転生したら、必殺技が存在しない世界だった件! 作:スライみゅ
【葦考side】
「……この試合は――」
切れた唇が引きつれ、声が掠れた。息を吸い直すと口の中に血の味が広がったけれど、僕は鬼道くんから目を逸らさなかった。
「――お前たち帝国が思ってる以上に……僕たちにとって、大事な試合なんだ……っ!」
グラウンドを借りられなくても、円堂は毎日ボールを持ってきた。誰も部室から出てこなくなっても、一緒に練習しようと誘い続けていた。
ようやく戻ってきてくれたみんなと、足りなかった仲間を集めて、今日、初めて11人でピッチに立てたんだ。
「ここで諦めたら……円堂が積み上げてきた全部が、無駄になっちゃうんだっ!!」
「葦考……っ」
背後から聞こえた声に振り返る余裕はなかった。握った拳を下ろせずにいる僕を、鬼道くんは冷ややかに見返した。
「威勢だけは認めてやろう。だが、それで何が変わる?」
足裏で押さえていたボールを、わずかに前へ転がす。その動きに気づいて身構えたときには、もう右脚が振り抜かれていた。
――ドゴンッ!!
僕は横へ蹴り出そうと、右足を伸ばした。けれど、ボールが触れたのは足の内側の端で、うまく面を作れない。弾かれたボールは、思っていたのとは逆へ跳ねた。
「あっ……!」
慌てて身体を捻ると、踏ん張っていた左足がもつれた。膝と両手を地面へつき、擦れた肘に痛みが走る。
そのすぐ後ろを、円堂の身体が横切った。
伸びたグローブの先から、ボールが逃げていく。円堂が地面へ落ちるのと、背後のネットが揺れるのが、ほとんど同時だった。
『入った! 司場が足を出したものの、ボールは雷門ゴールへ! 帝国、19点目です!』
顔を上げると、円堂が片手をついて起き上がっていた。その向こうで、得点板の数字が19対0へ変わる。
また、止められなかった。
唇を噛みかけ、痛みに顔をしかめる。その顔を覗き込むように、鬼道くんがこちらへ歩いてきた。
「いくら吠えても、結果は変わらん。まだ分からないのか?」
「黙れ!!」
円堂の声に、鬼道くんの足が止まった。
僕の隣へ来た円堂が、腕を肩へ回してくれる。支えられながら足をつくと、擦りむいた膝がひりついた。
「葦考、お前の気持ちは分かった。あとはオレに任せろ」
円堂は僕から手を離し、ゴールの前へ向き直った。土のついた両方のグローブを、胸の前で強く握る。
「このゴールは――絶対、守ってみせる!」
「……フッ、1度として守れていないがな」
鬼道くんの言葉に、僕は何も言い返せなかった。けれど、円堂は俯くこともなく、両手をパンッと打ち合わせた。
「まだ、たったの19点だ! 来いよ、帝国学園ッッ!!」
その背中を見て、僕もゆっくりと足を踏み出した。
✤✤✤
センターサークルへ戻る途中、仲間たちの顔が見えた。
壁山くんは膝へ両手をつき、宍戸くんも肩で息をしている。染岡はゴールから戻されたボールを拾ったけれど、抱え直す動きさえ重そうだった。
再開の笛が鳴り、僕たちは後ろへボールを下げた。だが、受けようとしたマックスくんへパスが届く前に、帝国の選手が割り込んでくる。
奪ったボールは、すぐに前へ送られた。壁山くんがどうにか追いつきかけたところで横へ出され、逆側から走り込んだ帝国の11番が足を合わせる。
円堂が身体を投げ出した。その手の先を抜けたボールが、ゴールの隅へ転がり込んだ。
『帝国、さらに追加点! スコアはついに20対0です!』
僕は戻りかけた足を止め、ネットの中のボールを見つめた。
20点。口に出すのも嫌になるような数字だった。
「……い、嫌だ」
右側から、細い声が聞こえた。
目金くんが、ゴールの前に倒れた円堂を見ていた。肩が小刻みに震え、後ずさった足が、地面を擦る。
