1999年。4月2日。まことみらい市。
薄紅色の桜花が舞い散る麗らかな春の陽気と澄みきった青空が広がるのどかな街。その上空に光の球が出現するや、弾け四散すると中からゆめとポシェタンが放り出された。
宙に掴まる物などあるはずもなく、ゆめは重力に従うがまま落下していく。
「いやああああああああ!」
手足をバタつかせるが、当然無駄な足掻きでしかない。このまま地面に叩きつけられれば一巻の終わりだろう。
だが突如、ゆめの体が吊り上げられるように浮遊し緩やかに高度が下がっていく。彼女のシャツの襟首をポシェタンが小さな手で掴み、耳を倍に広げて懸命に羽ばたかせていたのだ。
「は、放さないでよ!?」
まさに命運を握るポシェタンにゆめが決死に訴える。が、
「・・・やっぱ無理ポシェ」
ポシェタンは無情にも襟から手を放してしまう。
「放さないでって言ったのにぃぃぃぃ!」
再び落ちゆくゆめ。幸いにも直下に木が生えており、枝葉にぶつかりつつ減速。突き抜けた下の茂みがクッションになってくれたことで大怪我は免れた。
「助かったぁ・・・」
『九死に一生』とはこのことを言うのかと、ようやく人心地が付いた。
「やれやれ、ちょっと重過ぎポシェ。ダイエットしたら良いポシェ」
「わたし、そんなに重くないもん!」
散々な目に合わせておいて謝罪もしない上、デリカシーの欠片も無い発言をするポシェタンにゆめが噛みついた。
「って言うか、わたしさっきまで部屋にいたのに何で外に出てるの?」
木の葉を払いながら起き上がり、ゆめは辺りを見渡した。
見覚えの無い街並み。のはずなのに、何故か見覚えもある異様な感覚に囚われる。
「ボーッとしてる暇は無いポシェ。真夜にはやってもらわなきゃいけないことがあるんだポシェ!」
呆気に取られている横から
「あのさ。わたし、お婆ちゃんじゃないんだけど」
「お婆ちゃん? どういうことポシェ?」
「だから、真夜はわたしのお婆ちゃんで、わたしは孫のゆめ!」
「・・・・・・・・・・・・」
人違いであると伝えるたら、ポシェタンは数秒間動きをフリーズした後、
「ノー! 違う子連れて来ちゃったポシェ!」
ムンクの『叫び』の如き形相で絶句するのであった。
「何でもっと早く教えてくれなかったんだポシェ!」
「教えようとしたのに話を聞かなかったのはそっちでしょ!」
白昼に責任を擦り付け合う中学生少女と自称妖精のシュールな光景。
口論の末、ようやく落ち着きを取り戻したゆめはポシェタンの目的を尋ねる。
「それで、あなたはお婆ちゃんに何をしてもらいたかったのよ?」
「キミには関係の無いことポシェ。真夜にしかできないことだから、早く連れて来ないといけないポシェ!」
「無理よ。お婆ちゃんはもう・・・・・・」
途端に表情が曇り、目を伏せて気落ちするゆめを見たポシェタンは事情を察した。
「・・・分かったポシェ。話してあげるポシェ」
誤解だったとは言え、ゆめを巻き込んでしまったのは自分のミスだ。ポシェタンは渋々ながら理由を説明する。
「ポシェタンは、真夜に世界を救ってもらうために来たんだポシェ」
「世界を救ってもらうって、また
「それは・・・」
「それは・・・?」
「・・・・・・分からないポシェ」
「ズコッ!?」
一番の核心部分が不明瞭で、ゆめはギャグ漫画のそれのようにコケそうになる。
「無理矢理連れ出しといて分からないってどういうこと !?」
「何が起こるかは分からないけど、とんでもないことが起こることが分かっているんだポシェ」
何とも要領を得ない話にゆめは焦れったくなってきた。
「もういい! とにかく、わたしは家に帰るから!」
「あ、待つポシェ!」
ゆめが苛立つ足取りで左右確認も疎かに道路へ飛び出した矢先、
ピピピピー!
