10巻 祝・追放100回記念   作:高見南純平

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第395話

「……人生を歩んでいて欲しい」

 

 そう静かにモゾリフは呟く。ララクは顔を上げた。

 青い空が頭上に広がっているが、建物に切り取られ、完全な円にはならない。都市の隙間から覗く天を、そのまま受け止めるように見上げていた。

 

「仲間だもんね。そりゃあ、楽しくよろしくやっててほしいわ」

 

 ゼマは横に立つララクの横顔を見る。

 倒れる姿が想像できない。そういう意味では、こいつはいつも前を向いている。

 

 〈冒険者殺し〉トゥロー・マスタランドとの激闘を知らないゼマにとって、ララクが追い詰められる未来は現実味がなかった。

 それでも、もし決別する日が来たらどうなるのか。ふと、胸の奥に小さな感情が生まれる。

 

 寂しい。

 それこそ、帰って来いよ、と言いたくなるかもしれない。

 

「すみません。勝手に淡白な方だと、決めつけてしまいました」

 

 ララクがそう言うと、モジリフは小さく息を吐いた。

 

「その人物評価は合っているさ。期待していないんだよ。宝くじを買ったら当たってるかどうか落ち着かなくなるだろ。だから……俺は、真正面から向き合うのが怖いだけだ」

 

 低い声だった。感情を抑えた語り口が、かえって本音を滲ませる。

 

「それでも、帰ってきて欲しい人なんですね」

 

「ああ。だから俺は、他人の宝くじが当選するのは待っているだけの、他力本願なやつなんだ」

 

「ごめん、宝くじってやつ買ったことないから、分からんわ」

 

「ボクたちの祖国パーリアは、賭け事基本的に禁止なので」

 

「へ~、平和の国は、規制が厳しいんだな。なんだ、じゃあ例えはだだ滑りか」

 

 モジリフは大きめの耳を少したたみ、首の後ろを掻く。背中もどこか落ち着かない様子だった。

 

 平和の国パーリアでは、争いの火種になることを嫌い、賭博は禁じられている。

 公営ギャンブルもなく、国が関与する宝くじに該当するものすら存在しない。

 

 一方、最先端の国では事情が違う。

 人同士が直接金を賭ける行為は厳しく規制されているが、それ以外の遊技は数多く存在する。ディーラーを必要とする勝負が禁じられているだけで、娯楽としての賭け事は街に溶け込んでいた。

 

「でも、どこかで待ち望んでいるならば、再会できるように尽力したいです」

 

 ララクの言葉は静かだが、揺るがない。

 

「……ララクって言ったな、少年冒険者。異国の風が、何かしでかしてくれる気がしてきたよ」

 

 モジリフは少し毛の生えた手を振り上げ、短く別れの合図を送る。そしてそのまま、ライブハウスの中へと戻っていった。

 

 今日のライブの反省。売り上げの集計。次のイベント日の確認。

 運営側に立つ彼には、やるべきことが山ほどある。

 

 2人きりになると、ゼマは大きく息を吸い込み、そのまま吐きながら考えを口にした。

 

「ちょっと思ったんだけどさ。ほら、セオリーのこと」

 

「セオリアさん……は、帰ってこない王女を演じていたわけですが」

 

 ララクはすぐに理解する。

 海の国で起きた出来事。消えた人物。生死が確定しないまま、周囲だけが時間を重ねていく状況。いくつかの点が、今回の件と重なっていた。

 

「そそ。だからさぁ、生き残っているとしたら、複雑な事情があるのかもね。えっと、そのギターの……」

 

「アカラヘアさん。っあ、写真など見るの忘れてしまいましたね」

 

 言ってから、ララクは気付く。

 直接の関係者であるモジリフやロドナルから、外見や細かな経歴をほとんど聞いていない。感情のやり取りが先行して、必要な情報収集を後回しにしてしまっていた。

 

「ギルドに情報があんじゃない? 行ってみるしかないでしょ。違う国だし」

 

「ですね。最先端の国のギルド、想像がつきません」

 

 人の流れが少ない通りを歩きながら、ララクは胸の奥に沈んだ重たい空気を感じ取っていた。理由は言葉にならない。ただ、背中に貼り付くような違和感がある。それでも足は止まらない。未知の国へ来た高揚のほうが、わずかに勝っていた。

 

 石畳は均一に整えられ、靴底に伝わる感触がいつもより硬い。見上げれば、空を横切る細い鉄の橋や、規則正しく並ぶ建物の角が視界を切り取っていた。進むだけで、知らない場所に来た実感が積み重なっていく。

 

 ◇◇◇

 

「正方形過ぎない?」

 

 ゼマの感想は、そのまま目の前の光景を言い当てていた。

 

 木組みの梁や曲線的な屋根を持つギルドを見慣れてきた2人にとって、その建物は異質だった。壁は滑らかな灰色で、角はきっちり直角。装飾らしい装飾はなく、窓の位置も寸分違わず揃っている。コンクリートと鉄筋で固められたその姿は、新鮮さと同時に、計算された印象を与えた。

 

 大きさは2階建てほど。だが横幅が広く、圧迫感よりも無機質な存在感が際立っている。

 

「ゼマさん、自動ドアにご注意を」

 

「おう、お姉さんは二度失敗はしないの」

 

 胸を張ってドアの前に立つゼマ。その横顔はわずかに赤い。

 

 以前、ライブハウスで初めて横に開くガラス扉と対面したとき、開くタイミングが分からず真正面からぶつかったことがある。額を押さえてしゃがみ込んだ姿を思い出し、ララクは視線を逸らした。軽い打撲で済み、回復スキルを使うほどでもなかったのが救いだ。

 

 今回は、足を止めて慎重に待つ。

 

 静かに左右へ扉が開いた。

 

「ほらな」

 

 得意げに鼻を鳴らし、ゼマが中へ踏み出す。

 

 外国の街は、歩くだけで新しい発見があったが、この建物の中はそれをさらに上回った。

 

「これは、綺麗……という以上に、静かですね」

 

 ララクの声がわずかに反響する。

 

 広い空間に、人はいる。それでも静かだ。天井から降りる白い光が床を均一に照らし、影がほとんど生まれない。床は磨かれた石材で、足音が小さく乾いて響く。

 

「あれ、酒場ないんだ」 ゼマが周囲を見回す。

 

 樽も長机もなく、料理や酒の匂いもない。いつものギルドなら笑い声と怒号が混ざり合っているはずの場所に、整然と並ぶ椅子と、壁に埋め込まれた光る板だけがある。

 

 ララクとゼマは、シックな内装と人の少なさに思わず顔を見合わせた。冒険者らしい鎧姿の者がほとんど見当たらないことも、不思議さに拍車をかける。

 

「クエストボードもないですね。いきなり常識が覆されました」

 

 壁の光る板には文字や図が映し出され、一定の間隔で切り替わっている。紙は1枚も貼られていない。依頼の掲示らしいが、方法がまったく違う。

 

 最先端の国の首都。今この世界で、一番産業革命が起きていると言っても過言ではない。

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