スキルレベルしか上がらない一般身体能力学生が迷宮に挑んだら   作:石田フビト

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九話 ようやく迷宮に入れそうな男

 久しぶり。

 ようやく帰ってきたよ、ラビリンス君。

 体感三週間は経ったんじゃないかな。元気してた?

 

 がやがや、わいわい。

 

 ……へへ、この絶妙に混み合ってる感じ、変わってねぇなぁ~、ったく。

 でもそういう所、好きだぜ。

 

「あかん、テンションがおかしくなってる」

 

 一旦落ち着こうとして両頬を叩く。

 横を通り過ぎる人がビクッとした。ごめんなさい。

 ひりひりする頬を涙目で引き締めつつ、歩みを再開する。

 

 今日は迷宮に挑みに来たのだ。

 こんな所で油を売っている暇はない。僕は、冒険者なのだから。

 

「ちょいとそこのお兄さぁん。これ新発売のポーションなんだけど、興味ない?」

「あ、すみません。少し急いでて……」

「えー……今なら色んなサービス、してあげるのになぁ」

「話を聞きましょう」

 

 ……っていかん!

 あぶね~。可愛い茶髪の売り子さんに釣られて店に入るとこだった。

 もうちょっとで怖いお兄さんが出てきてたよこれ。

 いやぁ、気付けて良かった。

 

 ……で、どうやって断んの?

 

「あの、ちょっとすみません、やっぱ気が変わって」

「まぁまぁ、そんなこと言わずぅ」

「いやいやいや、ほんとすみません、僕お金持ってないんです」

「まぁまぁまぁ」

「いや、まぁまぁじゃなくて。ちょ、力強い、引っ張らないで! 誰か助けて!」

「一名様ご案内~」

「およそ小売店では聞かない言葉が!?」

 

 小柄なのに何でこんな力強いの!?

 手、くっそ痛いんだけど!

 ……あ、でもほのかに感じる小さな手の柔らかさいや普通に痛ぇわこれ死にそう。

 

 抵抗虚しく、僕はずるずると店に引きずり込まれていく。 

 ……ごめんなさい朽葉さん、どうやらここまでのようです。

 雨夜和幸の迷宮物語、完。

 

「せめて、優しくしてください……」

「へっへっへ、そう言っても体は正直だ、なぐぁ!?」

 

「何やってんだ、美月《みつき》」

 

 突然の開放。

 見ると、売り子さんが頭を押さえて蹲っている。

 何が起こったのか分からないが……助かったのか?

 状況を確認しようと周りを見渡し。

 

「へ? 東条さん?」

「あ? ……あー、あん時の。えーっと」

「雨夜です」

「そう、雨夜だ。登録はちゃんとできたのか?」

「はい、その節はどうも」

 

 ぺこりと一礼する。

 

 しかし驚いた。まさかまた東条さんと会えるなんて。相変わらずイケメン陽キャオーラが輝いていらっしゃる。

 あ、それともう一個感謝しないと。

 

「あの、助けていただいて……」

 

「もー、お兄ちゃん何すんの! 折角のお客さんゲットだったのにぃ!」

「物理的にゲットするやつがいるか。だから売れねぇんだよ」

「え? こんな美少女に連れてかれるんだよ? むしろご褒美でしょ」

「……ふぅ。怪我ねぇか雨夜。こいつ筋力だけは数値高いからな」

「おい無視すんな」

 

 東条さん、急に話振るのやめてください。売り子さん凄い目で見てますから。

 ……ていうか。

 

「怪我はないですけど……えと、こちら妹さんですか?」

「恥ずかしながらな」

「どういう意味だこら」

 

 ぎろり、と東条さんを一睨みし。

 何でもなかったように妹さんはこちらに向いた。

 きゅるん、という擬音が聞こえそうな切り替えの早さ。ちくしょう可愛いな。

 

「えー、初めまして! 私、東条美月と申します! ここ『みつみつポーション』の店主やってますっ。ところでそこの貴方。迷宮内でポーションに困ったこと、ありますよねぇ?」

「……何か始まりましたけど」

「聞いてやってくれ。すぐに終わる」

 

 海外のCMみたいなノリで、美月さんは話し出す。

 

