10巻 祝・追放100回記念   作:高見南純平

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第415話

 学長室の前の廊下に、ララクとゼマは並んで立っていた。学長が授業の準備をすると言い残して奥へ引っ込んでから、しばらく時間が経っている。

 

 待ち時間を持て余しながら、ララクは廊下の壁に視線を巡らせた。そこには学生たちの作品がびっしりと貼り出されている。素焼きの陶器、色鮮やかな絵画、構図を意識した写真作品。どれも額や台に丁寧に飾られ、学校というより小さな美術館のような雰囲気だった。さらに奥には、歴代学長と思われる人物の写真や、学生たちの集合写真が並び、この学院の長い歴史を静かに語っている。

 

「ゼマさんは、美術のセンスはどうですか?」

 

 ララクが写真を眺めながら聞く。

 

「舐めんなよぉ、可愛いウサちゃんの絵が得意だよ」

 

 ゼマは自信満々に胸を張った。

 

「意外と、人の美的センスって見えないですよね」

 

「そういやぁ、あんたは適性とかあんの?」

 

「【筆適性】はあるんですけどぉ、そもそもの美術力が壊滅的で……」

 

 ララクは苦笑する。

 【筆適性】の効果で、字を書くこと自体は非常に綺麗になる。だが、頭に浮かんだ映像を紙の上に再現する能力となると話は別だった。線は整っていても、出来上がる絵はどうにも不格好になる。

 

 ララクはもともと、得意より不得意の方が多い人間だった。

 

 そんな話をしていると、学長室の扉が勢いよく開いた。

 

「さささささ、お連れするよ~ん」

 

 軽い声が廊下に響く。

 

「なんだか緊張して……わぁ、清潔感が凄いですね」

 

 ララクが振り向いた瞬間、思わず目を丸くした。

 

 さっきまで寝癖だらけだった学長が、別人になっていた。スーツとネクタイをきっちりと着こなし、シャツの襟まで整っている。髪も整髪剤でしっかり固められていた。とはいえ、その完成形は、ボリュームのある尖った髪型で、どこか野性味が残っている。

 

「生徒の前じゃあ、威厳を出すタイプなんだなぁ」

 

「喋り方は、そんななんていうか、テンションに身を任せている感じのままなんだ」 ゼマがぽつりとつぶやく。

 

 学長は肩をすくめながら笑った。

 

「ほら、親しみやすさも出したいんだよ学長というポジションはね。担当の生徒がいるわけじゃないから、広~く愛されないとねぇ」

 

 そう言いながら歩き出す。

 

 廊下の奥へと進む学長の後ろを、ララクとゼマも続いた。壁に並ぶ学生作品の間を通り抜けながら、3人の足音が静かな校舎に響いていく。

 

「っあ、学長おはようございま~す」

 

 廊下の奥から弾むような声が飛んできた。白いワゴンにいくつもの箱や機材を積み上げ、慎重に押している生徒たちがこちらへ向かってくる。箱の中ではガラス器具がかすかに触れ合い、ちり、と乾いた音を鳴らしていた。

 

「っお、気を付けて運ぶんだよ~。備品は、大事に」

 

「は~い」

 

 学長は片手を軽く上げて応じる。先ほどまで学長室で見せていた砕けた姿とは違い、今はスーツとネクタイで整えた姿。髪も整髪剤で固められ、尖ったボリュームのある髪型になっている。見た目だけなら威厳ある教育者だが、声の調子は相変わらず軽い。

 

 生徒たちもそれをよく知っているのか、緊張する様子もなく笑いながら通り過ぎていった。

 

 ワゴンの上にはガラス容器、金属製の支柱、木箱に収められた装置などが並んでいる。化学実験用と思われる器具が、布で丁寧に包まれていた。

 

「あれも授業で使うの?」 ゼマが機材を顎で示す。

 

「科学実験とか、ね。でももうすぐ学祭なんだ、そのための道具じゃないかな」

 

 その瞬間、ララクの目の色が変わった。

 

 さっきまで穏やかに展示を眺めていた表情が、急に光を帯びる。未知のものを見つけた時の好奇心が、そのまま瞳に浮かんでいた。

 

「学園祭って、ボク経験ないんです! あれですよね、生徒たちが夜まで集まって、宴をするっていう」

 

 声にも、わずかな高揚が混じる。

 

 学長はその反応を面白そうに見て笑った。

 

「それはぁ、後夜祭と混じってるな。出店も多く出すけど、一番は研究、創作発表だね」

 

「この辺みたいな?」

 

 ゼマは廊下の壁を指差す。そこには陶芸、絵画、写真、金属模型、魔力装置の試作など、学生たちの作品がずらりと並んでいた。額縁や台座に整然と飾られ、小さな展示会のようだ。

 

「そ、そそそそ。より大規模で、爆発的な物だけど。様々な分野のプロたちも観覧にくるんだよーん。っあ、プロフェッサー・モドムくんにも声をかけてある」

 

「お2人の繋がりは、そういうことでしたか」

 

 ララクは納得したように頷く。研究者と学長という立場の違う2人の接点。それが、この学園祭や研究発表の場にあるのだろう。

 

 廊下を進みながら、3人は展示物を眺めていく。

 学生たちの集合写真、研究発表の記録、過去の優秀作品。

 

 学長が振り返る。

 

「君たちもぜ~ひ参加しちゃってくれよん」

 

「えぇ、楽しみです……」

 

 ララクはそう答えたが、声には妙な熱が混じっていた。学園祭という未知の体験を、頭の中で想像しているのだろう。出店、研究、夜まで続くイベント。冒険者として育った彼には、縁のなかった世界だ。

 

 だがその歩みが、ふいに止まる。

 

 ララクが急に足を止め、数歩後ろへ下がった。

 

「おいおい、急に方向音痴?」

 

 ゼマが振り返る。

 

「何か異変でもあったかいな?」

 

 学長も足を止める。

 

 ララクは廊下の壁の一角を指差した。

 

「あの、あの子は……」

 

 ゼマも戻り、その先を見る。

 

「あれ、いきなり探し人じゃん」

 

 そこには大きな額縁の写真が飾られていた。学生の功績を紹介する展示の一つらしい。

 

 写真の中の少年は、丸刈りに眼鏡。年齢のわりに肩幅が広く、体格もがっしりしている。落ち着いた表情で、どこか研究者のような静かな気配を持つ顔立ち。

 

 ララクとゼマが追っている人物。

 

 爆発事故に巻き込まれたとされる、あの天才少年だった。

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