転生したら、超次元技が存在しない世界だった件!   作:スライみゅ

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原作第3話 あみだせ必殺技!
第14話 闇夜で交差する兄妹(ふたり)


 

 

帝国学園との、あの凄惨な死闘が終わった放課後。

ボロボロになった雷門イレブンが重い足取りで解散しようとする中、部室の中にはツンとした消毒液の匂いが漂っていた。

 

 

「痛っ! ちょ、秋、それ沁みるって!」

 

「動かないの! ほんとにもうっ、いっつも無茶ばっかりして! 少しは見守る側の気持ちにもなってよねっ!!」

 

 

円堂先輩を叱り飛ばす木野先輩の賑やかな声をBGMに、私は不慣れな手つきで、葦考センパイの腕にガーゼを当てていた。

 

 

みんな満身創痍だけれど、円堂先輩と葦考センパイの怪我は、他のメンバーと比べても酷かった。

特に葦考センパイは、私から見てもひ弱で身体が頑丈そうには見えない。それなのに、強引にボールへ食らいつき、何度もに身を投げ出していたせいで、白い肌のあちこちが痛々しく擦り剥けていた。

 

 

「痛っ……! も、もうちょっと優しくしてよ、春奈……」

 

 

傷口を消毒するたび、センパイは情けない声を出してビクッと肩を跳ねさせる。

 

 

「痛いですか? ……自業自得ですよ。どうしてセンパイは、いつも自分からボロボロになりに行くんですか」

 

 

心配の裏返しで、思わず声がキツくなってしまう。

けれどセンパイは、「ごめんごめん」と力なく笑うだけだった。

 

 

その泥と血が滲んだ腕を見つめていると、不意に、私の脳裏に『ある選手』の姿がフラッシュバックした。

さっきまでこのグラウンドを支配していた、帝国学園のキャプテン。

赤いマントに、目元をすっぽりと隠す奇妙なゴーグルの男──鬼道、有人。

 

 

彼がピッチに響かせた冷たい声のトーン。

ボールを持った時の、立ち振る舞い。

それが……昔、生き別れた私の、実の兄に、どうしようもなく重なって見えた。

 

 

(まさか……ね。ただの他人の空似だよね......)

 

 

そうであって欲しかった。

だって、すごく優しくて、頼りになって、サッカーが大好きだった私のお兄ちゃんが、対戦相手を痛めつけるような、あんな酷いプレーをするわけがない。

 

 

でも、もしも本当に、あの人がお兄ちゃんなのだとしたら。

目の前で痛みに顔を歪めているこのお人好しなセンパイを、こんなにボロボロにしたのは……私の肉親ということになってしまう。

 

 

「……っ」

 

 

私は、カタカタと震えそうになる手を必死に抑え込み、黙ってセンパイの腕に真っ白な包帯を巻いた。

 

 

✤✤✤

 

 

帰り道。

葦考センパイは、全身の骨が軋むような痛みに耐えるように、足を引きずりながら私の隣を歩いていた。

 

 

「あー……明日、確実に筋肉痛で起き上がれないなぁ、これ……」

 

 

センパイの弱音を聞きながら、私はずっと下を向いて歩いていた。

頭の中は、あのゴーグルの選手のことでいっぱいで、足元のアスファルトしか目に入らない。

もし、あれがお兄ちゃんだったら?

私は、この人にどう顔向けすればいい?

 

 

「……春奈?」

 

 

ふいに、隣から優しい声が降ってきた。

ハッとして顔を上げると、葦考センパイが歩みを止め、心配そうな瞳で私を覗き込んでいた。

 

 

「どうしたんだよ? さっきからずっと下向いて。元気ないのか?」

 

「えっ!? あ、いや、なんでもないですよ!」

 

 

胸の奥を見透かされそうで、私は慌てて両手を振り、無理やり口角を引き上げた。

 

 

「そ、そうだ! センパイ、今日はお祝いです! 帝国から1点をもぎ取ったお祝い!

