10巻 祝・追放100回記念   作:高見南純平

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♯22 トレンドタワー
第398話


 トレンドタワーは、遠目からでもすぐにそれと分かる建造物だった。

 周囲のビルは均整の取れた長方形で整然と並んでいるのに対し、この塔だけは頂上が三角錐のように鋭く突き上がっている。空を切り裂くような輪郭。ガラスと金属が幾層にも重なり、光を受けて青白く輝いていた。

 

 中層部には展望台が設けられ、観光客の姿も見える。下層にはレストラン街が広がり、研究者たちの昼食や打ち合わせの場として賑わっている。だがその華やかさの奥、本質は企業の研究施設だ。巨大な機材を搬入できる専用区画、魔力供給ライン、振動制御床。大規模研究を前提とした設計が、建物全体から伝わってくる。

 

 エントランスホールは吹き抜け構造で、上階まで視線が抜ける。透明な床の一部からは、下層のエネルギー配管が青く脈打つ様子が見えた。人の流れは絶えず、研究者、スーツ姿の会社員、観光客が入り乱れている。

 

「ここは人がたくさんいて安心しますね」

 

 ララクは人波を縫いながら言う。

 無機質な街並みの中で、これだけ人の気配が濃い場所は逆に落ち着く。

 

「そう? 私はすっからかんが、貸し切りみたいで好きだけど」

 

 ゼマは肩を揺らし、前を歩く。

 だがララクは少し圧倒されていた。祖国では考えられない規模の建築と密度だ。

 

 受付カウンターでモドムの研究室の所在を尋ねると、即座に返答が返る。

 

「それでは50階へどうぞ」

 

「5、50ですか。……そりゃあまぁ、それぐらいの高さでしたけど」

 

 見上げた時の高さを思い出しながらも、実際の数字にされると現実味が違う。

 

「もう山ぐらい高いんじゃない」

 

 ゼマが呆れたように笑う。

 

 祖国ではせいぜい数階建ての建物が主流だ。

 人工建造物に対する技術水準が根本から違う。

 

 エレベーターと呼ばれる自動移動機械へ乗り込む。

 透明な壁の箱に、利用者がぎゅうぎゅうに詰め込まれる。金属と魔力が混ざった駆動音が響き、足元がわずかに浮く感覚。

 

 ゼマの背中に背負ったクリスタルロッドが天井すれすれまで迫り、周囲の視線を集める。

 

「これ、降りるの大変そう」

 

 だが途中階で買い物客が降りていき、研究階層に近づくにつれ人数は減った。残ったのは白衣や機能服を着た研究員と、ララクたちだけ。

 

 50階の扉が開いた瞬間、空気の質が変わった。

 

 ひんやりとして乾いた空気。わずかに金属と薬品の匂いが混じっている。

 床は光沢のある耐振動素材で、歩くたびに靴音が吸い込まれるように消えていく。壁面には半透明のディスプレイが幾層にも浮かび、設計図や数値、波形データが絶え間なく更新されていた。

 

 ララクとゼマはその中をゆっくりと歩く。

 

 大型の人型ユニットが整備台に固定され、外装が開かれた状態で内部構造が露出している。人工筋肉の束が規則正しく並び、魔力回路が青白く脈打つ。天井から伸びたアーム型の作業機器が、精密な動きで部品を取り付けていた。

 

「関節トルク、あと3%上げられます」

 

「いや、出力を上げると暴走率が跳ねる。補助制御を先に」

 

 研究者たちの声が、あちこちから聞こえてくる。

 誰もが早口で、しかし迷いがない。データを前提に会話が進んでいる。

 

 別の区画では、ガラス越しに別機体の起動テストが行われていた。

 ゆっくりと腕が持ち上がり、指が滑らかに曲がる。機械とは思えない自然さ。

 

「擬似神経回路、反応良好です」

 

「学習ログ保存。次は回避パターンの検証を」

 

 ゼマは思わず口を開けたまま、周囲を見回す。

 

「なんかさ, 武器屋っていうより未来だね」

 

 ララクは無言で頷く。

 だが目は冷静に観察していた。出入口の位置、警備端末、研究者の動線。爆発が起きたという事実を思い出しながら、違和感を探す。

 

 通路の先には、さらに巨大な区画が見える。

 未完成のユニットが並び、兵士のように整列している。

 

 その間を縫うように、2人は歩く。

 