「従来のポーションは飲むか振りかけるかの二択でした! しかししかし、極限の状況下ではそれすらも厳しい! そんなこと、ありますよねぇ?」

「もう行っていいですか?」

「そんな貴方にはこれ!」

 

 話聞かねぇなこの人。

 渋々、目の前に出された液体を見る。

 

「名付けて『スーパーみつみつポーション』! なんと瓶の栓を抜くだけで液体が気化し、自動で回復してくれるのです!」

「え、何か普通に凄そう」

「でしょ!? 今ならこれが3980円! さぁ買うなら今だよ!」

 

 今ならって、元の金額知らないのですが。

 そして圧が凄い。買うまで返さないという執念を感じる。

 

「さぁ、さぁ……!」

「……ちょっと貸してみろ」

「へ? あっ、待っ」

 

 東条さんが一瞬でポーションを奪い取る。

 キュポン、と小気味いい音を鳴らして栓が抜かれた。

 彼女の言う通り、中身の液体は一瞬で蒸発。

 蒸発して……消えた。

 

「あの、消えましたが」

「ポーションを被った時の独特な感覚がない。こりゃあ、空気中に殆ど逃げちまってんな」

 

 僕らは無言で美月さんを見つめる。

 彼女は一つ、咳ばらいをして。

 

「ポーションが空気中に逃げちゃった! そんなこと、ありますよねぇ? そんな貴方にはこれ、『エクストラみつみつポーショ……」

「いい加減にしろ」

「んごふぅっ!?」

 

 あ、これかぁさっきの。

 こうやって僕を助けてくれたんですね。

 一瞬しか見えなかったけど、たぶん拳骨だった。僕が受けたら死ぬと思う。

 

「それ前回失敗した廃棄品だろ。客に廃棄品売りつけようとすんなよ」

「だってだってぇ、もう大量に作っちゃったんだもん! これ売らなきゃポーション協会に追い出されちゃう……!」

 

 そこで一転、彼女が僕の方へ向く。

 次いで凄まじい速度で肩を掴みやばいやばい死ぬ死ぬ死ぬミシミシ言ってる。

 

「ねぇ! お兄さんも聞いてたでしょ!? お願い助けてよぉ、大人なんだしぃ」

「美月。こいつお前より年下だぞ」

「……え?」

 

 バッ、バッ。

 東条さんと僕の顔を五度見くらいする美月さん。そろそろ一発殴っても許される気がする。

 

「……おい、今のうちに行っとけ。ここにいるとまた何か買わされるぞ」

「あ、はい。ありがとうございました」

「いや、愚妹が迷惑をかけた。すまねぇな」

「いえいえ、それではまた……」

「おう」

 

 宇宙の真理を解いた猫のような顔をしている美月さんを置いて、僕は足早に受付へ向かった。

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……すみまっせぇん、遅れましたぁ!」

 

 息を切らしつつ、受付にいる朽葉さんを見つけて駆け寄る。

 幸いにして誰も並んでいなかった。まじラッキー。

 

『……!?』

 

 ……何だか周囲がざわざわしているような?

 まぁ、どうでもいいか。きっと有名な冒険者でもいたのだろう。

 

 そんなことより朽葉さん! 朽葉さんだぁ!

 一週間ぶりの朽葉さんをキメた僕はハイになり、されど童貞特有の見栄で冷静に頭を下げた。

 

「すみません朽葉さん。お待たせしてしまって、本当に申し訳ないですぅ……」

「……」

「朽葉さん?」

「……んーん、大丈夫。別に……待ってないよ……」

「ありがとうございますっ」

 

 聞きました?

 僕のさり気ない勘違いに対するこの言葉。僕なんか待つほどの価値もないと!

 く~、これこれ。

 これをキメにきたのよ。迷宮とかどうでもいいわ、まじで。

 

「……ふむ」

「ん? なんですか。僕の肩にクワガタとか乗ってます?」

「いや……少し、驚いててね」

 

 朽葉さんの瞬きによって長い睫毛が揺らめく。

 大人の余裕をこれでもかと見せつけるこの人が驚くなんて、正直想像もつかない。

 まさか僕のギャグがつまらなすぎて……?

