10巻 祝・追放100回記念   作:高見南純平

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第428話 

その瞬間だった。ストークキャットが地面を蹴り、カライジへ飛びかかる。爪が振り抜かれる直前。

 

ドン。

 

足元から突き上げる衝撃。砕けた鉱石が跳ね、空気が歪む。ドン、ドン、ドン。重低音が一定の間隔で鳴り続ける。地の奥から叩きつけられる振動が山全体を揺らし、岩肌に亀裂が走る。露出した鉱物が軋み、次の瞬間、弾ける。エメラルドの破片が飛び、桜晶石が粉砕され、無数の結晶が弾丸のように空中を裂く。視界が白く濁り、粉塵が舞い上がる。それでも音は止まらない。ドン、ドン、ドン。近づく。膨らむ。圧が増す。

 

破裂。

 

山が内側から爆ぜた。岩盤が吹き飛び、鉱物が四散する。一直線に穿たれたトンネルの奥から、影が突き抜ける。

 

可変角獣グレグリーライノ。

 

巨大な体躯が現れる。鋼のような皮膚が鈍く光り、螺旋状の角が高速で回転している。削る音すら置き去りにする速度で前進し、進路上のすべてを押し潰す。

 

「ギャアアアアアッ!!」

 

ストークキャットの断末魔が響く。だが一瞬で途切れる。回転する角に巻き込まれ、体が崩壊する。骨も肉も区別なく削り飛ばされ、灰色の体が赤へと変わりながら霧状に弾ける。飛び散った破片がカライジの頬と腕に叩きつけられ、ぬるりとした温度が残る。

 

「……は?」

 

思考が止まる。戦いではない。圧倒的な破壊が通り過ぎただけ。グレグリーライノは地面を抉りながら数歩進み、深い轍を刻んで停止する。砕けた岩と鉱物が転がる中、ゆっくりと前足を持ち上げ、巨体を反らす。

 

次の瞬間、全身の隙間から白い煙が一斉に噴き出す。

 

「ゴォォォォォォォォッ!!」

 

喉ではない。体そのものが鳴る轟音。圧縮された力が解放され、汽笛のような咆哮が鉄山を揺らす。粉塵が押し流され、空気が震え続ける。

 

圧倒的な存在が、そこに現れた。

 

名前  不明

種族  グレグリーライノ

レベル 71

 

自分の何倍もある体。何倍もあるレベル。

視界のほとんどを埋める巨体が、そこにあるだけで空気が重くなる。呼吸するたびに胸が圧迫され、足元の地面すら自分のものではないように感じる。

 

「はぁ……、は、これが大型……!」

 

声がかすれる。肺に入る空気が浅い。

 

さきほどのストークキャットとは比べものにならない。あれが中型だとすれば、これは明確に別格。巨大という言葉だけでは足りない。質量そのものが圧として空間にのしかかり、存在しているだけで周囲のすべてを支配している。

 

グレグリーライノが、ゆっくりと視線を動かす。小さな目がギラリと光り、カライジを捉える。怒りでも敵意でもない。ただ、そこにいる対象を認識しただけ。それだけで、心臓が強く打ちつけられる。

 

距離は近い。手を伸ばせば触れられそうな位置。

だがその一歩が、果てしなく遠い。

 

踏み込めない。

 

大きな足が一歩、動く。地面が沈み、砕けた鉱石が押し潰される鈍い音が響く。その振動が足裏から骨へと伝わり、体の芯を揺らす。巨体が向きを変え、正面から覆いかぶさるようにカライジへ向き直る。

 

(……巨大生物と……初心者冒険者の俺がどう戦えって)

 

喉が焼けるように乾く。足が震え、膝が勝手に緩む。視界の端が暗くなり、目の前の存在だけがやけに鮮明になる。カライジは後ずさる。ガタガタと脚が鳴り、踏ん張りが効かない。斧は握っている。だが、その刃を届かせる未来が、どうしても思い描けない。

 

圧倒的な差。

 

それが言葉ではなく、感覚として全身に流れ込む。

 

思考が止まる。

 

その瞬間。

 

「 【バックウィンド】! 緊急退避だ! カライジくん!」

 

ララクの声が鋭く響いた。同時に、強烈な風が正面から叩きつけられる。空気が塊のようにぶつかり、カライジの体を包み込む。

 

地面が離れる。

 

足裏の感触が消え、体が浮く。

 

視界が一気に流れる。鉄山の岩肌、砕けた鉱石、巨大な影が下へと遠ざかっていく。風に押し上げられ、そのまま後方の空中へと吹き飛ばされる。気圧が変わり、耳の奥が詰まる。

 

その先に、ララクがいた。

 

すでに【空中浮遊】で位置を確保していたララクが、飛ばされてきたカライジを受け止める。だが体格差があり、そのままでは支えきれない。即座に魔力を流し込み、カライジの体にも浮力を付与する。

 

二人の体が空中で安定する。風が抜け、ようやく静止する。

 

「風力に重きを置いているスキルだから、大したダメージは入っていないはずだ。……カライジくん、絶大な恐怖を味合わせて申し訳ない」

 

ララクは落ち着いた声で言う。だが視線はすでに下へ向けられている。グレグリーライノの動きを一瞬も見逃さない。

 

カライジは荒い呼吸を繰り返しながら、かすれた声を絞り出す。

 

「……モンスター。動画では勉学が疎かになるほど視聴してきたんですけどね。でも倍速視聴だったし、生の生命はどぎついっすわ……」

 

顔は青いまま。血の気が引き、唇がわずかに震えている。声は出ているが、体の強張りは解けない。空中に浮かびながらも、視線だけは外せなかった。

 

下にいる。

 

あの巨体が。

 

まだ、そこにいる。

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