スキルレベルしか上がらない一般身体能力学生が迷宮に挑んだら   作:石田フビト

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四十二話 不器用な男

『ご乗車ありがとうごさいました。ラビリンス前、ラビリンス前でございます』

 

「……ふぅ」

 

 駅を降り、ラビリンスへ着くまで約五分。

 今の時刻が七時ちょっと前だから、閉まるのには少し猶予がある。

 

 僕は扉の前でクラウチングの姿勢を取り、その瞬間を待った。

 周りの人が動物園にいる珍獣を見るような目で見てくるが、関係ない。

 今の僕は自由の王様だ。

 恥など道端に捨ててきたぜ。

 

 キィィ……。

 

 電車の速度が下降し、慣性がかかる。

 横向きに押された僕は当然のように、ゴロゴロと電車内を転がった。

 

「な、なんだとぉ……!?」

 

 雨夜和幸、一生の不覚……!

 やめて! 見ないで!

 写真撮らないでぇ!

 

「ふ、ふぐぅっ」

 

 しかしいつまでも転がっている僕ではない。

 瞬時に姿勢を整えて、扉を抜ける。

 そのまま爆走……は他の人に迷惑なので早歩きで進み。

 素早く改札を出てから走り出した。

 

 ラビリンスは入店?する時刻は七時までと決まっている。

 しかし迷宮から帰ってくる冒険者はその限りではない。不測の事態で遅れることもあり、完全に締め切られるには猶予があるのだ。

 

 なんとしてでも、間に合わせる……!

 

「ふっ、ふっ、ふっ」

 

 見よ、この迷宮で鍛えられた美しきフォーム。

 一ヶ月間スライムと走りあったことは、無駄じゃなかったんだ。

 思い返される青春の思い出。

 スライム君……元気にしてるかな。今度お土産に塩持っていこ。

 

「ぜひっ、はひっ、ぉえ、きっつ……!」

 

 あまりに体力が無さすぎる!

 畜生、ポーション持ってくればよかった!

 

 最初の華麗なダッシュはどこへやら。

 近所のおじいさんみたいなヒョロヒョロとした歩き方で、道路を右に曲がる。

 もう少しで着く。

 ここを真っすぐ行ったら、着く……!

 

「はぁ、はぁ……」

 

 帰宅するのか、ラビリンスから出てきた冒険者らしき通行人が、僕の顔を見てビクッとする。

 汗だくでごめんなさいね。

 気を付けてお帰りを。

 

 家を出たときの爽快感は無く、体が酷く重い。

 なんなら電車に揺られているときから重かった。

 やはり人間、心だけじゃ何ともならないことがあるのだ。

 

「……でも、まぁ」

 

 間に合ったことだし、万事ヨシとしようかな。

 

 僕はラビリンスの自動ドアをくぐり、エントランスへと足を進めた。

 見れば店仕舞いをしている所が沢山ある。

 まぁ、そりゃそうか。こんな時間だものね。

 

 ……ほんの少しだけ気になって、左を向いた。

 確かここは『みつみつポーション』が開いていたはずだが……。

 

「ひひっ……ひひひっ……」

「……」

 

 よかった、ちゃんと閉店してて。

 虚ろな目で痙攣しながら、ポーションを口から零している美月さんとかいなくて、本当によかった。

 

 僕は若干歩く速度を上げて、自分がさも雨夜じゃないですよと言わんばかりの顔で通り抜けた。

 美月さん……強く生きて。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 受付所へと繋がる長い通路を歩き、頭の中で文章を考える。

 

 最初は……まずごめんなさいして。

 次に、どうしてあんなことをしたのか言って。

 次にもう一回謝罪して。

 それで、それで……。

 

「……いや」

 

 事前に作成した言葉を並べるだけじゃ意味がない。

 僕の本当の言葉で、素直に言うべきだ。

 たとえそれで嫌われてもいい。

 いや、よくはないけど。

 

 母さんの言ってくれたことを信じてみる。

 

 今でも自分が優しいなんて思えないけど……母さんが信じてくれた僕を、僕は信じてみたいのだ。

 

「あ……」

 

 通路を抜けた先に、白い施設が広がった。

 そして視線を巡らせ……そこには、彼女がいた。いてくれた。

 

「よかった……まだ、帰ってなかった……」

 

 一安心して息を吐く。

 

 これで既に帰宅済みですとか言われたら、今度こそ一週間は寝込むところであった。

 しかし時間に猶予はない。

 本来なら就業時間は過ぎているはずなのだ。

 僕は今一度前を向き、ポータルへ向けて歩き出した。

 

「……ぅ」

 

 三、四歩程度歩いたときか。

 ポータルの横で立っている空色の髪をした女性。メリアさんがこっちを向いた。

 

 ……いや、早い!

