転生したら、超次元技が存在しない世界だった件!   作:スライみゅ

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第15話 尾刈斗の怖い噂

 

 

 

帝国学園との凄惨な練習試合から、一夜が明けた放課後。

軋む扉を開けた先のボロボロの掘っ建て小屋――雷門中サッカー部の部室には、いつになく真剣な空気が漂っていた。

 

 

「帝国戦で、オレたちの問題点が分かった。」

 

「──と言うか、反省点以前に、みんな体力無さすぎ」

 

 

スマホから目を離さずにマックスくんが容赦なく言い放つと、僕たちは図星を突かれたようにズーンッと顔をしかめた。

未だに全身の骨が軋むような筋肉痛が、彼の言葉の正しさを嫌というほど証明している。

 

 

「ま、まぁ......体力作りは勿論なんだけど、ちゃんとフォーメーションを意識した練習もやるべきだと思うんだよ。」

 

 

苦笑いしながらも、円堂は話を続ける。

ホワイトボードに書き出したのは4-3-3のフォーメーション。俗に言うスリートップの陣形だった。

 

 

「それって、帝国戦の後半で使ったヤツでやんすよね?」

 

「ああ! 帝国に1点取れたこの形を、もっと練習するべきだと思うんだ!」

 

「でも、帝国から1点取れたのって、豪炎寺のおかげだろ? 円堂......お前、豪炎寺が入部すると決めつけて話してないか?」

 

 

半田の鋭い指摘に、円堂は「ゔっ……」と痛いところを突かれたように言葉を詰まらせる。

重苦しい沈黙が落ちかけたその時、「ふふんっ」と場違いなほど得意げな鼻息が聞こえた。

 

 

「豪炎寺君なんて居なくても、この目金がいるじゃないですか〜!」

 

 

目金が自身の眼鏡の(よろい)をクイッと押し上げ、後光でも背負っているかのようなドヤ顔を浮かべる。

 

「逃げたやつが何言ってんだよ......」

 

「逃げたのではありません。戦略的撤退をしただけです!」

 

 

半田のジト目でのツッコミに、目金はしれっと惚け倒した。

そのあまりの図太さに部室の空気が一瞬だけ抜けたが、一年生の宍戸がポツリとこぼした言葉が、再び現実を突きつける。

 

 

「でも、豪炎寺さん、カッコ良かったよな〜。円堂(キャプテン)、豪炎寺さんって、本当に呼べないんですか?」

 

「そうだよね。帝国から一点取ったのは豪炎寺君な訳だし。彼がいるのといないのとじゃ大きく戦力が変わると思うよ」

 

「今の俺達では、逆立ちしたってあんな風にはなれないっスからね……」

 

 

次々に豪炎寺くんの加入を求める声が上がる。

 

皆の気持ちは、僕にも痛いほど分かった。

……だって、豪炎寺くんのシュートは、僕たちのそれとは文字通り「規格」が違った。あんな理不尽なまでの圧倒的な威力を間近で見せつけられたら、誰だって忘れられるはずがない。

 

僕を含めたみんなの瞳には、天才へのどうしようもない「憧れ」と、自分たちへの「諦め」が混ざっていた。

 

──ただ一人を除いて。

 

 

「――あんなのは邪道だ……。俺が『本当のサッカー』を見せてやるッ!!」

 

ドンッ!!っと、パイプ椅子がひしゃげるほどの凄まじい音が、部室に響き渡る。

 

ビクッと肩を揺らす部員たちの前で、染岡が、鬼のような形相で立ち上がっていた。

 

「そっ、染岡!? どうしたんだよ、突然!?」

 

「豪炎寺はもうやらないって言ってんだろ?

円堂もみんなも、豪炎寺に頼りすぎだ!

