転生したら、超次元技が存在しない世界だった件!   作:スライみゅ

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第13話 反撃、豪炎寺のオーバーヘッドキック!!

 

 

「......この試合は──」

 

僕の喉の奥から絞り出されたのは、砂利を噛み砕くような、掠れた残響だった。

裂けた唇からは鉄錆の味が絶え間なく溢れ、傷口を洗う汗が、剥き出しの神経を逆撫でするように刺す。

 

身体はとっくに限界の境界線を踏み越え、一歩ごとに筋肉が断裂の悲鳴を上げ、関節が軋みを上げていた。

 

「──お前たち帝国が思ってる以上に……僕たちにとって、大事な試合なんだ……っ!」

 

 泥を噛んだ拳を、爪が掌を突き破らんばかりに強く握りしめる。

脳裏に明滅するのは、狂気にも似た情熱で部員をかき集めていた円堂の背中だ。

 

放課後の静寂の中、たった一人でボロボロのグローブを嵌め、いつか雷門サッカー部として、FF(フットボールフロンティア)に出場すること、優勝することを信じてサッカーに打ち込んでいた、あの愚直なまでに純粋な姿。

 

「ここで諦めたら……円堂が積み上げてきた全部が、無駄になっちゃうんだっ!!」

 

「葦考……っ」

 

魂を削り出すような僕の咆哮は、背後で膝をつく円堂の胸を、確かに鋭く貫いた。

 

「……フンッ」

 

帝国学園の司令塔、鬼道有人が冷ややかに鼻を鳴らす。ゴーグルの奥に潜む眼光は、一切の情を排した絶対零度の冷徹さを湛えていた。

 

「威勢だけは認めてやろう。だが、その青臭い戯言が、俺達の前では無意味であることを……その身を持って知るがいい!」

 

鬼道の右足が、無慈悲に振り抜かれた。

 

――ドゴォォォンッ!!

 

放たれた一撃は、空気を物理的に圧縮し、目に見えるほどのどす黒い衝撃波を伴って僕を襲った。

迎え撃とうと右足を振りかぶるが、極度の疲労で膝は笑い、太ももは鉛のように固まって動かない。

 

(足が……上がらない……!)

 

ならば、と。

刹那の判断。

僕は思考を捨て、その身を弾丸(シュート)の軌道へと投げ出した。

 

顔面でも、体でもいい。

ただの肉の壁となって、この暴力的なシュートを止める。

 

──ドゴン!!

 

僕は、額から鬼道のシュートに突っ込んだ。

頭蓋骨が軋む凄まじい衝撃に脳が激しく揺れ、視界から一切の色彩が剥がれ落ちる。

全身の筋肉を強張らせ、理性を超えた本能の意志だけで、一瞬だけ、確かに拮抗した。

 

【挿絵表示】

 

だが――。

圧倒的な力の前に、僕の身体は鉄塊に撥ねられたかのように宙を舞い、背後の円堂を巻き込んでゴールネットへと無惨に叩きつけられた。

 

「ぐ、あ……っ」

 

鉄柱が悲鳴を上げ、ネットが激しく波打つ。

 

『ああっと……! 司場、一瞬ヘディングで拮抗したかに見えたが──シュートの威力に負けてしまった! 帝国、これで19点目!!』

 

【19 - 0】。

 

✤✤✤

 

「……司場葦考(雷門の12番)

 

鬼道の声が、凍てつく刃のように響く。

地面に伏せる僕を見下ろすその視線は、もはや人間を相手にしているものではなかった。

 

「教えてやろう。負け犬がどれほど吠えようと、敗北(結果)というものは覆らない。強者に踏み潰されるのが、お前たち無力な者の運命だ」

 

高らかな笑い声がグラウンドを切り裂き、帝国の選手たちがそれに追従する。

嘲笑の礫が、折れかけた雷門の心に追い打ちをかけてきた。

 

「黙れ!!」

 

地平を揺るがすような、大地から響く咆哮。

円堂が、全身から凄まじい覇気を立ち昇らせ、真っ直ぐに鬼道を射抜いた。

 

その瞬間、絶対的な余裕を見せていた鬼道の肩が、ピクリと跳ねる。

 

(なんだ……この(プレッシャー)は……っ!?)

