様々なラッシュが交錯する中、最初にほころびを見せたのはララクだった。拳にガントレットを生成し、何度も再構築しながら殴り合いを続けていたが、ついに限界が訪れる。ゼマの回復によって肉体の損傷自体は抑えられている。それでも、衝撃の蓄積と痛覚の記録は消えない。骨に響いた振動、内臓を揺らされた感覚が、確実に動きを鈍らせていた。
「っぐ、気張るんだ。痛みぐらいでぇ!」
ララクは叫び、無理やり腕を振るう。しかし制御がわずかに甘くなる。拳が流れ、軌道がぶれる。血がにじみ、指先から散る。その一瞬の隙を、グレグリーライノは逃さない。巨腕が唸りを上げ、乱撃が叩き込まれようとした、その時だった。
巨体が、不意に揺れる。
踏み込みが崩れ、体重の乗り方が狂う。ララクが崩れたのとは違う。明らかに別の要因で、ライノの姿勢が後方へ傾く。巨大な体がバランスを失い、そのまま背中側へ倒れ込みかける。咄嗟に脚を踏ん張り、転倒までは免れるが、体勢は大きく崩れたまま。猛攻が止まる。
「おいおいおいおい、素晴らしいじゃん学生ズ!」
ゼマが荒い息のまま笑う。状況を見逃さない。ライノの異変、その原因はすぐに視界に入った。
右足元。
そこだけが異様に崩れている。鉱石混じりの地面が抉られ、ぐちゃぐちゃに削られて、一種の穴のようになっていた。踏み込むたびに沈み、力が逃げる。巨体を支えるには致命的な不安定さ。
「……ありがたすぎるタイミングだよ。狙ったのは地面だったんだね」
ララクが息を吐きながら言う。
「私の振動、土壌のために開発したわけではないけど。役に立つでしょ」
サイフウは軽く頬に指を当て、ピースサインを作る。その余裕の裏で、足元には振動の痕跡が刻まれている。
これがレッツタの作戦だった。
『レベル差がありすぎて、俺たちの攻撃はほぼ意味がない。だけど、相手のバランスを崩すことは可能だと考えるよ。四足歩行のままじゃ安定感は崩れにくいけど、小石に躓いただけで人は転びそうになるから』
直接のダメージではなく、支点を崩す。巨体であればあるほど、その効果は大きい。
そして今、その狙いは確かに結果として現れていた。
「仕上げは先生の務めか」
ララクは砕けた鉱石を踏み抜き、爆ぜる破片を背に跳ぶ。崩れた足場を蹴り継ぎ、巨体の死角へ滑り込む。視界いっぱいに広がる鋼鉄の胴。振り下ろされる拳の軌道を紙一重で外し、懐へ潜り込む。
「腕は持つのかよ」
後方からゼマの声。
「無理です。ゼマさんみたいな耐久力はないので」
即答。ララクは拳を下げる。握っていた力を解き、重心を落とし、脚へすべてを集約する。次の瞬間、地面が沈むほどの踏み込み。
「【強脚乱舞・灼熱】!」
魔力が脚部に奔流のように流れ込む。炎だけでは足りない。さらに熱を重ね、内部温度を極限まで引き上げる。蹴りが走るたび、空気が焼け、視界が揺らぎ、赤熱した軌跡が幾重にも残る。連撃は一点へ集中する。外殻ではなく、その奥。心臓部へ、熱そのものを叩き込む。
鋼鉄の装甲が悲鳴のような軋みを上げる。赤く変色し、歪み、表面が溶ける寸前まで加熱される。衝撃と高熱が同時に内部へ侵入し、鈍い振動がララクの脚へと返ってくる。それでも止めない。蹴りの密度を上げ、同一点を撃ち抜き続ける。
「……ズゥウウウウ」
押し潰したような低音が、胴の奥から漏れる。
「っは、それがお前の声か」
ゼマが荒い息のまま笑う。これまで無音で破壊を続けていた怪物が、初めて外へ反応を漏らした証。
ララクの蹴りがさらに深くめり込む。左胸部が一気に赤く染まり、焼けた鉄のように発光する。熱は内部へ浸透し、内側から炙る。赤はさらに濃く、明るく、脈打つように揺れ、ついには燃え上がる。鋼鉄の肉体の一部が、確かに焼き切られようとしていた。
「このまま心臓を……、!?」
確かな手応えがあった。蹴りのたびに、内部へ沈み込む感触。熱が芯へ届いている。防御に回らず、このまま攻撃に専念できれば押し切れる。そう確信しかけた瞬間、グレグリーライノの全身が異様に膨れ始める。装甲が軋み、継ぎ目が広がり、内側から押し広げられるように体積が増す。直後、赤白い煙が噴き出す。高温の蒸気が唸り、周囲の空気を押しのける。
「レッツタくん 緊急避難だ! 磁力ポイントはいくらでもあるはずだ!」
ララクが叫ぶ。
「破裂するんだなその化け物が。おら、抱えるよ2人とも」
レッツタは即座に理解し、最短で動く。近くにいたサイフウとカライジの肩を腕で囲い、そのまま磁力を発動。周囲に露出した鉱物へと引力を結び、一気に引き寄せる。
「パーソナルスペースあるんだけど」
「デリケートだね、サイフウは」
軽口の最中でも速度は落ちない。3人の体は一塊のまま、宙を滑るように移動し、浮き出た鉱物帯へと流れ込む。距離を取るその背後で、膨張は臨界に達する。
グレグリーライノ、バーストモード。
次の瞬間、破裂。圧縮されていた熱と圧力が一斉に解放され、轟音とともに爆風が四方へ奔る。砕けた鉱石が弾丸のように飛び、赤白い煙が渦を巻いて広がる。周囲の地形ごと飲み込む衝撃波が、遅れて追いかけてくる。
退避に入っていたゼマも巻き込まれる。ロッドを軸に踏ん張るが、爆風に体を持っていかれ、地面を滑るように弾かれる。
「わっしょーい」
声だけが妙に軽い。
ララクはすでに動いている。「【ターボライド】」 足裏から炎と風を噴き出し、推進力へ変換。地面すれすれを滑空し、爆風の外縁へと強引に抜ける。背後で迫る衝撃波に追われながらも、軌道を切り替え、加速で逃げ切る。
熱と粉塵が背を焼く。だが振り返らない。そのまま外へ飛び出し、爆発の圏外へと離脱する。生還。爆音の余韻が鉄山に残り、煙の向こうで、巨獣の新たな姿が蠢いていた。