世界は彼らを見守っている-最強の魔族と葬送の魔法使いの配信紀行 作:meiTo
ヴァイゼの夜が更け人々が眠りにつく頃。
アレスは宿の屋上で、青く光る魔力の義手を夜空にかざしていた。
「アレス……何をしているの?」
背後からフリーレンが静かに現れる。
彼女の瞳には、先ほどの若者たちのデートを見守った後の少しだけ寂しげな色が残っていた。
「フリーレン、君の記憶を少しだけ簒奪(サンプリング)させてもらった。……君がずっと『何でもないこと』だと思って棚上げしていた、八十年前の記憶だ」
「私の記憶……?」
「ああ……北側諸国のとある湖畔の街。ヒンメルが君を誘って君が魔導書に夢中で台無しにした『あの日の午後』のことだよ」
アレスが指を鳴らす。
瞬間、宿の屋上を中心に半径数百メートルの空間が歪んだ。
全世界への「深夜放送」 ―― 追憶のメタバース
大陸中の『鏡』が、突如として不思議な銀色の光を放ち始めた。
寝静まっていた人々が、枕元で輝く鏡に吸い寄せられる。
そこに映し出されたのは、現在のフリーレンではなく『八十年前の、勇者一行がいた風景』の完全再現だった。
『……え、これ、ヒンメル様?』
『今度は過去の再現配信かよ……アレス…お前…神か?』
今回の魔法は【過去視】ではない。
アレスの【理の簒奪】とフリーレンの【深層心理】を掛け合わせ、魔力で構築された「仮想の過去」だ。
映像の中、若い頃のヒンメルが湖のほとりで所在なげに立っている。
その隣には分厚い魔導書を読みふけり、ヒンメルの言葉を右から左へ流している若きフリーレン。
『……フリーレン。この湖の夕陽は、千年に一度の美しさだって有名なんだよ。……魔導書より、僕を見てくれないかな』
『……今、いいところなの。夕陽なんて、明日も見れるでしょ』
画面越しに、世界中の人々が「あああ……!」と頭を抱えた。
今ならわかる。
ヒンメルがどんな想いでその言葉を口にしたのか。
そして、フリーレンがいかに「人の心」を知らなかったのか。
「フリーレン……もしもあの時、君が本を閉じて彼の目を見ていたら……どんな言葉が交わされていたと思う?」
アレスは、青い義手をフリーレンの心臓付近に当てる。
「簒奪(オーダー・スティーラー)……並行現実展開。……君の『今なら言えるはずだった言葉』を、この仮想現実に流し込め」
配信画面が黄金色の温かな光に包まれる。
仮想現実の中のフリーレンが、ふと魔導書を閉じた。
『……ヒンメル。』
映像の中のヒンメルが、驚いたように目を丸くする。
『……何だい、フリーレン。』
『……確かに…綺麗な夕陽だね。本を読んでるより、ヒンメルとこうして眺めている方が、少しだけ…楽しいかもしれない』
その瞬間、世界中の視聴者の鼻の奥がツンとした。
八十年…遅すぎた言葉。
しかし、魔力で構築されたヒンメルの残影は、この世で最も幸せそうな、眩しいほどの笑顔を見せた。
『……はは。そうだね。……フリーレン、君にそう言ってもらえるまで、八十年くらい待つ覚悟だったよ』
二人の影が、湖畔に長く伸びていく。
アレスはこの光景をあえて「モノクロ」のフィルターで中継した。
それは、これが「もう存在しない幸せ」であることを強調するためだ。
フリーレンは、屋上で空に浮かぶ自分の残影を見つめながら、静かに涙を流していた。
「……アレス、君は本当に性格が悪いね」
「知っているよ……だがフリーレン。君が流しているその涙こそが、ヒンメルがこの世界に生きた最強の証拠だ。……それを、世界中に配信してやった」
コメント欄には、言葉がなかった。
ただ、夜空に星が流れるような、静かな魔力の粒子(いいね)だけが、大陸中から降り注いでいた。
人は死んでも忘れられない限り生き続ける。
アレスは「配信」という不遜な手段で、一人の男が捧げた無償の愛を、全人類の記憶に「共有財産」として上書きしたのだ。
「……簒奪解除。……おやすみ、世界」
アレスが手を下ろすと、仮想現実は霧散し、静かな夜が戻ってきた。
宿の屋上には、涙を拭ったフリーレンとやり遂げた顔のアレスだけが残った。
「……ねえ、アレス。あの日…ヒンメルが言おうとして言わなかった言葉……君には見えた?」
「さあな。……だが、君が今感じているその『胸の痛み』がその答えなんじゃないか?」
フリーレンは、夜空の月を見上げた。
「……そうかもね……アレス、明日からもまた旅を続けよう。新しい魔法をたくさん探して」
「ああ……次は『笑顔にする魔法』でも探しに行くか…フリーレンいつも無表情だからね。」
「何それ怖い、私よりもフェルンに使ってみようよ」
「…君もフェルンも二人とも同じぐらい無表情だからね」