 

動揺したように、鬼道の体が勝手に一歩、後ずさったのだ。

 

円堂は土まみれの僕に力強く肩を貸し、しっかりと支え上げてくれた。

 

「葦考――お前の気持ち、胸の奥まで響いたぞ」

 

そう言って、円堂は両手のグローブをギュッと握り直す。

度重なる摩擦で擦り切れ、縫い目が裂け、ボロボロになった彼の相棒。

 

「このゴールは――絶対、守ってみせる!」

 

「......フッ、一度として守れていないがな」

 

嘲笑う鬼道に対し、円堂はパンッ、パンッ、と手を叩き、音を立てて自分を鼓舞した。

その音は、静まり返ったピッチに反撃の予兆を告げる。

 

「まだ、たったの19点だ! 来いよ、帝国学園ッッ!!」

 

 

✤✤✤

 

 

『ああっと……雷門のキックオフだが、目金以外――誰も立ち上がれない!』

 

角間の悲痛な叫びが、砂埃の舞うグラウンドに虚しく響き渡る。

 

僕の視界の端。

ピッチには、力尽きた雷門の仲間たちが、ピクリとも動けずに地面に倒れ伏していた。

唯一立ち尽くしている目金は、遠目からでも分かるほど、全身をガタガタと激しく震えさせていた。

 

「……い、嫌だ。こんなの、もう……嫌だぁぁぁぁ!!」

 

それは、心が根元から砕け散る音だった。

目金は顔を鼻水と涙でぐちゃぐちゃにしてピッチを逃げ出し、まるで自分はもう関係ないとでも言うように、エースナンバー「10」のユニフォームを脱ぎ捨てた。

 

『なんと! 雷門の背番号10を脱ぎ捨て、目金が試合放棄! 雷門は10人になってしまったぁぁあああっ!!』

 

「……」

 

グラウンドの端、木の陰。

逃げ出した目金くんが投げ捨てた泥だらけのユニフォームを、無言で見つめる男――豪炎寺くんの姿が、倒れ伏す僕の目に映った。

 

 その瞳の奥には、燻り続ける炎のような情念と、目に見えない鎖に縛られた激しい葛藤が渦巻いているように見えた。

 

✤✤✤

 

「無様だな」

 

鬼道の冷徹な嘲笑が、熱を帯びた砂埃とともにピッチへ染み込んでいく。

だが、その冷たい言葉を遮るように、円堂の掠れた、けれど力強い声が響いた。

 

「まだだ! まだ……終わってねぇぞっっ!!」

 

再び、泥まみれで立ち上がる円堂。

特別なオーラがあるわけではない。

ただ、その瞳に宿った「絶対に折れない」という常軌を逸した執念だけが、絶対的な強者である鬼道を、そして離れて見ていた豪炎寺を、無意識のうちに圧倒し、息を呑ませていた。

 

✤✤✤

 

 【20 - 0】。

 

得点板に刻まれたその数字は、もはや単純なスコアではない。

僕たち雷門イレブンに突きつけられた、残酷な死刑宣告だった。

 

風が巻き上げる砂埃が、絶望に沈むグラウンドを無慈悲に撫でていく。

胸に溜まるのは土の匂いと、拭い去れない圧倒的な敗北感。

 

その絶望の極致に、ふと、静寂を切り裂いて「異質な足音」が響いた。

 

「お、おい、誰だあいつ?」

 

「あんなヤツ、ウチのチームに居たか……?」

 

ピッチの外、呆然と立ち尽くして観戦していた生徒たちの間に、さざ波のような動揺が広がる。

 

全員の視線が、まるで磁石に引かれるように一点に吸い寄せられた。

そこには、泥にまみれた僕たちとは対照的な、静謐(せいひつ)ながらも研ぎ澄まされた刃のような存在感を放つ一人の男が歩みを進めていた。

 

『おや、彼はもしや……昨年のFF(フットボールフロンティア)で、一年生ながらに強烈なシュートで一躍ヒーローとなった、豪炎寺修也!!