 気まずいよ流石に! そんなにじっと見つめないでよ!

 

「……」

「……」

 

 どうしよう、今すぐに帰りたい。

 まさかこんなにも早く補足されるとは。いや別に隠れていたわけじゃないけど。

 もう少し、心の準備というか。

 

「……すぅ、ふぅ」

 

 落ち着け、僕。

 まだメリアさんが「うわ、また来たよこいつ」みたいな顔をしていないだけ、いいじゃないか。

 焦る必要はない。

 

 歩く速度は一定に、少しずつ距離を詰めていく。

 ゆっくりと慎重に。

 やがて僕は、いつも話している位置まで近づいた。

 今こそ謝るべきだ。

 口を開こうとして、しかしその前にメリアさんが言葉を放った。

 

「どうされましたか、雨夜様。何かお忘れ物や、緊急の御用がありましたか?」

「あ、いえ。……あ、その、用は、あるんですけど」

「そうですか。それでは、用とは何ですか?」

「……あの、えっと……」

 

 ……話している感じ、彼女が僕に対して怒りを覚えている様子は、ない。

 もしかすれば、謝る必要はないんじゃないか?

 寧ろ話をぶり返すほうが失礼なんじゃ……。

 

『和幸は和幸のしたいように、生きたいように生きればいいの』

 

「……」

「……雨夜様?」

 

 ……うん。

 もういいや。色々と考えるのはやめだ。

 僕は僕のしたいように、言ってやる。

 

「メリアさん、僕は貴女に謝らなければなりません」

「謝る……私に、ですか?」

「はい。メリアさんにしてしまったこと、ちゃんと謝らせてください」

「……?」

 

 彼女は意図が分からぬといった様子で、首を少し傾げる。

 本当にやさしい人だ。

 あんなことをしたのに、怒っていないフリをしてくれるなんて。

 

 だからこそ僕は謝罪しないといけない。

 彼女と今後仲良くするためにも、絶対に。

 

「今日……メリアさんに僕、暴力を振るってしまいましたよね。本当にすみません。謝って、許されることじゃないんですが……」

「……暴力?」

「いいんです、メリアさん。そんな風にとぼけなくても。僕はちゃんと、罪を受け入れるつもりです」

「……???」

 

 なおも首を傾げるメリアさん。

 あぁ、全く。この人の懐の広さは太平洋並みだな。

 一生ついていきます。

 

 そんなことを考えていると、どこかで噴き出すような笑いが聞こえた気がした。

 こう、ぶふって感じで。

 何か面白いことがあったのかな。

 まぁ、いいや。

 

「メリアさん。僕は貴方に……くっ。あろうことか、デコピンを……!」

「……。……? ……演算終了。成程、大まかに理解はできました。雨夜様は、本日のあれについて話していたのですね」

「そうです……僕はメリアさんに、あんな酷いことを……!」

「……相互に多大なる齟齬が存在するようですが、今は置いておきましょう」

 

 多大なる……なんて? 

 あんまり難しい言葉を使わないでください、メリアさん。 

 目の前にいる人間はチンパンジーより少し賢いぐらいの知能なんですから。

 

「雨夜様、私は先の行動に対して何の……否、これは俗に言う『こーかんどちゃんす』というものでは……? しかし雨夜様が苦しんでおられる……今後のためにも、下手な行動は……」

「……め、メリアさん? あの、大丈夫ですか?」

「はい、問題ありません。もう一度申し上げますが、私は先の行動に対して何の――」

 

「その、本当にごめんなさい。えと、僕、()()()しますから! メリアさんが望むこと、ぜひ手伝わせてください!」

「私は酷く傷付きました。今すぐに罪を償ってください」

「はいっ、勿論です!」

 

 くっ……!

