プロフェッサー・モドム。
魔力機械学の博士号を持つ男。その瞳は、数値を見て判断する研究者のそれから、好奇心に火がついた少年のような輝きへと変わっていた。
「提携だ! ララク・ストリーン」
最後の音がわずかに切れたまま、勢いよく眼鏡を外す。
次の瞬間、そのフレームがララクの顔へと押し当てられた。
「っえ、あの……、ってこれ、視界が」
ララクは反射的に肩をすくめ、レンズ越しに周囲を確認する。
視界に薄い情報層が重なる。人の頭上に名前が表示され、モドム・アリャーシタという文字が浮かぶ。さらに、背後にある研究道具の名称や型番まで透過表示されていた。視線を向けるだけで、識別と記録が同時に行われている。
「私が開発したモニターグラスだ。あとで君用のを作ろう。それをかけていれば、全時間動画として記録される。つまり、君は今から私の研究材料という事さ。そのつもりで来たんだから、構わないだろ」
淡々とした口調だが、内容は一方的だ。研究対象にされた宣言とほぼ同義。
「え、ええクエスト受注ってことですもんね」
ララクは困惑しながらも頷く。
調査と研究。どちらも目的に近づくなら、拒む理由はない。
「あんた距離感バグりすぎ。眼鏡かけ、とか特殊趣味かと思った」ゼマが腕を組み、半眼で言う。
「っふん、研究者にバグなんて言葉は使わない方がいいぞ。異邦美人さん」モドムはにやりと口角を上げる。
「あれま、覚えたてだったからさ」
ゼマも負けじと笑い返す。
2人の視線がぶつかる。
挑発と好奇心が交差する空気。だが険悪ではない。互いに相手を測っているような、不敵な笑みだった。
研究室のざわめきが再び動き出す。
ララクはモニターグラス越しに、最先端の光景を見つめた。
「さぁさぁ、我が研究室にご入場してくれ。今日は顔見せだけで終わることはないぞ」
プロフェッサー・モドムは両腕を大きく広げ、芝居がかった足取りで奥へと進んだ。
「さっそく、データ収集するんですね」
ララクは肩の力を抜きながら応じる。独特の高揚感にも、もう少し慣れてきた。話が早いのは悪くない。無駄な前置きよりも、実践に入る方が性に合っている。
研究室は想像以上に広かった。天井は高く、配線が幾重にも走っている。壁際には大小さまざまな機械装置が並び、低い駆動音が常に空気を震わせていた。奥へ進むにつれ、床はより厚みを増し、壁は鉄板で補強されていく。
突き当たりに、厳重な扉があった。分厚い鉄板で囲まれた空間だ。
「んで~、何をするのさ、この子は」
ゼマは壁にもたれ、気の抜けた調子で言う。赤髪のショートヘアが照明を受けて淡く光る。へそ出しの軽装にジーンズ、そしてヒーラー用のローブを無造作に羽織った姿は、この無機質な空間ではやや浮いていた。
彼女は依頼人ではない。ただの付き添いだ。とはいえ、ララクが適任だと判断した上での同行でもある。
「私は自立型の戦闘ユニットを開発しているんだ。そして今、全神経を注いでいるのがこの人型だ」
モドムが端末を操作すると、重い音を立てて扉が横へと開いた。
内部は体育館ほどの広さがあった。床は強化鋼材で覆われ、天井には無数のセンサーが埋め込まれている。空気はわずかに冷たく、油と金属の匂いが混じっていた。
その中央に、立っている。
人型の機械。
メタリックなボディは無駄な装飾が一切なく、滑らかな曲線で構成されている。筋肉の起伏を模したようなラインはあるが、性別を特定できる特徴は削ぎ落とされていた。顔には目も口もなく、平滑なプレートがあるだけだ。
「人型……自立というのは、自由に移動できるということでしょうか?」
ララクは慎重に問いかける。低身長で童顔の18歳。だが、その瞳は冷静に機体を観察していた。関節部の可動域、足裏の形状、重心設計。戦闘者の視点で見る。
「そういう意味合いでとってくれて問題ない。実はまだ自由に直立させることが出来ないんだ。……どうやっても外部からの制御が必要なんだ」
モドムは悔しげに笑う。
壁際の装置が淡く点灯し、床下から低い振動が伝わる。ここ全体が巨大な演算補助装置なのだろう。
「制御で、移動できるならそれでいいんじゃないの?」
ゼマが素朴な疑問を投げる。棒状の発光武器を肩に担ぎながら、機械をじろりと見る。
「それだと場所が限定的すぎる。結局、このユニットを使うために、この部屋ぐらいの装置が必要ならば、コスト的に破綻している」
研究者の声は真剣だ。熱意だけでなく、現実的な問題がそこにある。
ララクはゆっくりと機体へ歩み寄る。足音が広い空間に反響する。
「……場所を限定せずに動けるようにする。そのために、リアルな人の動きが必要って事ですか?」
人間は、無意識のうちに重心を移動させる。踏み込みの角度、視線の先、筋肉の連動。言葉にしづらい連鎖がある。それを外部制御では再現しきれない。
「おー、研究者にも向いているんじゃないか? 君のような冒険者の動きをトレースすれば、何かヒントが得られると思ってね」
モドムの目が輝く。
ユニットの胸部に微かな光が灯った。内部で回路が起動する音が響く。
ララクは金属の足首を見つめた。わずかに震えている。演算負荷か、それとも別の何かか。
広い鉄板の部屋に、無機質な静寂が落ちる。
そして何より、この機械が本当に自立する瞬間を、自分の目で見てみたいという好奇心が、胸の奥で静かに燃えていた。