グレグリーライノ・ラッシュモード。
煙を裂いて現れたその姿は、巨猿のように二足で立ちながらも、質量は一切落ちていない鋼鉄の怪物。巨腕と巨脚が2つずつ、地面を叩き割るためだけに組み上げられたような構造へと変わっている。砕け残った角は短く歪み、それでも犀の名残をかろうじて保っていた。
(角は武器じゃない。当然、【可変形】は肉体に刻まれたスキル。本体全体に使用できるのは、考慮すべきだったな)
次の瞬間、ライノが両手を地面に叩きつける。ボゴン、と腹の底に響く衝撃。装甲の継ぎ目から煙が噴き出し、内部で何かが軋む。ゴゴゴ、ガギン、ゴン、と鈍く重い異音が連続し、そのまま巨体が跳躍する。鉄の塊が空を裂き、砕けた鉱物ごと影を引きずりながら、ララクへ一直線に落ちてくる。
「……落下ならタイミングは目算できる! 【カウンターナックル・クラッシュ】!」
踏み込みと同時に拳を突き出す。落下の軌道と完全に重なる一点へ、自らの拳を差し込む。激突の瞬間、空気が圧縮されて爆ぜるような音が響く。スキルが発動し、相手の攻撃力が吸収され、反撃として返される。
だが、止まらない。
砕けた装甲の内側から、新たな層が盛り上がる。変形による即時補強。衝撃を逃がさず、そのまま押し返してくる。
「っぐ……!!」
ララクの体が大きくのけぞる。足元の鉱石が砕け、滑り、踏ん張りが崩れる。拳の大きさは比較にならない。ライノの拳は塊そのもので、ララクの拳が埋もれるほどの質量。
それでも折れない。腕は軋みながらも耐え、衝撃を受け止め続ける。レベルによる強化と防御適性がなければ、その瞬間に潰されていた。
ゴゴゴゴ、と再び体内から響く異音。打ち合いの余波の中で、鋼鉄の巨体はさらに圧を増し、次の一撃を内包していた。
均衡が崩れた瞬間、ライノの巨腕がうなりを上げる。ゴゴゴ、ガギンと体内から異音を響かせながら、鋼鉄の肉体が加速する。振り抜き、叩き込み、さらに重ねる。間断のない乱撃。スキルによる補助はないはずなのに、形そのものが格闘に最適化されているせいで、ただ振るうだけで連撃が完成している。
「〈武巌の鎧〉+【ヴォルガニックナックル・ラッシュ】!」
ララクは踏み込む。魔力が弾け、装備が瞬時に構築される。ララクは、柔軟性がありながら硬度も高い鉱石と、カンガルーや猿型のモンスターの筋肉などの素材を元に作られた格闘を邪魔しない堅固な装備を【アーマークリエイト・ハード】で創成。その装甲が体に沿って展開され、拳には溶岩の熱が宿る。迎撃ではなく、真正面からの殴り合いへ。拳同士がぶつかるたび、空気が押し潰され、熱と衝撃が弾け飛ぶ。ララクの打撃は確かに効いている。赤熱が装甲を侵食し、ライノの外殻を焼いていく。
それでも、押し返される。
「……がぁ! (威力もスキルも、ボクの方が手厚いはずなのに……! どんだけ強くなっても、もともとの体躯は変わらないのが憎いな……!)」
一撃ごとの重みが違う。何メートルも上から叩き落とされる質量。何倍もの筋肉と体重が乗った拳が、連続で叩き込まれる。武巌の鎧がきしみ、ひび割れ、剥がれ、そのたびに内部へ衝撃が通る。ドン、と一撃。相殺がわずかに遅れた瞬間、巨大な拳がそのままララクの体を飲み込む。全身が押し潰され、視界がぶれる。骨ごと砕かれてもおかしくない圧力。
「っ……ぐ、ぅ……!」
踏みとどまるが、脳が揺れる。内側から崩れるような感覚とともに、吐き気が込み上げ、呼吸が乱れる。
「……はっ……はぁ……っ」
息が荒く混ざる。だがこちらの拳は届かない。体格差が距離となり、胴体へ打ち込む軌道が足りない。【伸縮自在】で補える距離でも、その一瞬の遅れがこの乱撃の中では命取りになる。鎧は剥がれ、衝撃は直接肉体へ届く。それでもララクは崩れない。ただ、削られる。確実に、少しずつ。
乱撃の圧が空間を埋める中、横から割り込む影があった。ゼマだ。クリスタルロッドの両端を強く握り、身体ごと滑り込むように前へ出る。ララクの前に立ち、衝撃の軌道へ自ら体を差し込む。
「とりあえず回復ぅ!」
【クイックヒーリング】【ヒーリング】【オートヒーリング】
重ねがけされた治癒の光が一気にララクへ流れ込む。裂けかけていた筋繊維が締まり、内側で暴れていた衝撃が和らぐ。呼吸が一瞬だけ戻る。視界の揺れが抑え込まれる。
だが、防いでいるのはゼマ自身だ。
次の拳が落ちる。ロッドで受ける。鈍い衝突音。腕が沈む。足元の鉱石が砕け、滑る。それでもゼマは退かない。盾としてそこに立つ。
ライノの勢いは変わらない。ゴゴゴと内部から鳴る異音とともに、巨腕がさらに加速する。
「ゼマさん……! 防御と回復に専念を、それだけで攻撃に集中できます!」
「そんなに私を過信するなよ! 私じゃ力不足だぁ!」
叫びながらも、ゼマはロッドを横に回し、角度を変えて衝撃を逃がす。ララクはその横で拳を打ち込む。相殺、受け流し、打ち返す。二人で一つの防衛線を作り上げる。
巨腕とロッド、拳と拳が交差するたび、空気が歪み、粉砕音が連続する。
可変魔獣グレグリーライノ・ラッシュモード。
それに真正面からぶつかる、冒険者パーティーハンドレッド。
鋼鉄と肉体、圧と意思が激突していた。