「こんなの、もう……嫌だぁぁぁぁ!!」
叫んだ目金くんが、ピッチの外へ駆け出した。背中へ手を回してユニフォームを引き抜くと、白線の向こうへ放り投げる。
背番号10のシャツが、土の上へ落ちた。
『ああっと、目金がピッチの外へ! エースナンバーのユニフォームまで脱いでしまいました! 雷門、ここで1人少なくなってしまうのか!?』
引き留めようと口を開いたけれど、名前を呼ぶ前に、目金くんはベンチの向こうへ走り去ってしまった。
「無様だな」
鬼道くんの声が聞こえた。
円堂はゴールの中へ入り、ボールを拾い上げた。胸へ抱えたまま1度だけ息を整え、それから、僕たちへ顔を向ける。
「まだだ! まだ……終わってねぇぞっっ!!」
その声を聞きながら、僕は白線の向こうへ目をやった。
落ちたユニフォームのそばに、誰かが立っていた。
銀白色の髪が、風に揺れている。豪炎寺くんは背番号10へ目を落としたまま、しばらく動かなかった。
やがて腰を屈め、そのシャツを拾い上げた。
✤✤✤
「お、おい、誰だあいつ?」
「あんなヤツ、ウチのチームにいたか……?」
観戦していた生徒たちの間から、ざわめきが広がった。
豪炎寺くんは雷門のユニフォームに袖を通すと、そのまま白線を越えた。周囲の視線を集めながらピッチを真っ直ぐに歩き、センターサークルの中で足を止める。
『おや、彼はもしや……昨年のフットボールフロンティアで、1年生ながら大活躍した、豪炎寺修也! その豪炎寺が、雷門のユニフォームを着ています!!』
角間くんの声に、僕は目を見開いた。
来てくれるのか。ずっと外から見ていた豪炎寺くんが、僕たちと一緒に。
「ちょっ、待ちなさい! 勝手に入っては困ります! 君はうちの部員では――」
冬海先生が慌ててピッチへ駆け込んできた。けれど、豪炎寺くんの前まで来たところで、鬼道くんが口を開く。
「――いいですよ、俺たちは。これは練習試合です。こちらに異存はありません」
冬海先生が言葉に詰まった。その横で審判が豪炎寺くんへ近づき、目金くんとの交代であることを確かめる。
「では、帝国学園が了承したため、選手交代を認めます」
その声を聞いて、豪炎寺くんが円堂の方へ顔を向けた。すぐそばで、鬼道くんの口元がわずかに上がる。
その顔を見て、僕は思い出した。
木陰へ向けて、出てこいと呼び掛けていた声を。ゴールが空いていても、わざわざ円堂へボールをぶつけ続けていた、あの攻め方を。
もしかして、初めから、豪炎寺くんを試合に出すつもりだったのか。
そう思った途端、握った手へ力が入った。そんなことのために、円堂も、みんなも――。
「豪炎寺! やっぱり来てくれたか!」
円堂の声に、僕は顔を上げた。
近づいてきた豪炎寺くんへ歩み寄ろうとして、円堂の膝がわずかに折れる。豪炎寺くんがすぐに腕を伸ばし、その肩を支えた。
「おい、大丈夫か?」
「へへっ……遅すぎるぜ、お前」
円堂が笑った。豪炎寺くんも、ほんの少しだけ口元を緩める。
さっきまで、立っているだけでも苦しそうだった円堂が、嬉しそうにしていた。その顔を見た染岡がボールを拾い直し、壁山くんも膝から手を離す。
豪炎寺くんが来た。たったそれだけで、みんなが、もう1度前を向こうとしていた。
「かっけぇー……」
思わず漏れた声を、慌てて飲み込んだ。
僕が何度声を張り上げても、変えられなかった空気だった。それが、まだボールに触れてさえいない人の登場で、こんなふうに変わっていく。
あんなふうに、来てくれたと思ってもらえる人がいるんだ。
背番号10を見つめていると、嬉しいはずなのに、胸の奥が少しだけ痛んだ。
『雷門、目金に代わって豪炎寺が入ります! 20点差のこの試合に、何かを起こせるのでしょうか!!』
✤✤✤
【円堂side】
ピーッ!
