転生したら、超次元技が存在しない世界だった件!   作:スライみゅ

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プロローグ
第1話 転生!?


 

 

「無用の長物」という言葉がある。

 

 

あってもなくても大差なく、何ひとつ役に立たない代物。

 

この冷酷な四字熟語ほど、鏡に映る自分を的確に言い表している言葉はないと思う。

 

勉強も運動もてんでダメ。

ゲームをすれば無様に負け、友人と呼べる存在も片手で足りるほど。

 

何かに秀でた特技もなく、学校のヒエラルキーにおいて、僕は「校内一の劣等生」という不名誉なレッテルを首から下げて生きていた。

 

現に今も──

 

葦考(あしたか)、パス行ったぞ!」

「ぶべっ!」

 

不意に投げかけられた声に反応すらできず、硬い球体が顔面にめり込む。

鼻の奥が焼けるように熱くなり、ツンとした刺激と共に視界が白く滲んだ。

 

まただ。

また、不必要な迷惑を積み上げ、チームという和を乱してしまった。

 

「おいおい、またかよ……」

「いい加減にしろよな、葦考!」

 

高い天井に反響する、クラスメイトたちの乾いた呆れ声。

その一音一音が、冷たい雨のように僕の心に染み込んで、体温を奪っていく。

 

「ご、ごめん……」

 

喉の奥から絞り出したのは、自分でも嫌気がさすほど細く、頼りない声。

体育の授業のバスケットボールでは、僕はただの「お荷物」でしかなかった。

パスは捕れず、顔面にぶつけては相手にボールを献上する。自分でも、これほど「運動音痴」という概念を煮詰めたような人間はいないと思う。

 

「やっぱ葦考と同じチームはハズレだな」

「入学以来ずっと赤点。スポーツもこいつがいるチームは全敗だもんな〜」

「やっぱり、葦考はダメダメな『ダメ葦』だな!」

 

──ダメ葦。

 

その蔑称が耳に届くたび、心という器が薄く、脆く削り取られていく感覚があった。

最初は悔しかった。

言い返したくて、指が食い込むほど拳を握りしめた夜もあった。

けれど、降り積もる失敗がその熱を奪い、今はもう、何も感じないフリをする(すべ)だけを覚えた。

 

そんな僕のつまらなく、ぼんやりとした、灰色一色の人生は──

交通事故という唐突で、あまりにもあっけない衝撃によって、幕を下ろした。

 

✤✤✤

 

 「……んんっ」

 

意識の輪郭が戻ったとき、僕は見渡す限りの「白」の中に立っていた。

足元は雲のように柔らかく、けれど踏みしめれば確かな反発がある。

空も地面もなく、境界が溶け合った、不気味なほどに純粋な場所。

 

僕は、たぶん死んだ......筈。

確か、あの瞬間(とき)──

雨の音をかき消す、大型トラックのヘッドライトが僕の視界を塗り潰して......

 

混乱する僕の前に、突如として空間がひび割れる。

そこから一人の禿げた老人が滑り込むように現れ、見事な勢いで地面に額を擦りつけた。

 

「申し訳ございませんでしたぁぁああ! 手違いで貴方を殺してしまいましたぁぁあああ!!!」

「……え?」

 

思考が停止する。

目の前の老人が発した言葉を要約すると、僕は単なる神様の「事務ミス」によって、17歳という若さで死んでしまったとのことだった。

 

「まだ寿命が67年も残ってたのに……間違って()してしまって……」

 

67年。

 その数字が、僕の空っぽの頭の中で激しく反響を始めた。

 

享年17。

本来なら84歳まで生きられた。

まだ半世紀以上の「時間」が残されていたはずだった。

誰かと出会い、何かに情熱を傾け、畳の上で穏やかに最期を迎えたかもしれない可能性があった。

 

 17年間、僕の人生は空っぽだった。

 何をやっても上手くいかず、誰からも必要とされず、「ダメ葦」と笑われるだけの灰色の記録しかない。

 けど、すべてを奪われた今、猛烈な後悔が喉元までせり上がってくる。

 