 やっぱりメリアさん、凄く怒ってるなぁ。何か言いかけてた気もするけど、たぶん罵倒とかだったんだろう。

 

 善良で真面目な彼女を傷付けるなんて……ほんと、最低だ。

 僕にできることなら、何だってしてあげたい。

 それが唯一の償いになるのだろうから。

 

「言ってください。どうしたら、僕を許してくれますか?」

「……先程、何でもすると言いましたね」

「はい。僕にできることなら、全力で」

「本当ですね?」

「本当です」

「信じてよいですね?」

「こんな僕の言葉じゃ信用できないかもしれませんが、僕は本当に罪を……!」

「そういうのは必要ないです。嘘じゃないかどうかだけ答えてください」

「あ、はい。嘘じゃないです」

 

 ふむ、と無表情ながらに頷く彼女。

 その冷たい表情の中に、どれだけの憤怒が詰まっているのだろう。

 今更になって恐ろしくなってきた。

 どうしよう……流石に、死ねとか言われないよね。

 腕一本とかなら、たぶんまた生えるからいいんだけど。

 

 そうして、暫くの時間が経ち。

 考えがまとまったのか、メリアさんが綺麗な瞳を僕に向けて、口を開いた。

 

 さあ、来い……!

 どんなことでも、僕は全力で叶えてみせる……!

 

「それでは、雨夜様。私にハグをしてください」

「任せてください! 僕はメリアさんに、ハグ、を……」

 

 ……?

 

「……あぁ、『剥ぐ』ね! 僕の爪とかを剥ぐってことですか。分かりました、今刀を持って……」

「いえ、違います。抱擁の方です。私を抱きしめてください、と言い換えましょう」

「……ほぇ?」

 

 抱きしめ……抱擁……。

 

 うん、なんで??

 

「早くしてください。私は酷く傷付いています。今にも雨夜様の指を当てられた部分が割れそうです」

「うぇえっ? そ、そんなに強くデコピンしてましたっ?」

「はい。故にハグをしてください」

「それはおかしい」

 

 方程式が成り立ってないよ。

 だって、ハグって、えぇ? おかしいでしょ。

 それ、罪を償うとかじゃなくない?

 

「おかしくなどありません。男女のハグが拷問の一種だということは、古来より定まっていることです」

「異世界から転生してきたんですか、メリアさん?」

「……雨夜様、先程おっしゃった内容をお忘れですか。貴方は私に対し、自分のできることをすると言ったのですよ」

「い、言いましたけど……」

「であれば、こちらが提示した罰に対し、異存を唱える権利は貴方にはありません。違いますか?」

「一から十までその通りです」

 

 一切の反論を封じ込まれる。

 何でもすると言ったのは僕だ。いやしかし、しかしだなぁ……。

 

「……あの、メリアさん。少しだけ、僕の話を聞いてくれますか」

「抱きしめている間だけ、聞きましょう」

「……」

 

 やだこの人隙がない。

 

 うーん、あー、うぐぅ。

 ……やるしかない、か。

 

「では、えと、失礼します……」

「ん……」

 

 慎重に、極めて慎重に腕を彼女の背中に回す。

 これでハグ判定にならないかな、と思った矢先。

 メリアさんが距離を詰めて、胸に顔を押し付けてきた。

 

 うわ、うわ、うわ!

 体ちっちゃ! いい匂い! 髪サラサラ! 可愛い!

 

「やばいやばいやばいこれやばいぃ……」

「……すぅ、はぁ」

 

 深呼吸しないでくださいぃ……。

 

 この天国のような地獄の状況。

 唯一の救いがあるとすれば、他の冒険者がほとんどいないということか。

 いやでも他のポータルの受付嬢さんとかいるし!

 ていうか何人かこっち見てるし! 

 お願いだから見ないでぇ……!

 

「ん……」

「ひぃっ。動かないでくださいぃ……スリスリしちゃらめぇ……」

「……すんすん」

「嗅ぐのもらめなのぉ……」

 

 頭の中がパニックになる。

 確かにこれはある種の拷問といえるが、メリアさん側にメリットが無さすぎないか?

 ていうかいつまでやるんだこれ。

 うひぃ、早く終わってくんなましぃ。

 

「ふむ……それで、話とは何だったのでしょうか」

「あ」

 

 そうじゃん、ハグしながら話すっていう約束だったじゃんね。

 つまり話し終えれば解放される?