入部する気の無いヤツを当てにしてんじゃねぇよ!」

 

 

その猛火のような怒鳴り声に、一年生たちがビクッと肩をすくめる。

 

 

「そ、染岡先輩……でも、実際にオレたちじゃ帝国には歯が立たなくて……」

 

「だからって、どこの馬の骨とも分からねぇポッと出のヤツに縋りつくのかよ!!」

 

 

染岡の怒号が、部室の空気をピリッと凍りつかせる。

 

 

「帝国から点を取ったのは確かに豪炎寺だ……。でもよぉ! あの絶好のチャンスを作ったのは司場だろ! 雷門には俺と司場の、二人のFWがいるんだ。もっと、今ここにいる俺達を信じろよ!!」

 

「(そ、染岡っ......。あ、あんまり引き立てられても、困るんだけどなぁ......あはは......)」

 

 

突然名前を出され、僕は息を呑んだ。

確かに僕が豪炎寺くんの得点をアシストしたけど、なんでアシスト出来たのか、なんであんな動きをしたのか、全く分からない。

そんな奇跡みたいなアシストをおだてられても、喜んでいいのか迷う。

 

「いいか、よく聞け! 雷門のエースストライカーはこの俺だ!

豪炎寺なんかに頼らなくたっていいことを、俺が証明してやるっ!!」

 

 

染岡の熱い訴えに、その場にいた部員たちが完全に気圧されていた。

その時――。

 

 

「みんなーお客さんよ! ......って、何かあったの?」

 

 

開かれた扉の向こうに、マネージャーの木野さんが立っていた。彼女は部室の尋常ではないピリピリ感に戸惑い、小首を傾げる。

すると、円堂は「いや、まぁ……ちょっとな」と、苦笑いで誤魔化す。

 

木野さんは「そう?」と口にすると、後ろにいる『誰か』に道を譲った。

 

 

「ごきげんよう」

 

 

そう言いながら、泥と汗の匂いが染み付いた部室に足を踏み入れたのは、

ウェーブの掛かった艶やかな赤茶の髪に、勝気な赤色のつり目を持った一人の美少女だった。

彼女は、一般の生徒とは違う、特注の赤いリボンとスカートが異彩を放っていた。

 

 

「うっ......臭いわね、この部屋......」

 

 

開口一番。彼女の口から放たれたのは、あまりにも容赦のない一言だった。

 

 

(な、なんかスゲェー失礼な()が入ってきたぁーー!??)

 

僕は思わず内心で叫んだ。

まじまじと見つめていると、彼女の視線がスッとこちらを向く。

その端正な顔立ちと、射抜くような凄まじい目力に、(こ、怖ぇぇぇ……!?)と、僕は小さく身をすくめた。

 

 

「こんな奴、何で連れてきたんだよっ!!」

 

 

見るからに苛立った染岡の質問に木野さんは「話があるって言うから......」と困ったような笑みを浮かべて言う。

 

 

「帝国学園との練習試合。廃部だけは逃れたようね」

 

「お、おう! これからガンガン試合していくつもりだ!」

 

 

円堂が鼻息を荒くして宣言する。その隙に、僕は隣の半田にこっそりと耳打ちした。

 

 

「ね、ねぇ......あの怖い女の人って誰なの......? 有名なの?」

 

「司場、おまっ......雷門夏未を知らないのかよっ!?」

 

 

半田の心底呆れた声に、僕は「うっ……うん……」と情けない声しか出せなかった。

 

 

「彼女は雷門夏未。理事長の娘で、雷門高校の生徒会長だ」

 

 

半田が周囲を気にするように声を潜め、僕の耳元で囁いた。

 

 

「校内のテストじゃ毎回トップ。全国共通テストでも常に上位層にいる秀才で、あの抜群の美貌だろ? 男女問わず校内にファンが山ほどいるらしい。それに……噂じゃ、生徒の身でありながら学校の経営にも携わってるって話だぜ?」

 

(せ、生徒の立場で学校の経営って……普通やるか、そんなこと!?)

 

 

半田の説明に、僕は思わず顔を引きつらせた。

 

 

(やっぱり、この世界の常識って、今でもよく分かんねぇ……!)