左手から乗用車がクラクションを鳴らして迫って来ていた。
「きゃあああああああああ!」
悲鳴を上げるゆめは、仰天のあまりその場で倒れ込んでしまった。
(もうダメだ。今度こそおしまいだ。このまま訳が分からないまま死んじゃうんだぁ・・・・・・)
車は手前で急停止してどうにか衝突せずに済み、後部座席のドアが開くと一人の少女が出てきてゆめの方へと駆け寄る。
その間、ポシェタンは見つかるまいと茂みの中に身を潜めた。
「もし! お気を確かに。もし!」
薄れゆく意識の中、ゆめの瞳に美少女の麗しい顔が映り、そこで意識が途切れた。
* * *
ある場所にある、とある高級レストランにて。
煌びやかに装飾された一室で数多の豪華な料理が並べられた円卓に、三人の富豪が介していた。
ブルジョワルズ。彼らはその財力と権力を振り
「ぷは~! この気品のある味わいと鼻を通り抜ける奥ゆかしい香り。まさに高貴な者が口にするに相応しい至極の美酒ナリ」
金髪のオールバック、金歯の総入れ歯、純金の指輪、金色の衣服と、全身をデカデカの金一色に纏った肥満体型の男・ナリキンド・ゼニゲバーグは、グラスに注がれた一本数千万も下らない超高級ワインを水でも飲むかのように一気に
「相変わらず旦那は気持ちの良い飲みっぷりをするねぇ。それに、毎度毎度べらぼうに高いもんを馳走してくれるってんだからすげー太っ腹だぜ」
パリッとした高級ブランドのスーツを着込んだ切れ目の男・イビリッチ・ガッポリーノが、専属シェフたちの手で解体される丸々と太った巨大マグロを眺めながらニヤケ面を浮かべる。
「今朝上がったばかりの大物を三億ぽっちで競り落としたから、諸君らにも振る舞ってやろうと思ったナリ」
ナリキンドが尊大な口調で自慢話をしていたところに、切り分けた大トロの刺しを贅沢に使ったマリネが彼の目の前に置かれる。
早速、ナリキンドは数枚のトロ刺しをフォークで豪快に搔き集めると、それを一口で頬張り「マグロは大トロに限るナリ」と舌鼓を打った。
「そんなことより、私たちをわざわざ呼び立てたのは単に食事会をするためではないのでしょ。ミスターゼニゲバーグ?」
これまで静かにワインを
「おっと、そうだったナリ。では、本題に入るとするナリ」
グリーダの発言を皮切りに、華やかな室内が一変、重々しい空気が漂い始める。
「諸君らを招いたのは、あるお宝についての情報を共有するためナリ」
「お宝っつうと、どこかしらの海賊が隠した略奪品でも見つけたってのかい?」
「そんな埃を被ったガラクタとは訳が違うナリ。この世のどんな金銀財宝も比べ物にならないくらい、驚くほどの価値があるお宝ナリ」
甚だしい比喩表情で豪語するナリキンドに対し、イビリッチとグリーダは真剣な眼差しになる。
「その名も『マコトジュエル』と言って、人間の思いが宿った伝説の宝石ナリ。集めれば世界を創り変えるほどの奇跡のような力を秘めていて、中には
「まぁ、そんな宝石が・・・」
話を聞いていたグリーダが舌舐りをする。彼女はあらゆる宝石を非合法な手段も厭わず手に入れる宝石マニア。『マコトジュエル』の存在を放っておくはずもなく、マニアとしての血が
「もしその話が本当だとしたら、そいつで世界を俺たちの思うがままに創り変えようってことなんだろ?」
「無論、我輩たちが手にすれば、ありとあらゆる富と栄光を独占できる世界も夢ではないナリ」
もしブルジョワルズが『マコトジュエル』の力で世界を改変させれば、全世界の市場基盤の均衡が瓦解し、彼らは巨万の富を得て豪遊三昧。一方で搾取される人々は貧困に
「世界を創り変えることには興味無いけれど、そんなにもすごい宝石なら是非とも私のコレクションに加えたいものだわ」
「もちろん、俺も乗っからせてもらうぜ」
「ある男の調査によれば、既に幾つか目星が付いているそうナリ。この世のすべてを我輩たちの手中に収める時が来たナリ」
三人は椅子から立ち上がると、各々の成功を祈願しグラスを掲げる。
「「「我等、ブルジョワルズに栄光を!」」」
* * *
気を失ってからどのくらい経つだろう。ゆめが目を覚ますと、固いコンクリートの道に倒れていたはずなのに何故か低反発で寝心地の良い場所で横になっていた。
きっと、あのまま昇天して雲のベッドに寝かされているに違いない。そう錯覚してもおかしくはない。
「あ、やっと気が付きましたわね」
向かい隣から鈴の音のような美声がし、視線をやると、緑の光沢を帯びた濡れ羽色のロングヘアに緑色のお洒落なワンピースを着た美少女が座っていた。