再開の笛が鳴り、染岡から葦考へボールが渡った。近づいた宍戸へ繋ごうとするが、その足元へ帝国の6番が滑り込んでくる。
「宍戸っ!」
呼んだときには、もうボールを奪われていた。6番が鬼道へ預け、その前で11番が斜めに走り出す。
壁山が追おうと身体を向ける。だが、鬼道の足は止まらず、浮かせたボールが、その頭上を越えていった。
また、来る。
オレはゴールの真ん中へ戻りかけ、11番の動きに合わせて足を踏み替えた。膝を曲げるだけで太ももが張り、グローブの中には汗が溜まっている。
それでも、前を見た。
20点も取られたまま、終わりたくない。葦考があんなになってまで守ろうとしてくれたゴールを、今度こそ、オレが守るんだ。
「止めろ、円堂!」
右前方から飛んできた声に、ちらりと目を向けた。
豪炎寺が、守備に入らず、前へ走り出していた。こっちへ戻ろうとする仲間たちとは逆に、帝国のゴールへ向かって、迷いなく駆け上がっていく。
『おおっと、豪炎寺が上がっていく! ここで守備には戻らず、前へ走って行きます!』
あいつ――オレが止めるって、信じてるんだ。
「止めてみせるっ!!」
言葉とともに胸の奥が熱くなり、その熱が肩から両腕へ広がって、グローブの中の指先まで伝わってくる。疲れて重かったはずの身体が、軽くなる感覚があった。
この感覚には覚えがあった。
調子のいい日と同じ、頭の先から手足の指先まで自分の思い通りに操れる感覚だった。
目を戻すと、オレから見て左側へ走り込んだ11番が、落ちてくるボールに合わせて右脚を振り上げていた。近い側を塞ぐために寄せていた足を止め、腰を落として構える。
振り抜かれた足から、ボールが斜めに飛び出した。狙っているのは、オレの立つ側とは逆――ゴール右の隅だ。
「させるかぁぁあああっっ!!」
右へ踏み出し、地面を蹴った。伸ばした腕へ身体ごとついていくように、オレは横へ跳ぶ。
目の前を逃げていこうとするボールへ、両手を伸ばした。
――バシィッ!!
グローブへ収まった衝撃が、腕へ響いた。指を締め、肘を曲げながら胸へ引き寄せると、そのまま横向きに地面へ落ちる。
脇腹へ鈍い痛みが走ったが、両腕は緩めなかった。身体を丸めて抱え込み、ボールがこぼれないよう、胸へしっかり押しつける。
……止まった。
顔を上げると、すぐ向こうに白いゴールポストがあった。その内側へ飛び込もうとしていたボールは、今、オレの腕の中にある。
もう1度、視線を落として確かめた。グローブと胸の間に挟まったボールを見た途端、堪えきれずに声が出た。
「やった……止めたぞぉぉおおお!!」
✤✤✤
【葦考side】
「……なに、あれ……?」
ボールを抱えて顔を上げた円堂の輪郭が、山吹色の陽炎に滲んだように見えた。
驚いて目を凝らしたけれど、瞬きをした次の瞬間には、もう何も見えなくなっていた。円堂はいつもと同じ、泥だらけのユニフォームを着て、そこにいる。
(……見間違い、だよね。さっき、顔にボールが当たったし……疲れてるせいかもしれないし……)
自分へ言い聞かせるように考えたところで、角間くんの声が響いた。
『止めたぁ! 円堂が遂に、帝国のシュートをガッチリと受け止めたぁぁあああ!!!』
その声に、僕は円堂の腕の中へ目を戻した。
ボールが、ある。あれだけ止められなかった帝国のシュートを、円堂が両腕で抱き締めていた。
「円堂っ!!」
僕の声に、仲間たちの叫びが重なった。ベンチでは、片足を伸ばした半田まで拳を突き上げている。