その豪炎寺君が、雷門のユニフォームを着て現れましたぁぁあああっ!!』

 

角間くんの実況が、張り詰めたグラウンドの空気をビリビリと震わせる。

 

(豪炎寺くん……。ずっと見てたのは知っていたけど、まさか来てくれるなんて……)

 

目金くんが脱ぎ捨て、土に汚れたはずの10番のユニフォーム。

それに何食わぬ顔で袖を通し、勇ましい表情でグラウンドの中心に立つその姿に、僕は思わず息を呑んだ。

 

グラウンドのセンターサークルで、無言で睨み合う豪炎寺くんと鬼道(帝国10番)

その一触即発の空気を裂いて、顧問の冬海先生が駆け寄る。

 

「ちょっ、待ちなさい! 君はうちの部員では――」

 

「──いいですよ、俺たちは」

 

鬼道の声が、冬海の制止をすっぱりと遮った。

 

「そ、それでは、帝国学園が承認したため! 選手交代を認める!」

 

冬海の動揺など、鬼道にとっては路傍の石にも等しい。

 

鬼道(帝国10番)不敵な笑みを浮かべる。

ゴーグルの奥の瞳が、獲物を捉えた猛禽類のように鋭く光る。

彼のその表情を見た瞬間、僕の脳裏に激しい電流が走った。

 

(そうか……! 帝国の狙いは、最初から豪炎寺くん()だったんだ……っ!)

 

わざわざ雷門という弱小校を練習試合に指名し、容赦ない蹂躙を執拗に繰り返した理由。

それは、豪炎寺くんという眠れる獅子を、無理やりこの試合(フィールド)に引きずり出すためだったんだ。

 

✤✤✤

 

「豪炎寺!やっぱり来てくれたか!!……おわっ」

 

「おい、大丈夫か?」

 

膝を折りかけた円堂を、豪炎寺くんは力強い手で支える。

 

「へへっ……遅すぎるぜ、お前」

 

円堂が不敵に笑う。

それを受けた豪炎寺も、微かに、口角を上げた。

豪炎寺くんの立ち姿には、これまでグラウンドを支配していた重苦しい空気を、一瞬で払い除ける圧倒的な強者の余裕があった。

 

「かっけぇー……」

 

葦考は、ボソリと独り言を漏らした。

 

自分がどれだけ頑張っても変えられなかった思い空気を、彼はその存在感だけで、希望へと変えてしまった。

 

どれだけ頑張っても、たとえ逆立ちしても、絶対にあんな存在にはなれない。

僕はいつの間にか、その『10番』の背中に、強烈な羨望の眼差しを向けていた。

 

『さぁ雷門は目金に変わって、新たな10番・豪炎寺が登場です!!』

 

✤✤✤

 

ピーッ!

 

豪炎寺くんの登場により、グラウンドの空気は一気に沸騰した。

 

僕から染岡、宍戸くんとボールを繋ぐが、辺見(帝国6番)のスライディングタックルによりあっさりとボールを奪われ、一転して窮地に陥る。

 

ボールは辺見から鬼道へ。

そして鬼道の足元から放たれたボールは、精密機械が描くような芸術的な放物線を描き、最前線の佐久間へと吸い込まれた。

 

佐久間が跳躍し、そのままダイレクトシュートを放つ。

それは、これまでのシュートが児戯に思えるほど、鋭く、重い殺意を秘めていた。

 

「よし!」

 

シュートが放たれたと同時に豪炎寺は右サイドを駆け上がる。

 

『走ったぁ! 何故か豪炎寺、1人帝国ゴールに上がっていく!

