砕けた鉱石が陽光を反射し、鉄山の斜面に赤い血がじわりと広がっていく。つい先ほどまで暴れ狂っていた鋼鉄の巨体は、もはや動かない。ただの物質へと変わり、熱だけが残っていた。
「カライジ、少しは勇ましくなったんじゃない。半端もの」
呼吸を整えながら武器を収めていく中、サイフウが淡々と言い放つ。レイピアを収縮させる動きに無駄はなく、その姿勢は戦闘前と何一つ変わらない。足元には血が流れ続けているが、視線すら落とさない。
「サイフゥ、凄いよ君は。初期からずっと、この場面に立ちあがる覚悟があったんだから」
カライジもアックスを戻しながら応じる。握っていた手はまだわずかに震えているが、その目はもう逸れていなかった。
「私の研究分野は武器開発。携わるんだから、殺生の意味は熟知してる」
短く、しかし重い言葉だった。戦いの意味を、すでに理解した上で立っている者の声。
「君も、俺なんかの何歩先もいっていたんだね」
「もっと喜べよクルクルガール」
背後からゼマが歩み寄り、サイフウの背中を軽く小突く。戦闘の余韻をまるで引きずっていないその軽さに、空気が少しだけ緩む。
「私がクルクルパーだって?」
「間違えた、クール、そうクール」
わざとらしく笑うゼマ。その様子に、カライジは小さく息を吐く。極限のやり取りの直後に、こうして笑える。それが冒険者というものなのだと、ようやく実感として胸に落ちる。
その時、ララクが静かに近づいてきた。土埃を払いながら、軽く手を叩く。
「おめでとう、初クエスト成功だ」
その一言は、どんな称賛よりも重く響いた。
「おんぶによいしょでしたけど」
カライジは少しだけ照れたように笑う。だがその表情には、確かな達成感が宿っていた。恐怖も迷いも、すべて抱えたまま、それでも立ち続けた証。
風が吹く。砕けた鉱石の粉がさらさらと流れ、空は変わらず晴れている。あの死闘が嘘のような静けさの中で、彼らは確かに前へ進んでいた。
一時的にララクと共にパーティー契約をしていた結果、彼らの力は大きく跳ね上がっていた。
名前 カライジ・アドリベンス
種族 人間
レベル 13→24
獲得スキル【アタックアップ】【スパイラルスラッシュ】【攻撃力上昇】
名前 サイフウ・ジョシュアンテ
種族 人間
レベル 14→24
獲得スキル【刺突・炎】【刺突・水】
名前 レッツタ・グッジョディーズ
種族 人間
レベル 10→22
獲得スキル【エアスラッシュ】【ヘルクロ―】【俊敏性上昇】
鉄山に残るのは、巨大な亡骸と、刻まれた戦いの痕跡。そしてそれ以上に、彼らの内側に残った確かな変化だった。
こうして生徒たちの課外授業は終了した。
◇◇◇
後日の事。クエスト成功申請や休息を終えたララクとゼマ、そしてカライジ、レッツタ、サイフウの5人は学院へ戻っていた。だが、その帰還と同時に、校内の空気は一変する。ざわめきが廊下を伝い、扉の隙間や窓から顔を出す生徒たちが次々と増えていく。
「な、なんじゃあの物体」
「っげ、モンスターの死骸じゃね」
「首と胴体、はなれんこしてるよ」
「グレグリーライノ、ですな」
視線の先、第6校庭。校舎裏の広い空間に、巨大な荷車が据えられていた。その上に横たわるのは、あの鋼鉄の巨獣。首と胴が断たれたグレグリーライノの死体が、鈍い光を放ちながら無造作に積まれている。砕けた鉱石の粉がまだ付着しており、戦闘の名残がそのまま運び込まれた形だった。
本来であれば、この素材はクェイグの店へ持ち込み、専門の手で加工される予定だった。だが、その流れを変えたのはサイフウの一言だった。
