「命を懸ける仕事だから、冒険者たちの報酬は良いし、そういう世のシステムなのは理解しているよん。私だって、こうして頼りにしているわけだしぃ。だけどそれはさぁ、君たちのような経験豊かで覚悟を持った冒険者ゆえだと思うんだよね」
ララクが静かに問い返す。
「つまり、ルーキーには荷が重い仕事だと?」
「そそそそそそ!」
学長はいきなり勢いよく立ち上がった。その動きにララクとゼマは少しだけ肩を揺らす。さっきまでソファで菓子を食べていた人物とは思えないほどの勢いだった。
学長は窓の方へ歩きながら話を続ける。
「ここ、インテグラル学院は、魔力、化学、芸術、体力、様々な分野を総合的に扱っている学校なんだよねぇ。だから、進路が冒険者の子も多いんだぁ。けどさぁ、そんな子たちが死亡する確率も高いんだよ」
窓の外には広い校庭が見える。体育の授業だろう。学生たちが武器訓練を行い、走り込みをしている。若い声、指導員の号令、木製武器がぶつかる乾いた音。
負傷率の話には、死亡者も含まれている。
それを理解した瞬間、ララクとゼマは息を呑む。冒険者として生きてきた2人には、その意味が痛いほど分かる。自分たちも何度も死線を越えてきた。この仕事の行き着く先は、生か死だ。
学長の背中を見ながら、2人は自然と姿勢を正す。
ララクが静かに言う。
「ボクの国じゃ、冒険者に年齢制限はありません。きっと若くして亡くなっている子たちも多いかも」
ゼマも腕を組みながら続ける。
「私も、デビューは年齢が一桁の時かな。田舎村出身でさ、人手なくてさ」
学長は振り返り、少し目を丸くした。
「ほ~う、海外の生意見は貴重だねぇ。これからの将来豊かな学童たちの未来が、最初っから奪われるなんて見過ごしたくない……! これには、共感してくれるようだね」
「えぇ、もちろんです。といっても、ここにいる子たちと同世代ですけど」
ララクが淡々と答えると、学長の表情が一瞬止まった。
「あれれれれれ、童顔だとは思っていたけれど、本当に若いんだ」
どうやら学長は、ララクを子供のように見える大人だと思っていたらしい。成人はしているので完全に間違いではないが、この学院には彼と同じ年齢の学生も多く在籍している。窓の外で訓練している若者たちの中にも、同世代の姿がきっとある。
「でも学長さんさぁ、強くなるには戦って、戦って、レベル上げて、新しいスキルとか装備作って。っていう流れじゃん。死地にいかないことには、始まらんじゃん?」
ゼマが腕を組み、ソファの背にもたれながら言う。軽い口調だが、そこには長年冒険者として生きてきた実感がこもっていた。机の上の菓子袋が、さっきの勢いのまま少し揺れている。
その言葉を聞いた瞬間、学長の目がぱっと輝いた。
「そそそそそこなんだよ! ゼマくん。機械は除いて、肉体強度だけで言えばこの世界はレベル至上主義だ!」
勢いよく立ち上がり、両腕を大きく広げる。まるで講義でも始めるかのような身振りだったが、勢いが強すぎてズボンがずりっと下がり、慌てて腰を引き上げて直す。
その一連の動きに、部屋の空気がわずかに緩む。
ララクはその様子を見ながら静かに頷いた。
「レベルを上げることが、強くなる近道だって。ボクもそう思っていた時期が、二年間ぐらいありました。(結果的には遠回りではなかったんだけど)」
言いながら、記憶が自然と遡る。
【ヒーリング】を習得するため、何度も冒険者パーティーに加入し、モンスター討伐を繰り返して貰った日々。ダンジョンの湿った空気、戦闘の匂い、経験値を積み重ねるためだけに冒険を繰り返していた時間。
「え~、私は今でもそう思ってるけど。たまにレベルアップしたら、いまだに嬉しいし」ゼマはララクとは意見が割れる。
