「お目が高いというか、疑問だねぇ。な~ぜ、クエディーカ少年の事をご存じなんだい?」
学長は写真を見上げながら言った。軽い調子の声ではあるが、視線は鋭い。廊下の壁に掛けられた額縁の中で、丸刈りに眼鏡をかけた少年が静かな表情でこちらを見つめている。
「えっと、実はボクたち爆発事故を再調査……ていうと、大げさですが」
ララクは言葉を選びながら答える。ここまで来て隠す理由はないし、そもそも調べれば辿り着く話だと判断した。ゼマも腕を組んだまま頷き、続きを話すよう促す。
ララクは今回の事情を順序立てて説明していった。
2年前、トレンドタワーにてある研究が行われていた。
プロトタイプの人型戦闘ユニットの開発。
中心人物は研究者、プロフェッサー・リード。
協力者として関わっていたのが、冒険者アカラヘア。
そしてもう1人、突出した知能を持つ天才少年。
クエディーカ。
だが研究の途中で爆発事故が発生する。研究施設は壊滅的な損傷を受け、データも多くが失われた。そして関係者であった3人は、全員行方不明となる。
当初は死亡事故として処理された。
だがそれを否定した人物がいる。
アカラヘアの所属していたバンド、〈オチルレイン〉。
そのボーカル、ロドナル。
彼女は「アカラヘアは死んでいない」と主張し続けている。
その言葉がきっかけとなり、ララクたちは今回のクエストを受けた。
ララクは額縁の写真を見上げたまま、話を続けた。
「それで、調査の途中でトレンドタワーにも行きました。そこで今は研究を引き継いでいるプロフェッサー・モドムと出会って、少し研究の手伝いをしているんです」
学長の眉がぴくりと動く。
「ふむむむむ、そこまでは聞いているよ」
「その中で、もう一つ気になる存在を知りました。〈黒衣の怪人〉という人物です」
「都市に出る謎のやつ。真っ黒の格好しててさ、なんか色々やらかしてるらしい」 実際にゼマは目撃はしていないが。
「それで目撃情報が、この学園都市の周辺でもあると聞きました」
学長は「へぇ」と短く声を漏らしながら、腕を組んで聞いている。
「学生の中でねぇ、噂があるらしいけど。眉唾ものというか、幽霊に近い、そ~んなオカルトチックな話じゃん」
学長は額縁の写真を見上げたまま言った。廊下の高い窓から入る昼の光が、ガラス越しに少年の顔を照らしている。丸刈りの頭、真面目そうな眼鏡、少しがっしりした体格。静かな表情の中に、どこか強い意志が宿っているように見えた。
ゼマがすぐ横から口を挟む。
「こいつ会ったらしいよ。バッチバチに戦って、逃がしたけど」
ララクは苦い顔で息を吐く。
「……ふがいなさすぎます……」
その言葉に、学長は大きく目を見開いた。
「ちょいちょいちょい、会ったって? いるんだその怪人。……それで、クエディーカ少年のいたこの学校に来たんだね」
ララクは静かに頷く。
「そのクエディーカ少年、ですか。怪人との関係性は何か思いつきますか?」
学長は少しだけ天井を見上げ、考えるように口を歪めた。
「いや~、さっきもいったけど学校の不思議みたいなもんだから。目撃情報はいくつか入っているけどぉ、でもおかしんだなぁこれが」
「何、半透明だったとか?」 適当に質問する。
「だいぶ幽霊よりですね」 ララクが小さく笑う。
学長は廊下の天井に設置された小型の装置を指差した。
「監視カメラ、分かるかな。学校の様子を録画してあって確認したんだけど、一切映っていないんだよねぇ。ちょうど死角になってるのか、目撃した生徒の驚く顔しか映ってなかったよぉ」
「やっぱ透明なんじゃん」
「幽体状態だと、そもそも目視できない気が」
結局その話は、誰も答えを出せないまま宙に浮いた。廊下には学生たちの作品が並び、窓の外では遠くから運動場の声が聞こえてくる。日常の音が流れているのに、その怪人の話だけが妙に現実離れしていた。
学長は飾られた大きな写真をもう一度ちらりと見てから、小さく息を吐く。
「……怪人の事はお手上げだけど、クエディーカくんの事なら色々と話せるよ。特待生、ってうやつでね。専用の研究室も用意したり、積極的にサポートしていたよ」
そう言って歩き出す。靴音が廊下の床に軽く響いた。
ララクとゼマもその後を追う。壁に並ぶ展示物の横を通りながら、学長はゆっくりと、クエディーカという少年について語り始めた。