「これまで知見してきたモンスターの中では、最大級だ。カライジくん、一度みんなの元に……んなぁ!?」
ララクの言葉が途中で途切れる。視線が下へ固定され、そのまま鋭く細まる。
眼下には鉄山が広がっている。むき出しの岩肌に無数の鉱物が突き出し、エメラルドや桜晶石が陽光を反射していたはずの場所。だが今は違う。グレグリーライノの出現によって砕かれた岩と結晶が散乱し、粉塵が舞い、光が乱反射して視界を揺らしている。晴れ渡った青空と、その下で崩れた大地。その中心に、あの巨体がいる。
あの巨体。明らかに近距離特化の構造。突進と破壊にすべてを振り切ったような姿。そのはずの存在が、ゆっくりと角を持ち上げる。砕けた鉱石を踏み潰しながら、その動きだけで周囲の空気が押しのけられていく。
「……あれが俺たちの目的の、変形……!」
カライジの声が震える。
螺旋状のドリルが軋み、内部構造がほどけていく。ねじれが解かれ、重い音とともに展開される。その過程で、周囲に散らばる鉱物がわずかに浮き、振動に引き寄せられるように跳ねる。だがそれは単なる形状変化ではない。長さが伸びる。質量が変化し、刃が空中へと押し出されていく。
「だけど、形を変える事から逸脱していないか?」
ララクの低い声が落ちる。
ドリルは完全に姿を消し、長大な剣へと変わる。地上から空中へ届くほどの刃が、陽光を受けて鈍く光り、その下で粉塵が逃げ場を失って渦を巻く。
グレグリーライノ・スラッシャースタイル。
刃が赤黒く染まる。血が広がるように色が侵食し、魔力が一点に凝縮されていく。周囲の空気が歪み、鉄山の破片が押し流される。
【ヘルスラッシュ】効果……殺傷能力を極限まで高めた斬撃を放つ。
【ストロングスラッシュ】との違いは、魔力消費量と威力の違い。前者の【ヘルスラッシュ】のほうがどちらも高い。故に連撃とは相性が悪く、乱舞のようなスキル元には【ストロングスラッシュ】のほうが効率は良い。
振り上げられた剣角が、ゆっくりと軌道を描く。その動きに合わせて空気が裂け、青空さえ歪むように見える。圧が押し寄せ、浮遊している二人の体をわずかに揺らす。
ララクは即座に判断を切り替えた。
「ごめんカライジくん、皆の元へぶっ飛びかえってくれ」
言い終わるより早く腕を掴む。引き寄せ、空中で一回転。遠心力を乗せ、そのまま投げる。
「っへ? へぇぇぇぇぇええええええ!?」
叫びを残しながら、カライジの体が弾き飛ばされる。風を裂き、砕けた鉱石と粉塵が舞う鉄山の上を一直線に戻されていく。
その直後、グレグリーライノの剣角が振り下ろされようとしていた。
ララクは振り下ろされる剣角を視界の端で捉えた瞬間、空中で体を捻る。軌道をずらし、刃の直撃を避ける。だが次の瞬間、遅れて叩きつけられた風圧が空間ごと押し潰すように襲いかかる。空気が壁のようにぶつかり、浮遊していた体が横へと弾かれる。青空の中で位置がずれ、視界が揺れる。
(地上特化の鉄怪物、なんて簡単なモンスターじゃないな。これが……可変の強み)
ララクはすぐに姿勢を立て直す。風に押されながらも高度を維持し、グレグリーライノから一瞬も目を離さない。その巨大な剣角が大地を裂き、鉄山の鉱物をまとめて断ち割る光景を捉えながら、同時にカライジの動向を追う。
「うぉおおおお、誰か俺を、受け止めてくれぇええええええ!」
空中を吹き飛ばされながら、カライジが叫ぶ。体は回転し、視界が流れ続ける。鉄山の岩肌、砕けた鉱石、仲間の姿が交互に映り込む。その中でサイフウの姿を捉えるが、距離がある。受け止めるには無理だと瞬時に判断が下る。
「名乗りをあげよぉう!」
ゼマがロッドを背中に背負い直し、地面を蹴る。鉱石を踏み砕き、粉塵を蹴散らしながら一直線に駆け出す。片手を大きく上げ、目立つ動きで位置を示す。最短距離での迎撃。
「磁力ターゲットはブーストアックス、そしてカライジを回収!」
レッツタも同時に動く。両手のクローから発生した磁力が、カライジのブーストアックスを捉える。引き寄せられる力に身体ごと引っ張られ、地面を蹴る力と合わさって異常な加速を生む。鉱石の上を滑るように駆け、ゼマと並んで着地点へと突っ込んでいく。
「ブースト使えよ」
サイフウの低い一言。
その瞬間、カライジの意識が切り替わる。空中で無理やり体勢を整え、ブーストアックスを握り直す。内部機構を操作し、魔力を流し込む。次の瞬間、推進力が発生し、体が前へと押し出される。
空中で軌道が変わる。
滑空するように進路をずらし、二人の待つ地点を外れる。速度を落としながら別方向へ流れ、安全な地帯へと叩き込むように着地する。
「っお、おまえ! 受け止めさせろよ!」
「急停止不能!」
減速できないまま、ゼマとレッツタは正面から衝突する。勢いそのままにぶつかり、互いの体を押し潰すように絡み合って転がる。鉱石を弾き飛ばしながら数回転し、ようやく止まる。
「っぐべべ。……お、男と抱き合っちゃった」
「……っつぅ、カライジが生存しているなら、それでいいや」
「おい、くっついている美女に興味を持て」
ゼマの言葉には耳を貸さず、レッツタはふっと表情を緩める。緊張が抜け、視線がぼやけていく。そのまま思考の海へと沈み込み、現実から半歩離れたような顔になっていた。