20点を取られて、何度も倒れて、それでも立ち続けていた円堂が、初めて帝国のシュートを止めた。
さっき見えたもののことも、今は頭から追い出されていた。円堂がボールを抱えたまま立ち上がり、前へ顔を向ける。
「よーし! 反撃開始だ――っ!」
だが、豪炎寺くんの近くには、もう2人が寄っていた。4番が内側を塞ぎ、7番が肩を並べるように走っている。
「なっ、豪炎寺のマークに2人!?」
「何がなんでも豪炎寺にボールを渡さない気か!」
その声を聞きながら、僕は周囲へ顔を向けた。
右へ寄っていった帝国の選手たちと、戻り始めた味方の間に、空いた場所がある。そちらへ数歩走り、円堂へ手を上げた。
「こっちだ円堂!」
円堂と目が合った。
「――っ! 行け、葦考!!」
振りかぶった腕から、ボールが放たれる。僕の少し前で弾み、もう1度跳ねたところへ、足の内側を当てた。
止めきれずに転がったボールを追いかけ、それでも相手が来る前に、顔を上げる。
「染岡! 近くにいてほしいんだ!」
少し前にいた染岡が、こちらを振り返った。
「左サイドから、何とかして突き崩そう!」
「お、おう……!」
返事を聞いて、僕はボールを前へ蹴り出した。
✤✤✤
【染岡side】
司場が運ぶボールの内側へ、俺は走り込んだ。
6番が進路へ入ろうとしたところで、司場からパスが来る。止めずに前へ返すと、司場はその横を抜け、どうにかボールへ追いついた。
だが、6番もすぐに向きを変えた。司場へ並びかけ、足元へ視線を落とす。
「くっ……」
司場が身体を寄せられ、ふらついた。それでもボールと相手の間へ足を入れ、蹴り出されるのを防いだ。
去年、一緒に練習を始めた頃は、転がってきたボールさえ満足に止められなかった。今だって、こいつの技術も体力も、このチームじゃ下の方だ。
俺や半田ができることに、何度も手間取って、そのたびに、ごめんと頭を下げていた。
その司場が、まだ走っている。
口元には血が滲み、膝も肘も擦りむいていた。息は上がりきっていて、ボールを蹴り出すたびに、身体ごと前へ倒れそうになる。
それでも、俺に近くへ来いと言って、自分からボールを呼んでいた。
「……ったくよ」
俺は歯を食いしばり、もう1度、脚へ力を込めた。
こんな背中を見せられて、足が重いなんて言ってられるか。
6番を抜けないからって、足を止めていいわけがない。司場が奪われるまで、後ろで見ているつもりか。
俺は司場の内側へ回り込み、いつでもパスを受けられるよう、右手を上げた。
✤✤✤
【葦考side】
「はぁ……はぁっ……!」
染岡へパスを返そうとして、僕は足を止めかけた。すぐ横を走る帝国の選手が、僕と染岡の間へ入ろうとしている。
もう1度、2人でパスを交換しても、すぐに追いつかれてしまいそうだった。かといって、僕だけでこの人を抜けるとは思えない。
近くにいてほしいなんて頼んだくせに、その先を、何も考えていなかった。
ボールを取られないようにするだけで精一杯になり、相手の足元ばかりへ目が向く。慌てて蹴り出したボールを追いかけながら、僕はどうにか顔を上げた。
染岡が、少し前を走っていた。ゴールの近くには帝国の選手がいて、右の方では、豪炎寺くんにまだ2人がついている。
その並びが、頭の中へぼんやりと残った。
目を動かすたびに別々に見ていたはずの選手たちが、薄い1枚の絵の中に収まっている。その間に、誰も立っていない場所があることまで、妙にはっきり分かった。
まるで、少し高いところから、この辺りを眺めているような感じだった。
(……こっちへ、行けば)
