私はあの部屋に入るたび、ついつい昔を思い出しちゃうんだよねぇ。
クエディーカ少年専用の研究室。机には分解されたドローン、壁にはびっしり貼られた設計図、棚には工具と部品がぎっしり。今は静かだけど、当時はずっと機械音が鳴っていたよ。彼は授業が終わるとほぼここか試遊運転場に直行だったからねぇ。
3年前。彼はまだ中等部だった。けれど、すでに優秀な成績を残していたよ。ガンユニットコンテスト最優秀賞受賞。ジュニアの部などではなく、他の研究者も含めてだ。設備はこちらで整えていたとはいえ、とととんでもない才能だ。それに技術者だけではなく、パイロットとしても優秀でね。ドローンレースでも、余裕の1位だった。
彼が受け取ったトロフィーは、いくつも学院に飾ってある。
とはいえ本人はそんなの気にもしてなかったねぇ。授業が終わればこの部屋に来て、機体を分解して、また組んで、改造して、試して。そんな毎日さ。ある日、私は後ろから声をかけたんだ。
「いつ勉強をしているんだい? また期末テストで1位だったねぇ。いや、誇らしいんだよ。だけど、君の成績は非現実的すぎてさ」
すると彼、ドローンをいじりながら平然とこう言うんだよ。
「先生たちがよく言う『ここテストに出るから』を覚えていれば良いだけの、イージーゲーム。」
いやぁ、思わず笑っちゃったね。
「学校のテストに知らない問題はでない、って? 応用問題もいっぱいあるでしょう」
そう返すと、彼は工具を回しながらこう言ったんだ。
「先生の思考に寄り添えば、答えの道が見える。だからきっと、大規模な模試なんかは苦手です」
その横顔見てねぇ、私はこう言ったよ。
「……そうなったら君は、それに合わせて勉強しそうだけどね。結構、負けず嫌いちゃんじゃない? 上昇志向もあるし」
その時彼が触っていたのは、優勝したドローンだった。でもさ、普通なら飾るでしょ? 彼は違った。優勝機体をさらに分解して改造していたんだよ。
そしてこう言うんだ。
「脳と技術にレベルは関係ないから。どんなスキルが得られるかのガチャも、そんなに気にしなくていいし。だからこそ、競い合う事に価値があると思うんです」
いやもうさ、子供の言葉じゃないよねぇ。
私は笑ってこう言ったよ。
「う~ん、説得力が子供の域を越えているよ。励んでよ~、天才くん」
この世界ってさぁ、レベルによって身体能力が大きく変わるだろう? だから身体を使うスポーツって競技がややこしいんだよねぇ。階級を細かく分けたり、冒険者が強すぎたり、いろいろ問題が出てくる。
でも脳力は違う。レベルアップの影響をいい意味であまり受けない。
機器に関しては、才能というより調達力と環境だ。
だから私はあの部屋を用意したんだよ。
クエディーカくんが好きなだけ研究できる、専用の場所としてねぇ。
◇◇◇
廊下を歩く3人の足音が、長い通路に静かに響いていた。壁には学生の研究成果や作品が並び、窓の外には広い校庭が見える。昼の光が廊下の床を明るく照らしていた。
その静かな空気の中で、ゼマがぽつりと口を挟んだ。
「それであんな大層な写真を飾ってんだ」
話を聞きながら、さっき見た額縁を思い出していた。廊下の展示スペースの中でもひときわ大きかった写真。上半身だけを切り取った構図で、学生展示の中でも妙に目立っていた。
学長は歩きながら小さく笑う。
「意外と本人は気に入っていたんだよぉ。子供らしく目立ちたがりなところもあったし。そんで、彼のさらなる飛躍のために、リードちゃんを紹介したんだ」
ララクが目を丸くする。(……プロフェッサー・リード)
「っあ、学長が仲介者だったんだ」 ゼマが何気なく言う。
廊下の空気がほんの少しだけ重くなる。学長はいつもの軽い調子のままだが、視線は前ではなく、床の方へ少し落ちていた。
「後悔はしていないさ。本人の了承も得たし、何より『無謀な挑戦をしている。でもだからこそサポートしがいがあります』って張り切っていた。だけどあの子を親御さんの元に返せなかったのは、私の責任だよ……」
その瞬間だけ、学長の表情がわずかに曇る。普段はどこか飄々としている彼女の顔に、ほんの一瞬だけ沈んだ影が差した。
ララクは少し間を置いてから口を開いた。
「……学長は、その……やはり帰らぬ人になっていると思っていますか?」
学長は歩く速度をほんの少しだけ落とし、静かに息を吐いた。
「えっと、ロドナルちゃんだっけ。あのバンドの。彼女がここに来た時に、私は答えのない問題を探しているようで不憫だった。だけど、答えを出す以上に完全否定するのも難しい事だ。私は君たちの調査を応援している……とだけ表明しておこうかな」
それを聞いて、ララクとゼマは自然と顔を見合わせた。
(あのボーカル、自分でも結構調べてたんだな)
(それぞれに、それぞれを想う人がいる。……このクエストに、終わりがあると願いたい……)
話しているうちに、廊下の先に大きな教室の扉が見えてくる。中からは学生たちのざわめきがうっすら漏れていた。
学長はまたいつもの調子に戻って、軽く手を振る。
「協力は惜しみなくするけど、まっずはぁ私の依頼をこなして欲しいかな。ほら、ついたよ教室に」
「ええ、まずは目の前のクエストを達成します」
ララクは小さく息を整え、少しだけ緊張した顔で扉を開いた。