「っこ、これは……!?」
「な、なんじゃ!? 敵襲」
曇天の灰色が窓を覆っていたせいで、照明が落ちた瞬間、室内は底の抜けたような闇に沈んだ。機器の駆動音も止まり、耳鳴りのような静寂が広がる。ララクは即座に重心を落とし、ゼマもロッドを握り直す。気配を探り、空気の揺らぎに神経を張り詰める。
だが、プロフェッサー・モドムや周囲の研究員たちは椅子から立ち上がりはしたものの、慌てる様子は薄い。
「停電だ。外国の人は、驚きすぎなんだ」
暗闇の奥から、落ち着いた声が返る。
「あぁ、ただの停電ですか。すみません、取り乱しました」
「なんだぁ、襲撃されたのかと思ったぁ」
ゼマが力を抜く。だが、その瞬間。
「……いや、おそらくそれはご名答だよ。電力、魔力法のこの国じゃ停電対策は、何よりも重要。しかしそれを邪魔する者がいる」
声の温度が変わった。闇の中、モドムがゆっくりと上を見上げる。視線の先は、爆発事故のあった上階。
ララクは即座に魔力を練る。
【ライトファイヤー】効果……光を放つ炎を生み出す。
掌に白い炎が灯る。熱はほとんどないが、強い光を放つ。壁や机の輪郭が浮かび上がり、研究員たちの顔が青白く照らされる。揺れる影が天井を這う。
「上に、何かが起きているんですね?」
「ああ。爆発した研究室と、コンピュータや魔電力システムが設置されてある」
その言葉で、ララクの瞳が鋭くなる。
「……! ボク、早急に行ってきますよ。敵ならば、ボクは役に立ちます」
「ララク、君なら戦力として過剰すぎるほどだ。スマートに解決できるかな?」
「いくらでも、スキルはありますから! 【ファントム化】」
炎の光の中で、ララクの輪郭が揺らぐ。体が薄くなり、色を失い、空気と重なる。存在感が霧散し、視線が滑る。幽体。物質の制約を外れた状態。
次の瞬間、跳躍。床を蹴る音も残さず、天井へ到達し、そのまますり抜ける。コンクリートも鉄骨も抵抗にならない。
研究室に残るのは、揺らめく炎とゼマ、モドムだけ。
「……ふん、何がアークに容易に勝てないだ……。幽体化を止める手段は、まだインプットしてない」
モドムが小さく鼻を鳴らす。
「あの子は最強だから。機械の進歩も凄いけどさ、人類の進歩もヤバいっしょ?」ゼマが肩を回す。
「……論文にもある。機器の研究とは、人の研究だと」
モドムは闇を見つめながら呟く。脳裏に浮かぶのは、リードの論文。「人型ユニットは必要か」。
ゼマは白炎を掲げ直す。
【ライトファイヤー】の光を頼りに、正規の階段へ向かう。停電の原因を断つために。何百人分ものスキルを束ねる少年の活躍を信じながら、2人はゆっくりと上階を目指していった。
ララクは天井をすり抜け、上階へと到達する。だがそこも完全な暗闇だった。窓はなく、外光も差さない。機械の唸りも止まり、広い空間が沈黙している。幽体の維持は魔力を喰う。ララクは即座に【ファントム化】を解いた。輪郭が実体へ戻り、靴底が硬い床を踏む。
「【フラッシュレイド】」
瞬間、強烈な白光が炸裂する。閃光は拡散せず、その場に留まり、広範囲を昼間のように照らし出した。魔力消費は重いが、固定照明としては最適だ。【ライトファイヤー】が機動と持続向きなら、こちらは制圧型。
光に浮かび上がるのは、巨大な筐体群。
「……これが、噂のスーパーコンピューター……!」
壁一面に並ぶスパコン。冷却管が走り、魔力導管が脈のように絡み合う。電力魔力共有路が何層にも重なり、ブレーカー装置が並ぶ光景は壮観だ。だがその奥から、バチバチと耳障りな音が響く。火花が散り、焦げた匂いが混じる。
「ネズミ型が、紛れ込んだのか? こういう時は、【サーチング】」
感知を広げる。対象は生物のみ。すぐに奥で反応が跳ねる。ひとつではない、いくつも。視界の前にスキル画面が展開する。
「メジャーだけど、初対面だ!」
ララクは駆け出す。ケーブルの迷路を縫い、光の中心へ踏み込む。
そこにいたのは、毛むくじゃらの小さな影。二足歩行の獣。細い腕で電線を抱え、小さな牙で配線を噛み砕いている。体長はララクの頭ほど。複数体が並び、無心で導線を食い荒らすたびに火花が散る。
スキル画面に浮かぶ文字。
〈グレムリン〉
説明……機器を好む小型悪魔。群れで行動し、電気配線などを食す過食雑食生物。
「最先端の国にいる古のモンスター、か」
ララクは息を整えながら観察する。図鑑で見たことのある存在。かつては鉄くずを好んだ害獣。だが技術の進歩とともに嗜好は変わり、電力や配線を喰らうようになった。ここヌーツでは厄介な常習犯だ。
最新鋭の魔電力国家。その心臓部で、古典的悪魔が配線を齧っている。バチバチという火花の音が、静まり返ったフロアに不気味に響いていた。