10巻 祝・追放100回記念   作:高見南純平

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♯24 野外授業
第423話


【サイなんだから、角でいいだろ!】

 鉱物が飛び出る鉄山ってところがあるんだけどよぉ、そりゃあもう魔石宝石がや~まほどあんだよぉ。開拓したいんだが、そこにとんでもねぇ化け物がいんだよ。あいつの角は、ただの角じゃねぇ。ちょーーーーーーーーー強敵だ。覚悟して、さくっと討伐頼むわ!

               依頼主・発掘家イデロオギニッシュ

 

 ジンドの街の冒険者ギルド、その建物の外。石造りの壁には依頼の掲示板が設置されていたが、ララクたちはすでに受注を済ませていた。ギルドの入口を出入りする冒険者たちの靴音、武具の擦れる音、遠くから聞こえる荷車の車輪の軋み。そのざわめきの中で、カライジは依頼書の控えを両手で持ち、内容をじっと読み込んでいた。

 

 紙の端を押さえながら、カライジが顔を上げる。

 

「……これ、素材がメインで討伐が目的だから、一石二鳥ってことなんすよね」

 

 受注印の押された依頼書を横から覗き込みつつ、ララクが答える。

 

「そうだよ。鱗とか爪とかを目的とする場合、それが対象のクエストをしてしまうと冒険者の取り分はごくわずか。だけど、この依頼主は倒すことが目的だから、素材は冒険者が選定できる。それに報酬金も貰えるからね」

 

 ギルドの前を風が抜け、依頼書の端がぱた、と揺れる。カライジはその説明を聞いて、なるほど、と小さく頷いた。戦闘だけでなく、依頼の選び方そのものにも冒険者の知恵があるのだと実感しているようだった。

 

「その情報は私にとっては有益だね」

 

 サイフウが言う。鮮やかな髪が陽に照らされ、色の差がはっきりと浮かぶ。背の高い彼女は、ギルドの石壁を背にして立っているだけで妙に目立った。

 

「サイフウ、もしかしてガメつい? ソロで報酬を独占したいタイプだ」 ゼマが半分冗談で投げる。

 

「私が冒険者になりたい理由は、武器開発のため。自分自身で現場に行って試行錯誤を繰り返す。強化を継続するためには、膨大なお金と材料が必要だから」

 

「ほへ~、たま~に、そういう職人気質の冒険者いるけど、最初っからそれが目的なのは、将来設計がしっかりしてるわ」

 

 ゼマは感心したように言う。

 

「それじゃあ俺の志望理由も話しておきますね」

 

「聞いてないけど」

 

ゼマは即座に切り返し、興味がないと言わんばかりに手をひらひらさせる。

 

「聞く耳、所持してくださいよ~。俺、植物学者目指していて。特に栽培方法が確立されていないような魔植物を研究したいんです」

 

「なるほど、サイフウさんと同じで、実際にフィールドに赴いてフィードバックしたいんだ」

 

ゼマがそう返すと、少年は嬉しそうに頷いた。

 

「結構そういう思考の科学者とか、学生多いんですよ。俺の場合は、種を現地で採取したり、生息経過を観察したり。そのために冒険者の力が必要不可欠なら、自分で担当しようかなと」

 

「科学の発達には武力が必要、か……。あれ、それじゃあレッツタくんも同じ志望理由?」

 

話を振られたレッツタは、まったく別の世界にいた。

 

さっきまでロッドの強化方向について異様な集中を見せていたのに、今はもうその思考から完全に離れているらしい。寝癖の残った頭のまま、爪をかり、と噛み、視線は遠くの山の方へ向いていた。周囲の会話が耳へ入っているのかすら怪しい。

 

その様子を横目に、植物学者を目指す少年が苦笑する。

 

「俺が誘ったんです。こいつは独り言製造マシーンですけど、1つの事柄に対する集中力は一般の能力をはるかに超えてるんです。だから冒険者になって、クエストを受注すれば、効率のいい解決策を思いつくのが得意だと思って。複数受注したとしても、それはそれで対応するように考えるし。だから全教科ほぼ満点を叩きだせるし」

 

「天才、っていうか奇才だね~」

 

ゼマはレッツタの姿を眺めながら、しっかりと感心していた。

 