今日は特別に、私が晩御飯奢りますよ!」

 

「ええっ!? いやいや、後輩の女の子に奢ってもらうわけにはいかないって! そ、それに……あの1点は豪炎寺くんのおかげだし……」

 

「いいですから! ほら、何が食べたいですか? 遠慮しないで言ってください!」

 

 

半ば強引に背中を押すと、センパイは困ったように眉尻を下げて「うーん……じゃあ、ラーメンかな」と苦笑いした。

 

 

商店街の裏路地にある『雷雷軒』。

私たちはカウンターに並んで座り、湯気を立てる醤油ラーメンをすすった。温かいスープが冷え切った体にじんわりと染み渡り、どんぶりを空にする頃には、張り詰めていた私の心も少しだけ解けていた気がした。

 

 

――けれど、問題は店を出た後だった。

すっかり日が落ちた夜の帰り道。

オレンジ色の街灯の下で、センパイはふと足を止め、私の顔を真っ直ぐに見つめた。

 

 

「……で、本当は何かあったの?」

 

「え……?」

 

「春奈、ずっと無理して笑ってたでしょ」

 

 

ドキリッ、と心臓が大きく跳ねた。

センパイの静かで穏やかな瞳が、私の心の奥底の『不安』を、正確に見抜いていた。

 

 

(……言っちゃおう、かな)

 

 

喉まで出かかった。

あの帝国のキャプテンが、私の生き別れたお兄ちゃんかもしれないことを。

 

 

でも――。

 

 

『えっ……あの酷いことした帝国のキャプテンって、春奈のお兄さんだったんだ……』

 

 

一瞬、脳裏に最悪の想像がよぎった。

私を見る、センパイの冷たく幻滅した目。

その瞬間、私は無意識に息を呑み、一歩後ずさっていた。

 

 

ダメ。言えない。

もし本当にそうだとしたら、センパイたちをあんなに痛めつけた敵の妹が、のうのうと隣を歩いている。なんて、そう思われてしまうかもしれない。

 

 

頭では分かってる。

葦考センパイは底抜けに優しい人。

明らさまに距離を置かれたり、私を責めたりは絶対にしない。

でも、ほんの僅かな「嫌われるかもしれない」という可能性が、私には恐ろしかった。

胸がギューッと締め付けられて、息が詰まる。

 

 

「……なんでもないです」

 

 

私はふいっと顔を逸らし、精一杯の強がりで笑ってみせた。

 

 

「ただ、今日の試合が……怖かっただけです!

サッカーがあんなに危ないものだと思わなかったので!」

 

 

わざと明るく振る舞って話題を逸らす私を見て、葦考センパイは一瞬だけ、心配するように目を細めた。けれど。

 

 

「そっか......でも、帝国との試合(アレ)は、特殊なケースだと思うよ......?」

 

 

センパイはそれ以上深くは踏み込まず、ただ困ったように笑ってくれた。

強引に閉ざした心のドアを、無理やりこじ開けようとしない。その不器用な優しさが、今はたまらなく苦しかった。

 

 

✤✤✤

 

 

場所は変わり、音無家の自室。

制服のままベッドに倒れ込んだ私は、真っ暗な天井をただじっと見つめていた。

 

 

「あれは、本当にお兄ちゃん……なの、かな......?」

 

 

ポツリとこぼれた声は、静かな部屋の空気に吸い込まれて消えた。

 

 

あのゴーグルの奥の瞳は、どんな色をしていたんだろう。

どうしてあんなに冷酷で、相手を甚振るようなサッカーをしていたんだろう。

そもそも、本当に私のお兄ちゃんなのだろうか。

 

 

(もしそうなら、どうして……どうして葦考センパイたちを、あんなにボロボロにしたの……?)

