ストークキャットが叫ぶ。喉の奥を震わせるような低い唸りに続き、「シャァァッ!」と鋭い威嚇音が岩場に響いた。空気が張り詰め、砕けた鉱石の破片がわずかに震える。
後退する。左右へ視線を走らせる。逃げ場を探す。
だが、ない。
さっきまであったはずの巨大結晶も、岩陰も、すでに崩されている。ララクとゼマが徹底的に破壊したことで、猫の体を隠せるほどの影は消えた。むき出しの岩肌と、散乱した鉱石片だけが広がり、身を潜める余地はどこにもない。
「な~んか悪い事してる気分だけど、あいつから襲ってきたわけだし、絶望を堪能したらいいよ」
ゼマが軽く肩を回す。裂かれた傷がじくりと疼く。その感覚が、さっきの一撃を思い出させる。わずかにあった戸惑いは、もう消えていた。
ゼマはわざとらしく手を振る。
「ほら、どこ行くんだよ」
「グルル……シャァッ!」
ストークキャットが低く唸り、牙を剥いてゼマを睨みつける。瞳の奥に怒りが灯る。そのまま地面を蹴り、大きく走り出した。
向かった先には、ピンク色の鉱石が突き出している。淡く光を帯びる桜晶石。滑らかな表面の奥に細かな光の筋が走り、影を作るには十分な大きさ。
猫はそこへ滑り込もうとする。
だが、その瞬間。
上から影が差した。
サイフウが跳び込み、振動レイピアを突き込む。刃が触れた瞬間、内部に震えが走る。次の瞬間、桜晶石が内側から崩れた。ピンク色の破片が弾け飛び、隠れ場所が消し飛ぶ。
「初戦闘が発掘作業になるとは思ってなかったよ」
淡々とした声。着地の衝撃を殺しながら、サイフウはすでに次を見ている。
完全に逃げ場を失ったストークキャットは一瞬だけ足を止める。
「シャァァッ!」
苛立ちと焦りを含んだ威嚇音を吐き、次の行動に移る。
山の上へ向かって跳んだ。
岩肌を蹴り、さらに上へ。筋肉が弾けるように収縮し、体が空中へ持ち上がる。人の背丈を軽く超える高さ。岩の段差を足場に、連続で上へ逃げようとしている。
レッツタが即座に判断する。
「俺のマグネットは空中だと発動できないから、お前のブーストなら近づけるよ。さぁ、飛ぶんだよカライジ」
カライジは一瞬だけ呼吸を止めた。だがすぐに、斧を握る手に力を込める。指に血がにじむほど強く。
「……あぁ、ぶった切って……、初討伐……!」
足を踏み込み、地面を叩く。ブースト機構が唸り、力が脚へ伝わる。視線の先には、逃げようとするストークキャット。その背中だけを捉え、カライジは跳ぶ準備を整えた。
カライジの足元で空気が震えた。踏み込んだ瞬間、ブーストアックスの内部機構が連動し、柄を通して加速補助の力が脚へ流れ込む。地面を蹴ると同時に体が押し出され、一気に浮き上がった。視界が下へ流れ、砕けた鉱石と岩肌が遠ざかる。風が顔を打ち、耳元で唸る。逃げようとするストークキャットの背中が、はっきりと見えた。
「……ッ!」
歯を強く噛みしめる。腕に伝わる斧の重さ。脳裏をよぎるのは、さっきまでの感触。肉を裂いた手応え。血の温度。悲鳴。一瞬だけ躊躇が混じる。
それでも、止めない。
「【周円斬】!」
空中で体を大きく一回転させる。遠心力が斧に乗り、刃が円を描くように唸る。その回転の勢いをすべて乗せ、落下とともに振り下ろす。
「うおぉぉッ!!」
ブーストがさらに加速し、回転と落下が重なって一撃の重みが跳ね上がる。振り下ろされた刃がストークキャットへ直撃した。回避は間に合わない。振り返った猫の目が見開かれた瞬間、衝撃が走る。毛皮を裂き、肉へ食い込み、そのまま勢いで押し込む。
ストークキャットの体が空中から叩き落とされ、地面へ激突。砕けた鉱石と砂が弾け、重い音が響く。カライジも着地し、膝で衝撃を受け流しながら斧を引き抜いた。刃から血が滴り落ちる。
ストークキャットは地面に押し戻され、体を震わせる。それでも、目はまだ死んでいなかった。
互いに体で息をしていた。荒い呼吸が胸を上下させ、熱を帯びた空気が喉を通る。対面する両者の間に、張り詰めた緊張が流れる。
ストークキャットはゆっくりと立ち上がる。全身から血を流しながら、それでも背を丸め、牙を剥いた。「シャァァ……グルル……ッ!」低く響く威嚇音。喉の奥から押し出されるその音に、明確な敵意が乗る。追い詰められているはずなのに、その眼は鈍っていない。むしろ、圧が増していた。
カライジの手にした斧が、急に重く感じる。指先に汗がにじみ、握りがわずかに甘くなる。呼吸が浅くなる。骨太な体が、どこか頼りなく見えた。
目の前にいるのは、ただの敵ではない。命を奪いにくる存在。その事実が、静かに身体の奥へ沈んでいく。
「……許容ダメージは、もうすぐ超えるはず……だけど……」
絞り出すような声。レッツタと共に与えたダメージは確実に効いている。それでも、ストークキャットは崩れない。むしろ、踏み込む気配を強めていた。
カライジの足がわずかに震える。踏み出せない。ほんの一瞬、動きが止まる。
その隙を、逃さない。
「シャァァァッ!」
前脚を低く構え、全身の筋肉が一気に収縮する。飛びかかる直前の姿勢。限界を超えた反撃の兆し。
「……! 窮地でも牙を向いてくるぞ!」
離れた位置でそれを捉えたララクが声を上げる。状況は明確だった。逃げ場を失ったことで、ストークキャットは潜伏を捨て、正面から突破するしかなくなっている。
最も危険な状態。
カライジが動けていない。
その事実を確認した瞬間、ララクは走り出した。