第398話
トレンドタワーは、遠目からでもすぐにそれと分かる建造物だった。
周囲のビルは均整の取れた長方形で整然と並んでいるのに対し、この塔だけは頂上が三角錐のように鋭く突き上がっている。空を切り裂くような輪郭。ガラスと金属が幾層にも重なり、光を受けて青白く輝いていた。
中層部には展望台が設けられ、観光客の姿も見える。下層にはレストラン街が広がり、研究者たちの昼食や打ち合わせの場として賑わっている。だがその華やかさの奥、本質は企業の研究施設だ。巨大な機材を搬入できる専用区画、魔力供給ライン、振動制御床。大規模研究を前提とした設計が、建物全体から伝わってくる。
エントランスホールは吹き抜け構造で、上階まで視線が抜ける。透明な床の一部からは、下層のエネルギー配管が青く脈打つ様子が見えた。人の流れは絶えず、研究者、スーツ姿の会社員、観光客が入り乱れている。
「ここは人がたくさんいて安心しますね」
ララクは人波を縫いながら言う。
無機質な街並みの中で、これだけ人の気配が濃い場所は逆に落ち着く。
「そう? 私はすっからかんが、貸し切りみたいで好きだけど」
ゼマは肩を揺らし、前を歩く。
だがララクは少し圧倒されていた。祖国では考えられない規模の建築と密度だ。
受付カウンターでモドムの研究室の所在を尋ねると、即座に返答が返る。
「それでは50階へどうぞ」
「5、50ですか。……そりゃあまぁ、それぐらいの高さでしたけど」
見上げた時の高さを思い出しながらも、実際の数字にされると現実味が違う。
「もう山ぐらい高いんじゃない」
ゼマが呆れたように笑う。
祖国ではせいぜい数階建ての建物が主流だ。
人工建造物に対する技術水準が根本から違う。
エレベーターと呼ばれる自動移動機械へ乗り込む。
透明な壁の箱に、利用者がぎゅうぎゅうに詰め込まれる。金属と魔力が混ざった駆動音が響き、足元がわずかに浮く感覚。
ゼマの背中に背負ったクリスタルロッドが天井すれすれまで迫り、周囲の視線を集める。
「これ、降りるの大変そう」
だが途中階で買い物客が降りていき、研究階層に近づくにつれ人数は減った。残ったのは白衣や機能服を着た研究員と、ララクたちだけ。
50階の扉が開いた瞬間、空気の質が変わった。
ひんやりとして乾いた空気。わずかに金属と薬品の匂いが混じっている。
床は光沢のある耐振動素材で、歩くたびに靴音が吸い込まれるように消えていく。壁面には半透明のディスプレイが幾層にも浮かび、設計図や数値、波形データが絶え間なく更新されていた。
ララクとゼマはその中をゆっくりと歩く。
大型の人型ユニットが整備台に固定され、外装が開かれた状態で内部構造が露出している。人工筋肉の束が規則正しく並び、魔力回路が青白く脈打つ。天井から伸びたアーム型の作業機器が、精密な動きで部品を取り付けていた。
「関節トルク、あと3%上げられます」
「いや、出力を上げると暴走率が跳ねる。補助制御を先に」
研究者たちの声が、あちこちから聞こえてくる。
誰もが早口で、しかし迷いがない。データを前提に会話が進んでいる。
別の区画では、ガラス越しに別機体の起動テストが行われていた。
ゆっくりと腕が持ち上がり、指が滑らかに曲がる。機械とは思えない自然さ。
「擬似神経回路、反応良好です」
「学習ログ保存。次は回避パターンの検証を」
ゼマは思わず口を開けたまま、周囲を見回す。
「なんかさ, 武器屋っていうより未来だね」
ララクは無言で頷く。
だが目は冷静に観察していた。出入口の位置、警備端末、研究者の動線。爆発が起きたという事実を思い出しながら、違和感を探す。
通路の先には、さらに巨大な区画が見える。
未完成のユニットが並び、兵士のように整列している。