「それじゃあその本領を発揮して貰おうかな」

 

ララクはそんな生徒たちを見回し、小さく息を整える。

 

依頼はすでに受注済み。

 

あとは鉄山へ向かい、可変モンスター、グレグリーライノを討伐するだけだった。

 

 

             ◇◇◇

 

 鉄山は、山肌そのものが剥き出しの宝庫だった。

 

 普通の鉱山なら、岩盤を砕き、坑道を掘り、暗い奥へ進んでようやく鉱脈へ届く。だがここは違う。山の表面からして色も質感もばらばらで、褐色の岩のあいだから青白い結晶が突き出し、黒鉄色の鉱層の脇には琥珀色の硬質な塊が張り付き、陽光を受けた箇所では銀の筋が細く長く走っていた。掘る前から獲物が見えている。専門家にとって、これ以上なく血が騒ぐ場所だった。

 

 空気は乾いているのに、岩肌の近くへ寄ると金属と石が混じった冷たい匂いが鼻をかすめる。足元には砕けた鉱片が散り、踏むたびに硬い音が小さく鳴った。風が吹くと、露出した結晶の角同士がかすかに触れ合い、耳の奥で澄んだ微音が揺れる。

 

 その景色の中で、サイフウは表情を大きく変えないまま、ひときわ目立つ巨大鉱物に頬を寄せていた。

 

 それは、山腹から斜めに突き出した濃紺の結晶柱だった。内部に淡い金の筋が何本も閉じ込められていて、陽光の角度が変わるたび、深い海の底に雷光を沈めたような輝きがゆっくり動く。表面は滑らかだが、ところどころに自然な稜線があり、冷気をため込んでいるらしく、近づくだけで肌が引き締まるような涼しさがあった。名を、深雷晶という。

 

 サイフウはその深雷晶に、すり、と静かに頬をこすりつける。勢いよく抱きつくでもなく、飛び跳ねるでもない。ただ、手のひらで結晶の面を確かめ、ひんやりした感触を頬で味わい、ほんの少しだけ目を細めた。

 

「……キミはどう生まれ変わりたい……?」

 

 声の起伏は控えめだったが、好意ははっきり伝わった。抑えた調子なのに、耳に入った瞬間、彼女が本気で喜んでいると分かる。ララクはその様子を見て少しだけ目を丸くする。

 

「サイフウさんは、鉱物好きなんですか?」

 

 ララクは夢中になっているサイフウ本人ではなく、事情を知っていそうなカライジへ視線を向けた。

 

 カライジは露出した鉱脈を眺めながら、軽く肩をすくめる。

 

「ん~、というよりは加工できるものになら万物に、って感じですかね。レッツタ、このボーとくんが思考中毒なら、彼女は加工中毒ですから」

 

 言いながら、足元の鉱片を爪先で転がす。石の欠片が乾いた音を立てて転び、近くの岩に当たって止まった。

 

 その横で、ゼマが別の鉱石に目を留めた。岩壁の裂け目に半ば埋まるように、大ぶりの魔石が覗いている。乳白色の核を中心に、表層へいくほど淡い水色へ変わる石で、内部には泡のような丸い光がいくつも浮いていた。潮凍石という、触れると体温をすっと奪う冷感系の魔石だ。

 

 ゼマは興味のままにそれを両腕で抱え込み、頬まで寄せる。

 

「おいララク、結構ひんやりして快感だぞ」

 

 石にくっついたゼマの肩が、気持ちよさそうにわずかに揺れる。冷たさに浮かれた子どもみたいな反応だが、本人はいたって自然体だった。

 

 ララクはそんなゼマを見て、少し首をかしげた。

 

「ゼマ先生って、陽気なキャラ?」

 

 生徒カライジは、苦笑に近い顔でララクに問う。

 

「う~ん、自由な人だから、その場でテンションが変わりやすいかな。太陽チックな人ではあるかも」

 

 鉄山の無骨な景色の中で、濃紺の深雷晶に頬を寄せる無表情気味のサイフウと、潮凍石を抱いて素直に冷たさを楽しむゼマ。その対比が妙におかしくて、ララクは小さく息をついた。

 

 鉱物が剥き出しの山は、発掘家だけではなく、同行者たちの性格まで露わにしているようだった。

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