 

 僕はメリアさんの顔を見て、いや近いなこれやっぱ駄目だ。

 少し顔を逸らして、話した。

 僕がデコピンをした理由。そして真なる罪の告解を。

 

「僕は……あのとき。覚えて、いますかね。メリアさんが、その……罰とかどうとか言ってたとき」

「はい、記憶しております」

「その時……少しだけ、えと。コートを、なんというか。はだけさせた……みたいな」

「そうですね」

「僕はあれを見て……あ、あれを見て……」

 

 顔から火が出そうだ。

 それは彼女を抱きしめているからという理由もあるが、何よりこれから話す内容の、羞恥によるものだった。

 

「僕は……貴女に邪な感情を抱きました。そればかりか、暴力も振るってしまって。ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」

「そうですか」

「……そ、そうですかって」

 

 あまりに淡々とした対応。

 その姿に、またもやヘドロのような黒い何かが溢れ出す。

 

「気持ち悪いとは思わないんですか。こんな、僕なんかの汚い欲望を向けられて。意味も分からず、暴力を受けて。嫌だとは思わないんですか」

「特に忌避感は覚えません。雨夜様が何を感じようと、それは貴方の自由ですので」

「っ……」

 

 僕の自由? メリアさんを気持ちの悪い目で見たことが?

 あろうことか、デコピンをしたことが?

 そんなはずがない。

 そんなの、許されるはずがない。許していいわけがない。

 

「もっと危機感を持ってください。貴女は女性なんですよ? もし襲われたらどうするんですかっ」

「望むところです」

「へ?」

「……間違えました。私の戦闘能力は貴方よりも高いレベルにあります。その心配は、無用でしょう」

「……」

 

 そういうことじゃ、ないんだ。

 くそ、僕は何が言いたい。何を伝えたい。

 頭の中がぐちゃぐちゃになって、考えがまとまらないまま口を開く。

 

「違うんです。メリアさん、そうではなくて」

「何が違うのでしょうか」

「……っ」

 

 純粋無垢な視線。どうしてそんな目で僕を見つめる。

 僕は、僕は……。

 

「もっと自分の体を、大切にしてください」

「……私の、体を?」

「安売りをしちゃ、駄目なんです。貴女は本当に綺麗で、尊敬できる人だから。こんな僕なんか、許しちゃいけません。貴女を汚す全てを、許さないでください」

「……」

「……でも、僕は。それでも貴女に許してほしくて。駄目なのに、もしかしたらと思ってしまって、ここに来ました」

 

 垂れ流される言葉。それはきっと僕の本音で。

 そして何よりも醜い、剥き出しの感情だった。

 

「ごめんなさい……こんな、勝手なことを言って」

「……」

 

 許すなと、相手に強制する。

 だのに許してほしいと宣う。

 その言葉がどれほど罪深いことか。

 だからこそ、僕は謝るべきだった。僕の罪を告解すべきだった。

 

「……雨夜様」

「……なんですか、メリアさん?」

 

 ……嫌われただろうな。 

 こんな身勝手な男、誰が関わりたいと思うんだ。

 今度こそさようならだ。

 さようなら、僕の初めての友人……。

 

「大変申し訳ないのですが、『貴女は本当に綺麗で』あたりから聞いてませんでした。もう一度言っていただけますか?」

「嘘でしょ?」

 

 一世一代の罪の告解を、聞きそびれちゃったの?

 あれをもう一回言うのはなんというか……えぇ……。

 

「すみません、冗談です」

「……ほんと御冗談がお上手になられましたねぇ」

「ありがとうございます」

「褒めてませんよ?」 

 

 なんか、力が抜けるなぁ。

 

「……雨夜様がおっしゃりたいことは、理解しました。つまり貴方は、私を性的な目で見たくないということですね?」

「せっ……まぁ、そうですけど」

「加えて、私の体を安売りしてほしくないと」

「それは本当に僕の願望で。どうすべきかは、メリアさんの自由、ですけども……」

「ではもし私が、雨夜様に性的な目で見てほしいと言った場合、どうしますか?」

 

 表情は変わらぬまま、メリアさんは平然と爆弾を投下した。

 

「……それも冗談だったり?」

「真剣だと、仮定してください」

「えぇ……うーんと、それは……」

 

 ぐるぐると思考を回しても答えは出ない。

 メリアさんが、性的な目で見てほしい? そんなの駄目だろう。失礼すぎる。

 でもそれが彼女の願いだった場合、僕はどっちを取ればいいんだ。

 自分の願望か、彼女の願望か。

 優先すべきはどっちだ。

 

