「ボクはいつでも戦闘可能です。……でも、他のスタッフさんは呼ばないんですか?」
ララクはその場で軽く肩を回し、足首を鳴らす。戦闘前の癖だ。視線はユニットと周囲の装置を往復している。
この部屋にいるのは、プロフェッサー・モドムただ1人。外のガラス越しには白衣姿の研究員たちが見えるが、誰もこちらを気にしていない。それぞれ別の装置に向き合い、黙々と作業を続けている。
広い施設のわりに、この実験区画だけが妙に静かだった。
「あ~、彼らは本来私がすべき研究をして貰っている。この実験は、私の個人研究なんだ」
モドムは軽く手を振る。どこか肩身が狭そうな口調だ。
「なんじゃそりゃ。なにじゃあ、実費って事?」
ゼマが眉をひそめる。赤髪が揺れ、青い発光棒をくるりと回す。
「はぁ、出資者が現れにくいんだ、人型は」
モドムは人型ユニットを見上げ、溜め息をつく。
メタリックな身体は、無言でそこに立っている。照明を反射し、冷たい光を返すだけだ。
「どうしてでしょうか。革新的な研究に思えますが」
ララクは素直に疑問を口にする。戦闘に関わる技術であれば、需要は高いはずだ。
「自立、操作するだけなら、部分的またはドローンで充分と考える人が多いんだ」
モドムは壁の外を指さした。
ガラス越しに、小型の飛行物体が静かにホバリングしている。球体に近いフォルムから、複数のアームが伸び、カメラのようなレンズがきらりと光った。遠隔操作か、簡易自律制御かは分からないが、狭い通路を滑るように移動していく。
場所に縛られない。壁も床も関係ない。
「……つまり、わざわざ人の形にする意味がないと?」
ララクは静かに言う。
確かに効率だけを考えれば、四足でも、無人機でもいい。戦闘ならなおさら、人体構造にこだわる理由は薄い。
「そんなわけないと思わないか。人が操作するならば、生まれ育った形と類似している方が、有能だと私は考える」
モドムの声が少し強くなる。
人の重心。人の視界。人の関節可動域。長い年月をかけて最適化された形状。それを無視するのは非合理だと、彼は本気で思っている。
「っま確かに、あんな訳の分からん機械よりも、こっちのドールちゃんのほうがしっくりくるかも」
ゼマは人型ユニットの腕を眺め、満足そうに頷く。
滑らかな肩のライン、均整の取れた脚部。装飾はないが、どこか完成を予感させる造形だ。
「センスが合うね。……もう1人、同じ意志の人間がいたんだ。その前任者のためにも、仮想を現実にしたい」
その言葉で、空気が少しだけ重くなる。
「その言い方は……」
ララクは自然と声を落とした。
彼の胸の奥に、ある人物の影がよぎる。オチルレインのボーカル、ロドナル。姿形は似ていない。だが、志半ばで姿を消した者が残す、あの独特の余韻。
完成を見ずに去った者の空気。
「ああ。変才 プロフェッサー・リード。あのユニットも、彼女が作成した物の模倣品だ」
モドムは壁の一角を指さす。
そこには、古びた写真が1枚、無造作に貼られていた。
若いモドム。今よりも髪は短く、眼鏡も少し違う形だ。その隣で笑っている人物。
中性的な顔立ち。くせ毛の長髪が肩にかかり、白衣の袖をまくっている。目元は鋭く、それでいて楽しげだ。研究室らしき背景で、2人は肩を寄せ合っている。
プロフェッサー・リード。
写真の中の彼女は、確かにこのユニットと同じ方向を見ていた。未来を見据える目だった。
体育館のような鉄板の部屋に、静かな時間が流れる。
人型ユニットは動かない。
だがその無機質な身体の奥に、誰かの理想が詰め込まれていることを、ララクははっきりと感じ取っていた。
「そして彼女は今、爆発事故に巻き込まれて行方知らずだ」
「……!」
ララクの喉がわずかに鳴る。
ゼマは腕を組んだまま、じっとモドムを見る。
「ん~、欲しい情報」
軽口のようでいて、目は笑っていない。
「外国人でも知っているのか。数年前、この上の研究室で、黙々と開発にいそしんでいたのが、リードだった。研究データも破損し、室内の録画データもほぼ消失」
モドムの声は淡々としていたが、わずかに硬い。
爆発。 データ破損。録画消失。
ララクは視線を写真へ向けた。くせ毛の長髪を揺らし、無邪気に笑うプロフェッサー・リード。その横で、少し若いモドムが誇らしげに立っている。
写真の中では、すべてが順調に見えた。
「……(アカラヘアさん以外にも、失踪者がいたのか)」
胸の奥で、点と点がゆっくりと結びつく感覚がある。
本来なら、まずは信用を得てからだ。依頼をこなし、関係を築き、その上で事件に触れるつもりだった。
だが向こうから語られた。意図か、それとも無意識か。
ララクは表情を崩さない。今は戦闘協力者であるべきだ。
「研友の悲願も叶えたい。そのために、卓越した君の冒険と戦闘データ。解析させて貰うぞ」
モドムは端末を握り直す。悲願という言葉が、鉄板の部屋に重く落ちた。
ゼマが肩をすくめる。
「ロマンに巻き込まれるのは嫌いじゃないよ」
「っふん、安全管理は万全だ。少なくとも、今回はな」
少なくとも、という言い回しがわずかに引っかかる。
だがララクは一歩前へ出た。
「分かりました。ボクは全力でやります。ただし、危険と判断したら即座に中断します」
「ああ。人命は、変えることのできない逸品だからな」
モドムが笑う。鉄板の扉が再び開く。
冷えた空気が肌に触れる。金属の匂いが濃くなる。天井のセンサーが淡く点灯し、床下から低い駆動音が響き始めた。
体育館ほどの空間の中央。
人型戦闘ユニットが、無言で立っている。
ララクはゆっくりと息を吸う。重心を落とし、足裏で床の硬さを確かめる。