 

 

答えのない問いが、頭の中をぐるぐると回り続ける。

 

あんなに身体がボロボロでも、優しく笑ってくれた葦考センパイの顔と、赤いマントのキャプテンの冷酷な声が、交互にフラッシュバックする。

私は布団を頭からすっぽりと被り、ただギュッと目を閉じることしかできなかった。

 

 

✤✤✤

 

 

同時刻。

夜の闇に沈む豪邸――鬼道家の自室。

部屋の明かりは落とされ、巨大なモニターから放たれる無機質な光だけが、一人の青年の影を暗闇に浮かび上がらせていた。

 

 

目元をすっぽりと覆う異様なゴーグルと、ドレッドヘア。帝国学園の絶対的な司令塔――鬼道有人。

 

 

彼は画面に映る帝国の選手たちの練習映像を見つめながらも、その脳内では、数時間前の『雷門高校』との練習試合の記憶を反芻していた。

 

 

咲山と成神のマークを純粋な身体能力(フィジカル)だけで抜き去り、規格外の跳躍力とキック力で放たれた強烈なバイシクルシュート*1で、帝国の守護神である源田からゴールを奪った、豪炎寺修也。

 

 

さらに、帝国の容赦のないシュートを何度浴びても、決して心が折れることなく立ち向かい続けた諦めの悪い男、円堂守。

 

 

「……司場、葦考」

 

 

静かな部屋に、鬼道の低い声が落ちる。

彼の脳裏に、もう一人の男のひ弱な背中が浮かび上がっていた。

 

 

フィジカルは最弱。

技術も素人に毛が生えた程度のレベル。

試合の大半を見ても、目を引くようなプレーをしていた印象はない。

 

 

──しかし。

豪炎寺がピッチに入った直後、後半二十分を過ぎたあの瞬間。

司場葦考(ヤツ)は自分にボールが入ると、まるで上空からピッチ全体を見下ろしているかのように、帝国(ウチ)の守備陣を誘導し、豪炎寺にアシストして見せた。

 

 

「豪炎寺に円堂、そして──司場葦考か。……思わぬ収穫があったな。それも2つも」

 

 

腕を組み、深くソファに腰掛ける鬼道の口元に、冷徹な支配者らしからぬ、微かな――だが確かな高揚を孕んだ笑みが浮かんだ。

 

 

自分の描いた完璧な盤面を狂わせる、未知のイレギュラー。司令塔としての本能が、久しぶりの『退屈ではない敵』の出現に歓喜しかけている。

 

 

「──っ! フンッ......まだサッカーでワクワク出来るのか、俺は。とっくにこの気持ちは、捨て切れたと思っていたんだがな......」

 

 

自嘲気味に呟くと同時に、鬼道はその笑みをスッと消し去り、いつもの氷のように冷たい表情へと戻った。

 

 

(義父さんとの約束を果たすには、公式戦での『たった1点の失点』すら許されない。俺に、純粋にサッカーを楽しむような……そんな甘い感情は必要ない)

 

 

開かれた窓から吹き込む夜風が、無造作に束ねられた髪を揺らす。

鬼道はふとモニターから視線を外し、窓の外の三日月へと目を向けた。その冷酷な戦術家の顔が、ほんの一瞬だけ、妹を想う一人の兄のものへと和らぐ。

 

 

「春奈、もう少しだ。必ず、お前を連れ戻す。もう一度家族として、一緒に暮らすために……」

 

 

雷門高校。今はまだ、帝国の前ではたとえ逆立ちしても勝機のない、ひ弱な小動物の群れに過ぎない。

だが、そのひ弱な小動物たちがやがて鋭い牙を剥き、自身の()を脅かす最大の存在になることを、この時の鬼道はまだ――予想すらしていなかった。

 

14話fin

*1
ゴールに背を向けた状態で、頭より高い位置のボールに対し、後ろに倒れ込みながらシュートを放つ高等技術。※オーバーヘッドキックのこと

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