 ありえる。早急に切腹せねば。

 

「てっきり……私のとこには来ないと思っていたよ」

「……? 何でですか?」

「くくく……その様子だと、誰も言わなかったんだね。薄情というべきか、賢明というべきか……」

「……??」

 

 言っている意味が本気で分からなくて困惑する。

 誰も言わなかったってなんだ? 

 ……うーん、考えても仕方がないか。こういうのって苦手だし。

 てか、来ないと思ってたってさぁ。

 

「先週言ったじゃないですか。同じ時間に来れるかって。流石にそれくらいは覚えてますよ僕」

「あー……そうか。ごめん、じゃあ言い忘れてたね。別に受け渡しは私じゃなくていいんだよ……」

「あらら、そうなんですか?」

「うん……だから今からでも、他の子に……」

「え、嫌ですけど」

「……」

 

 ぱちくりと。

 即答した僕の言葉に彼女の瞼が瞬く。うお、睫毛なっが。美人すぎ。

 ……って違う。 

 何ですかその反応。変なこと言ったかなぁ?

 

 あ、さては。

 

「朽葉さん……サボろうたってそうはいきませんよ!」

「へ……?」

「いくら仕事が嫌いだからって、他の方に押し付けようだなんて。そんなの駄目です! ちゃんと仕事してください」

「いや……くく。ああいや、そうだね。ばれてしまったか」

 

 やっぱりそうだった。

 朽葉さんがお手上げとばかりに手を挙げる。

 ほんと、この人の動作は一々絵になるな。僕がやったら完全に犯罪者が捕まる瞬間だもの。

 

「ふふふ……さて、では仕事をしようかな。まずは……装備品の受け渡しからだね」

「はい、お願いします」

「うん。……ここで渡してもいいけど、折角ならあっちにしよう」

「あっち?」

「そ。着いてきて……」

 

 カウンターの下を漁り、小さなスーツケースと長い箱を取り出した朽葉さんが立ち上がる。

 彼女の灰髪が美麗に舞った。

 長い脚に支えられながら凛と立つ姿は、見惚れるほど美しかった。

 

「さぁ、行くよ……」

「……あ、はいっ」

 

 少し遅れて彼女の背を追う。

 二秒で後悔した。

 浮かび上がるスタイルの良さ。

 ダボダボな黒のスラックスが目に毒だった。

 いかん、後ろだと視線が一点集中してしまう。これで転んだりとかしたら余裕で死ねる。

 せめて横並びに……。

 

「ん、いいかい……この先に見える、大きな扉があるだろう? あそこは『装備室』。名の通り、装備をする部屋だ」

「はい」

「多くの冒険者は装備室で着替え、迷宮に潜っていく。……まぁ少し例外もあるが、気にしなくていいだろうね」

「はい」

「着いたら利用の説明をするけど……大丈夫そうかな?」

「ハイ」

 

 大丈夫じゃないです。

 こちとら彼女いない歴年齢の陰キャですよ。そんなクソ雑魚恋愛野郎が女性と肩を並べて歩くなんて……緊張しないわけないだろ。

 なるべく鼻呼吸しないように歩き、一秒でも早く着くことを祈る。

 その敬虔さが神に届いたか。

 僕達は何事のトラブルもなく、扉の前に着いた。

 

「よし……じゃあ、開けてみるかい?」

「はい」

 

 全肯定マシーンになった僕に思考能力はない。

 脳死で取手を握り、前に押そうとして……あれ?

 

「ふん、ふん! なんだこれ、開かな……!」

「あ、それスライド式ね」

「先に言ってくださいよそれ」

 

 だから恥ずいって。

 中々開かないからめっちゃ押し引きしちゃったじゃん。

 ステータスの時もそうだけど、何で朽葉さんそういう意地悪するかなぁ。

 

「どこか上の空だったから……そのお仕置き、ね」

「えーちょ、やめてくだありがとうございますよ~」

「くく、どういたしまして」

 

 抑えきれぬ感謝が飛び出たところで。

 取手を持ち、右にずらす。抵抗は殆どなく、先程の攻防が嘘のように扉が開いた。

 

「わ、すご」

 

 装備室。

 名前こそ簡素だが、部屋自体はかなり大きくハイテクだ。見たことのない機械が沢山並んでいる。

 あれをどう利用して装備するのか。またあの機械はどうやって動いているのか。

 疑問は尽きない。

 

『……』

 

 そして僕達が装備室に入った瞬間に、空気が完全に凍ってしまったことについても疑問は尽きない。

 何だよこの空気、気まず過ぎるだろ。

 誰か頭おかしい奴とかいた?