理由を考えるより先に、足が動いた。
僕はゴールから離れるように、左の端へボールを運んだ。横にいた相手がついてきて、ゴールの近くにいた別の選手も、こちらへ寄ってくる。
その分、染岡の前が少し空いた。
僕は身体のそばで右手を動かし、ゴール前を指した。染岡がすぐに走る向きを変え、僕を追ってくる相手の向こうへ飛び出していく。
伝わった。そのことにほっとしたのも束の間、前から近づいてくる選手が、もうすぐそこまで迫っていた。
「真ん中を空けるな! 戻れ!」
鬼道くんの声が飛んだ。
ゴールの前に残っていた相手が、染岡を追いかける。その後ろにできた隙間へ、右から豪炎寺くんが走ろうとしているのが見えた。
あそこへ、届けたい。
追いつかれるより先に、僕は右脚を振り抜いた。
僕の蹴ったボールが、ゴールの前へ高く上がる。その先では、豪炎寺くんが、相手に囲まれたまま走り出していた。
行く手を塞ごうとした帝国の選手が肩をぶつけてきたが、豪炎寺くんは、自分の肩で押し返して前へ進んだ。相手がよろめく間に、もう横を抜けている。
もう1人の選手も慌てて追いかけたけれど、豪炎寺くんが加速するたび、その距離は広がっていった。
「おおおっ!!」
その先で、染岡が帝国の選手と並んで跳び上がった。ボールは2人の頭を越え、豪炎寺くんが走り込む方へ飛んでいく。
狙った場所には届きそうだったけれど、思っていたよりも高い。
「──あっ!」
届くのかと息を詰めた僕の前で、豪炎寺くんはゴールへ背を向けた。そのまま地面を蹴り、高く跳び上がる。
僕は思わず、顔を上げた。
豪炎寺くんが空中で身体を仰向けに倒し、左脚を頭の上へ振り上げる。染岡たちが届かなかったボールへ、その足が伸びた。
「はぁぁああああ!!」
――ドゴォォォンッ!!
左足が、ボールを蹴り抜いた。
宙に浮いた身体から、ボールが勢いよくゴールへ飛ぶ。帝国のGKが横へ跳びついたけれど、伸ばした手の先を抜け、白いネットへ突き刺さった。
『ゴォォォォォール!! 豪炎寺、豪快なオーバーヘッドキック! 雷門が、ついに帝国学園から1点をもぎ取ったぁぁぁ!!』
地面へ落ちた豪炎寺くんが、両手をついて身体を起こした。その後ろで、追いかけていた2人が足を止め、ゴールの中を見つめている。
僕も、口を開けたまま動けなかった。
高すぎたと思ったボールが、ゴールに入っている。あの人には、あんなふうに蹴れるボールだったんだ。
立ち上がった豪炎寺くんを見つめているうちに、ようやく、胸の奥から声が漏れた。
「……すごい」
「司場ぁっ! やったぞ!!」
染岡の声に振り向くと、握った拳をこちらへ向けていた。その顔を見て、僕もようやく頷くことができた。
遠くから、円堂の叫びが聞こえる。壁山くんたちも手を上げ、ベンチの半田が、座ったまま何度も拳を振っていた。
得点板の0が1へ変わり、20対1になった。僕たちが初めて、11人で繋いで取った、1点だった。
✤✤✤
帝国のGKが、ゴールの中からボールを拾い上げた。
それを見て、僕は、まだ試合が続いていることを思い出した。自分の陣地へ戻ろうと足を動かしかけたところで、鬼道くんが目に入る。
雷門のベンチへ、顔を向けていた。
何かに気づいたように足を止めたが、すぐに視線を外す。そのままゴールの前へ歩いていき、ボールを抱えたGKへ声を掛けた。
「これでいい。俺たちの任務は完了だ」
任務って、何だ。
眉を寄せた僕の前で、鬼道くんが審判へ向かって片手を上げた。
✤✤✤
ピッ、ピッ、ピーッ!!
