世界は彼らを見守っている-最強の魔族と葬送の魔法使いの配信紀行 作:meiTo
城塞都市ヴァイゼ。かつて繁栄を極めたその場所は今、見渡す限りの「黄金」に埋め尽くされていた。
建物も、木々も、そしてそこにいた人々さえも、すべてが輝く静寂の中に固まっている。
「……ひどい。これが…七崩賢最強、マハトの魔法」
フェルンが絶句し、黄金の彫像と化した元住民の姿を見つめる。
私は、あえて配信のトーンを「無音」に近づけた。
豪華絢爛な地獄。その美しさと異常さを、高精細な映像が大陸中に届けていく。
『これが、あの黄金郷……?』
『美しすぎて、吐き気がする。』
『あの中に、まだ生きている人がいるなんて信じられない。』
視聴者のコメントも、これまでの熱狂が嘘のように、重く、沈んだものになっていた。
ーー「人類最強」の面会 ーー
黄金の結界の縁に、一人の男が座っていた。
仕立ての良い服を纏い、泰然とした構えで、ただ「黄金」を見つめている男。
人類を最も多く殺し、人類に最も近づこうとした魔族、マハト。
「……フリーレンか。それに、妙な連れが増えたな」
マハトが視線を向ける。その瞬間、配信画面がノイズで激しく歪んだ。
彼の放つ魔力のプレッシャーが、私の簒奪(オーダー・スティーラー)の防壁すらも侵食しようとしている。
「マハト。君の『黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)』。……それを世界中に見せに来たよ」
私はカメラをマハトの正面に据えた。
「マハト、君は『悪意』を知りたいと言った。……今、この瞬間、君を見ている数千万人の人間が、君に対して『殺意』や『憎悪』、そして『恐怖』を抱いている。……これが、君の求めている感情の奔流だ」
「……ほう。面白い試みだ。その『鏡』の向こうに、私を憎む人間が列をなしているというのか」
マハトが初めて、カメラ――すなわち「視聴者」へと視線を投げた。
その瞳は、あまりに無機質で、深い。
ーー 戦慄のライブ・インタビューー
私はあえてマハトの隣に並び、彼との「対談」を配信した。
「マハト。君はなぜ、自分を慈しんでくれたヴァイゼの領主を、街を、黄金に変えた? 憎んでいたからか?」
「……いや。むしろ逆だ。私は彼を愛していた。だからこそ知りたかったのだ。彼を裏切り…蹂躙したとき、私の中に沸き起こるはずの『罪悪感』や『悪意』というものを」
マハトの淡々とした告白が、大陸中に流れる。
視聴者たちは、その圧倒的な「相容れなさ」に戦慄した。魔族が言葉を喋るのは、意思疎通のためではない。
ただの「音」の羅列なのだという残酷な真実が、リアルタイムで暴かれていく。
『こいつ、何を言ってるんだ……?』
『愛しているから、殺した?』
『話が通じない……。アレス、こいつは危険だ! すぐに逃げろ!』
「視聴者たちの声が聞こえるか、マハト。彼らは君を『理解不能な怪物』だと断じた」
「……だろうな。私も、私自身が理解できない。……アレスと言ったか。お前のその鏡は、私の『悪意』を映し出すことができるか?」
「いいや。鏡は真実を映すだけだ。……だが、これからフリーレンが君の記憶を解析する。……その『答え』を、世界中に中継させてもらうぞ」
ーー 黄金の雨と、繋がる「共感」ーー
マハトは、ゆっくりと立ち上がった。
「よかろう。……だが、観測には代償が伴う。……黄金になれ、魔族の若造」
マハトが手を振った瞬間、私の左腕が指先から「金」に変わり始めた。
簒奪による防壁すらも、概念そのものを塗り替えるマハトの魔法には通用しない。
「アレス様!」
フェルンが杖を構えるが、私はそれを制した。
「……いい。腕の一本くらい、最高の映像を撮るための必要経費だ」
私は黄金に変わっていく自分の腕を、あえてアップで映し出した。
「皆さん見てください。これが『救いのない魔法』です。……しかし、絶望しないでほしい。……この『痛み』すらも、私は情報として世界に共有する」
私は、自分の「変化していく感覚」を魔力振動に変え、視聴者たちの端末(鏡)にフィードバックさせた。
世界中の人々が、一瞬だけ、マハトの魔法に侵食される「冷たさ」を体感する。
その瞬間、コメント欄が「怒り」ではなく、一つの「祈り」に変わった。
『アレスを死なせるな!』
『フリーレン様、お願い!』
数千万人の「拒絶」の意志が、配信魔法を通じて、巨大な光の盾となって私を包み込んだ。
それは、魔法の理屈を超えた、多人数参加型(マルチプレイヤー)の防御術式。
「……ふむ。興味深い。個人の魔力ではない、『群れの総意』が魔法を減衰させたか」
マハトが、わずかに眉を動かした。
「マハト。これが、君には決して理解できない『人間の魔法』だ」
アレスの腕の黄金化は、世界中の人々の「祈り」によって、その進行を止めた。
しかし、マハトとの決戦はまだ始まったばかり。
フリーレンは、デンケンと共にマハトの記憶を読み解くために、精神の世界へとダイブする。