「あなた、どこかお怪我はしていませんの?」
優しく語り掛けてくる美少女が、ゆめには神々しく見えてならなかった。
「・・・ここは天国? あなたは天使?」
「本当に大丈夫ですの・・・?」
まだ混乱しているせいか、はたまた寝ぼけているのか、的外れなことを口走ってしまった。
徐々に意識がはっきりしてくるにつれて、ゆめは自分の状況を認識していく。
「・・・あれ、どこも何ともない?」
てっきり車に
ゆめは車の座席で眠っていたらしく、その車内は広めの空間で向かい側にも座席が設置してある独特な作り。ゆめが乗っているのは、十中八九リムジンである。
「良かった、大事が無さそうで何よりですわ。先ほど道路に飛び出してきたと思ったら突然倒れられたんですもの」
ゆめが無事であったことに美少女はホッと胸を撫で下ろした。
「挨拶が遅れましたわ。わたくし、
「わたしは蝶野ゆめって言います。こっちこそ、お礼がまだでした。助けてくれてありがとうございます」
ゆめととばり。数奇な出逢いを果たした二人の少女は、運命の歯車によって激動の未来へと流転していくこととなる訳だが、それはまだ後の話。
「そうだ、家に連絡しなきゃ。いきなりいなくなったからお母さんたち心配してるかも」
本人も理解の及ばない状況に陥っていることを思い出したゆめは、ショートパンツのポケットからスマホを取り出して悠月の携帯番号に発信する。しかし、
『お掛けになった電話は、電波が届かない場所にあるか、電源が入っていないため──』
どういう訳か、山間部にいるでも地下にいるでもないというのにスマホから不通の音声が流れるだけ。
不可解に思ったゆめが画面をよくよく覗くと、アンテナのバーが一本も立っておらず、圏外表示になっていた。
「ウソ、何で繋がらないの !?」
慌てふためくゆめ。そんな彼女の手に持っているスマホをとばりが不思議そうな表情で眺めていた。
「何ですの、その小さなテレビみたいなものは?」
「何って、スマホに決まってますけど?」
「スマ・・・ホ?」
とばりはこれまたキョトンとした顔をする。
「まさかスマホを知らないなんてことはないですよね? 携帯ですよ、携帯」
「携帯・・・。それはこれのことではありませんの?」
とばりがポーチから取り出したのは、折り畳み式のガラケー。しかも、シンプルな外装の初期型タイプであった。
「いやいや、2027年にそんな古いガラケーをまだ使ってる方が珍しいですよ」
「何を仰ってますの? 今年は1999年ですわよ?」
「またまた~、冗談はガラケーだけにしてくださいってば」
「冗談ではありませんわ。ほら」
とばりが次にバックから取り出した手帳のカレンダーのページを開いて見せた。彼女が指差すところには『1999年 4月2日』と表記されてある。
それを目にしたゆめの顔が真っ青になった。
「・・・せ、せ、せ、せんきゅうひゃくきゅうじゅうきゅうねーん !?」
ゆめの絶叫が幾分か広いはずの車内いっぱいに響き渡った。
「つまりわたしは今、1999年にタイムスリップしちゃったってこと !?」
信じ難い事態だが、これまでの経緯からすべてが現実であることを物語っている。
ゆめは現在、西暦1999年。旧号の平成11年の過去の世界に飛ばされたということになる。
「そうだ、ポシェタンとか言ってたあの妖精にお願いすれば。・・・って今いないんだった!」
頼みのポシェタンも不在で八方塞がりのゆめは髪をワシャワシャと搔いて嘆くしかできなかった。
「どういうことなのか存じ上げませんが、何かお困りのようですわね・・・」
尋常ではない取り乱し方をするゆめを不憫に思ったとばりが声を掛ける。
「わたくしにできることであれば、力をお貸ししますわ」
「・・・えっ?」
「我が家には、『東ニ困ッテイル人居レバ、行ッテ手ヲ差シノベ一善ノ施シヲ与エルベシ』という家訓がありますの」
「うーん、どこかで聞いたことがあるような・・・」
確か、国語の授業で習った著名な詩人が似たような詩を書いていた記憶が。
「お嬢様、お気持ちは分かりますが、式に遅れてしまいますぞ」
運転席から白い口髭を生やす如何にも執事といった風体の老爺・
「あぁ、そうでしたわ・・・。実はこれから知り合いの結婚式に出席しなければいけませんの」
「大事な用事があるんでしたら、別に無理してわたしに付き合わなくても」
「いいえ。ここで困っている人を見捨てては霧生家の名折れですわ!」
是が非でもゆめを助けるつもりでいるとばりはどこか頼もしさがあった。
「そうですわ! このままゆめさんもご出席なされれば良いんですわ」
