10巻 祝・追放100回記念   作:高見南純平

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第410話

 雨音に紛れて、それでもはっきりと聞こえた問い。

 

 ララクは一瞬、呼吸を整える。声色、抑揚、言葉の選び方。機械的だが、明確に意思を持つ発話。ならば対話は可能。

 

 雨を切り裂くように声を張る。

 

「ボクの名前はララク・ストリーン。種族は人間、歳は18です。祖国はパーリア。そうですね、レベルも明かしましょう。56です」

 

 ネオンに濡れた路面にその名が落ちる。

 

 黒衣は微動だにしない。フードの奥でわずかに視線が動く。

 

「……(50レベル……演算は当てにならないな) 律儀に対して無礼で失礼。私の所在は、ノーヒントだ」

 

 次の瞬間、右腕が金属音とともに再構築される。骨格が回転し、筋繊維のような内部機構が締まり、銃口へと変質する。

 

 その周囲の雨粒が、不自然に吸い寄せられる。

 

 落下する水滴が軌道を変え、渦を巻き、銃口へ収束する。空気中の湿度までもが引き剥がされるように集まり、内部で圧縮される。水分吸収システム。濡れた都市そのものが弾倉。

 

 銃口の奥で、水が高密度に凝縮され、青白く脈打つ。

 

 ララクは視線を逸らさない。

 

(戦闘力と喋り方しか判明していないな。……生け捕りが可能かは分からないけれど)

 

「……【ウェポンクリエイト】」

 

 魔力が掌で渦巻き、獣爪の斧が形を成す。湾曲した刃が雨を弾き、握り込んだ瞬間に周囲の水分が吸い寄せられる。斧の刃に水がまとわりつき、厚みを増し、透明な層が重なる。

 

【ハイドロカット】効果……水系統の力を纏った斬撃を放つ。周囲の水分を吸収可能。

 

 雨天という環境が、そのまま出力へ直結する。刃が唸る。

 

 黒衣の銃口が震え、内部圧力が限界まで高まる。

 

「〈ハイドロバレット〉 最大出力!」

 

 発射。

 

 圧縮された水塊が弾丸となり、空気を爆ぜさせながら射出される。周囲の雨を巻き込み、巨大な水槍のような尾を引く。

 

 ララクは地面を蹴る。水しぶきが弾ける。

 

「【ハイドロカット】〈高圧切断〉!」

 

 斧を全力で振り抜く。刃に纏った水圧が瞬時に一点へ収束し、超高密度の水刃となって放たれる。空気が裂け、路面の水が引き寄せられながら軌道へ流れ込む。

 

 水弾と水刃が、正面から衝突。

 

 轟音。

 

 圧力同士が噛み合い、削り合い、爆ぜる。白い蒸気が一気に立ち上り、視界が水霧で覆われる。衝撃波が四方へ拡散し、濡れたアスファルトが抉れ、道路標識が揺れる。

 

 ネオンが歪み、雷鳴が遠くで鳴る。

 

 暗雲に覆われた都市の中心で、水と水が真正面からぶつかり合い、暴力的な水圧の咆哮が大通りを震わせた。

 

 数秒後、圧縮された水圧が限界を迎え、爆ぜた衝撃の白霧がゆっくりと晴れていく。だが、その中心にあるはずの黒い影は、なかった。抉れたアスファルト、ひび割れた縁石、流れ出す濁った雨水だけが残る。

 

「断ち切れなかったか……。引き分け、いやボクの目的は完遂できなかったな」

 

 ララクは獣爪の斧を消し、肩を落とす。刃は水とともに崩れ、魔力の粒子となって雨に溶けた。荒い呼吸のまま、周囲を見渡す。不法侵入者であり、グレムリンを討った存在。クエストとの関係は不明だ。それでも、あの腕の変質、銃と刃の両立、体表を覆う阻害層、複数系統の同時運用。偶然の産物ではない。都市のどこかに、別の層がある。

 

 遠くからサイレンが近づく。青い光が濡れた路面に滲み、ビル壁に揺れる。警察車両のエンジン音が重なり、秩序が動き出す。退避していた人影が、少しずつ戻り始める。傘を差した通行人が距離を取りつつ立ち止まり、スマホを向ける者もいる。

 

 人垣の中で、誰かが震えた声で呟く。

 

「か、怪人だ」

 

 別の声が重なる。

 

「リアルにいたんだ」

 

 雨は止まない。ララクは濡れた大通りの中央に立ち、消えた黒衣の残滓を探す。戦いは終わった。だが、静寂ではない。サイレンとざわめきが、異質の存在を明確にしていた。

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