10巻 祝・追放100回記念   作:高見南純平

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第396話 

「受付もいないじゃん」

 

「っぁ、ベルがありますね」

 

 2人はそのままカウンターの前まで歩く。木製の天板はよく磨かれているが、人の気配はない。中央に小さな金属製のベルが置かれており、その横には丁寧な字で案内が貼られていた。

 

 ご用の方はベルを鳴らしてください

 

 ゼマが軽く指で弾く。

 ちりん、と澄んだ音がギルド内に広がった。

 

 間を置かず、奥から物音が返ってくる。

 ガラガラ、と低い回転音。最初は何が動いているのか分からなかったが、すぐにその正体が判明する。床を転がるキャスターの音だ。

 

 次の瞬間、カウンターの奥から女性のスタッフが姿を現した。

 椅子に座ったまま、滑るように横移動してくる。体重移動と足さばきで巧みにキャスターを操り、ぴたりとカウンター正面で止まった。

 

 落ち着いた表情。事務服だが、どこか貫禄がある。この空間の主導権を自然に握っている雰囲気だ。

 

 ララクの直感通り、彼女がここのギルドマスターだ。

 

 女性は椅子の肘掛けに腕を置き、2人を順に見てから口を開いた。

 

「直接来るなんて何事かと思ったら、YOUたちか。ちょっとお待ちなさい。ほいっと、これタブレット。見れる?」

 

 カウンター越しに、ギルドマスターは軽い手つきで薄型端末を差し出した。言葉より先に状況を把握する目をしている。2人の服装、装備、立ち姿。そのすべてから、この国の人間ではないと即座に見抜いたのだろう。

 

 この国では、スーツやシャツといった仕事着が日常に溶け込んでいる。冒険者であっても例外ではなく、鎧でさえ機械的な意匠が施され、金属と光沢が一体化した設計だ。対してララクたちの装いは、機能性重視であっても質感や構造が明らかに異なる。異国の匂いは、隠しようがなかった。

 

「ほへ~、紙いらずだねこの国は」

 

 ゼマが感心したように声を漏らす。

 タブレットの画面には、縦に並んだクエスト一覧が表示されていた。文字は鮮明で、スクロールに合わせて軽やかに切り替わる。

 

【討伐クエスト・鉄ゴブリンの埋葬】

【調査クエスト・火炎車の暴走を止めろ】

【採取クエスト・レアレアメタルの発掘】

【相談クエスト・占い的中の確認】

 

 いずれも簡潔だが、内容ははっきりしている。

 クエスト名は依頼文をもとに職員が整理し、分類して付ける仕組みらしい。討伐、調査、採取、相談。項目ごとに細分化され、検索機能も備わっている。目的が定まっている冒険者ほど、無駄なく選べる設計だった。

 

「もしかしてですけど、この国で誰もが持っている端末機あるじゃないですか。それと連動していますか?」

 

 ララクは画面から目を離さずに問いかける。

 

「連動……まぁ、改まって言うとそうだけど。ここの言葉じゃ、ネットワークだよ」

 

 ギルドマスターは自分の携帯端末スマートフォンを取り出した。

 薄く、軽く、表面には余計な装飾がない。だが内部には電力と魔力、その両方を動力とする最先端技術が詰め込まれている。目に見えない電波を介し、周囲の機器と常時接続されているのが、この国では当たり前だった。

 

「それじゃあ推察するに、ここに人がいないのは……、それですべて完結できるからでしょうか?」

 

 ララクは改めてギルド内を見渡す。

 広さはあるが静かで、職員の姿は見当たらない。先ほどギルドマスター自身も、人が直接来るのは珍しいと言っていた。

 

 冒険者が来ないのではない。来る必要がないのだ。

 

「そう。私たちからしたら幼少期からの常識なんだけど、海外YOUたちは驚くよね。でも安心して欲しいよ。そういう方々のために、この施設はあるんだから。慣れないなら、紙の申請もできるよ」

 