(僕は……本気で何かに打ち込んだことが、一度でもあっただろうか)

 

 脳裏をよぎるのは、卑屈に逃げ続けた記憶の断片だ。

 苦手なことには「才能がない」と真っ先に境界線を引き、安全な殻の中に引きこもっていた。

本当は、ただ傷つくことから逃げていただけではないのか。

 腹の底で、ドロリとした黒い熱が燻り始める。

それは、無気力だった自分への「怒り」だった。

 

「責任を取り、葦考殿を転生の手配をさせて頂きます!」

 

神は慌てて懐から近未来的なタブレットを取り出した。

 

「元の世界には規約上戻せませんが、代わりにお好きな世界へお送りしますですじゃ。

剣と魔法のファンタジー、近未来、なんならアニメの世界でも何でもOKですぞ!!」

 

「アニメの世界……そんなこと、本当にできるの!?」

 

怒りの炎が、一瞬にして青い期待へと色を変えた。

 

「可能ですじゃ。この世には人々の『想い』が結晶となり、創り出された世界が無数にあるのですじゃ。あんなキャラになりたい、あの世界に行きたい……その強い願いが、物語を現実として具現化させ、似た世界を作るのですじゃ!」

 

僕は目を瞑り、脳内の暗闇に理想を描いた。

自分の好きな世界は何か、行きたい世界は何か考える。

 

「どんな世界でもバッチコイですぞ! 王道少年漫画か、それとも甘々なラブコメですかな?」

 

鼻息を荒くする神を余所に、僕は必死に行きたい世界を探した。

けれど、どうしても望んだ世界で「活躍する自分の姿」が想像できない。

強くなって、仲間に囲まれて笑う自分。

そんな光景が、あまりにも自分の本質から遠すぎて。

 

「あはは……結局、僕は死んでもダメなんだな。自分のことさえ、決められない」

 

自嘲気味に呟いた瞬間、胸の奥が鉛のように重くなった。

またと無いチャンスを前にしても、決断出来ない自分を悔いた。

 

「あ、葦考殿! もし行きたい世界がないのであれば......ぜひこの世界を検討してくださらんか!」

 

神様が差し出した画面には、泥にまみれながらボールを追いかける少年たちの姿があった。

 

「これって、サッカー……?」

「その通り! 儂が最近ドはまりしておる『イナズマイレブン』というアニメですじゃ! 中学生の主人公が弱小サッカー部を率いて全国一を目指す、超絶熱い物語!」

 

一見、どこにでもあるスポーツアニメに見えた。

けれど次の瞬間、画面の中で少年が炎を纏ったシュートを放ち、地を割るようなディフェンスが炸裂した。

 

「……何これ??」

「ホホホッ、これが『超次元サッカー』ですじゃ! 火を噴くシュート、分身するドリブル、気合で巨大な手を作り出すキーパー! これこそが漢のロマン!」

 

超次元サッカー。

 

その響きが、僕の鼓動を強く叩いた。

現実のサッカーでは、僕は「ハズレな存在」でしかなかった。

でも、この世界でなら、

僕の知る常識が通用しないこの世界でなら、僕は「ダメ葦」という呪縛から抜け出せるかもしれない。

 

「……行かせてください。その世界に」

「承知!」

 

 その言葉を聞いた神は目を輝かせ、足元に眩い黄金の魔法陣が展開される。

 視界が白く染まっていく。期待と、それ以上の不安。

 けれど、今度は逃げない。

 その決意だけを抱いて、僕は「超次元」の光の中に身を投げ出した。

 

✤✤✤

 

「葦考くん、お誕生日おめでとう!」

 

鼻腔をくすぐるバニラの甘い香りと、母であろう女性の柔らかな声で、僕の意識が浮上する。

 視界が開けると、そこには5本のロウソクが頼りなく揺れる小さなケーキがあった。

どうやら僕の5歳の誕生日を祝っていたようだ。

 

 

僕は自分の小さくなった手足、甲高い声を確認して、間違いなく転生したことを確信する。

けれど、意識だけは17歳のままだ。

 

「さあ、今日はワールドカップ予選だ。一緒に見るか、葦考?」

 

父が微笑みながらテレビのスイッチを入れた。

胸の奥で、期待がドクドクと波打っているのを感じる。

 

(来るか? いきなり来るのか?