 

 

内心で激しくツッコミを入れていると、不意に、泥と汗の匂いが染み付いたむさい部室に、彼女の凛とした声が響き渡った。

 

 

「次の対戦校を決めてあげたわ」

 

 

ピンと張り詰めた空気の中、雷門さんは制服のスカートを僅かに揺らし、不敵な微笑みと共にそう告げた。

 

 

「次の試合っ!」

 

「もう一度、試合が出来るんですか!?」

 

 

その言葉に、円堂と僕を筆頭に、部員たちの顔がパッと明るくなる。

円堂を見てみると、瞳には抑えきれないワクワクとした光が宿っていた。

 

 

「……話を聞くの? 聞かないの?」

 

 

しかし、はしゃぐ僕たちを射抜いたのは、絶対零度の視線だった。

キリッと鋭く吊り上がった赤い瞳で見下ろされ、僕たちはカエルを前にした蛇のように、ビクッと身体を強張らせて口をつぐむ。

 

 

「ああ、悪い。それで、どこの学校なんだ? その対戦校は?」

 

 

円堂が慌てて尋ねると、雷門さんは艶やかな茶髪をサラリと揺らした。

 

 

「尾刈斗高校。試合は一週間後よ」

 

(オカルト、高校? ……なんか呪いとか使ってきそうで、名前からしてすでに怖いんだけど……)

 

「帝国の次は、尾刈斗高校かぁ〜! こう立て続けて試合ができるなんて、夢みたいだ。なぁ、葦考!」

 

 

不気味な響きに僕が背筋を寒くしている隣で、円堂は両拳を握りしめて無邪気に喜んでいる。

 

 

「う、うん……そうだね、円堂」

 

 

僕は曖昧に頷きながらも、腕組みをして立つ雷門さんの底知れぬ瞳を見返し、警戒心を丸出しにして口を開いた。

 

 

「ただの練習試合じゃないですよね? いくらなんでも次の試合を用意するのが早すぎる……何か裏があるんじゃ」

 

「……ふふっ、なかなか鋭いのね、アナタ」

 

 

僕の問いかけに、雷門さんは意地悪な、それでいてひどく可憐さのある毒を含んだ笑みを浮かべた。

 

 

「彼の言う通りよ。尾刈斗高校との試合で負けた場合──サッカー部は廃部よ」

 

「ま、またかよ……!」

 

「好きだね、廃部にするの……」

 

「勘違いしないでちょうだい。私はあくまで、この学校をより良くするために必要なことをしているだけよ」

 

 

冷たく言い放つ彼女に対し、ついに染岡が怒りの声を上げた。

 

 

「ふざけんな! オマエが出した条件*1をクリアした次の日に、また廃部を賭けた試合をしろってのかよッ!!」

 

「クリア? ふふっ、笑わせないでくれるかしら」

 

 

染岡の猛烈な怒鳴り声を、雷門さんは鼻で笑って一蹴した。

 

 

「私が帝国との試合で求めたのは『サッカー部は残すべき価値(・・)があるかの証明』よ。結果として帝国に勝利したとはいえ、それは相手が途中で試合を辞退しただけでしょ? 20対1なんて悲惨なスコアを出されておいて、サッカー部に残すべき価値があると言える?」

 

「ぐっ……!」

 

 

ぐうの音も出ない正論だった。

その鋭く冷たい言葉の刃に、染岡は悔しそうに歯鳴りを漏らし、部室は水を打ったように静まり返る。手も足も出なかった昨日の絶望感が、再び部員たちの胸に重くのしかかった。

 

 

「……でも、私も鬼じゃないわ」

 

 

沈み込む僕たちを見下ろしながら、雷門さんはふいによく通る声で告げた。

 

 

「どんな形であれ、帝国に勝ったのは事実。それを考慮して、尾刈斗高校との練習試合に勝てれば、サッカー部の廃部は完全に取り消し。……それに加えて、『フットボールフロンティア』への出場を認めてあげましょう」

 

「──っ!」

 

 

その単語が出た瞬間、部室の空気が爆発的に膨れ上がったのが分かった。円堂が、染岡が、全員が、弾かれたように顔を上げる。

 

 

「まぁ、せいぜい頑張ることね」

 

 

雷門さんは、呆然とする僕たちに背を向けると、コツッ、コツッ、と硬いローファーの音を響かせながら、悠然と部室を出ていった。

あとに残されたのは、彼女が持ち込んだ僅かな甘い香りと――僕たちの胸に火をつけた、途方もなく大きな『希望』だけだった。

 

 

✤✤✤

 

 

「フットボールフロンティア......」

 

「高校サッカー日本一を決める大会に、出られる……!」

 

 

円堂と僕は周波数が繋がったかのように、全く同じタイミングで顔を見合わせ、笑い合った。

 