「たった今、帝国学園側から試合放棄の申し出があったため、ゲームセット!!」
長い笛の音に、僕は審判へ顔を向けた。
終わった? まだ、時間は残っていたはずなのに。
『帝国が試合を放棄! これは実質、雷門の歴史的勝利です!!』
角間くんの実況が響く中、帝国の選手たちは、もう歩き始めていた。ゴールを守っていた選手が1度だけ豪炎寺くんへ目を向け、それから、鬼道くんの後へ続いていく。
やがて黒塗りの装甲車の扉が閉まり、重いエンジン音が響いた。車が校門の方へ遠ざかっていくまで、僕は、その場に立ったまま見送っていた。
「僕たち……やったんだ……」
口にした途端、膝から力が抜けた。
その場へ腰を落とし、後ろへ両手をつく。擦りむいた手のひらが痛んだけれど、もう立っていられなくて、そのまま仰向けに寝転がった。
見上げた空が、涙で滲んだ。
身体のあちこちが痛い。脚は重く、喉もひりついているのに、胸の奥だけが、いつまでも熱かった。
あの0が、1になった。
円堂が止めて、僕へ渡して、染岡が一緒に走ってくれた。その先で、豪炎寺くんが決めてくれた。
部室に集まっているだけだった僕たちが、今日は、同じボールを追いかけていた。
「……ははっ」
笑った拍子に唇が痛み、顔をしかめる。それでも、みんなの声を聞いていると、また口元が緩んでしまった。
やったぞと叫ぶ円堂に、仲間たちが答えている。僕は腕で目元を拭い、もう少しだけ、その声を聞いていた。
✤✤✤
しばらくして、僕は重い身体をどうにか起こした。膝についた土を払って立ち上がると、少し先に、円堂と豪炎寺くんがいた。
「よく来てくれたなぁ。これで、新生雷門サッカー部の誕生だ!」
円堂がグローブを外し、右手を差し出した。
「これからも一緒にやっていこうぜ、豪炎寺!」
豪炎寺くんは、その手へ目を落とした。
「……今回限りだ」
短く答えると、ユニフォームの裾へ手を掛ける。脱いだ10番を円堂へ渡し、差し出された手には触れないまま、僕たちに背を向けた。
円堂がシャツを受け取る。その間にも、豪炎寺くんは、ピッチの外へ向かって歩き始めていた。
「豪炎寺! 助かった、ありがとな!」
声を掛けられても、豪炎寺くんは振り返らなかった。その背中が遠くなるのを見ながら、僕は円堂の隣へ近づいた。
「……呼び止めなくて、いいの?」
せっかく、一緒にサッカーができたのに。
来てくれたときの嬉しそうな顔を思い出すと、円堂がそのまま見送っているのが、少し意外だった。
「いいんだよ! アイツは――豪炎寺は絶対にサッカー部に入ってくれる、そんな気がするんだ!」
円堂は10番のユニフォームを抱え直し、僕へ顔を向けた。
「また、一緒にやりたいよな」
「……うん」
頷いて、僕も豪炎寺くんの背中を見た。その後、円堂が僕の肩を軽く叩いた。
「さぁみんな! 見ろよ、あの1点を!」
円堂が指した先へ、仲間たちの顔が向いた。
得点板には、20対1の数字が残っていた。
20も取られたことは、なくならない。何度も奪われて、追いつけなくて、悔しくて仕方がなかったことも、僕は忘れられないと思う。
それでも、その隣には、1があった。
半田がベンチから身を乗り出し、染岡が僕の横で拳を握った。壁山くんも、風丸も、みんなが同じ数字を見ている。
円堂は僕たちを振り返ると、いつものように、大きく笑った。
「この1点が、オレたち雷門サッカー部の『始まり』だ!!」
「「おぉぉぉーーー!!」」
仲間たちの声に、僕の声も重なった。
喉が痛んで、思ったほど大きな声は出なかったけれど、誰かの後ろへ引っ込もうとは思わなかった。
僕も、ここにいる。
泥だらけのユニフォームを握り、みんなと並んで、もう1度、あの1点を見上げた。
第14話fin