「えぇ!? でもわたし、ぜんぜん関係ないですし、招待されてない人が急に来たって迷惑なだけなんじゃ・・・」
「ご心配には及びませんわ。本来なら父も出席するはずでしたけれども、生憎と急用が入って来られなくなってしまって。その代わりに、ゆめさんはわたくしの友人として出席するということであれば何の問題もありませんわ」
「それはちょっと強引過ぎ──」
「じいや、そのように取り計らって」
「
ゆめの意見を他所に話がどんどん即決していってしまい、断るに断れない状況へ展開していく。
「それと、ずっと裸足では歩き難いでしょうから、わたくしの靴を差し上げますわ」
指摘されるまで忘れていたが、今のゆめは部屋から出たままでソックスしか履いていなかった。
とばりは座席下の引き出しから相当上質な革を使ったピカピカの赤いローファーを取り出し、ゆめに差し入れた。
「こんなに良い靴、受け取れませんよ」
「貰ってくださいな。ここで巡り会えたのも何かの縁ですし、その記念として」
ついさっき会ったばかりのゆめに厚待遇の慈悲を向けてくれるとばりが本当に天使──否、女神のようであった。
こんなにも親切にしてくれる彼女の好意を
* * *
結婚式場に到着した一行。会場は飾り付けられ、準備が整っていた。
烏丸はリムジンを駐車場に停めに行き、ゆめととばりは受付へと向かう。
「ご招待に預かりました、霧生とばりですわ」
「これは霧生様、お待ちしておりました」
大人顔負けの丁寧な口調で受付のスタッフと話をするとばりの横でゆめは少し不安になっていた。
いくらとばりがお嬢様と言えど、新郎新婦ともまったく面識の無いゆめを友人と偽って会場に入れるのはやはり無理があるのではなかろうか。後ろめたさからゆめの心臓が鼓動を早く打ちだす。
「実は、父が急用で出席できなくなってしまいまして。代わりにわたくしの友人を連れて来たのですが構いませんこと?」
「はい、承りました。とばりお嬢様のご友人であれば大歓迎です」
ゆめの不安は杞憂に終わり、すんなり許諾が下りてしまった。これがお嬢様パワーというものなのか。
無事に会場入りできた二人。一安心したかに思えた時、エントランスに入って早々、時計の周りの植え込みの中を探るスーツ姿の女性が目に留まった。
「無い。どこにいったの !?」
察するに、ただならぬ様子であることは間違いなさそうだ。
「幸野さん、ありがとうございます」
声のした方を見上げると、純白のドレスを着た女性が降りてきた。
「「「花嫁さんだぁ!」」」
女の子なら誰もが憧れる、綺麗で真っ白なウェディングドレスを纏った花嫁に目を輝かせる少女三人の声が重なり──三人?
ゆめが振り向くと、二人組の少女たちがいつの間にか入り込んでおり、その内の一人であるあんなと視線がぶつかった。
(・・・あれ?)
(・・・この子)
((どこかで会ったような・・・?))
ゆめとあんなは、2027年のマコトミライタウンで会っているのだが、あの時二人は互いの顔を見ていなかったため、ある意味これが初対面となる。
奇妙な巡り合わせをしている側で、とばりが花嫁へ歩み寄っていく。
「まりさん。この度はご結婚、おめでとうございます」
「とばりさんも、今日は来てくれてありがとう」
どうやら、とばりは花嫁と知り合いのようで祝福の言葉を送った。
「ところで、慌てているようですけれど何かあったんですの?」
「実はトラブルがあって、まりさんが付けるはずだったティアラが無くなってしまったんです」
スーツの女性が申し訳なさそうに補足する。
「でも、もう諦めます。式に間に合いませんから・・・」
時計を見詰める花嫁。式が始まる時間が差し迫っているのだ。どうしたものかと一同が苦慮する中、あんなが前に出る。
「あの、困っていることがあるなら、お手伝いします!」
登場キャラクター②
霧生 とばり
イメージCV:雨宮天
1999年のまことみらい市に暮らす中学2年生の少女。14歳。
緑掛かった濡れ羽色のロングヘア。瞳の色はブルーグレー。一人称は「わたくし」、語尾に「~ですわ」を付けるなど典型的なお嬢様口調を話す。好物は抹茶ティラミス。
気品がありおしとやかな物腰。容姿端麗、文武両道と非の打ち所が無い立ち居振舞いをする。霧生財閥の令嬢であり、自宅は広大な敷地を有した邸宅を構える。幼い頃より不自由の無い生活を送っているものの、内心では退屈した日常に刺激を求めている。
烏丸
イメージCV:中博史
霧生家に遣える白い髭を生やした老爺の執事。とばりからは「じいや」と呼ばれている。