あの炎を纏ったスーパーシュート的なやつが!)

 

画面には、青々としたピッチを走る22人の選手。

 試合開始のホイッスルが響く。

そして――

 選手たちは、あまりにも普通に走り、普通にパスを繋いでいた。

 

(……え?)

 

 炎は? 雷は? 分身は?

 ハーフタイムを過ぎても、試合終了間際になっても、そこに映し出されているのは泥臭くボールを追いかけ、競り合う「あまりにも普通のサッカー」だけだった。

 

技名を叫ぶ者もいなければ、超次元を感じさせるプレーもない。

 じっとりと嫌な汗が、5歳の背中を伝う。

 結局、試合は0-1で日本が敗れた。残酷な終了のホイッスルが、僕の淡い希望を切り裂いた。

 

「……ねぇ、お父さん。サッカーって、炎が出たりしないの?」

「ははは、葦考はアニメの見すぎだよ。サッカーはそういう魔法みたいなものじゃないよ」

 

じゃあ、ここは『イナズマイレブン』の世界じゃないのか?

混乱する僕の耳に、祖父の呟きが届いた。

 

「残念だったねぇ。円堂大介がいた頃とは大違いだわい」

 

【円堂大介】

その名前を聞いた瞬間、心臓が跳ねた。

神様が「最推し」だと言っていた、伝説のキーパーで、イナズマイレブン主人公の祖父の名前。

 

「ええ、あの人の『ゴッドハンド』はまさに守護神の象徴でしたね」

「ゴッドハンド!? それって、必殺技!?」

 

僕が身を乗り出すと、父は苦笑して言った。

 

「いや、彼の圧倒的なセービング能力についた『愛称』だよ。まるで神の手を持っているかのように、どんなシュートも止めてしまうからね」

 

 ――奈落の底に突き落とされる、とはこのことだ。

 この後、父が語った言葉で、僕の中ですべてパズルが完成してしまった。

 

「円堂大介さんは凄かったんだぞ。

選手としてだけじゃなく、監督としてもね。

今から30年くらい前に高校で監督をしていたんだけど、そのチームは無敗を誇ったんだ。みんな、そんな彼らをこう呼んだよ。……『イナズマイレブン』とね」

 

父のその言葉で確信した。

間違いない。ここは『イナズマイレブン』の世界だ。

 けれど、あの神様の言葉が、呪いのように脳裏をよぎる。

 

『物語を現実として具現化させ、"似た"世界を作るのですじゃ』

 

そう、「似た」世界。

 つまり、この世界は――必殺技が存在するファンタジーの世界などではない。

 「イナズマイレブン」という物語の構造を持ちながら、中身は残酷なほどに「リアル」が支配する世界。

 

炎も雷も、魔法のような奇跡もない。

あるのは、血の滲むような努力と、残酷な才能の差が支配する現実的なサッカーだけ。

前世のサッカーと何一つ変わらない。

 

こんなの……話が違うよ……

 

 5歳の小さな喉が震える。

 超次元の力で、今度こそ自分を変えられる。そんな甘い毒を飲まされただけだった。

 僕はまた、第2の人生でも、「お荷物」として生きていくのか。

 

詐欺じゃん……っ

 

 17歳の魂がいくら冷静になろうとしても、子供の体は感情の爆発を抑えきれない。

 溢れる涙を汚れた拳で拭いながら、僕は届くはずのない恨み節を、虚空に向かって吐き捨てた。

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