目金と同じ敵前逃亡かぁぁあああ??』

 

円堂のフォローをしようとゴール前に走る雷門イレブンとは違う行動に、雷門と帝国の選手達は豪炎寺に疑問符を浮かべる。

 

誰もが豪炎寺の行動を理解できていなかった。それでも豪炎寺が射抜いているのは、遥か彼方の帝国ゴール一点のみ。

 

鬼道や影山でさえその真意を掴みかねる中、ゴール前に孤立した円堂だけは、その狙いを正しく受け止めていた。

 

(あいつ、オレを信じてるんだ。俺が絶対に止めて、パスが来ると信じて、走っているんだ!!)

 

そんな声なき信頼が、離れた二人の間に確かに通じ合っているのが分かる。

 

迫り来る佐久間のシュート。

円堂はその威力が今までのものとは「格別」であることを肌で感じながらも、全身の筋肉を爆発させ、「はあああああ!!」と魂を振り絞る咆哮を上げた。

 

「なに......あれ......?」

 

僕の目に、信じられない光景が映った。

円堂の体から、山吹色の、まるで陽炎のようなオーラ? が揺らいで見えたからだ。

空間が歪み、熱波がこちらまで届くような、鮮烈な幻覚。

 

(……ああ、分かった。さっき鬼道(帝国10番)のシュートを顔面で受けたからだ、これ。いよいよ僕の頭のネジが外れたんだなぁー……あはは......)

 

円堂の発するオーラ的なものはただの幻覚であると無理やり決め込む。

現実逃避でそんなことを考えていると、雷門ゴールから凄まじい雄叫びが聞こえた。

 

「負けるかぁぁあああっっ!!」

 

「なんだと!?」

 

「っ!?」

 

鬼道と佐久間が驚愕に目を見開く。

 

円堂は、ジリジリと地面を削りながら、ゴールライン寸前で踏みとどまる。

そして帝国の一撃を、文字通り「根性」の一文字で受け止めてみせた。

 

「やった……止めたぞぉぉおおお!!」

 

『止めたぁ!円堂が遂に、帝国のシュートをガッチリと受け止めたぁぁあああ!!!』

 

「よーし! 反撃開始だ──っ!」

 

即座に前線へロングスローを狙う円堂。

だが、鬼道の指示で成神と咲山の2人が、まるで磁石のように豪炎寺に張り付く(マークする)

 

「なっ、豪炎寺のマークに2人!?」

 

「何がなんでも豪炎寺にボールを渡さない気か!!」

 

最強のカードを封じられ、一瞬思考が凍り付く雷門イレブン。

だが、その沈黙を切り裂いたのは、誰よりも泥にまみれた背番号12──僕の声だった。

 

「こっちだ円堂!」

 

僕だった。

自分でも驚くほど鋭く、確信に満ちた声が出た。僕は、帝国の守備網が豪炎寺くんに引き寄せられたことで生まれた「隙間」――完全にフリーになれる空白の地帯に、独り立っていたのだ。

 

「──っ! 行け、葦考!!」

 

円堂は迷わず大きく振りかぶった。放たれたロングスローが空を裂く。

僕は不器用ながらも、最大限の丁寧さでその重いボールを足元に収めた。

 

✤✤✤

 

染岡side

 

 

「染岡!! 近くにいて欲しいんだ!

左サイドから、何とかして突き崩そう!」

 

「お、おう……!」

 

走り出した司場の後を追うように、俺は地を蹴った。

アタッキングサードに残っている帝国選手は5人。

そのうち二人は豪炎寺に釘付けだった。

 

俺と司場はワンツーで辺見(帝国6番)を躱そうとする。

だが辺見は即座に並走し、余裕の嘲笑を浮かべていた。

 

「くっ……」

 

必死にボールをキープしながら、泥臭く前進する司場。

 

「司場……」

 

俺は、その目の前を駆ける司場の背中から、目を離すことができなかった。

 

