、改良の余地があるっていうか。
相手が頭を狙ってきた時しか使えないから、何とかしたいよなぁ。
さっきの戦闘は狙ってくるまで避け続けたけど。
集中力の限界があるなら、早期決着が一番だし。
足を狙ってきた場合……下から掬い上げる? 横にずれながら?
いや無理すぎ。
そもそも下から振って斬れるのか?
少なくとも、今の実力じゃ無理だ。これが、『剣術 Lv 5』とかになったら話は違うんだろうけど。
右肩とか、お腹とか、そういうのも難しい。
真上からの振り下ろしが一番斬りやすい都合上。自然と取れる選択肢は、しゃがみ斬りになってしまう。
「……まぁ、とりあえず」
今のところは、この戦法でいくしかない。
戦っていく内に成長するかもしれないし、集中力だって伸びる可能性はある。
だから今は、このままで。
このまま……。
「レベルアップさえできたらなぁ……」
ぽつりと本音が零れる。
なるべく考えないようにしてきたが、こうも苦戦を強いられると、つい求めてしまう。
レベルというのはかくも偉大だ。
弾丸を防ぐ肉体に、車を凌ぐ速さ。
岩をも砕く力に、奇跡を可能にする魔法。
どれも僕が持っていないものだ。
はっきり言って、羨ましい。
もし、レベルアップさえできれば。僕はもっと、凄い冒険者になれるんじゃないか。
そんな妄想が頭を過る日がある。
「……」
仮定の世界で生きることほど、無意味なものはない。
今が全てだ。
それ以上も以下もなく、今、ここにいる僕。
大事なのはそれだけで、かもしれない未来を想像する必要なんかない。
今の僕ができること。
それを精一杯努力することだけが、重要なんだ。
「……ん」
いつの間にか着いていた、古めかしい石造りの階段の前で立ち止まる。
僕は弱いから、優柔不断だから。
こうして何度も意志を塗り固めなくてはいけない。
僕は主人公じゃないから、凡人だから。
こうして何度も目標を立てなくちゃいけない。
忘れないように。見失わないように。
僕が迷宮に潜る理由?
金のためだ。だから完全な勝利なんていらない。
絶対的な力も、名声も、称賛もいらない。
ただ、母さんが長生きできるだけの金を。
家のローンを返せるだけの金を。
税金を、食費を、電気代を払えるだけの金を。
それだけの金を稼ぐ。
履き違えるなよ、雨夜和幸。お前は決して英雄じゃないんだ。
優れてなんかない。
弱くて、臆病で、何の役にも立たない人間だ。
だから期待なんかするな。
お前はただ、金を稼ぐことだけを考えていればいいんだ。
「……すぅ、ふぅ」
何度目か分からない決意を抱いて。
僕は階段を上っていった。
一段、二段。
暗闇の中を上り続ける。
やがて、その黒に塗りつぶされた視界の中に、一筋の閃光が現れて。
染まる。
青色に彩られた光の流星が、全てを覆いつくす。
「……綺麗だな」
最初はちょっと怖かったけれど、今では幻想的な光景だと受け入れられる。
これも『剣術 Lv 4』のおかげかな。
いや流石に関係ないか。美術的感覚だし。分からないや。
まぁ、どっちでもいい……。
光のシャワーを浴びながら僕は階段を上り続ける。
そして、一瞬。
視界を埋める光が強くなったとき。
「……ふぅ」
コツン、とタイルを踏み締める。
強い光によって眩んだ目も次第に順応し、鮮明になった。
白色で包まれた広い受付所。
今日もまた、無事に戻れたようだ。
「おかえりなさいませ、雨夜様」
「あぁ、はい。ただいま帰りました、メリアさん……」
帰還できたことによる緊張の開放で、ただでさえ緩んでいた心が更に解れていく。
やばい、失礼なこと言わないといいけど……。
「……中度の疲労を確認。メディカルチェックを行います」
「へ? めでぃ……なんて?」
「失礼いたします」
「んぶ……あにょ、メリアしゃん?」
「お静かにお願いします」
いや、お静かにと言われましても……。
現在、僕はメリアさんに顔面を両手で抑えられ、その小さな顔に近付けられている。
傍から見たらキス五秒前といった姿勢。
疲れ果てた頭が、警鐘を鳴らした。
「反応速度低下……思考速度低下……魔法的影響はなし……血色良好……体温正常……」
「……あにょぉ」
「……診断完了いたしました。現在、雨夜様には中度の精神的疲労による能力低下が見受けられます。一刻を争う状況ではありませんが、一応救急車を手配しま……」
「その手配ちょっと待ったぁ!」
なにサラッと救急車呼ぼうとしてるの?
