クェイグの店の中は、外観の古びた印象とは違っていた。壁一面に武器が整然と並び、剣、槍、斧、短剣、弓。棚には矢じりや工具のように整えられた部品が収められ、奥のラックには胸当てや籠手などの防具も並んでいる。ここは剣専門の店ではなく、防具も含めて扱う総合的な武器屋だった。金属の匂いと油の匂いが静かに混ざり、整備された武具の空気が店内に満ちている。
ララクはその光景を見ながら、胸の奥が少し緩むのを感じた。前にここへ来たのはケルベアスの爪を回収しに来た時だった。あの時は店の棚が荒れ、大量の商品が盗まれていた。だが今は違う。武器は整然と並び、店は完全に元の姿に戻っている。
(回収できて本当に良かった)
店内には客の姿はない。いつ来ても、この店にはあまり人がいない。しかし静かな店の奥から、鈍い音が規則的に響いてくる。
カン、カン。
工房で鉄を叩くハンマーの音だった。特注品を作っているのだろう。
ララクが振り返ると、生徒たちはすでに武器に夢中になっていた。
カライジは壁に掛かった大きな斧の前で立ち止まり、完全に見入っている。背の高い体格に短髪、肩幅の広いごつっとした体つきの彼が斧の前に立つと、それだけで道具との相性が良さそうに見えた。刃の曲線を目で追い、柄の接合部分を覗き込み、重心を想像するように手を軽く振る。
「機能はシンプルなんだろうけど、切れ味が見ただけで伝わってくる。古典的な形だけど、重心が綺麗にまとまってる」
背の高いカライジの視線は完全に斧へ固定されていた。刃の厚み、柄の長さ、振り下ろした時の慣性。実際に振る姿まで頭の中で組み立てているようだった。
サイフウは別の棚へ歩き、剣の刃先を光にかざす。編み込まれた髪には鮮やかな色が混ざり、光を受けるたびに色が変わる。女性としてはかなり背が高く、並んでいるゼマよりも頭1つ分ほど高い。長い指で刃を支え、角度を変えながら金属の表面を見ていた。
「加工が丁寧。無駄な装飾がない。古典的な形だけど、重心が綺麗にまとまってる」
研ぎ方、金属の合わせ目、柄の固定。技術者の視点で細部を観察している。
レッツタは少し遅れて店の中央に立っていた。寝癖が昼間までそのまま残っており、髪の一部が妙な方向へ跳ねている。口をぼんやり開けたまま、特定の武器を見るでもなく天井の方を見ていた。思考がまたどこか別の方向へ飛んでいるらしい。
ゼマはそんな3人を眺めながら棚の横に寄り、クリスタルロッドを肩に乗せる。
「なんかさ、ここ来ると安心するんだよね。物騒な世界が、やっぱり私には合っているのかな~」
カン、カン、と規則的に響いていた鉄を叩く音が、不意に止まった。店の奥の工房から足音が近づき、扉がきしりと開く。現れたのは、顎髭がぐるりと口元を囲う鍛冶屋の男だった。肩幅の広い体に煤のついた革前掛け、腕には細かな火傷の跡。長年炉の前に立ってきた職人の体つきだった。
「いらっしゃい……ん、学生と……お前らは……」
店主は客の顔を順に見て、ララクとゼマのところでぴたりと止まる。目が見開かれ、驚きがすぐに笑みに変わった。
「お久しぶりです。活気を感じて嬉しいです」
「っは、お前らのおかげさ。何でも頼んでくれよ、そのロッドの調整をしようか?」
店主はゼマの手にあるクリスタルロッドへ視線を向ける。あの盗難事件のとき、店はほとんど閉店寸前だった。それを取り戻したララクたちには、自然と礼を尽くす態度になる。
「さすがの作りで、損傷はあまりないみたいで」
ララクはロッドを軽く確認してからゼマを見る。そして彼女が代わりに言葉を続けた。
「けどさ、冒険者なら武器の強化は続けるべきだって、ことになってさ」
「その方針は、鍛冶屋にとっては推奨していきたいな」
店主は顎髭を撫でながらゆっくり頷く。
「これの良さを伸ばすとしたら、どういった方向性がいいですかね?」
「そうだなぁ、高純度の魔晶石を使用しているからなぁ、鉱物の素材としては最高峰だ。威力と硬度を高めるなら、モンスター素材だろうな」
その言葉に、サイフウがすぐ反応する。編み込まれた鮮やかな色の髪が肩の上で揺れた。
「戦闘を行わない鉱物はレベルアップしないから、ってことだよね」
「私さ、ずっと気になってたんだけど、モンスターの素材使ったらさ、そのスキルも使えるようになるの?」 ゼマが長年の疑問を投げる。
店主は少し考え、炉の方をちらりと見る。
「そのモンスターのコア、主に紋章。それと高品質な素材。あとは鍛冶屋の腕、それが重なることで発現させることはできる」
「その言いぶりですと、高難易度そうですね」
「作成前に計算しつくし、物も確保できれば、現実的な話さ」
ララクは少し思案する。
「……スキルの発現を前提とするならば、ゼマさんの戦い方を生かす形がベストですね」
「ん~、つっても大体の効果は、ララクが付与できるじゃん」
ゼマはそう言いながらクリスタルロッドを軽く振る。次の瞬間、ロッドが音もなく前へと伸びた。【伸縮自在】の付与効果だ。透明な結晶の棒が滑らかに倍以上の長さへ変形し、店の空間をまっすぐ貫くように伸びる。
それに、レッツタがぼんやりと歩み寄った。寝癖が昼間のまま跳ねた髪を揺らしながら、無意識に伸びたロッドへ手を触れる。指先で軽く撫でるが、視線は武器ではなくどこか遠くを向いている。
彼の頭の中ではまだ、この国とジンドの街の地形が組み立てられていた。