『ゼマ先生、ロッドの強化私に任せてくれないかな? 実は学園祭の研究発表に応募しようと思ってさ。プロの腕がいいっていうなら、仕方がないけど』
『おー、ええやんええやん。たぶんあの鍛冶屋のおっさん、色々教えてくれると思うよ。私たちに多大な恩があるし。それに変形武器は、こっちの国の方が進んでそうだし。任せた』
ゼマは迷いなく頷き、話は決まった。カライジもレッツタも、その流れに乗る形で協力を申し出る。結果として、巨大な死骸はそのまま学院へ運び込まれ、研究対象として扱われることになった。
そして現在、5人は校舎内を進み、学長室へと向かっている。廊下には色とりどりの装飾が施され始め、布や紙飾りが天井から垂れ下がる。生徒や教員たちが忙しなく動き回り、資材を運び、配置を調整していた。
「学園祭の準備、せわしないですね」
ララクは足を止めることなく周囲を見渡す。普段の静けさとは異なる熱気が、学院全体に満ちていた。
「俺もさ、研究発表とまではいわないけど、植物とか展示できるぐらい育てようと思ってるよ」
カライジは少し照れながらも口にする。戦いとは別の分野で、自分のやりたいことを形にしようとしているのが分かる。
「ゼマ先生は、私に付きっきりになってよ」
「ほいさ。労働しますよ~、学食ってやつ食べさせてくれるなら」
軽口を叩き合う2人。そのやり取りに、ほんのわずかに日常の空気が戻る。
「そうなるとボクは、怪人や失踪者について引き続き調べます」
ララクの声だけが、少しだけ温度を落とす。
「? ララク先生、怪人に興味あるの?」
サイフウが首を傾げる。その視線を受けながら、ララクは廊下の一角へと目を向けた。そこには装飾の一部として掲げられた一枚の写真。眼鏡をかけた坊主頭の少年が、無表情にこちらを見ている。
「実はクエストが立て込んでいてさ。っあ、ちょうどあの子。クエディーカくんの事、キミたちはどれくらい知っているんだ?」
ララクが指し示すと、3人も視線を向ける。
「中等部の子でしょ。成長してても確か年下」
サイフウが淡々と答える。
「すんません、直接かかわったことは。でも有名人ですよ。歴代学院の中でも、レッツタと争うぐらいの秀才だって」
カライジが補足する。その横で、レッツタは窓の外を見ていた。
「……雲の形に動物が多いのは何故だろう……、人がそう認識しやすいのかそれとも」
まったく関係のない思考に沈んでいる。その姿にララクは一瞬だけ違和感を覚えるが、同時に納得もしていた。確かに、この少年の思考は常人とは違う。
「彼、そんな優秀なんだ」
ぽつりと呟くララク。その声には、わずかな疑念が混じっていた。
「っあ、あとこれも有名な噂っていうか、学園の謎っていうか」
カライジが少し声を潜める。
「有名な謎?」
「はい、怪人の正体はクエディーカ少年の亡霊だって」
空気がわずかに変わる。廊下の喧騒はそのままだが、会話の中だけ温度が下がる。
「! 怪人の正体こそが、失踪した彼だと?」
ララクの目が細まる。
「さぁ、オカルトは好きなだけで信じるタイプじゃないんで。ただ、消えたタイミングと、怪人の出現タイミングが同じ時期ってのが気になりますけど」
軽く言いながらも、その内容は軽くない。失踪と怪異。その2つが重なっているという事実だけが、静かに残る。
亡霊。もしそれが真実なら、その少年はすでにこの世の存在ではないことになる。
ララクはその話をすぐに信じたわけではない。それでも、胸の奥に引っかかるものがあった。この学院に流れる空気。異質な出来事。そして今、自分が関わり始めている一連の流れ。
偶然とは思えない何かが、確かに繋がっている気がしていた。