違うからね。そんな救急車って、絆創膏的な立ち位置じゃないからね。
「失礼しました。冗談です」
「……メリアさんが冗談を言った喜びと、ふざけんなこんにゃろうという心が混在するー」
「雨夜様は、私が冗談を言うことに喜びを感じるのですか?」
「え? まぁ、はい。軽口を言い合うのは仲のいい証拠ですし……」
「仲のいい、証拠……」
「……あ、でも変なことは言っちゃ駄目ですよ! さっきの救急車とか、本当に焦ったんですからね!」
「了解しました」
彼女は一つ頷き、スカートから携帯電話を取り出した。
あ、それ知ってる。
最新のやつじゃん。えー、羨ましい……。
「……メリアさん、メリアさん」
「はい、なんでしょうか」
「それ何してるんですか?」
「質問に回答します。携帯機器を用いて、雨夜様が私に対して性的な接触を行ったとグループ内に共有しようと……」
「何を了解したんだ、このお手軽冤罪製造犯……?」
また僕の冤罪を作ろうとしてるよこの人。
何なの、そんなに土下座が見たいの?
いくらでも見してあげるから、もう勘弁してください。通報はシャレにならないんですって。
「冗談です、雨夜様」
「だからといって許されるかは被害者の裁量によるよね」
「……であれば。私を、罰しますか?」
そう言ったメリアさんは、羽織っていたコートを少し開いた。
内側から覗くぴっちりとしたインナー。
風に揺られてか、爽やかな香りがこちらに届いた。
……何かこれ、既視感があるな。
分かったよ、メリアさん。
そっちがそういう気ならこっちにも考えがありまっせ。
童貞の底力みせちゃらぁ。
「そうですね。僕をからかったメリアさんには、罰を受けてもらいましょうか……」
「……? 予想される結果との違いを観測。対応パターンを」
「ほら、もっと近くに来てください。じゃないと、できないじゃないですか」
彼女の手を優しく引っ張り、先程同様に近付く。
あれ、女性相手にこんなことしていいんだっけ?
まぁでもメリアさんとは友人みたいなもんだし、仕掛けてきたのはあっちだし、たぶん大丈夫でしょ。
いけるいける。
「ぁ……あの、雨夜様。ぇと……仮想空間を展開、思考速度を百倍に……」
「目を瞑ってください、メリアさん」
「……は、ぃ」
思いのほか素直に瞳を閉じる彼女。
うわ、睫毛なっが。やっぱり顔整いすぎだよなぁ、この人。
っていかん、見惚れてる場合じゃない。
僕は右手を彼女の顔の前まで上げて、そしてそのまま……。
「てい」
「……。……? ……雨夜、様?」
ぺち。
何故か口を少し尖らせている彼女の綺麗なおでこに、優しくデコピンした。
本当に触れるだけの、もはやデコピンといえないお仕置き。
ふふ、やってやったぜ!
「ふふん。これに懲りたら、もう変な冗談は言わないことですね」
「……はい。了解、しました……」
「絶対ですからね? まじで、通報とかセクハラとかで訴えるのやめてくださいよ?」
「……」
無言のまま自分の額に手を当てて、ぼーっとする彼女に対し、思わず不安を抱く。
ほんとに大丈夫かなぁ……?
しかしこれ以上彼女を疑うのも失礼だと考え直し、僕は一言さよならを言ってポータルを離れた。
ふらふらと歩き始めて数秒。
ふと、思い出して立ち止まる。
「……あ、踏破階層言ってないや」
まぁいいか、どうせ踏破できなかったし。
次に言えばいいよね。
再び歩き出し、換金するために受付へ向かう途中、僕は考える。
「……」
さっきのメリアさんがやったことは、たぶん、そんなに怒ることじゃない。
だから、罰だとか言ってデコピンするのは間違いなんだろう。
冷静になればなるほど、自分の狭量さに腹が立つ。
でも、なんか嫌なんだよ。
少し前の、朽葉さんに軽くチョップしたときもそうだったけどさ。
僕は彼女達に……そういう、あの、何ていうんだろう。
誘惑、とは違うか。
だけどニュアンスは近い気がする。
男の情欲を誘って、あるいは惑わして、心を支配する……は言い過ぎかも。
とにかく、嫌なんだ。
彼女達にそんなことしてほしくないんだ。
だって、おかしいじゃないか。
貴女達はそんなことしなくても、十分魅力的なのに。
「……」
……そんな思いが、勝ってしまって。
もっと自分に自信を持っていいと思ってしまって。
けれど言葉に出した途端、それがなんだか、酷く浅はかなものになると思って。
それがあの弱弱しいデコピンになってしまった。
決して、性愛を否定したいわけではないのだ。
僕にも性欲はあるし、正直言って、さっきの仕草に僕は……興奮した。
コートを少し開けただけだというのに。
その奥に隠された、インモラルな雰囲気に、僕は情欲が掻き立てられた。
「……」
……あれ?
じゃあ、悪いのは僕じゃないか。
どうして僕は彼女達を責めてしまったんだ。なぜ、あんなに酷いことをしてしまったんだ。
自分の体を、大切にしてほしかった?
だったら言葉で伝えるべきだろう。
いや、でも、そうじゃないと分かってくれないし……。
ほんとにそうか? もっとやり様はあったのでは?
自分を殴りまくって、そんなことしなくていいですよと言う……そっちの方がやばくない?
いやいや、しかし……。
そんなことを、疲れた頭であーだこーだ考えながら。
僕はゆっくりとした足取りで、受付へ向かった。