10巻 祝・追放100回記念   作:高見南純平

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第426話

「【刺突・空】」

 

気配を感じ取った一点へ、サイフウが迷いなく突きを放つ。レイピアの細い刃が震え、その振動が魔力を帯びて空間へ放たれる。見えないはずの軌道が空気の歪みとして現れ、一直線に伸びる。耳の奥で低い振動音が遅れて響いた。

 

直後、狙われた鉱石が内側から破裂する。硬質な結晶が粉砕され、エメラルド色の破片が四方へ飛び散る。光を受けた破片が瞬きのように散り、視界を一瞬乱した。

 

その中から、灰色の影が飛び出す。

 

「シャジャ!」

 

背を強く丸め、四肢を広げた姿勢。露骨に驚いた気配をまとったストークキャットが、砕けた鉱石の間に姿を現した。

 

「 〈マグネットスター〉、【ヘルクロ―】」

 

レッツタが低く発動する。

 

次の瞬間、爪が微かに唸った。内部に仕込まれた磁力発生装置が起動し、指先の金属爪に磁場が形成される。極性が瞬時に制御され、周囲に散らばったエメラルド鉱石の微量金属成分へと吸引力が働く。

 

引かれる。

 

身体ごと前方へ。

 

足場を蹴るより速く、レッツタの体が一直線に加速する。単なる吸着ではない。吸引と反発を瞬間的に切り替えることで、推進力へ変換する最新技術。岩場や鉱物地帯では特に効果が高い。

 

爪が赤黒く変色する。熱を帯びたような色が刃に走り、そのまま振り抜かれる。

 

迷いのない一撃。

 

【ヘルクロ―】はモンスターが獲得しやすいスキルだが、それを模した鉤爪などを装備する事で発動可能。一応、人の爪でも発動できるが、効果は薄い。獣人でそれなりの威力を発揮できるぐらいか。

 

(爪系統のスキルを獲得した時は悩み過ぎたけど、文明の力を使えば俺にだって使いこなすことが出来る)

 

レッツタの脳裏に過去の思考がよみがえる。わずかに口元が歪む。ひやりとした笑みが浮かぶ。集中しているときだけ感情が顔に出る。ぼやけていた視線が、今は鋭く定まっていた。

 

「【ストロングスラッシュ】! レッツタ、ようやくの実践共闘だ」

 

横からカライジが踏み込む。ブーストアックスの内部機構が作動し、振りの瞬間に加速が乗る。重い刃が唸り、空気を裂いて叩き込まれた。

 

レッツタの爪と、カライジの斧。

 

二つの凶器が重なるようにストークキャットへ襲いかかる。

 

ストークキャットは低く唸り、体をひねる。猫特有の柔軟な動きで直撃を避け、長い爪で受け流す。だが完全には捌ききれない。刃がかすめ、毛皮を裂き、肉に届く。

 

灰色の体に、赤が走る。

 

レッツタは距離を詰めたまま連撃に移る。

 

「俺たちの攻撃に防戦一方だ。このまま多角的に攻め続けよう。血流しているという事は、武器を合わせた攻撃力が相手の防御力を上回っているということだから」

 

いつの間にか目が二重になり、思考と動きが完全に噛み合っている。爪が連続で振るわれ、容赦なく圧をかける。

 

その横で、カライジの斧が再び振り下ろされる。

 

鈍い感触。

 

硬い毛を裂き、その奥の肉へ届く手応え。刃にまとわりつく温かい感触。飛び散った血が腕にかかる。

 

ストークキャットが悲鳴を上げる。低く濁った鳴き声が岩場に反響する。

 

その音が、カライジの中に残る。

 

「……あぁ、返り血は好きになれないけど」

 

言葉とは裏腹に、握った斧の力がわずかに鈍る。

 

 

 

そのやり取りを、少し離れた位置からララクとゼマは見ていた。

 

ララクは戦況を確認しつつ、足元に散らばった鉱石へ視線を落とす。砕けた破片の中には、まだ魔力を帯びたものや加工価値のありそうなものも混じっている。指先で軽く弾き、質を確かめる。

 

「……これは使えるな」

 

小さく呟くと、手元に集めた鉱石へ意識を向ける。

 

「【ポケットゲート】」

 

空間がわずかに歪み、手のひら大の裂け目が開く。淡い光を帯びた異空間の入口が現れ、そこへ鉱石を次々と滑り込ませていく。落とした瞬間、音もなく消える。回収と収納を同時に行う、無駄のない動きだった。

 

その様子を横目で見ながら、ゼマがぽつりと呟く。

 

「……初体験か。ララク、おまえはいつだった? 私は魔兎。思い出したよ、あの時の死に顔」

 

ゼマの視線は戦闘ではなく、どこか遠くを見ている。過去へ引き戻されていた。

 

父親と狩猟に出た日のこと。青白い体をした兎型のモンスター。動きは速かったが、最後は追い詰められた。次の瞬間、刃が振るわれ、首が胴体から切り離された。

 

血の匂い。転がる体。止まった目。

 

直接命を奪ったのは父親だったが、自分もその場にいた。武器を握り、戦いに加わっていた。

 

あの光景は、今でもはっきりと思い出せる。

 

ララクは手を止めずに答える。

 

「……命の現場、という意味では大蛇でしたけど……自分の手で奪ったのはケルベアスですね」

 

鉱石を拾い上げ、淡々と選別しながら言葉を続ける。

 

「【追放エナジー】を得て、覚醒した直後の戦闘でした」

 

あの時の空気。身体の内側を巡る力の変化。目の前の敵に集中しすぎて、余計なことを考える余裕はなかった。

 

ヒーラーとして、これまで数多くの戦場に立ち会ってきた。仲間が倒したモンスター。命が消えていく瞬間。そのすべてを見てきた。

 

だからだろうか。

 

自分の手で奪ったときも、抵抗はなかった。

 

高揚と緊張がそれを上書きしていたのもある。

 

ゼマは小さく笑う。

 

「やっぱ、おまえは大物だよ。……思考小僧とクールビューティーは大丈夫そうだけど、背高くんはどうかね」

 

視線は前方へ戻る。

 

レッツタは迷いなく攻め続けている。サイフウも静かに状況を制御している。だが、その横でカライジの動きだけがわずかに鈍い。

 

ララクは鉱石を一つ拾い上げ、軽く砕く。内部の質を確認しながら、視線だけを戦場へ向ける。

 

「……学長が、冒険者を目指す子たちを指導して欲しい、そう言った意味が少し理解できます」

 

そう言って、再び【ポケットゲート】を開く。

 

砕いた鉱石を異空間へ流し込みながら、ララクは静かに見守っていた。

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