司場葦考――去年サッカーを始めたばかりの、技術も体力もこのチームで一番下の「素人」のはずの男。

ビビりで、いつも同級生に掃除を押し付けられているような、ひ弱な印象しかなかったアイツ。

 

だが、今俺の目に映る司場の背中は土埃にまみれ、あちこち傷だらけだった。

今にも倒れそうな程痛々しいその背中が眩しくて、カッコよく見えて仕方がなかった。

 

司場(アイツ)の背中を見てると、勇気を貰える。……自分の尻に火を点けられちまう)

 

俺の胸の奥で、燻っていた情熱が激しく燃え上がる。

 

「素人のアイツがあんなに戦ってんのに、俺がボサッとしててたまるかよ!」

 

俺の中に、自分への怒りにも似た闘志が湧き上がった。

だが、その熱い闘志をグッと抑え、俺は思考を回した。

 

(俺は、どうすりゃいい……? 司場、お前は俺に何を求めてる?)

 

答えを求めて、俺は必死に司場の後ろを走り続ける。

その時だった。

 

司場の手が、辺見から見えないように、俺にだけ分かる絶妙な角度で「先」を指し示した。

 

(――あそこか!!)

 

言葉はいらなかった。

俺は、司場が指し示した場所(エリア)へと、全速力で地を蹴った。

 

 

染岡side out

 

✤✤✤

 

「はぁ……はぁ……はぁ……っ!」

 

僕の肺は、まるで灼熱の石を飲み込んだかのように熱かった。

視界は明滅し、チカチカと不規則な火花が散る。極限を超えた肉体が上げる、悲鳴に似たエラー音だ。

 

(円堂からボールを貰ったはいいけど……どうしよう!? 策があるわけじゃないのに、なんで僕がボールを呼んじゃったんだよ、バカバカバカ!! 染岡に近くにいてくれとは言ったけど、この先、何ができるっていうんだ!?)

 

内なるパニックが脳内を駆け巡る。

相手は全国トップの選手たちだ。

時間をかければ、戻ってきた守備陣に一瞬で奪い取られる。かと言って、この辺見(6番)をドリブルで抜くのは不可能(技術的に......)。

 

なんとか染岡とのワンツーで辺見を剥がそうとするけど、身体能力の差ですぐに追いつかれる。

 

(考えろ、無い頭でも考えろ! どうすれば、この千載一遇のチャンスを活かせる……!?)

 

ボールを必死にキープしながら、「1点を取る道筋」を探そうと縋るような思いで周囲を見渡した(・・・・・・・)

その瞬間――脳内に電流が走り、全身の毛が逆立つような異質な感覚が支配した。

 

 

(なんだろう......変な感覚だ......)

 

 

これまで「平面」にしか見えなかったピッチが、不意に立体的な「霞がかった絵」となって敵と味方の位置が脳裏に映し出される。

それはまるで、空を飛ぶ鳥が上から自分たちを覗き込んでいるような、気味の悪いほどの俯瞰図だった。

 

 

(ハッ!もしかして、ココに僕が行って、染岡にココに居て貰えれば......)

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

理屈じゃない。サッカーを始めて間もない彼に、高度な戦術眼などあるはずがないのだ。

けれど、本能が叫んでいた。

パズルのピースが吸い寄せられるように、最強の要塞を「詰み」へ持っていく策が、頭に浮かんだ。

 

(……やるしかないっ!)

 

僕は辺見に悟られぬよう、さりげなく右手の指先だけで 《ゴール前にいてくれ》と染岡へ意思を託す。

 

一瞬だけ横目で染岡のいる方を見ると、迷いなく指示した先(ゴール前)に向かって走っているのを確認した。

 

(よかった……伝わった……!)

