「じ、……んで、立ちたち……がるんだぁ!」
荒れた映像が大きく揺れ、白いノイズが走る。ぶつ切りの音声の奥で、興奮を抑えきれない声が響く。画面の中央、白衣を着た人物が勢いよく身を乗り出す。うねる銀の長髪が肩を越えて揺れ、鋭い目が黒鉄の人型を射抜いている。
次の瞬間、彼女はプロトタイプの額へ容赦なくデコピンを放った。乾いた金属音が実験室に跳ね返る。黒鉄の機体はわずかによろめき、ぎこちなくバランスを取り直す。
「こいつが我が研友、プロフェッサー・リードだ。そしてこれが、プロトアークだ」
モドムの声が、現在と過去をつなぐ。
プロトアークは今の銀色とはまるで違う。装甲は粗く、継ぎ目が目立ち、関節部からは配線と導管が覗く。重心も不安定で、補助フレームに支えられながら辛うじて立っている。完成品というより、理想へ向かう途中の塊。
「黒いね。今のとは別タイプだ」
ゼマが画面に顔を近づける。黒鉄の鈍い光は、今のARCの洗練とは対照的だ。
映像の端に、別の女性が映り込む。ボブの長さに分けた前髪。軽装の冒険者。ララクは息を止める。
「それで彼女が、アカラヘアさんでしょうか」
「よ~し……し。知能は、優しく接しないとぉ」
アカラヘアは、ぎこちなく揺れるプロトアークの頭部を撫でる。まるで子供をあやすような仕草。金属の冷たさと、手の温もりの対比が画面越しにも伝わる。
この時点で自立は不可能。二年前から、リードはこの黒鉄の身体に未来を見ていた。
「彼女はリードの協力者だったらしい。資金調達も困難だったろうから、彼女が様々な場所に行ってサポートしていたと思われる」
「……それで、足跡があちこちに」
ララクは調査資料を思い出す。都市をまたぎ、痕跡を残していた理由が一本につながる。
さらにもう一人、画面の隅に小柄な影。坊主頭に眼鏡、学生服のような服装。だが肩幅は広く、腕も太い。
「んで、もう1人のこのちっこいのは?」
「あ~、名は正確に記憶していないので控えるが、協力者その2、だな。天才少年、とは聞いている」
ノイズの奥から少年の声が響く。
「……子供の頭でも理解できる。あな……の理想を現実にす……は、人工知能の進化が数十年足りな……い」
幼さと低さが混ざった、境界線の声。理屈を述べながらも、どこか悔しさを含んでいる。
「あれれ、言われてるけど?」
ゼマが横目でモドムを見る。
モドムは鼻で笑った。
「子供の言う事だ。知能は確かにまだまだだが、戦闘力は遥かに進化できる。その証明が、ララクだ。彼との戦闘経験により、研究月日を大幅にスキップできた」
ララクは画面の黒鉄の機体と、現在の銀色のARCを重ねる。粗い装甲、震える関節、補助なしでは立てない身体。それが今では、自壊覚悟で突進してくる兵器へと進化している。
「……確かに、今のアークなら、全力で戦っても容易には勝てないと思います」
映像の中で、リードが笑う。銀の髪を振り乱し、黒鉄の機体を叩きながら語り続ける。その姿は狂気と情熱の境界線に立っていた。
失われたはずの時間が、画面の中で脈打つ。
ララクは静かに思う。これはただの戦闘ユニットではない。誰かの理想が、まだ動き続けている証なのだと。
「……ねぇ、もしかしてこの子も……」
ゼマの声が、ノイズ混じりの映像に重なる。
「……ああ。爆破事故の被害者だ」
モドムは短く答えた。画面の中で揺れる銀髪のリード、アカラヘア、そして坊主頭の少年。途切れた音声と乱れた映像が、爆発の衝撃を物語っている。
「……これは、彼の事も調べる必要がありそうですね」
ララクは静かに言う。関係者は思っていた以上に多い。同時に別の思考が浮かぶ。このトレンドタワーで被害者がそれだけというのは、逆に少ない。アークの実験は水面下で行われていたのかもしれない。
今いる階には多くのスタッフが常駐している。ガラス越しに見える研究員たち。データが吹き飛ぶほどの爆発なら、被害はもっと広範囲だったはずだ。だが室内は整然としている。床も壁も、補修跡すら感じさせない。
2年でここまで綺麗になるものなのか。
違和感が胸に沈む。
「確か彼は都市部の……」
モドムが少年の情報を続けようとした、その瞬間だった。
モニターがふっと消える。
同時に研究室の照明が一斉に落ち、機械音も止まる。灰色の外光だけがわずかに輪郭を残し、室内は深い闇に包まれた。