多目的室。
普段のクラス教室ではなく、講演や特別授業に使われる部屋らしい。机と椅子は整然と並べられているが、広い空間のわりに座っている生徒は3人だけだった。壁は黒板ではなく、真っ白なパネルになっている。今の学院では板書よりも映像投影が主流らしく、プロジェクションマッピング用の壁として使われている。
扉が開き、学長とララク、ゼマが中に入る。
椅子に座っていた3人の生徒が、同時にこちらへ視線を向けた。冒険装備の2人を、観察するようにじっと見ている。
学長が楽しそうに両手を広げた。
「さぁ、紹介しよう。冒険者のノウハウを教えてくれるララク先生とゼマ先生だ」
「先生、なんていいんですか?」 ララクが少し戸惑う。
「めっちゃいい響き、ララクも呼んでいいよ?」 ゼマが肩を軽く叩く。
生徒たちは椅子に座ったまま、2人をじっと見つめていた。制服姿が3つ、静かに並んでいる。
学長がぱん、と手を叩く。
「はいじゃあ、今度は優秀な生徒くんちゃんたちに、自己紹介してもらおう」
背の高い男子生徒がすっと立ち上がる。
この学院の制服は、どこか研究都市らしいスタイリッシュなデザインだった。基本は深い紺色のジャケットに細いラインが入ったスマートな仕立て。素材も軽く、動きやすさを意識しているのが分かる。さらにこの学院では制服の改良が許可されており、生徒ごとに細かなアレンジが加えられていた。
立ち上がった男子生徒は背が高く、肩幅も広い体格だった。
ロングコート型の制服の下には、膝下まで伸びるロングスカートを合わせている。重厚な布地だが、動きを邪魔しないよう前後にスリットが入れられ、内側にはベルトやチェーンで補強された構造になっていた。腰回りのラインは引き締めてあり、がっしりした体格でも野暮ったく見えない。むしろ長身のシルエットを強調し、堂々とした雰囲気を作り出している。研究都市の制服らしい機能美と、個人のアレンジがうまく噛み合った格好だった。
「高等部3年のカライジ・アドリベンス、でっす。得意科目は現代文と理化で、部活は、もう引退したけれどドローン部でした。趣味は機械いじりと栽培で、最近みたエンタメは『特急列車、モンスターカーニバル』かな。パニック映画で、C級ぐらいだけど結構楽しめたかな……と……」
ララクとゼマをまっすぐ見ながら、流れるように話す。
「っちょ、異様に慣れてない?」 ゼマが目を細める。
「まだまだ、話せますけど。自分語り」
「尺調整しないとか。はい、次私行きます。名前はサイフウ、性別は女、年齢18、レベルは15、加工全般が得意です」
女子生徒がすっと立ち上がる。彼女はパンツスタイルで、細身のジャケットに機能性の高そうな黒いスラックス。ポケットが多く、工具を持つ技術系の生徒らしい実用的な改造がされている。それでも全体のラインは鋭く、制服としての美しさは崩れていない。
サイフウというこの女子生徒は、一息で言い切るとすぐ椅子に座った。
「なんかこう、圧が凄いですね」
「なに、そういう特別教育されてんの?」 ゼマが学長を見る。
「してるよ」
「してんのかい」 ゼマが思わず突っ込む。
学長は得意げに胸を張った。
「学生たちはね自己紹介する場面が多いんだよ。入学、クラス替えに、席替えでもするときはある。授業でも先生によってはさせるし。だから、自分の引き出しを多く出せるように、っていうのが私の方針なんだ。就職活動でも役立つって評判なんだよ」
そう言いながら、満足そうにうんうんと頷いていた。
と、その後。
教室の空気に、ふっと小さな間が生まれた。
自己紹介は2人終わった。残る生徒は1人だけ。順番的に、当然その男子生徒が話す番だ。
だが当の本人は、椅子に座ったまま視線を斜め上に向けていた。教室の壁でも天井でもなく、どこか遠い場所を見ているような目だ。口はわずかに開いている。何か考えているのは分かる。だが自己紹介を始める気配は、まったくない。
時間だけが、ゆっくり流れる。
ララクは瞬きを1つする。ゼマも同じようにその男子生徒を見つめていた。
やがてサイフウが、苛立ったように机の横から軽く小突く。
「おいレツ、その詰まった脳を生かしなさいよ」
軽く叩かれた男子生徒は、ようやく視線を戻した。
制服を着ている他の2人とは違い、その格好は妙にラフだった。半そで短パン。野原を走り回る少年のような軽装だ。学院の制服は改良が許されているとはいえ、ここまで自由な服装は逆に目立つ。
しかしその顔つきはぼんやりしているのに、どこか落ち着き払っている。
「あん? 一週間後の晩御飯、考えてた」
あまりにも自然な答えに、教室の空気が少し揺れた。
サイフウがこめかみを押さえる。
「……今日はこっちモードか。他己紹介します、こいつはレッツタ。実は一番成績いい特待生なんです。思考中毒で、現実の会話がおろそかになりがちで。歓迎はしていると思うんで、あんまり気にしないでください」
代わりに説明したのはカライジだった。友人らしく慣れた調子で、しかし少しだけ苦笑しながら補足する。
ララクとゼマは、その説明を聞きながらレッツタを見ていた。
椅子に座ったまま、またどこか遠くを見る目。今も頭の中では何かが回り続けているような雰囲気だ。
2人は、ほぼ同時に同じことを思っていた。
(気になるなぁ)
サイフウは大きく息を吐く。
「はぁ、もう大人なんだから日常会話ぐらいできるようになったらいいのに。こんな奴に負けてるなんて、悔しくて恥じね」
言い終わると、ぷいっと顔をそむけた。苛立ちと悔しさが入り混じった表情だ。
その様子を、学長は楽しそうに見ていた。
「はい、ということで彼らが冒険者志望の生徒たち。文武両道の子たちだよ」
学長の声が教室に広がる。
こうして、3人の紹介はひとまず終わった。
ララクは改めてその3人を見渡す。
機械と研究の匂いがするカライジ。
鋭い実務派のサイフウ。
そして、思考の海に沈んでいるレッツタ。
まったく違う3人だったが、どこか共通しているものもあった。
それは、まだ戦場を知らない若い目の奥にある、強い意志の光だった。