その間を縫うように、2人は歩く。
視線を感じたのか、白衣の研究員が一瞬こちらを見る。
「……あの装備、冒険者か?」
「プロフェッサーが呼んだ協力者では? 例の個人研究の」
小声だが、はっきり聞こえた。
ララクは足を止めずに進む。ここは観光地ではない。研究の最前線だ。
そしてこの塔こそが、アカラヘアの足取りが最後に確認された場所。
眩しいほど整然としたこの空間に、2年前の爆発の痕跡はあるのか。
ララクは研究室の奥へと視線を向けた。
ガラス張りの奥にあった個室の扉が、静かに横へと滑った。
そこから現れたのは、黒のスーツに身を包んだ男だった。
研究者たちの機能服とは違い、皺ひとつない仕立ての良い布地。細身の眼鏡をかけ、無駄のない歩幅でこちらへ向かってくる。40代前後だろうか。鋭い目つきと整った口元が、いかにも秀才という印象を与える。
研究者たちの動きが、わずかに緩む。
彼がこの空間の中心人物であることは、説明されずとも分かった。
「君たちが、冒険者パーティー・ハンドレッドだな。全く強者には見えないが、証明できるものはあるか。いやあるか。礼儀に欠くかもしれないが、レベルは?」
抑揚の少ない声。だが一切の遠慮はない。
レベル。
それはこの世界における力量の数値化であり、同時に個人情報でもある。冒険者同士でも、初対面で問うのは年齢を聞くのに近い空気がある。伸び悩んでいる者もいる。誇示したくない者もいる。早急に聞くのは無礼だと考える者も少なくない。
だがここは研究施設。
人型戦闘ユニットの開発現場。必要なのは感情ではなく、数値だ。
ララクは一瞬だけ呼吸を整える。
「56です」
「50後半か。素晴らしい、冒険者としてすでに上澄みだろう。だが……理想を言うなら、もっと」
モドムは眼鏡の位置をわずかに直しながら言った。
称賛はしている。だが満足はしていない。研究者らしい、数値への執着。
「ララクあれ見せちゃいなよ。一発じゃん」ゼマが軽く肘でつつく。
「ですね。レベルで測れない強さが、実はボクにありまして……」
ララクは静かに端末を起動する。
空間に半透明のスキル画面が展開される。青白い光が揺れ、研究室の機器の反射と重なった。
名前 ララク・ストリーン
種族 人間
レベル 56
アクションスキル一覧
【ヒーリング(Ⅰ)】【エアスラッシュ(Ⅷ)】【フィジカルアップ(Ⅸ)】
【スピードアップ(Ⅶ)】【スラッシュムーブ(Ⅱ)】【クイックカウンター(Ⅱ)】
【挑発(Ⅴ)】【ディフェンスアップ(Ⅶ)】【カウンターブレイク(Ⅳ)】
【ギガクエイク(Ⅳ)】【シールドアタック(Ⅳ)】【ウェイトアップ(Ⅳ)】
【サーチング(Ⅵ)】【ウィンドブレイク(Ⅴ)】【スピントルネード(Ⅳ)】
【空中浮遊(Ⅳ)】【嗅覚強化(Ⅱ)】【ウィンドカッター(Ⅵ)】【ウィンドスラッシュ(Ⅸ)】
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パッシブスキル一覧
【追放エナジー】【剣適性(Ⅹ)】【盾適性(Ⅸ)】【魔力上昇(Ⅹ)】
【身体能力上昇(Ⅹ)】【防御力上昇(Ⅹ)】【俊敏性上昇(Ⅹ)】【体力上昇(Ⅶ)】
……NEXT
周囲の研究者たちの手が止まる。
「んな、なんだよあの数……」
「け、研究対象でしょあんなの……」
小さなざわめきが広がる。
レベル56という数字だけでは見えない異様さが、一覧に現れていた。
モドムの視線が、特に【追放エナジー】の項目で止まる。
説明文の表示を求めるかのように、指先がわずかに動いた。
ララクはまっすぐ立つ。誇示ではない。事実の提示。レベルでは届かない。重ねられたスキルがある。
研究室の空気が、明らかに変わっていた。