 

僕はあえて、左サイドのタッチライン際──ゴールから離れる位置へとドリブルする。

 

案の定、獲物を追い詰めたと確信した右CB万丈が、辺見と連携して挟み撃ちに迫る。

ゴールから遠ざかり、逃げ場を失う素人の無策な奇行――帝国側にはそう映っただろう。

だが、その奇行こそが決定的な陥穽(わな)だった。

 

葦考が左サイドへ流れたことで、もう一人の左CB大野が連鎖的に釣られ、中央のバイタルエリアにぽっかりと「穴」が空いたのだ。

 

「大野、何をしてる、戻れ! あそこのスペースが――」

 

危機を察知した鬼道が警告しようとするも、遅すぎた。

 

(今だ!)

 

僕は辺見(6番)万丈(2番)の二人に挟まれ、視界を塞がれる寸前、

ライン際ギリギリ、腰を鋭く捻ってクロスを放った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「(このボールに合わせて、中央へ──)詰めろぉぉおおお!!」

 

僕の喉から絞り出されたのは、叫びというよりは「祈り」だった。

 

葦考のクロスボールに反応したのは、染岡だった。

葦考が守備三人を引きつけ、身を削ってこじ開けた「空白」。

そこには、帝国の鉄壁ですら予想だにしなかった一筋の希望が通っていた。

 

「ハハッ、恐れ入るぜ! 司場の野郎、この状況をたった一人で作りやがった!」

 

絶好のボール。染岡が歓喜とともにヘディングを仕掛けようと跳躍した、その刹那だった。

驚異的な反応速度で戻ってきたCB大野が、空中で染岡の視界を遮る。

 

完全に虚を突かれてなお、純粋な身体能力だけで追いついてくる王者の凄み。二人の身体が空中で激しくぶつかり合い、競り合いとなろうとしたその瞬間――

 

「なっ!?」

 

「ホップしやがった!?」

 

染岡と大野の頭上で、ボールが意志を持つかのように急上昇したのだ。

 

誰もが「パスミス」だと確信し、一瞬だけ視線が宙を泳いだ。

だが、その放物線の終着点を見据えていた男が一人だけいた。

 

右サイドから烈火のごとき速さで、成神と咲山を置き去りにして駆ける影――豪炎寺修也。

 

彼は迷いなくボールの真下へと滑り込むと、重力を否定するように高く、高く跳躍した。

時間が止まる。

西日に照らされた豪炎寺の身体が、鮮やかに、そして残酷なほど美しく宙で反転する。

 

誰もが口を開けて見上げる中、彼は独り、地上4〜5メートルというボールの最高到達点へ。

上空のボールを、全てを乗せたオーバーヘッドキックが捉えた。

 

「はぁぁああああ!!」

 

ドゴォォォォン!!

 

空気を引き裂く爆鳴。

豪炎寺のシュートは、帝国の守護神・源田の指先を嘲笑い、網を千切り捨てるほどの勢いでネットに突き刺さった。

 

『ゴォォォォォール!! ついに、ついに雷門イレブンが、帝国学園から1点をもぎ取ったぁぁぁ!!』

 

地鳴りのような角間の絶叫。

誇り高き絶対王者の牙城が、名もなき選手たちの執念に屈した瞬間だった。

 

「くっ……」

 

源田が苦々しく唇を噛む。その顔のペイントが悔しさで歪み、初めてゴールを許した己を責めるように拳を地面に叩きつけていた。

 

「これでいい。俺たちの任務は完了だ」

 

鬼道は無表情にゴールまで歩み寄り、源田へ静かに、諭すように声をかけた。

 

 

✤✤✤

 

 

ピッ、ピッ、ピーッ!!

 

「たった今、帝国学園側から試合放棄の申し出があった為、ゲームセット!!」

 

審判の冷徹な宣言に、角間の昂った実況が重なり合う。

 

『帝国が試合を放棄! これは実質、雷門の歴史的勝利です!!』

 

帝国イレブンは、一言の弁明も、一度の振り返りもなく黒塗りの装甲車へと消えていく。

激しい砂埃を上げ、重低音を響かせるエンジン音が、遠く、遠く遠ざかっていった。

 

「僕たち……やったんだ……」

 

僕は、糸が切れたようにピッチへ大の字に仰向けになった。

 

見上げた空は、どこまでも青く、深く、そして不気味なほど透き通っている。

激闘を終えたグラウンドを、静かな夕風が撫でていく。

 

溢れ出した涙が泥だらけの頬を伝い、身体の芯から、震えるような達成感がこみ上げてきた。

今まで生きてきて一度も感じたことのない、言葉では到底言い表せない熱い何かが、全身を優しく包み込む。

 

(帝国から……一点、取ったんだ……!)