学長はゼマの言葉を聞いて、すぐに顔つきを変えた。さっきまでの砕けた笑顔が、ほんの少しだけ真面目なものになる。
「だが、その最初のレベルを上げることが困難だということを、理解しているはずなのに、忘れてしまうんだなぁ、冒険者たちは」
その瞬間。
「ギクリ」とゼマの口からそのまま声が漏れた。
部屋の空気が一瞬止まる。
「図星が声として出ちゃってます」
ララクが苦笑しながら、ゼマの背中を軽くさする。
ゼマは頭をかきながら、記憶を引っ張り出そうとする。
「……いや覚えてるよ、えっとたぶんビートル系の、いやアリ系だったかなぁ。あれ、もう、やりすぎてて覚えてない!」
何百、何千と倒してきた最初のモンスター。どれが最初だったのかさえ曖昧になっている。
学長は腕を組み、ゆっくりと頷いた。
「自分たちがひたすらモンスターとの戦闘を繰り返してきた経験から、次世代にもそう促す傾向があるんだ。だけどここはぁ、最先端の通り道! ここも改革すべき場所なんじゃないんですか……? と私は提唱したいんだぁ」
窓の外では、学生たちが訓練をしている。木剣がぶつかる音、号令、走る足音。まだ若い声。
その光景を背に、学長は言う。
ララクは少し視線を落とした。
「……指導者を探そうとも思わなかったボクにも、響きすぎるお言葉です……」
気づけば2人は背筋を伸ばしていた。
冒険者として数々の戦場をくぐり抜けてきたはずなのに、今はどこか、教師の前に立つ学生のような気分になっている。
学長室の窓から差し込む光の中で、3人の会話だけが静かに続いていた。
「朝から威圧するつもりはなかったんだけど、ごめんね、学長モードが強すぎたかな」
先ほどまで腕を広げて語っていた学長は、肩の力を抜いてソファの背に体を預けた。爆発したような寝癖の髪を指でかきながら、どこか照れたように笑う。
「いえ、ビジョンが明確に伝わります。ね、ゼマさん」
ララクは素直に頷いた。学長の言葉には、理屈だけではない切実さが混じっていた。窓の外に広がる校庭の光景。まだ経験の浅い学生たちが訓練している姿。それらを守りたいという思いが、言葉の端々から感じ取れる。
「そだね、頭の固いじじいになりそうで、怖くなったは今」
「どうなろうとも、性別は変わらないのでは」 ララクが苦笑いを浮かべる。
ゼマは「うるさい」とでも言いたげに、ちらりと横目で睨む。
彼女は腕を組むのをやめて天井を見上げる。自分の経験を思い返す。モンスターを倒して、怪我をして、それでも前に進むしかなかった日々。気づけば、そのやり方が当然のものになっていた。
それを、そのまま若い子たちに押しつけていたかもしれない。
学長はその様子を楽しそうに見てから、再び話を戻した。
「私は今をダメダメだ、といいたいわけじゃない。逆に生き残り、強者となった冒険談を知り、それを後世に引き継ぎたい。今回で言えば、君たちは先輩冒険者。このあと君たちには授業をしてほしいんだ」
ララクが目を瞬かせる。
「授業ですか? 教員免許、ないですけど」
「子供に教えるのは、割と得意よ」
ララクはちらりとゼマを見る。
治療をしながら新人を叱り飛ばしている姿が頭に浮かぶ。
「ありのまま冒険人生を語ってくれれば、それでいい。卒業後の進路が冒険者の子たちがいるんだけど、このあと会ってくれないかい?」
「了解しました」 ララクは迷いなく答えた。
「なんか頼まれるのは、知ってたからね。この子以外の若子と、触れ合ってみたかったしぃ」
ゼマはそう言いながら、ララクの頭をガシッと掴む。
ぐしゃぐしゃと髪を掴まれ、ララクの体が少し揺れる。
「ボク以外にしちゃダメですよ」
ララクが笑う。ゼマもつられて笑い返した。
学長室のソファの前で、3人の空気が少しだけ柔らいだ。
このあと待っているのは授業。未来の冒険者たちとの出会いだった。