 

サッカー愛好会時代からの目標。

それを、ついに叶えられるかもしれない。

 

 

負ければ廃部というプレッシャーはある。でも今は、そんな事よりも『フットボールフロンティア出場』という可能性が無性に嬉しかった。

 

 

僕と円堂を筆頭に、浮かれて喜ぶ部員たち。

ただ、その輪の中で染岡だけは、静かに、そして激しく闘志の炎を燃やし続けていた。

 

 

「……上等だ。オカルトだろうが何だろうが、俺が叩き潰してやる。さっそく練習だァァアアアッッ!!」

 

「で、でも染岡さん。今日もグラウンド使えませんよ?

またランニングでもするんですか?」

 

「バカヤロウ! 学校のグラウンドが使えねぇなら、鉄塔広場や河川敷でやりゃいいだろうが! ごちゃごちゃ言ってねぇで宍戸(オマエ)も着いてこいッ!!」

 

「ひぃ〜っ!!」

 

 

染岡は乱暴に部室の扉を開け放つと、宍戸の首根っこを引っ掴み、自分自身のプライドを証明するために誰よりも早く駆け出していった。

 

 

✤✤✤

 

 

場所は変わり、河川敷のグラウンド。

来週に急遽決まった尾刈斗高校との練習試合に向けて、僕たち雷門サッカー部は猛練習に励んでいた。

だがその中でも、一際異様な熱を放っている男がいた。

──染岡だ。しかし、彼のその熱は、明らかに空回りしていた。

 

 

「寄越せッ!!」

「俺が撃つ!!」

「全部、俺に集めろォッ!!」

 

 

パスを回す連携練習にも関わらず、完全に独断専行。フリーの仲間を無視して、あえて難しい状況から無理やりシュートを放つ。

終いには、相手に強引なタックルを仕掛けてボールを奪い取るという、目に余るラフプレーの連続だった。

 

 

「ぐへぇっ……!」

 

「おい、大丈夫か葦考! 立てるか?」

 

 

染岡の強引なチャージをまともに食らい、ボールを刈り取られた僕は無様に尻餅をついた。

そんな僕の元へ円堂が慌てて駆け寄り、手を差し出してくれる。

 

 

「痛つつ……。なんか変だよ、染岡。いくらなんでも気合が入りすぎっていうか、明らかにラフプレーが目立つよ……」

 

「ああ……」

 

 

僕の言葉に頷き、円堂は息を荒らげる染岡へと向き直った。

 

 

「どうしたんだよ、染岡!!?」

 

「クソッ……!! こんなんじゃダメだッッ!! こんなシュートじゃ、『アイツ』に勝てねぇ……!!」

 

 

染岡は地面をバンバンと叩きながら、忌々しそうに吠えた。

『アイツ』――豪炎寺修也。

染岡の脳内には、帝国戦で見せつけられたあの圧倒的なシュートの残像が、強迫観念のようにこびりついていた。

 

 

「……一旦休憩しようぜ、染岡。このままじゃ怪我しちまうぞ?」

 

「……チッ。分かったよ......」

 

円堂が冷静にストップをかけると、染岡は舌打ちをしてボールを蹴り飛ばし、一人で水道の方へ歩いていってしまった。

 

 

僕と円堂は重い空気を引きずりながらベンチへ戻ると、目の前に冷えたスポーツドリンクが、スッと差し出された。

 

 

「あっ、ありがとう木野さ──」

 

「──いえいえ、どういたしまして!」

 

「……って、なっ、なんで春奈が此処に!?」

 

 

ドリンクを受け取ろうと顔を上げた僕の視線の先――そこにいたのは、いつもの聖母のような笑み浮かべるマネージャー──木野さんではなかった。

首から一眼レフカメラを提げ、満面のドヤ顔を浮かべる春奈だった。

 

 

「私は雷門サッカー部専属の『情報屋(スポーツジャーナリスト)』ですよ! 日々、サッカー部の練習をチェックするのは当然です!」

 

 

えっへん!と胸を張るように高らかに答える春奈。

 

 

「それに、昨日の帝国戦での劇的勝利! あの熱気の余韻が冷めないうちに、ぜひとも選手たちに独占インタビューをしたいんです!」

 

 

