10巻 祝・追放100回記念   作:高見南純平

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第394話 

 依頼書の一番上には、やけに荒々しい文字が躍っていた。

 続く文章には、感情がそのまま叩きつけられている。

 

【アカラヘア! どこにいんだおめぇ!】

 

 トレンドタワーの研究施設爆破事件。もう2年前かよ。たぶんクエストかなんかで、あいつはこのビルに出入りしてた。そこで巻き込まれたんだろうけど、あいつなら髪の毛パーマにして帰ってくるはずだ。どっか行っちまったんだよ! 散々探したし、何度もこのクエストを更新申請してきた。あー、誰か探し出してくれ!

   

                依頼主・オチルレインボーカル ロドナル

 

 

 

 クエスト内容の多くは、依頼主が書いた文章がそのまま掲載されるのが通例だ。だが、この依頼は明らかに手が入っている。元の文面では「帰って来いよ」が何度も繰り返されていたのだろう。ギルド側が整理し、情報として成立する形に整えたことが見て取れた。

 

 ララクは依頼書から視線を上げる。

 

「ロドナル、さん。依頼主の人から、こんなにパッションを感じる直談判をされたのは初めてです。音楽も聞かせていただきましたし、ボクは引き受けたいんですけど……。でもボクらこの街のことは観光者としてしか知りませんし、もっと適任が……」

 

 言いながら、ララク自身も違和感に気づく。

 視界の端で、オチルレインのメンバーが微妙に顔をそらした。

 

「そりゃあ、この国の冒険者じゃ……」

 

 ボーカルのロドナルは、そこで言葉を詰まらせる。

 

 それを見て、ゼマが小さく笑った。

 

「引き受けてもらえないんだ。……解決するか分からないもんね。これさ、ウケる方もしんどいんだよな。クエスト失敗、クエスト放棄って見なされるし」

 

 ララクは一瞬、人徳の問題かと思いかけた。

 だがすぐに理解する。

 

 2年前の爆破事件。行方不明。手掛かり不明。

 成功の見込みが薄い長期未解決案件。

 

 冒険者にとって、それは報酬以前に経歴へ傷がつく可能性のある依頼だった。

 

「……冒険者にだって事情はあるんだろうけどよぉ……でも、俺たちの悩みを解決してくれんのが冒険者だろ! アカラヘアはそういうやつだった。誰もやりたがらないような高難易度のクエストばっか引き受けて。ソロだからさぁ、毎回傷ついてきてさ。……頼むよ……」

 

 ロドナルの声は荒い。だがその奥に沈んでいるのは、怒りではなく、削れ続けた疲労だった。

 強い熱を持ちながらも、どこか折れかけている。乱暴な口調と裏腹に、その姿は痛々しい。

 

 ララクは一歩前に出た。

 

「えぇ、ボクも出来れば誰も取りこぼさない冒険者でありたいです。……望んだ結果になれるように尽力します」

 

「即決かよ! おまえ、心情がぶちあがってんなぁ!」

 

 ロドナルはララクの手を強く握り、ぶんぶんと振る。

 勢いに押されながらも、ララクの胸には別の感情が湧いていた。

 

(こ、この人、最初からボクを冒険者として信頼してくれている)

 

 身なりのせいで子ども扱いされることも多い。だがこの場では、年齢でも体格でもなく、冒険者として見られている。それが純粋に嬉しかった。

 

「ゼマさん、ボクは待ち人の心に寄り添いたいって思ってます。どうですかね?」

 

「……あーあ、存在するなら再会すべき……てか。はぁ、いいよ。別にこの国でのクエスト歴に黒星がついたって、わりとどうでもいいし」

 

 ゼマは肩をすくめる。重たい空気しか漂ってこない依頼だと理解しつつ、それでも頷いた。

 

「パンクだよ、おまえたち! ネームを聞かせてくれ!」

 

「ララクです。戦闘力には自信がありますし、捜査力もそれなりに」

 

「ゼマ。ヒーラー。ほぼこいつの付き添いだけど、まぁまぁ仕事はするよ」

 

「ララクにゼマ! 頼む! あいつの、アカラヘアを連れ戻してくれ!」

 

 ロドナルの目がわずかに潤む。

 その後ろでドラマーは口をあんぐりと開けたまま、それでも深く頭を下げた。

 

「願う」

 

 代表でありベースのモジリフは、静かに視線を落とし、指先で無意識に髪をいじっている。

 

 まだギルドに正式提出したわけではない。

 だがこの瞬間、ハンドレッドの新規クエストは始まっていた。

 

 冒険者パーティー・ハンドレッドがライブハウスを出ると、空気が一段落ち着いた。

 背後では音楽の余韻がまだ壁に染みついているが、路地に出た瞬間、世界は別の顔を見せる。雑貨屋、古着屋、用途の分からない小さな店が連なり、ネオンは控えめで、どこか湿った匂いが漂っていた。観光地というより、暮らしと趣味が混ざり合った、ヌーツの裏側だ。

 

「まずは、シティにあるギルドに行きましょうか」

 

 ララクは自然な流れで言い、クエスト用紙を確認する。

 紙の端は少し折れ、長く更新され続けてきた時間を物語っていた。

 

「申請しないとね」

 

 ゼマも軽く頷き、歩き出そうとする。

 

 そのとき、背後でドアが開く音がした。

 ライブハウスの出口から、さきほど見た顔が現れる。重低音を支えていた、猿人族のベース担当だった。

 

「……改めて、あいつの残存クエスト受けてくれて、助かったよ」

 

 夜気に溶ける低い声。感情を抑えた口調だが、その奥に安堵がにじんでいる。

 

「えっと、あなたは代表のモジリフさん」

 

「ベース担当。重低音、私はちゃんと分かったよ」

 

 淡々とした自己紹介。だが、音楽家としての自負は確かに感じられる。

 

「……これは他の冒険者にも伝えて貰ってることなんだが、このクエスト中は他のクエストと並行してくれて構わない」

 

 モジリフの視線は、路地の先ではなく、どこか遠くを見ていた。

 言葉に含まれているのは配慮だ。縛らないことで、受ける側が潰れないようにしている。

 

「並行……って、あ~、長期クエストだからか」

 

 ゼマはすぐに腑に落ちた様子で言う。

 2年前から失踪し、更新され続けている依頼。解決の兆しも条件も定まっていない。時間だけが積み重なっている案件だ。

 

「同時受注可能なクエスト。……確かにこちらとしてはありがたいですけど。それをさっき言わなかったのは……」

 

 ララクの声は丁寧だが、核心を突いている。

 

「あいつには微妙に隠しているからな。気付いているかは、あいつの思考力がどこまで巡っているのかが分からん」

 

 モジリフは肩をすくめる。

 情熱が先行するロドナルの姿が、脳裏に浮かんでいるのだろう。

 

「あのロドナルって、パッションボーカルは、すぐにでもクエストに取り掛かって欲しいタイプだもんね」

 

 ゼマは路地に並ぶ店を一瞥しながら言う。軽い口調だが、理解は深い。

 

 ララクは一瞬、言葉を選ぶように視線を落とした。

 2年間、進展のない捜索。爆発事故。痕跡なし。

 

「……あなたは、モジリフさんは、即効性は求めていないんですか? もしかして、はあぁ……言葉を選ぶばかりですが、……もう存命ではないと?」

 

 空気がわずかに張り詰める。

 ララクは現実を見てきた冒険者だ。希望だけで走ることの危うさも、信じ続けることの重さも知っている。

 

 路地の灯りが、モジリフの横顔に影を落とした。

 彼がどう答えるのかで、このクエストの意味合いは大きく変わる。

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