世界は彼らを見守っている-最強の魔族と葬送の魔法使いの配信紀行 作:meiTo
中央諸国の北端、かつて勇者一行が数ヶ月間滞在したという名もなき廃村。
そこには、魔王軍の残党によって破壊された「記憶の碑石」が転がっていた。
「……アレス、それはもう壊れているよ。ハイターが昔、魔法で私たちの記録を刻んだ石だけど、もう魔力の回路がズタズタだ…。」
フリーレンが、寂しげにその瓦礫を見つめる。
だが、私は不敵に笑い、その石に手をかざした。
「フリーレン…私を誰だと思っている。私は【理の簒奪者(オーダー・スティーラー)】だ。壊れた回路なら私の魔力でバイパスを作り、情報の断片を再構成(リカバリー)すればいい」
私は、かつての前世で知っていた「データ復旧」の概念を魔法に応用した。
石の中に眠る、八十年以上前の光の粒子。
それを私の配信ネットワーク【天球の写し鏡】に直接流し込む。
「全世界へ緊急生配信だ。タイトルは……そうだな――『勇者ヒメル、未公開ログ:私たちが歩んだ足跡』」
ーー蘇る「生きた」勇者
大陸中の空に、ノイズ混じりの映像が浮かび上がった。
人々は作業の手を止め、空を見上げる。
そこには、教科書や銅像でしか見たことのない「若い頃の勇者ヒンメル」が映っていた。
『……あー、映ってるかな? ハイター、これ本当に記録できてる?』
画面の中の勇者様は、相変わらず自惚れたように前髪をかき上げ、鏡(石)に向かって微笑んでいた。
『よし。……未来の君へ。あるいは、これをいつか見るかもしれないフリーレンへ。僕たちがこの村で過ごした、なんてことのない一日の記録を残そうと思う』
その瞬間、世界中の視聴者が息を呑んだ。
銅像のような厳格な英雄ではない。
そこにいるのは仲間を茶化し、自分のイケメンぶりに酔いしれ、それでいて瞳の奥に底知れない優しさを湛えた、一人の青年だった。
「くだらない」日常の輝き
映像はヒメルが村の子供たちと一緒にドングリを拾ったり、アイゼンとどちらが長く片足立ちできるか競ったりする、英雄らしからぬ「くだらない」場面ばかりだった。
『フリーレン…見てごらん。この村の花は、朝露に濡れると一番綺麗に笑うんだ。……君はいつも寝坊しているから、知らないだろうけど』
映像の中のヒンメルが、カメラ(石)に向かって一輪の花を差し出す。
その先には、今よりもずっと表情が乏しく、面倒そうに本を読んでいる若き日のフリーレンが映り込んでいた。
『……興味ない。』
『ははは、相変わらずだね。でもいいんだ。君が興味を持たなくても、僕が覚えている。そして、この石が君の代わりに覚えていてくれるから』
このやり取りを見た視聴者たちは、言葉を失った。
今、自分たちが配信で見ている「ドライなフリーレン」と、八十年前の「もっとドライだった彼女」。
そして、それをすべて包み込もうとしていたヒンメルの深い愛。
シュタルクの隣で、フェルンが目元を拭っていた。
ヒンメルからの「時を超えた」メッセージ
映像の終盤、ヒンメルは一人でカメラに向き合った。
『……これを誰が発掘するかはわからない。でも、もし未来の魔法使いがこれを見つけて、世界中の人に見せていたら……君はなかなかの悪趣味だけど、粋な魔法使いだね』
ヒンメルが、まるで今の私(アレス)を見透かしたように微笑む。
私は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
これが、未来を信じた勇者の洞察力か。
『フリーレン…。君が今、誰と旅をしているのかは知らない。でも、もし隣に誰かがいるならその人を大切にするんだよ。……僕たちとの旅が、君にとって「ただの十年の寄り道」じゃなかったと、いつか思える日が来るように。……じゃあね。またどこかで。』
そこで映像は途切れた。
世界中に降る「花の魔法」
配信が終わった後の静寂。
私は、簒奪した魔力をすべて「花畑を出す魔法」へと変換し、配信スクリーンを通じて大陸中の空から「光の花びら」を降らせた。
それは、映像の中でヒンメルがフリーレンに見せたかった、朝露に濡れた花。
『ヒンメル様……ありがとう。』
『勇者様、私たちはあなたを忘れません。』
世界中から、祈りのような魔力振動が届く。
その膨大なエネルギーを、私はそっと隣に居るフリーレンの肩に流し込んだ。
「……アレス、君は本当に余計なことばかりするね」
フリーレンは、空から降ってくる光の花びらを手に取り、小さく笑った。
「……でも…そうだね。ヒンメルなら…こういうの好きだったろうね。」
その瞳は少しだけ潤んでいたが、彼女はそれを拭おうとはしなかった。