「防御継続……困難」
アークは水獣の連撃を回避し続ける。だが魔操撃は追撃型。一撃で終わらない。
先行するのは【水蛇魔操撃】。細長い水体が高速で地面を滑り、脚部へ絡みつこうとする。そこへ3体の【水狐】が左右から挟み込む。陽動と拘束の同時展開。
アークは足裏装甲を展開。煙と炎を噴射し、強引に跳躍。高機動で天井近くまで浮上し、水獣と空中でレースを始める。
だがこのフロアは無限ではない。壁と天井がすぐ迫る。旋回余地は限られ、回避は次第に窮屈になる。
水蛇を斬り払い、水狐を蹴散らし、陽動に対処していたその一瞬。
背後から巨大な影。
大将、【水虎魔操撃】。
牙を剥いた水虎が濁流ごと突進。圧縮水塊が胸部へ直撃する。
「破損。損傷率10%」
冷静な機械音声。
「あ~あ、それ敵に知らせちゃダメだろ。解析力が高いのは良いけど、全部声にするのは素人以下だな……」
観測室でモドムが頭を抱える。AIは優秀だ。状況分析も即座に行う。だが融通が利かない。情報の取捨選択が未熟。
経験不足。
「な~んか、無機質の割には子供みたいで可愛いかも」
ゼマが腕を組みながら言う。銀色の機体が水に打たれ、必死に姿勢を立て直している様子は、どこか人間くさい。
「子供の喧嘩にしては、最先端すぎるが……それもまた一興かっ」
モドムは唇を吊り上げる。指示を出すことはできる。だが今は見たい。人工知能が自ら選ぶ答えを。
水虎の牙が装甲を抉る。肩部にひびが走り、関節部から火花が散る。
それでもアークは、濁流の向こうに立つララクを見据える。
「防御継続……演算結果・戦闘不能。……突破します」
頭部スリットの光がさらに強くなる。演算出力が限界まで上昇。
「……! そうか、機械ゆえの無謀か!」
ララクが目を見開く。
アークは回避をやめた。
水蛇の締め付けを無視し、水狐の体当たりを受け、水虎の牙に装甲を削られながら、一直線に突進する。破損箇所から水が内部へ入り込み、火花と蒸気が上がる。
自壊を前提にした突破。
「うわ、私みたいな戦い方するな」
ゼマが思わず声を漏らす。
「……? 君は生身なんだから、もっと大切にしたほうがいいだろ」
モドムが横目で言う。
ゼマの捨て身は、回復できるという前提がある。痛みも恐怖も抱えた上での選択だ。
だがアークには痛覚も恐怖もない。ただ目標に到達する最短距離を選ぶ。
濁流を突き破り、ボロボロの機体がララクへと迫る。
銀色の瞳が、一直線に標的を捉えていた。
「殴打、ブースト出力100%」
アークが水流に飲まれながらも直進する。足裏噴射が最後の推力を生み、濁流を裂いて突撃。
「回避は……諦めよう……!」
背中は鉄板の扉。逃げ道はない。
ララクは一瞬、水獣たちへの操作を断ち切る。水虎も水蛇も水狐も、その動きがわずかに鈍る。だが今は目の前の一撃に集中。
迫る拳。高純度魔鉄の塊。水圧を振り切り、一直線に顔面を狙う。
「……【カウンタークラッシュ】!」
衝突。
鈍い衝撃が頬を打つ。視界が白く弾ける。
だが同時に、拳から伝わる破壊エネルギーが反転。ララクの腕を通じて吸収され、内部で渦を巻く。完全無効化ではない。だが威力は大幅に減衰。
「……攻撃力減少……」
アークの音声が僅かに揺らぐ。
「とりあえず、心臓に……!」
ララクは吸収した力を圧縮し、拳へ再集中。踏み込みと同時に、左胸部へ叩き込む。
金属が裂ける音。
装甲が内側へえぐれ、内部フレームが露出する。青白い光が一瞬、乱れた。
「……コア……異常確認……」
アークの動きが鈍る。肩の駆動が遅れ、脚部の噴射が止まる。水流の中で姿勢を崩し、片膝をつく。
その瞬間、室内スピーカーから声が響いた。
「一度、君のその戦闘力を収めてくれるかい。高純度魔鉄ボディが、崩壊してしまいそうだ」
モドムの声は半ば本気だ。
「ララクぅ、ほっぺた赤くなってるよ」
ゼマの言葉どおり、ララクの頬には拳の跡がうっすら残っている。カウンターで威力を吸収したとはいえ、衝撃そのものを消したわけではない。
もし直撃していたら。
頬どころでは済まない。骨が砕け、意識が飛んでいた可能性もある。
ララクは息を整えながら、目の前の機体を見下ろす。ボロボロになりながらも、まだ立とうとするアーク。
レベル表示も紋章もない。ただの機械。
それなのに、この戦闘力。
「……レベルシステム、いや紋章がないのに、この戦闘力……。未知の世界、うぅ、うずくなぁ」
頬の痛みよりも、胸の高鳴りのほうが強い。戦闘ユニット。ロボットと形容できる存在。
生物でもモンスターでもない、技術の結晶。ララクの瞳が、好奇心に光っていた。
「まずは、コーヒーでも飲むといい。私自作のメーカーさ」
実験室を出てきたララクに、プロフェッサー・モドムはテーブルのカップを指さす。まだ湯気が立っている。香ばしい匂いが室内に広がっていた。
「ボク、苦いのは受け付けてなくて」
「おっこちゃま~」
ゼマは笑いながら、備え付けのミルクを遠慮なく注ぐ。白が黒を侵食し、ほぼ茶色の牛乳へ変わる。それを迷いなく飲み干した。
「うん、これならいける」
ララクはカップを持ち上げるが、匂いだけで少し眉をしかめる。
モドムは立ち上がり、ララクの肩に軽く触れた。
「君の強さ、まずはストーリーとして知る必要がありそうだ。望むなら、アークの内部構造も徹底的に教えてやるけども」
研究者の目だ。純粋な興味と探究心。
「機械工学は、知識外ですが、凄く興味があります」
ララクは素直に頷く。戦闘力の源泉が紋章でもレベルでもない存在。その構造を知れるなら価値はある。
「んじゃあ、また部屋戻りだな」
休憩の概念が薄い2人は、そのまま修繕室へ向かう。アークは整備台に固定され、胸部装甲が開かれていた。内部のコア周辺が焦げ、フレームが歪んでいる。
モドムは工具を手に取り、迷いなく分解を始める。
「ここがリアクティブ・コア。君の拳が直撃した箇所だ。あと数ミリ深ければ、完全停止だったな」
「ギリギリでしたか」
「計算の上か?」
モドムの問いにララクは小さく笑うだけだ。
頬の赤みはまだ残っているが、ゼマが本気で治療しなくても、時間と自己治癒で引きそうだった。
「私、暇だな結構。他の人にちょっかい出してこっかな~」
ゼマは伸びをし、クリスタルロッドを机に立てかけた。
「ほどほどに頼むよ」
モドムは視線を外さずに答える。
ゼマは研究室を出て、ガラス越しに見えていた別区画へ歩いていく。白衣の研究員たちが慌ただしく作業する中へ、遠慮なく踏み込んでいった。
その頃、ララクは分解されたアークの内部を覗き込む。配線、魔力導管、演算結晶。紋章もレベルもない世界の力。
未知の構造が、静かに鼓動しているように見えた。