世界は彼らを見守っている-最強の魔族と葬送の魔法使いの配信紀行 作:meiTo
「……は? デート?」
宿屋のロビーに、シュタルクの情けない声が響いた。
目の前では、アレスが青く透き通った「魔力の左手」で、何やら複雑な配信設定をいじっている。
「そうだシュタルク。ヴァイゼ解放の祝祭だ。君とフェルンで街を歩いてこい。これは……そう、世界中のファンへの『ファンサービス』だ」
「ファンサービスってなんだよ! 俺、フェルンと二人きりで歩くなんて、緊張して死んじまうよ!」
「安心しろ。二人きりじゃない。……画面越しに、一億人が君を見ているからな」
「余計緊張するわ!?」
ーー 配信開始:ハッシュタグ「#シュタフェル」ーー
大陸中の空に、ピンク色の淡い魔力の縁取りがされたスクリーンが浮かび上がった。
今回の配信タイトルは――
『【超・密着】不器用な戦士と魔法使いの休日:街歩きデート生中継』。
『待ってましたあああ!』
『今日という日をどれだけ待ちわびたか!』
『シュタルク、頼むからヘタレないでくれよ!』
視聴者の盛り上がりは、黄金郷の決戦時を凌ぐ勢いだ。
戦いには興味がない層までが、この「恋の行方」を見守るために空を仰いでいる。
「アレス様……。またこのような破廉恥な企画を」
階段から下りてきたフェルンは、いつものように冷たい視線を送るが、その頬は微かに赤らんでいる。
彼女もまた、画面越しに「可愛い」という数百万の絶賛コメントが流れているのを知っているのだ。
「いいから行け。……あ、シュタルク。これ、視聴者からの『投げ銭』を貰ったからブレスレットとか買って後でフェルンに渡せよ」
アレスはカメラを「浮遊モード」に切り替え、二人の背後数メートルをストーキング……もとい、追尾し始めた。
ヴァイゼの露店通り。活気を取り戻した街を、二人は三メートルほどの微妙な距離を保って歩く。
『おいシュタルク! 距離を詰めろ!』
『フェルンの袖を掴むチャンスだぞ!』
『あー、もう! もどかしいわね!』
コメント欄は、熟練の恋愛相談員のようなアドバイスで埋め尽くされる。
その様子を宿屋のテレビ(魔力鏡)で見ていたフリーレンは、むにゃむにゃと特大のリンゴ飴を頬張りながら呟いた。
「……アレス。シュタルクの心拍数、配信の端っこに表示したら? 面白そう」
「採用だ、フリーレン」
画面の隅に、シュタルクの心拍計が表示される。
フェルンの肩が不意に触れた瞬間、数値は「160」を突破。
『死ぬぞシュタルク! 心臓が止まるぞ!』
『これもう魔法じゃなくて物理的なダメージだろ』
日が傾き始め、街の広場に祝祭のランタンが灯る。
アレスは、カメラのレンズを「情緒モード」に切り替え、光の粒子を強調した美しい映像を作り上げた。
「あの……フェルン…。」
シュタルクが意を決したように立ち止まる。
「……何でしょうか、シュタルク様。」
フェルンが俯きながら、スカートの端をぎゅっと握る。
『来るか!?』
『全人類、静粛に!!』
一億人の視聴者が、固唾を呑んで見守る。大陸中が、まるで時が止まったかのような静寂に包まれた。
シュタルクは震える手で、彼女に似合いそうだと思って買ったブレスレットを取り出した。
「これ、似合うと思って……。いつも俺みたいな怖がりの隣にいてくれて、ありがとう」
シュタルクがフェルンの細い手首に、ぎこちなくブレスレットをはめる。
その瞬間、フェルンが顔を上げ花が咲くような笑みを浮かべた。
「……大切にします。シュタルク様」
――ドォォォォン!!
大陸中のコメント欄が、熱狂のあまり物理的に爆発しそうなほどの勢いで流れ去った。
人々は街角で抱き合い、酒場では祝杯が上げられた。
「……よし、最高のエンディングだ。スロー再生からのフェードアウト」
アレスは青い義手で空中に「Fin」の文字を描き、配信を終了させた。
しかし、放送終了後の暗転した画面には、アレスの小さなメッセージが添えられていた。
『本日の収益は、すべてヴァイゼの孤児院と、シュタルクの次のデート費用に充てられます』
『アレス、お前は最高だ!』
『初めて魔族を好きになったよ!』
宿に戻った二人を、フリーレンとアレスがニヤニヤしながら出迎えた。
「……アレス様、フリーレン様。今の配信、後で消去してください。絶対にです」
フェルンは顔を真っ赤にして杖を構えるが、手首のブレスレットは外していなかった。
「残念ながらフェルン。これは一億人の心に『永久保存』されてしまったよ」
アレスは左手の義手を動かし、今日一番のベストショットを空中にホログラムで映し出した。
「……アレス、次は『絶対に脈アリな態度をとらせる魔法』を探しに行こうか」
「いいね、フリーレン。次は結婚式の中継を目指そう」
「お前ら、いい加減にしろよ!!」
シュタルクの絶叫が、夜のヴァイゼに響き渡った。