 

「さ、空いてる個室に入ろうか。そこで色々説明するよ……」

「はい」

 

 気まず過ぎる空気に再び全肯定マシーンとなった僕は、首を縦に振りながら着いていく。

 足を止めた先は先程見ていた機械の一つ。

 青い発光ランプがついているので、空きということだろうか。

 

「あの、朽葉さん。それでこれをどう使えば」

「ん、まずはここのレバーを握って。……そう、そして引く」

「引く……わ、なんか開いた」

「よし。じゃあ入ってみて……」

「はい」

 

 機械の大きさは大体高さ三メートル、縦横二メートルちょい程の直方体だ。

 人が入っても、それなりのスペースがあるように見えた。

 実際、中に入れば両手を広げても余裕があるし、着替えるならこれで十分だろう。

 

「えっと、ここで着替えればいいんですね?」

「あぁ……必要な装備はこのスーツケースと箱にある。私は外で待ってるから、終わり次第出てきてね」

「了解です」

 

 ガコン、と扉が閉まり、朽葉さんの姿が見えなくなる。

 ……待たせるのも悪いし、手早く着替えてしまおう。決して寂しいからとかではないので、悪しからず。

 僕は置かれたスーツケースに手を伸ばし、着替えを始めた。

 

 

 

 

 

 そうして、着替え開始から十数分後。

 スーツケースの中に入ってた説明書を読みながら、多大な労力と精神力を消費した僕は、代わりに大変身を遂げていた。

 

「着替え終わりました。待たせてすみません、朽葉さん」

「いいさ……待つのには慣れてる」

 

 踏みしめた靴の感触が心地よい。いや、靴だけではない。

 この黒を基調とした防護服も大変動きやすい。肌触りもいいし、今まで着ていた服がティッシュに思えるほどだ。

 そしてなにより……この刀。

 腰に差された鞘の中に眠る刀身は、まだ見てもいないのに輝いているのを感じた。

 明らかに業物。

 これ……支援の範疇超えてないか?

 

「ふふ……気に入ってもらえたようだね」

「はい。正直、これが無料だなんて信じられません。後で黒いグラサンの人とか来ませんよね」

「その刀で切ればいいじゃないか」

「ナチュラルに犯罪を勧めないでください」

 

 それに、いくら装備が良くても中身が僕だしなぁ。

 精々勝てるのは近所のガキンチョ共くらいだろう。いや、それも怪しいな。

 この前公園で不審者扱いされて、泥団子めっちゃ投げられたし。

 普通に敗走したし。僕弱すぎかな?

 

「……あ、そういえば脱いだ服とか荷物ってどうすれば」

「おっと、忘れてた。……今、冒険者プレートは持ってる?」

「はい。一応、いるかなって」

「いいね。それ……ちょっと貸してくれるかな」

「はい、どうぞ」

「……」

 

 え、何でそんな目で僕を見るんですか。

 

「雨夜君、頼んでおいてなんだが……流石に危機感がないんじゃない?」

「そりゃ僕も誰にだって渡すわけじゃないですよ。ただ朽葉さんなら、安心だってだけです」

「……どうも」

 

 うわ、やっちゃったよこれ。

 絶対気持ち悪がられたよ。いやほんと、何様だって話だよな。 

 うわ~やり直したい。 

 お母さんの産道からやり直したい~。

 

「……はい、これで完了。雨夜君、そこのボタンを押してみてくれる……?」

「これですか? ポチッと」

「……」

 

 ……はっ、また脊髄反射で勝手に!

 違うんです朽葉さん、今のは手がエイリアンに寄生されて……!