「紙……、ロドナルさんは、確か紙仕様でしたね」

 

 ララクは、オチルレインのボーカルであり、今回の依頼主でもあるロドナルの姿を思い浮かべる。

 彼女から受け取った依頼書は、明らかに古い紙だった。ララクたちにとっては見慣れた形式で、特別な違和感はなかった。だが、この国ではそれ自体が珍しい選択肢なのだろう。

 

 その名前が口に出た瞬間だった。

 

 ギルドマスターは、わずかに眉を上げる。

 そして一度、短く息を吐いた。ため息というより、気持ちを切り替えるための呼吸に近い。

 

 空気が、ほんの少しだけ変わった。

 

「初クエストが、長期未解決クエストに手を出すとは……。ついていないと思うけど、逆に言えばその覚悟があるやつ、ってことでいいのかな?」

 

 キャスター付きの椅子をわずかに後ろへ転がしながら、ギルドマスターは2人を見上げた。照明に照らされた銀の髪が揺れ、細い指がタブレットの縁をなぞる。

 

「はい。たとえ悲劇だとしても、詳細に調べ上げたいんです。残された人のためにも」

 

 ララクの声は落ち着いていた。

 決意を誇示するでもなく、ただ事実として述べる。

 

「なるほど。探し人アカラヘアは、このギルドの常連だった」

 

 その言葉とともに、マスターの視線がわずかに遠くへ向く。

 端末の光ではなく、過去の記憶を見ている目だ。

 

「常連って言っても、ここにはこないんでしょ?」

 

 ゼマが周囲を見渡す。

 ほとんどの手続きが端末で完結するこの国で、窓口は形だけの存在に近い。

 

「いや、あいつは、まあまあけったいだったからな。わざわざ毎回直接報告しに来てたんだ」

 

 椅子のキャスターが小さく鳴る。

 5年前のことを思い出しているのだろう。

 

 当時すでにデジタル化は進んでいた。窓口を利用する冒険者はほとんどいない。ベルは飾りのような存在だった。

 

 だが、毎回必ず鳴らす音があった。

 

 ちりん。

 

 アカラヘア専用ベルと呼ばれるようになるほど、決まった時間に鳴るそれ。

 今も置かれているのは、その名残だ。

 

「スマフォ、持ってるでしょうが現代人」

 

 当時のマスターは、呆れ半分に言った。

 

「ええじゃん、いいやん。ちゃ~んと、お化粧してくれてるんだから、見ないとね」

 

 受付カウンターに肘をつき、軽い笑みを浮かべるアカラヘア。

 従業員はほとんどリモート化され、実際に顔を合わせる機会はほぼない。それでも、彼が来る日はマスターはきちんと化粧をしていた。

 

 理由は単純だ。

 アカラヘアが来るから。

 

 その男もまた、冒険帰りとは思えない整った顔立ちと、潤いのある唇をしていた。傷だらけの装備と対照的な、手入れされた印象。

 

「んで、戦果は?」

 

「なかったことないでしょ」

 

 軽いやり取りの後、結局報告は彼のスマフォで完了する。

 依頼主のサインもデジタル化済み。モンスター素材は国の出入口に配置された専用配送業者へ預けることで、ギルドを経由せず依頼主へ直送される。

 

 他国でも導入されつつある仕組みだが、ヌーツではそれが徹底されていた。

 

「よくソロで冒険するな。しかも高難易度も多い」

 

「私、共闘向いてないんだ。味方の攻撃にぶつかる癖があるから」

 

「っふん、バンドはやってるじゃないか」

 

「バンドはその衝突がメロディーになるでしょ?」

 

「……メルヘンな回答だな」

 

「それにさ、バンドはどうやっても1人じゃできないじゃん」

 

 その言葉通り、アカラヘアは順調にレベルを上げていった。

 ソロの利点は大きい。経験値は分散しない。報酬も減らない。リスクは高いが、成果はすべて自分のものになる。

 

 だからこそ、レベル60を超えるまで成長できたのだ。

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