 視線を感じたのか、白衣の研究員が一瞬こちらを見る。

 

「……あの装備、冒険者か?」

 

「プロフェッサーが呼んだ協力者では? 例の個人研究の」

 

 小声だが、はっきり聞こえた。

 

 ララクは足を止めずに進む。ここは観光地ではない。研究の最前線だ。

 

 そしてこの塔こそが、アカラヘアの足取りが最後に確認された場所。

 

 眩しいほど整然としたこの空間に、2年前の爆発の痕跡はあるのか。

 ララクは研究室の奥へと視線を向けた。

 

 ガラス張りの奥にあった個室の扉が、静かに横へと滑った。

 

 そこから現れたのは、黒のスーツに身を包んだ男だった。

 研究者たちの機能服とは違い、皺ひとつない仕立ての良い布地。細身の眼鏡をかけ、無駄のない歩幅でこちらへ向かってくる。40代前後だろうか。鋭い目つきと整った口元が、いかにも秀才という印象を与える。

 

 研究者たちの動きが、わずかに緩む。

 彼がこの空間の中心人物であることは、説明されずとも分かった。

 

「君たちが、冒険者パーティー・ハンドレッドだな。全く強者には見えないが、証明できるものはあるか。いやあるか。礼儀に欠くかもしれないが、レベルは?」

 

 抑揚の少ない声。だが一切の遠慮はない。

 

 レベル。

 それはこの世界における力量の数値化であり、同時に個人情報でもある。冒険者同士でも、初対面で問うのは年齢を聞くのに近い空気がある。伸び悩んでいる者もいる。誇示したくない者もいる。早急に聞くのは無礼だと考える者も少なくない。

 

 だがここは研究施設。

 人型戦闘ユニットの開発現場。必要なのは感情ではなく、数値だ。

 

 ララクは一瞬だけ呼吸を整える。

 

「56です」

 

「50後半か。素晴らしい、冒険者としてすでに上澄みだろう。だが……理想を言うなら、もっと」

 

 モドムは眼鏡の位置をわずかに直しながら言った。

 称賛はしている。だが満足はしていない。研究者らしい、数値への執着。

 

「ララクあれ見せちゃいなよ。一発じゃん」ゼマが軽く肘でつつく。

 

「ですね。レベルで測れない強さが、実はボクにありまして……」

 

 ララクは静かに端末を起動する。

 空間に半透明のスキル画面が展開される。青白い光が揺れ、研究室の機器の反射と重なった。

 

 名前 ララク・ストリーン

 種族 人間

 レベル 56

 

 アクションスキル一覧

【ヒーリング(Ⅰ)】【エアスラッシュ(Ⅷ)】【フィジカルアップ(Ⅸ)】

【スピードアップ(Ⅶ)】【スラッシュムーブ(Ⅱ)】【クイックカウンター(Ⅱ)】

【挑発(Ⅴ)】【ディフェンスアップ(Ⅶ)】【カウンターブレイク(Ⅳ)】

【ギガクエイク(Ⅳ)】【シールドアタック(Ⅳ)】【ウェイトアップ(Ⅳ)】

【サーチング(Ⅵ)】【ウィンドブレイク(Ⅴ)】【スピントルネード(Ⅳ)】

【空中浮遊(Ⅳ)】【嗅覚強化(Ⅱ)】【ウィンドカッター(Ⅵ)】【ウィンドスラッシュ(Ⅸ)】

 ……NEXT

 

 パッシブスキル一覧

【追放エナジー】【剣適性(Ⅹ)】【盾適性(Ⅸ)】【魔力上昇(Ⅹ)】

【身体能力上昇(Ⅹ)】【防御力上昇(Ⅹ)】【俊敏性上昇(Ⅹ)】【体力上昇(Ⅶ)】

 ……NEXT

 

 周囲の研究者たちの手が止まる。

 

「んな、なんだよあの数……」

 

「け、研究対象でしょあんなの……」

 

 小さなざわめきが広がる。

 レベル56という数字だけでは見えない異様さが、一覧に現れていた。

 

 モドムの視線が、特に【追放エナジー】の項目で止まる。

 説明文の表示を求めるかのように、指先がわずかに動いた。

 

 ララクはまっすぐ立つ。誇示ではない。事実の提示。レベルでは届かない。重ねられたスキルがある。

 

 研究室の空気が、明らかに変わっていた。

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