10巻 祝・追放100回記念   作:高見南純平

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第421話

 平和の国パーリア。いつからここは、そう呼ばれるようになった。

 

 自然災害や周囲に凶暴なモンスターはいる。今日もまた震度3ほどの揺れがあったが、人々は慣れていた。窓枠が小さく鳴る程度の地震では、通りを歩く人々の足は止まらない。それでもこの国が平和と呼ばれている理由は明確だった。戦争の歴史がないことだ。小競り合いを含めれば争いはあるが、この土地では最初から他種族同士が協力して国家を形作ってきた。山の民、平野の民、海から来た者たち。互いの得意分野を持ち寄り、自然に1つの国としてまとまった。そのため大きな戦争が生まれなかった。

 

 その山寄りにある街、ジンド。斜面に沿って建物が並び、石造りの家々の合間には畑や果樹が混ざっている。空気は澄み、遠くには岩肌の山が連なり、街の中心には冒険者ギルドの塔が見える。依頼が多く住みやすい土地のため、自然と冒険者が集まる場所でもあった。

 

 その街の外れで、空気がわずかに歪む。

 

 青白い光が地面の上に広がり、次の瞬間、そこから人影が現れた。光がほどけると同時に、ララクを先頭に5人の姿が浮かび上がる。

 

「皆さんここが、ボクたちの祖国パーリアとジンドの街です」

 

 ララクはゆっくり息を吐く。

 

 発動していたのは【テレポート】。対象者は5人。しかも出発地点は最先端国家ヌーツ。大陸を越える距離を一瞬で移動させたため、魔力の消費は重い。胸の奥にわずかな空虚感が残っている。それでもララクの魔力量なら問題はない。1日眠ればすぐ回復する程度だった。

 

「ふぅ~、落ち着くぜ~、自国の風はさ~」ゼマが体を伸ばす。

 

 肩を回し、背を反らし、山から流れてくる空気を胸いっぱいに吸い込む。湿り気のある土の匂い、草の匂い、遠くの森の匂い。人工空調の整ったヌーツの空気とは違う。

 

「ラ、ララク先生。ほんとうに瞬間移動できるんだ。どんなに技術が発達しても、こればかりは専用のスキルがないと不可能なんすよ。俺もそんな希少スキル、獲得できる才能あってほしいな」カライジが目を見開く。

 

 転移の瞬間を間近で体験した衝撃がまだ残っている。空間が歪み、光に包まれ、気付けばまったく違う土地に立っていた。その事実に、驚きと同時に高揚が混ざっていた。こんな人物に教わるのか、と期待も膨らむ。

 

「初海外、一瞬だった」サイフウが呟く。

 

 声は落ち着いているが、視線は忙しく動いている。街並み、山の輪郭、風に揺れる旗。生徒たちは全員、今回が初めて国を出た。普通なら長い移動を経てたどり着くはずの場所が、たった一瞬で目の前にある。

 

「……パーリアの名産は山蜜リンゴと風乾チーズで、国旗は白地に3つの山紋だったはず」

 

 レッツタがぽつりと呟く。

 

 すでに彼の思考は別の方向へ向いていた。地理、文化、食料、歴史。自分の知識の中にあるパーリアの情報を順に引き出している。

 

「レッツタくんは、これはどういう状況なんだ?」 ララクがカライジへ聞く。

 

「これは、興味がこの国に向いたんです。いつかララク先生たちにも、思考が向きますよ」

 

「はは、まだ無視されてる状態なんだ」

 

 頭脳明晰らしい少年だが、どうにも不可思議だ。ララクは改めて街の方へ視線を向けた。石畳の道、遠くの山、ゆっくり揺れる国旗。ここが自分の故郷。そしてこの街で、新しい冒険が始まろうとしていた。

 

「それでここが、この街の加工屋ってことだよね。古びた外観。ここで、そんな精巧な製品がつくられるなんて、想像しにくいけど」

 

 編み込んだ髪を揺らし、サイフウが店を見上げながら言う。

 

 ジンドの街の通りから少し外れた場所に、その店はあった。石と木材で組まれた古い建物。屋根はやや傾き、壁の板には長年の風雨で色が抜けた跡が残っている。入口の上には小さな看板がぶら下がり、そこには削れかけた文字で店名が刻まれていた。外観だけ見れば、どこにでもある町工房だ。だが店の前には冒険者が使い古した武器の柄や金属片が飾られており、ここがただの工房ではないことを静かに示している。

 

 サイフウの視線は建物ではなく、ゼマが手にしているクリスタルロッドへ向いていた。透明な結晶が光を受けて淡く輝き、内部の魔力がわずかに揺らいでいる。加工を生業とする者の目から見れば、それだけで価値が分かる武器だった。

 

「クェイグの店。この街一番の有名店。クリスタルロッドは一般製品じゃないから、製作者に強化の方向性を聞くのが間違いない。基本はこうやって、1つのお店で装備を作る人が多いな」

 

ララクが自分の冒険人生を振り返りながら話す。今回の旅はクエストであると同時に、彼らにとっては授業でもある。だから思いつくたびに、冒険者の常識を付け加えていた。

 

 ララク自身の冒険者歴は2年ほどだ。それだけ見ればまだ若い。だが経験した戦闘、出会った冒険者、関わってきた事件の規模は普通の新人の比ではない。自然と語れる知識も増えていた。

 

「はい、おじゃましまくろ~」

 

 ゼマが腕を振り上げる。遠足の先頭を歩く子供のような足取りで、そのまま扉を押して中へ入っていった。

 

 ぎぃ、と古い木の扉が鳴る。

 

 その後ろで、ひとりだけ動いていない人物がいた。

 

 レッツタだ。

 

 彼は店を見てもいなかった。視線はどこか遠くを向き、頭の中でまだパーリアについての思考を続けているようだった。

 

「ほら、入店行動をするんだよ」

 

 カライジが背中を押す。軽く押されたレッツタは、少しだけ前に歩き出す。だが表情は相変わらずぼんやりしていた。

 

 その様子を見て、ララクは思わず苦笑する。

 

(レッツタくんは、どうやって生活しているんだろう)

 

 頭脳明晰と聞いているが、日常の行動はかなり独特だ。

 

 ララクは少しだけ心配になりながらも、ゼマの後を追って店の中へ足を踏み入れた。

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