10巻 祝・追放100回記念   作:高見南純平

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第433話

 溶ける。グレグリーライノのショベル型ホーンの表面が、じわりと赤く煮えたぎる。外殻だけとはいえ、熱に侵され、金属質の光沢が歪んでいく。滴るような熱が縁から垂れ、触れた鉱石を焦がす。角に痛覚があるかは分からない。それでも、確実にダメージとして通っている。

 

 ララクの猛撃は、確実に巨獣を削っていた。

 

 だが、この状況に息を呑んでいるのはライノではない。周囲で戦う生徒たちの方だった。

 

 レッツタの思考は本来、目の前の討伐に収束しているはずだった。一点集中。それが彼の戦闘特性。だが、その回路が一瞬だけ逸れる。わずかに視線が横へ流れる。

 

 そこにいたのは、ララク。

 

 魔法を放ち終え、呼吸を整えている。肩で息をするでもなく、ただ静かに呼吸を戻しているだけ。その体は小さい。レッツタと並んでもなお、それ以上に小柄に見えるほどに。

 

 それでも。

 

「……溶岩系統は、強敵特攻だな」

 

 落ち着いた声で、戦況を分析している。

 

 溶岩系統。ヴォルガニックの名を持つスキル群。メジャーな系統ではあるが、土と炎の複合型のため使い手が多いわけではない。だが、その分、硬質な敵に対して圧倒的な効果を発揮する。ララクはその有効性を、戦闘の中で実感していた。

 

 視線の先で、サイフウとカライジもまた息を呑む。

 

「あれが冒険者の平均、なわけないよね」

 

「ララク先生、先生っていうか師匠っていうか、レジェンドクラスの人なんだな……!」

 

 改めて理解する。

 

 レベル70台のモンスター。それと戦えるということは、対峙する側にも同等か、それに匹敵する手段があるということ。先ほどまで恐怖の対象だったグレグリーライノ。その存在を上回る異質が、すぐ近くで戦っている。

 

 気づいた瞬間、背筋に冷たいものが走る。

 

 敵の恐ろしさだけではない。味方の規格外に対する、別種の震えだった。

 

 レッツタの視線が戻る。逸れていた意識が一瞬で収束し、巨体を捉える。

 

(バリエーションの豊かさっていうのは、この可変魔だって上等なんだろう)

 

 その直後、変化が起きる。溶けかけていたショベル型の角が、さらに歪む。ジューと焼ける音が響き、赤熱した表面が流れるように崩れる。内部から新たな構造がせり上がり、がこん、がこんと重たい駆動音を鳴らしながら形を組み替えていく。

 

 完成したのは、巨大な鎌。

 

 グレグリーライノ・サイスホーン。

 

 人が扱う鎌にも区分がある。片手で扱える小型はシックル、大鎌はサイスと呼ばれるのが一般的。だが今、目の前にあるそれはどちらの規格にも収まらない。人の枠を明確に逸脱した質量と長さ。空間ごと刈り取るような、異常な規模の刃。

 

 赤熱したその刃が、地面と平行に振り払われる。鉄山の斜面を丸ごと薙ぐ軌道。空気が焼け、遅れて衝撃が押し寄せる。

 

「磁力が失われないかぎり、物理的に攻撃は当たらないんだなぁ」

 

 レッツタは即座に反応する。磁力クローの反発機構が働き、刃との接触を強制的に拒絶する。金属同士は触れない。だが、威力はそのまま通る。衝撃だけが叩きつけられ、体ごと吹き飛ばされる。空気を裂きながら斜面へ弾かれ、制御しながらも大きく後退する。

 

 その軌道の先に、ララク。

 

(レッツタくんは不安要素に入れなくて良さそうだけど……この軌道は……)

 

 一瞬で理解する。これは回転を伴う広域斬撃。このまま流せば、生徒たちのいる後方まで刃が届く。

 

 逃げる選択はない。

 

 ララクは踏み込む。砕けた鉱石が足元で弾け、体を低く構える。

 

「〈採掘ピッケル・業〉+【爆熱インパクト】!」

 

 手元に生成される重厚な採掘用ピッケル。破壊に特化した構造。密度の詰まったそれを、振りかぶる。迫る巨大鎌。赤熱した刃が視界を埋め、熱風が皮膚を焼く。

 

 触れる、その刹那。

 

 ピッケルの先端が、寸分の狂いもなく赤熱した刃へ食い込む。衝突した瞬間、時間がわずかに引き延ばされたように感じられる。金属と金属が噛み合い、軋み、内部へ圧力が押し込まれる。

 

 圧縮されていた熱と衝撃が、限界を越えて解放される。

 

 轟音が炸裂する。接触点から爆熱が膨張し、圧縮されたエネルギーが一気に解放される。赤く焼けた刃が耐えきれず、内側から膨れ、ひび割れ、砕けていく。

 

「うぉおおおおおお! 爆ぜるんだ……!」

 

 咆哮とともに、爆発が拡張する。鎌の構造が崩壊し、巨大な刃が破片となって弾け飛ぶ。熱と衝撃が同時に叩きつけられ、周囲の鉱物が巻き上がる。空気が歪み、地面が揺れ、鉄山そのものが震える。

 

 その中心で踏みとどまっていたララクの体が、ついに耐えきれず持ち上がる。

 

 爆風が直撃する。

 

 視界が白に染まり、次の瞬間には体が宙へ放り出されていた。

 

 衝突の余波がまだ空間に残る中、ララクの手にあったピッケルに限界が訪れる。刃先からひびが走り、耐久を超えた瞬間、形を保てなくなったそれは粒子状の光へと崩れ、魔力へ還元されて霧散していく。

 

 爆発の残り煙が視界を覆う。熱を帯びた空気が揺らぎ、粉塵と蒸気が混ざり合って、前方の様子を隠している。

 

 その中で、ララクは即座に次の行動へ移る。

 

【透視】

 効果……対象物を透けて先を見通すことが可能になる。

 

 視界が切り替わる。煙の層、その奥、さらに奥へと焦点が通る。遮蔽物が意味を失い、構造だけが浮かび上がるように視える。

 

 破壊したはずの武器の有無を確認する。だが、それだけでは足りない。相手は【可変】を持つ。どの瞬間にどの形態へ移行するか分からない以上、一手の遅れが致命になる。何より、生徒たちがいる。

 

 一瞬たりとも見逃せない。

 

 そう判断して発動した視界の中で。

 

 ララクは、異様なものを捉える。

 

「は……なぁ……!? ひ、人型だと……!?」

 

 煙の奥に浮かび上がる輪郭。鋼鉄の質感を保ったまま、二足で立つシルエット。四足の巨体ではない。直立し、構造そのものが組み替わった存在。

 

 可変魔獣。その姿は、明らかに次の段階へと移行していた。

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