目をキラキラさせて迫ってくる彼女に、僕は呆れたように深く息を吐き出した。

 

 

「また勝手なこと言って……。でも、悪いけどインタビューは、今日はやめといた方がいいと思うよ」

 

「えっ?」

 

 

僕はベンチに座ったまま、グラウンドの端――水道の蛇口を全開にして、頭から乱暴に水を被っている染岡の背中をチラリと見やった。

夕暮れの逆光に沈むあの広い背中は、ただ怒りに任せて荒れ狂っているわけじゃない。

 

 

同じFWだからこそ、嫌でも分かってしまうのだ。

あれは、『豪炎寺くんの幻影』――昨日見せつけられたあまりにも残酷で圧倒的な才能の差に、怯え、焦り、自分のプライドを粉々にされまいと、必死に食らいつこうと強がっている姿だった。

 

 

「……染岡、帝国戦が終わってからずっとあんな感じなんだ。次の試合が決まって焦ってるんだと思うんだけど……僕じゃ、気の利いた声もかけられないし……」

 

「葦考センパイ……」

 

 

僕が情けなく俯きながら事情をこぼすと、春奈もグラウンドの只ならぬ空気を察したのか、スッと表情を引き締めた。

 

 

「さっき、木野先輩からも少し聞きました。次、『尾刈斗高校』と練習試合をするんですよね……」

 

「うん。どんな相手か分からないけど、この試合に勝てばフットボールフロンティアに出られるんだ。絶対に負けられないよ」

 

 

僕が両頬をパチンと軽く叩き、無理やり気合を入れ直して答えると、春奈はフッと声を潜め、もったいぶるようにジリッ、と距離を詰めてきた。

 

 

「木野先輩もそうでしたけど……葦考センパイも、尾刈斗高校の『怖い噂』を知らないんですか……?」

 

「こ、怖い……うわさ......??」

 

 

いつもの元気な声から一転、まるで怪談でも語るかのように一段落とした低いトーン。

僕は思わずビクッと肩をすくめる。

その言葉にタイミングを合わせたかのように、グラウンドを吹き抜けた生ぬるい風が、妙に薄気味悪く、僕の首筋を撫でていった。

 

✤✤✤

 

数分後。

休憩に入ったベンチの前に、雷門サッカー部の面々が集まっていた。

その中心で、春奈が分厚い手帳を片手に、もったいぶったような口調で尾刈斗高校の『怖い噂』について説明を始めている。

 

 

「噂によると……尾刈斗高校と試合をした選手達は、なぜか三日後に全員が高熱を出して倒れるとか。尾刈斗が負けそうになると、突然ものすごい強風が吹いて、試合が中止になっちゃうとか……」

 

「へぇー。高熱に、すごい風が吹く、か……」

 

 

真剣な顔で手帳を読み上げる春奈に対し、円堂をはじめとする選手のほとんどは、まるで他人事のように「ふーん」と気の抜けた相槌を打った。

 

 

「みんな、真面目に聞きなさい!」

 

 

緊張感の欠片もない一同を、すかさず木野さんが叱りつける。

ビクッとした円堂たちを横目に、春奈はさらに声を一段階落とし、まるで怪談でも語るかのように続けた。

 

 

「……一番怖いのは、これです。尾刈斗高校のゴール前までボールを運んで、いざシュートを決めようとすると――『足が動かなくなる』らしいんです」

 

「ひぃっ!? なにそれ! 完全に呪いの類いじゃん……!」

 

僕が腕をさすって身震いすると、円堂は「あっはっは!」と豪快に笑い飛ばした。

 

 

「噂だよウワサ! そんなことが現実で起きる訳ないだろ? アニメや漫画じゃあるまいし」

 

(いや、この世界……ゴリゴリの超次元サッカーアニメの世界なんだけどなぁ……!

ていうか僕、リアルに呪われるとか絶対嫌なんだけど!)