その間、アレスは黄金郷の結界の中で、マハトと「一対一の対話」を続ける。
それは魔族が魔族を観測する、世界で最も孤独で、最も危険なドキュメンタリー。
「……マハト。君が最後に見た『夢』を、世界に見せてやろうじゃないか」
マハトの放った「黄金に変える魔法(ディー・アゴルゼー)」は、アレスの左腕を完全に侵食していた。
黄金の輝きは肘を越え、肩へと迫る。それは物理的な変化ではなく、概念の汚染。
魔族の理を以てしても、一度黄金となった部位を元に戻す術はない。
「……アレス、無理をしないで。私の解析が終わるまでその腕を切り落とせば……」
フリーレンの瞳に、珍しく焦燥の色が浮かぶ。
「断るよ、フリーレン。これは私の『取材』の証だ。それに……見ていろ。私の配信は、ただの覗き見じゃない。これは世界を繋ぐ『回路』なんだ」
アレスは残った右手を空に掲げ、配信魔法の出力を限界(オーバーロード)まで引き上げた。
アレスの意識が、配信ネットワークを通じて世界中の「鏡」と同期する。
大陸各地で空を見上げる人々、広場に集まる群衆。
彼らの網膜にアレスの体温が下がり、感覚が失われ、無機質な「金」へと変わっていく苦痛が直接流れ込んだ。
「皆さん……聞こえるか。これが、マハトが数百年抱えてきた『静寂』だ。……冷たいだろう? 怖いだろう?」
アレスの震える声が、数千万の意識に響く。
これまでの「娯楽」としての配信が、一瞬にして「自分事」へと変わった。
人々は、自分たちの腕もまた、黄金に変わっていくかのような錯覚に陥る。
『アレス……!』
『嫌だ、消えないで!』
『フリーレン様、早く! 何とかして!』
絶望的な共鳴。しかし、アレスの狙いはその先にあった。
【理の簒奪(オーダー・スティーラー)】の本領発動。
アレスは、世界中から流れ込んでくる膨大な「負の感情(恐怖・悲しみ)」を自身の黄金化した左腕を媒介にして「プラスの魔力エネルギー」へと強引に反転・変換(コンバート)し始めた。
「簒奪……開始。世界中の『嫌だ』という意志を……『黄金を拒む』という命令に書き換える(オーバーライト)!」
その瞬間、ヴァイゼの街に異変が起きた。
黄金の結界が、内側から激しく発光し始めたのだ。
一人の魔力では、マハトの魔法を解くことはできない。
だが、一億人が同時に「黄金であってはならない」と強く願ったとき、それは世界の理(システム)を一時的にバグらせるほどの「巨大なエラー」となった。
「……何だと?」
マハトが、初めて本気で驚愕の表情を浮かべた。
彼が数百年維持してきた黄金の街が、人々の「祈り」という名の魔力干渉を受け、霧のように溶け始めたのだ。
アレスの左腕からも、黄金の皮膜が剥がれ落ちていく。
代わりに現れたのは、肉体ではない。純粋な魔力の奔流で形成された、透き通るような「青い光の義手」だった。
「代償として肉体は消えたが……代わりに手に入れたぞ。数千万の『想い』を掴むための、新しい腕をな」
街全体を覆っていた黄金が、光の粒子となって空へと昇っていく。
数十年、数百年の時を経て、彫像と化していた人々が、崩れ落ちるように地面に膝をつき、呼吸を取り戻した。
『あ、ああ……俺は……生きてるのか?』
『空が……見える……』
その様子は、アレスの「新しい左腕」から放たれる輝きと共に、全世界に中継された。
これこそが、かつて神話の時代にも、勇者ヒメルの時代にも成し遂げられなかった、「情報の共有が物理的な奇跡を起こした瞬間」だった。
フリーレンは、その光景を静かに見つめ、マハトに向き直った。
「……マハト。君の魔法はもう通用しない。この世界のみんなが、君の『黄金』を拒絶しているから」
マハトは自嘲気味に、しかしどこか満足そうに微笑んだ。
「……情報の暴力か。魔族には、到底思いつかぬ戦い方だ。……アアレス。お前が映し出したこの景色……悪くない」
デンケンの放った魔法が、マハトの胸を貫く。
最期まで「悪意」を理解できなかった魔族は、黄金の粒子ではなく、一輪の野花のような柔らかな光となって消滅した。
ヴァイゼの街には、大陸中から物資と支援が届き始めた。
配信を見ていた人々が、自主的に馬車を出し、食料や衣服を運び込んだのだ。
「……アレス様。その左腕、大丈夫なのですか?」
フェルンが、青く透き通ったアレスの腕を、恐る恐るつつく。
「ああ、便利だぞ。魔力を流せばカメラのジンバル代わりにもなるし、何より……」
アレスは左手を握り、空中に「感謝」と記された視聴者からのメッセージを表示させた。
「……この世界の『温度』を、以前よりずっと鮮明に感じられる」
フリーレンは、復興し始めた街の片隅で、新しい魔導書を読んでいた。
「アレス、次の旅先だけど……『なくした腕を探す魔法』、探しに行こうか」
「ははは。それは楽しみだ。……よし、全世界へ! 葬送のフリーレン、新章突入だ!」
アレスが「青い左手」で指を鳴らすと、空には再び、希望に満ちた旅路の続きが映し出された。