 

 そう、言い訳をする前に。

 

 シュゥゥゥ……ピュンッ。

 

「ん? なに今の音……へ!? え、僕の服!? え、服、どゆこと!?」

「うん、大丈夫そうだね」

「ちょ、朽葉さん服無くなったんですけど!?」

「はいはい、落ち着いて……」

 

 ぎゅ、と手を握られる。

 僕、落ち着いた!

 彼女の柔らかな手の感触と硬い金属質な……え?

 

「……冒険者プレート?」

「もう一度、それをここにかざしてボタンを押せば元通り。これで、装備室の説明は終わりかな」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 

 なんか次に行きそうだったので、慌ててプレートを……ここかな。タッチして、先程のボタンを押す。

 よく見ると、ボタンの表面には『収納/取り出し』という文字が。

 そのまま少し待って……また独特な音が鳴り始めた。

 

 シュゥゥゥ……ピュンッ。

 

 中を除くと、そこには脱いだままの服と荷物があった。

 

「わ、すご。えー、脱いだまんまじゃん……すご。これどういう原理なんですか?」

「迷宮組合が発明した技術の一つさ。異空間を疑似的に作り出し、保管する。そう驚くことでもない」

「いや驚きますよ。……わぁ、しゅごい」

「……ふふ」

 

 あ、じゃあ使った装備とかもここに置いとけばいいのか。

 えーすごいじゃーん。

 流石は迷宮組合。相変わらずのオーバーテクノロジーだ。

 

 僕はもう一度プレートをかざし、服を消す。

 ……これで準備は、できたということかな。

 

「大丈夫です、朽葉さん。なんとなく分かりました」

「あぁ……おめでとう雨夜君。これで君はようやく、迷宮に入る資格を得た」

「……いよいよ、ですね」

「そう。そして迷宮に入るということは……」

 

 朽葉さんが懐に手を入れ、小さな箱を取り出す。

 その開かれた中には……。

 

「このブローチを、手にする資格を得たということだ」

「……!」

 

 薄い青色。

 初層級冒険者であることの、証。

 

「さぁ……もう一度問おう、雨夜君」

 

 気付けば装備室には誰もいなくなっていた。

 ここにいるのは僕と彼女だけ。

 深淵を想起させる黒い瞳だけが、僕を見つめていた。

 

 

「君は冒険者になる覚悟があるかい?」

 

 

 簡潔な問い。

 故に僕も、本心で返す。

 

「はい。僕は冒険者になります」

 

 散々怖がった。散々勇気を貰った。

 ならもう、あとは進むだけだ。

 

 朽葉さんが瞳を閉じ、息を吐く。

 

「なら……これを手に取りたまえ。今日から君は、名実共に冒険者だ」

「……ありがとうございます」

「くく、構わんさ。これも仕事……」

「いえ、そうじゃなくて」

 

 薄い青色に輝くブローチを胸に付け、確実に固定する。

 顔を上げた僕は、ただ感謝を述べた。

 

「心配してくれて、ありがとうございます。うれしかったです、とても」

「……」

 

 彼女の問いにはいつも優しさが込められていた。

 否、問いだけではない。彼女の全ての行動には慈愛があり、思いやりがある。

 

 ……ああそういうことか。

 なんか、腑に落ちたな。

 

 僕はこの人の外見が好き……は好きなんだけど。

 本当に好ましいのは、この人の人柄なんだ。

 よかった、潜る前に気付けて。

 

 気付かないで死んじゃったら、やだもんね。

 

「じゃあ、行ってきますね」

「……最初に潜るのは、一番左端の迷宮がいい。あそこが最も、安全だからね」

「はい。左端ですね、分かりました」

「それとポーチに入っているポーションは出し惜しみせずに使いなさい」

「了解です」

「……危険だと思ったなら、すぐ逃げるんだよ」

「分かってますよ」

 

 なんだか、家出る前の母さんみたいだな。

 ちょっと心外である。

 僕ってそんなに危なっかしいかなぁ。

 

 装備室の扉に手をかけて、半開きにする。

 どうやら朽葉さんはまだ残っているようだし、閉めたほうがいいよね。

 振り向いて、手を振った。

 彼女もまた笑顔で答えてくれた。

 

 扉が閉じられる。

 僕の冒険が、ようやく始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめんよ」

 

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