 僕は、どっちを選べばいい。

 

 パンクしそうになる頭が、鈍い痛みを発し始めたころ。

 ふと、腕の中にあった体温が消えた。

 

「……情報収集完了。大体理解できました。先の質問を答える必要はありません」

「あ、えっと」

「これにて罪を赦します。他に用件はありますか?」

「え、あの、許されたんですか? 僕の話聞いてましたよね。僕は、メリアさんに」

「それを込みで赦します。ハグをしていただいたので」

「ハグかぁ……」

 

 僕が知らないだけで、日本の裁判での極刑はハグだったりするんだろうか。

 寧ろ犯罪者数増えそうだけど。

 

「……本当に、もう怒ってませんか?」

「初めから怒りという感情はありません。気にせず、またお越しください」

「でも……」

「……一つ、雨夜様専属サポーターとして助言を致します」

「はい……はい?」

 

 何か意味不明なことを言わなかったか、今。

 気のせいかな。気のせいかも。

 僕は気を取り直して、彼女の言葉に傾聴した。

 

「分析したところ、貴方は類を見ないほどのコミュニケーション不足が見受けられます。恐らくですが、友人という存在が人生でいなかったのでは?」

「ぐはぁっ。……そ、その通りです」

「それが今回の結果に繋がったのです。貴方はあまりにも、誰かと話す経験が少なすぎる」

「うっ、確かに」

 

 僕がもっと口が達者だったり、スマートな対応ができたりしていたら、あんなデコピンなんて結果にはならなかっただろう。

 やはり僕は人と関われないのか。

 ぐすん。

 

「……そこで提案なのですが。今後こういったことが起きないよう、私と会話することで経験を積むというのは……いかがでしょうか」

「え!? い、いいんですか!?」

「はい。私は職業柄、ここで立っているだけですので。そこで偶然、たまたま、独り言に反応した。という形で特訓をいたしましょう」

「……で、でも。これ以上メリアさんに迷惑をかけるわけには」

「他に友人はいらっしゃるんですか?」

「いませぇん……!」

 

 僕の言葉にメリアさんは一つ頷き、「それならば」と言って両手を広げた。

 それは正しく……信者を救う、天使のように。

 

「私が貴方を、一人前のお喋りマスターにして差し上げます。誰も傷付けることがないように……私が、教育いたします」

「……ありがとうございます。ありがとうございますぅ……」

 

 くっ、涙で前が見えないっ。

 これが本当の天使の姿なのか。

 

 朽葉さんは女神だったけど、メリアさんは天使だったんだな。 

 どうしよう、ラビリンス内だけで天地創造が起こってるよ。

 早く伝道者にならなきゃ……。

 

「……これからもよろしくお願いしますね、雨夜様」

「はいっ! メリア先生!」

「良い返事ですね。しかし、今日はもう遅いです。本格的な練習は、まだ次回ということにしましょう」

「あ、ほんとだ……」

 

 気付けば時刻は七時半を迎えようとしていた。

 いつの間にこんな時間が……。

 

「えと……では、また来ます。今日は本当にありがとうございました。あと、すみませんでした」

「構いません。雨夜様を支え、サポートするのが私の役目ですから」

「……ありがとうございます。本当に、メリアさんと出会えてよかったです」

 

 僕は深く一礼をして、踵を返した。

 本当は朽葉さんにも謝罪をしたかったが、どうやらもう帰宅したそうで見当たらなかった。

 できれば、彼女にも謝りたい。

 今度はちゃんとした罰が受けれたらいいな。ドМじゃないけど。

 

「……とうに、不器用な人ですね……」

 

「……? すみません、何か言いましたか?」

 

 メリアさんの声が聞こえた気がして振り返る。

 

「いえ。お気をつけてお帰りを」

「あ、はい。メリアさんも、お気をつけて」

 

 小さく手を振って、再度踵を返す。

 メリアさんとは会話の特訓の約束もしてもらったし、頑張らないとな。

 

 目指せ、友達百人!

 

 僕は心に新たな火を灯し、そのまま意気揚々と通路を抜けて。

 まるでゾンビのような呻き声を上げる妖怪ポーション売りを無視し、ラビリンスを出た。

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