 

 

特大のブーメラン発言に、僕は内心で渾身のツッコミを入れた。

だが、このメタ的な事実を知っているのは僕だけだ。

 

 

「や、やっぱり豪炎寺さんを勧誘した方が──」

 

「──絶対いいでやんすよね!!」

 

 

怪奇現象の噂と廃部のプレッシャーに耐えきれなくなった少林寺くんと栗松くんが、縋るように声を上げる。

その瞬間、ベンチの空気が凍りついた。

 

 

「なんだ!お前ら!豪炎寺なんかに頼らなくても俺がシュートを決めてやるッッ!!」

 

 

染岡が弾かれたように立ち上がり、己の胸をバンッと強く叩いた。

その目は血走り、異常なまでの執念と焦燥感が渦巻いている。

だが、怯えきっている一年生たちの不安は、染岡の強引な気迫だけでは拭えなかった。

 

 

「でも、キャプテン。もし帝国との試合の時に豪炎寺さんが来てくれなかったら、俺達廃部だったんすよ。今回だって……」

 

「負けられない試合だって、さっきキャプテンも言ってたじゃないですか……」

 

 

宍戸くんと少林寺くんが震える声でこぼすと、円堂と染岡は真っ直ぐに彼らを睨み据えた。

 

 

「みんな、人に頼ってばかりいたら強くなれないぞ!」

 

「そうだ! ポッと出の奴におんぶに抱っこなんて、情けないと思わねぇのかッッ!!」

 

 

円堂と染岡からの、逃げ場のない正論。

痛いところを突かれた一年生たちは、完全に萎縮し、シュンと肩を落とした。

 

 

「「「で、でも……」」」

 

 

罪悪感と不安に苛まれ、言葉に詰まる少林寺くんたち。

その煮え切らない態度に、染岡は苛立たしげに頭をガシガシと掻いた。

 

 

「たくっ……司場! お前からもコイツらに何とか言ってやれよ!」

 

「ぼ、僕っ!?」

 

 

染岡さんからの急な無茶振りに、僕は思わず裏返った悲鳴を上げた。

 

 

(なんで僕に振るのさ!? 円堂や染岡みたいに、熱くてカッコいいことなんて言えるわけないじゃん! というか、僕が一番豪炎寺くんに来てほしいって思ってるのに!!)

 

 

全員の視線が一斉に僕に突き刺さる。

僕は冷や汗を滝のようにダラダラ流しながら、怯える少林寺くんたちの前に進み出た。

 

 

「え、えーと……しょ、正直に言うとさ。僕だって、豪炎寺くんが入ってくれたら万々歳だと思ってるよ! あのシュート、マジで凄かったし! 豪炎寺くんがいれば安心するし……できれば、完全に頼り切りたいっていうか……」

 

「おい司場ッ! お前、何を腑抜けたこと言って――」

 

「ひぃぃっ! ご、ごめんなさい! 怒らないで! で、でもさっ!」

 

 

染岡の怒声にビクッと首をすくめながら、僕は慌てて言葉を続ける。

 

 

「円堂や染岡みたいに、最初から『自分たちの力だけで勝てる』なんて思えないよね。僕だってめちゃくちゃ怖いもん! 尾刈斗の呪いとか絶対嫌だし、負けたら廃部とか、プレッシャー半端なくて逃げ出したいし……!」

 

「「「司場先輩……」」」

 

「でもさ、入るか分からない豪炎寺くんを待ってビクビクしてるだけで廃部になったら……絶対、後でスゲェ後悔すると思うんだ。

だから、今やれることをやってみるしかないっていうか……。 一緒に、カッコ悪くても、足掻いてみようよ!」

 

 

僕が情けなく、自嘲気味に笑いながらそう言うと、少林寺くんや栗松くんたちの強張っていた肩の力が、スッと抜けていくのが分かった。

 

 

円堂や染岡みたいに、自信満々にチームを引っ張るなんて、ダメダメな僕には逆立ちしたって出来ない。

でも、ダメダメだからこそ分かる『怖さ』や『弱さ』なら共有できる。

無理に背伸びしてカッコつけるんじゃなくて、僕なりの情けない等身大のやり方で、この部を支えていけばいいんだ。

 

僕が一年生たちと同じ目線で、小鹿のように震えながらも空気を和らげたのを見て、円堂は満足そうにニカッと笑った。

 

 

「よぉーし! みんな、休憩終わりだ! 練習再開するぞ!」

 

 

円堂の威勢の良い一言で、僕たちは再びグラウンドへと駆け出していった。

 

*1
帝国との練習試合に勝つ

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