「〈エレクトロバレット〉、【ウォーターボール】多重展開」
黒衣の両腕が同時に変質する。刃の輪郭が溶け、内部構造が再編され、二門の銃口が開く。内部で雷が蓄積され、紫電が雨粒を弾き、周囲の空気が焦げる。圧縮された電流が唸りを上げる。
発射。
稲妻を凝縮した弾丸が、空を引き裂く。同時に中型の水球がいくつも生成される。空中に浮かぶ透明な塊は内部で激流を巻き、重く、速く、ララクへ迫る。雷と水。導電と圧壊の二重殺。
「【マジックバリア】! オーバーズ(割れるのは前提だ……!)」
半透明の魔力障壁が半球状に展開される。雷弾が直撃し、白い亀裂が走る。続いて水球が叩きつけられ、圧縮水圧が内側から押し潰す。バリアが悲鳴を上げ、粉砕。魔力の破片が雨と混じり、光の霧となって散る。衝撃がララクの体を弾き、2人はさらに高度を失う。
暗雲に覆われたヌールの都市が急速に迫る。濡れた道路は黒く光り、ネオンは滲み、車列の灯りが線となって流れる。雷鳴が遠くで低く唸る。
「戦士よ、落下死の予測が出ている」
高度計でも内蔵しているかのような冷静な声。
「ボク、出来れば永遠に生きていたい……のでっ!」
地面が目前に迫った瞬間、ララクの体が濡れたコンクリートへ吸い込まれる。地表が波打ち、雨水が跳ねる。
「……【グランドダイブ】、か」
黒衣は即座に解析する。地中潜行による衝撃回避。自らは浮遊上昇を試みるが、体に絡む糸と鎖が地面に固定されている。張り詰めた鎖が軋み、糸が関節を縛る。逃げきれない。
「……【スパイラル】……」
回転で拘束を断とうとした瞬間、地面が裂ける。泥と雨を巻き上げ、ランスを握ったララクが地中から噴き上がる。水飛沫を纏い、下から上へ一直線。
【風昇突き】効果……風系統の力で浮かび上がり、突きを放つ
螺旋状の気流がランスを包み、風圧が地面を抉る。暗雲の下、濡れた都市の中心で、上下から交錯する刹那が炸裂した。
「続きと行こう……【スラッシュ】!+α 【トルネードフォース】」
黒衣の者の足元で空気が爆裂する。濡れたアスファルトが削れ、水溜まりが円環状に弾き飛ばされる。次の瞬間、螺旋気流が地面から天へと直立し、その中心に黒衣の体が固定される。マントが裂けるほどはためき、雨粒が渦に巻き込まれて白い輪を描く。
暴風が肉体を削る。圧縮された気流が皮膚を叩き、関節を軋ませる。それでも出力は上がる。自壊と隣り合わせの強化。
「……! 竜巻系統を宿した!?」
ララクの声が轟音の中に弾ける。
黒衣はそのまま突進する。竜巻を推進力に変え、地面すれすれを滑るように加速。ブレード化した腕が振るわれ、風圧を伴った突きが連続で放たれる。突きの軌道が空気を裂き、白い気流の筋を残す。
それは【ウィンドフォース】の強化版ともいえる技。しかし単なる強化ではない。周囲の空気ごと巻き込み、削り、押し潰す暴風の鎧。
だが黒衣の体表を覆う特殊なエネルギー層が、竜巻と肉体の間に挟まる。触れた瞬間、風刃が削られ、散り、減衰する。暴風が届く寸前で砕け、霧散する。
ララクはランスを握り、正面から迎え撃つ。
「はあああああっ!」
連続の突き。足元を蹴り、雨水を跳ね上げながら踏み込む。槍先が風を割り、竜巻の中心へ突き込まれる。
黒衣の回転が加速する。
「【スパイラルスラッシュ】」
高速回転とともに生まれる螺旋斬撃。絡みついていた鎖と糸が一瞬で断ち切られ、金属の破片が火花を散らす。拘束具が弾け飛び、濡れた路面を転がる。
そのまま螺旋斬撃がララクの突きと衝突。
金属音と風切り音が重なり、圧縮された空気が一点で爆ぜる。竜巻が内側から膨張し、衝撃波が同心円状に広がる。街路灯が揺れ、ビルの窓が震え、看板が軋む。雨が横殴りに吹き飛ばされ、視界が白く歪む。
「ぐああああっ!」
「……出力、上昇」
暴風と斬撃が押し合い、削り合い、ついに均衡が崩れる。
爆発的な反動。
2人の体が同時に弾き飛ばされる。ララクは横方向へ叩き出され、黒衣は反対側へ吹き飛ぶ。暗雲に覆われた都市の空間を裂くように、雨と風を引き連れながら、それぞれの軌道を描いて離れていった。
激突の余波が消え、雨音だけが戻る。
お互い、防御力は異常な域に達しているらしい。あれほどの衝撃にもかかわらず、致命的な損傷はない。衝撃の規模に比べれば、傷は浅い。
ララクは即座に魔力を編む。体表へ薄い装甲を形成。胸部と肩を覆う簡易鎧が雨の中で鈍く光る。だが連続戦闘の負荷は重い。生成と同時に、ひびが走り、表層がボロボロと崩れ落ちる。
ここは大通り。
雨のため人通りは少ないが、傘を差した通行人が数人いた。衝撃音が遅れて響くと、彼らは一瞬こちらを見て、すぐに退避する。傘が揺れ、靴音が水たまりを跳ねる。
広い道路の中央に、2人の影。
ネオンが雨に滲み、暗雲が低く垂れ込める。
ララクはゆっくりと息を吸い込み、肺に湿った空気を満たす。水滴が頬を流れる中、視線を外さず分析する。
(腕の形状変化。剣と銃、それだけで遠近対応をしてくる。それに加えて、風系統、水系統スキルを発動。厄介なのは、体を包む魔力の粒子。……ボク以上に奇怪な存在……)
黒衣の輪郭は雨に滲みながらも、揺らがない。体表を覆う微細な魔力粒子が、街灯の光をわずかに歪ませている。
一方で黒衣も、静かに観測していた。
(情報にない子供。レベルは少なく見積もって70、80台か。それに、いくつかの系統を使った? 分析の時間もないな。不都合なのは、それが私を捕縛しようとしている事だ。何故、その必要がある……)
雨が2人の間に線を引く。
距離は十数メートル。
呼吸の音すら聞こえる静寂。
そして奇しくも、同時に口を開く。
『何者だ!』