 

そこには、疲れ果て、ボロボロになりながらも笑い、喜びを叫び続ける雷門イレブンの姿があった。

 

✤✤✤

 

嵐が過ぎ去ったあとのような、異様な静寂。

狂騒の中心だった観客も、圧倒的な暴力の権化だった帝国学園も去ったグラウンドの中央。

そこには、全身を泥と擦り傷でボロボロにしながらも、憑き物が落ちたような晴れやかな表情を浮かべる雷門イレブンが立っていた。

 

「よく来てくれたなぁ。これで、新生雷門サッカー部の誕生だ!」

 

円堂は、摩擦で焦げ、縫い目が裂けたグローブを外し、土に汚れた右手を真っ直ぐに差し出した。

その掌は、先ほど帝国の必殺シュートをねじ伏せた熱で、まだかすかに赤く腫れ上がっている。

 

「これからも一緒にやっていこうぜ、豪炎寺!」

 

だが──

 

「……今回限りだ」

 

豪炎寺くんの声は、茜色に染まるグラウンドの熱気すら凍らせるほど冷淡だった。

 

彼はその場で、目金くんが放り出し、自ら拾い上げて背負った『10番』のユニフォームを脱ぐ。

そして、それを円堂の胸へと無造作に押し付けると、差し出された右手には応じず、一度も振り返ることなく歩き出した。

 

「あ、豪炎寺! ありがとな! ありがとうー!」

 

遠ざかる背中へ向けられた円堂の叫び。

僕は、引き千切れそうな筋肉の痛みに耐えながら、隣に立つキャプテンに問いかけた。

 

「止めないんだね、円堂。あんなに執拗く勧誘してたのに」

 

あれほど渇望した、豪炎寺くん。

それが今、指の間を零れ落ちるように去っていく。

だが、円堂は寂しそうな顔どころか、不敵なほど晴れやかな笑みを浮かべていた。

 

「いいんだよ! アイツは――豪炎寺は絶対にサッカー部に入ってくれる、そんな気がするんだ!」

 

根拠なんて何一つない。ただの願望だ。

それなのに、円堂のその言葉は、いつか必ず『真実』を引き連れてくる。

僕は不思議と、それを微塵も疑うことができなかった。

 

この破天荒なキャプテンが「そうなる」と笑うなら、世界はその通りに回っていくのだと――僕の本能が、そう確信してしまっていたからだ。

 

「さぁみんな! 見ろよ、あの一点を!」

 

円堂が、泥だらけの指で得点板をビシッと指差す。

そこには、帝国から容赦なく刻み込まれた無慈悲な【20】という数字。

けれどその隣には、僕たちが決死の思いでこじ開けた、ちっぽけで、けれど何よりも誇り高く輝く【1】という数字が並んでいた。

 

「この一点が、俺たち雷門サッカー部の『始まり』だ!!」

 

『おぉぉぉーーー!!』

 

夕日に照らされた雷門の咆哮が、どこまでも高く、茜色の空を突き抜けていった。

 

イナズマイレブンとしての、劇的すぎる第一歩を踏み出した葦考たち。

 

だが、あの極限状態で葦考の脳裏に焼き付いた「霞がかった俯瞰図」の正体が一体何なのか。

 

そして、この熱狂の先に待ち受ける『フットボールフロンティア』という山道が、どれほど残酷で険しいものなのか……。

 

茜空を見上げるこの時の雷門サッカー部は、まだ知る由もなかった。

 

 

第13話fin

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