10巻 祝・追放100回記念   作:高見南純平

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第407話

「グググゥ!?」

 

 グレムリンたちが一斉に振り向く。赤く濁った瞳が光を反射し、毛むくじゃらの体を逆立てる。【サーチング】で存在を捕捉された違和感と、【フラッシュレイド】の強烈な白光、そしてそこに立つララクの気配。三重の刺激に、警戒度が跳ね上がった。

 

「……クエストではないけど……害獣退治で許されるよな」

 

 ララクは冷静に状況を整理する。家に侵入した虫を払うのと同じ理屈だ。サイズは頭ほどあるが、グレムリン討伐は法的にも問題ない。これが人間の悪党ならば話は別だが、相手はインフラを齧る害獣モンスター。

 

 だがララクが一歩踏み出した瞬間、グレムリンたちは配線を放り出し、散開し始める。

 

「ググググ!」

 

「なんだ、小物思考か」

 

 停電という大規模な被害を出しておきながら、戦う様子はない。ケーブルの隙間へ潜り込み、配電盤の裏へ逃げ込もうとする。

 

 ララクは眉をひそめる。

 

 インフラ破壊が目的ではなく、ただ電気を欲して齧っているだけ。悪意というより、本能。

 

 それでも放置はできない。

 

 配線がさらに断たれれば、システムは完全停止する。

 

 ララクは周囲を見渡す。スパコン群、魔力導管、繊細な冷却管。広範囲攻撃は論外だ。破壊は最小限に。数は多い。俊敏。隙間に潜る。

 

 弓よりも、小型で静かな武器がいい。

 

「なら、相手に合わせよう」

 

 ララクは両手に魔力を集束させる。構築式が脳裏に展開する。

 

「【ウェポンクリエイト】 魔毒の吹き矢」

 

 掌に細い筒が形成される。漆黒の管。内部に仕込まれた魔毒針が淡く紫に光る。

 

 かつての仲間、吹き士・グナイテッドの愛用武器に酷似した形状。音を立てず、確実に仕留めるための道具。

 

 ララクは静かに息を吸う。

 

 光に照らされた配線迷路の中、逃げ惑う小型悪魔たちへ、狙いを定めた。

 

「【ホーミングシュート】 速連射」

 

 ララクは細かく息を分け、連続で吹き矢を放つ。吐息と同時に黒い針が走り、猛毒を帯びた先端が白光の中を縫う。矢は直線では終わらない。視線誘導により軌道を曲げ、逃げるグレムリンの背へと食らいつく。

 

「グギャッ!?」

 

 1体が配線の上で痙攣し、転落する。別の個体がスパコンの陰へ潜るが、「【透視】」で筐体越しに輪郭を捉え、死角を回り込んだ針が首元へ突き刺さる。火花が散る中、ほとんどのグレムリンが次々と倒れていった。

 

 だが奥で、ひときわ大きな影が動く。群れより一回り大きく、牙も長い個体が両腕を広げた瞬間、空気が震えた。放たれた矢がその周囲で弾かれ、床へ落ちる。

 

【電磁波】効果……電力を帯びた磁力を展開する。

 

 配線から吸い上げた電流をまとい、体表に磁場を形成している。金属製の吹き矢は触れる前に逸らされ、ジリ、と焦げる音を立てて転がった。

 

 ララクは目を細める。ほとんどは仕留めた。だが群れの核と思しきその個体だけが、帯電した毛を逆立て、まだこちらを睨んでいる。

 

(害獣なりの、対抗策があるということか。なら、ナイフで確実に命を仕留めるか)

 

 ララクが吹き矢を霧散させ、魔力を刃の構築式へ移そうとした、その瞬間だった。

 

 空気が、裂けた。

 

 視界に入ったのは、ほんの一筋の黒い軌跡。次の瞬間、大型グレムリンの胴体が縦に分かれる。肉と骨が断ち切られ、血が噴き上がる。帯電していた毛が焦げ、焦げ臭い匂いが広がる。

 

「グググ……」

 

 断末魔が遅れて零れ、個体は自分が斬られたことすら理解できぬ速度で絶命した。

 

「!? な、刃!?」

 

 ララクの視線が、血に染まったそれを捉える。

 

 剣ではない。

 

 腕だ。

 

 黒衣の人物の右腕が、肘から先ごと細長い刃へと変質している。金属とも骨ともつかぬ質感。刃先は異様に滑らかで、赤い血を滴らせながらも鈍い光沢を放っている。

 

 その人物は、ゆっくりとこちらを向いた。

 

 黒いマントが重く垂れ、フードが深く顔を隠す。仮面のようなものが覗くが、目の位置だけが暗く沈んでいる。布地はただの布ではない。微細な魔力の膜が織り込まれているようで、光がわずかに歪む。

 

 立っているだけで、空間の温度が下がる。

 

 殺気ではない。冷たい機能性。目的のためにだけ存在しているかのような静圧。

 

「最低でも、職員じゃないよな」

 

 ララクは低く呟く。直感が告げる。これは偶然居合わせた研究員ではない。

 

 【透視】を重ねる。

 

 だが、視界は弾かれた。

 

(【透視】が、出来ない……。何らかの阻害魔力で体をコーティングでもしているのか?)

 

 魔力の輪郭が歪む。存在そのものが薄く加工されているかのように、内部構造が読めない。

 

 黒衣の人物は、床に散らばるグレムリンの死体を一瞥する。毒で倒れた個体と、真っ二つになった個体。その違いを確認するように。

 

 そして何も言わず、駆け出した。

 

 動きは重厚な外見に反して軽い。足音は最小限。マントが翻り、刃と化した腕が再び人の形へと戻る。

 

「とりあえず、不法侵入じゃないのか!」

 

 理由は十分だ。ララクは即断する。

 

 黒衣は出口へは向かわない。窓へも行かない。一直線に壁際の非常口へ向かう。すでに解錠されている扉。計画的。

 

 金属扉がわずかに揺れ、非常階段へと続く闇が口を開く。

 

 ララクは即座に魔力を脚へ集中。

 

【スピードアップ】

 

 床を蹴る音が鋭く響く。視界が引き伸ばされ、階段へ飛び込む黒い背を捉える。

 

 血の匂いと焦げた配線の臭気が残る中、停電の暗闇を裂いて、追走が始まった。

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