転生したら、超次元技が存在しない世界だった件!   作:スライみゅ

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第17話 天才の贖罪(バツ)と、凡才の意地(プライド)

 

 

 

帝国学園のキャプテン・鬼道と春奈の複雑な関係を知り、河川敷でマネージャーとし入部する約束を交わした翌々日の昼休み。

騒がしい教室の喧騒から逃れるように、僕は購買の熾烈な争奪戦で勝ち取ったカレーパンを片手に、校舎の最上階へと足を向けていた。

 

 

ギィィ……と重苦しい音を立てて鉄扉を押し開けると、遮るもののない真っ青な空と、少し冷たい春の風が全身を包み込む。

 

 

よし、ここなら誰にも邪魔されずに――。

そう思って一歩踏み出した瞬間、心臓が跳ね上がって全身が硬直した。

 

 

「……」

 

 

屋上のフェンスに背を預け、腕を組んで空を見上げている男子生徒。

銀白色の鋭い短髪、稲妻を思わせる独特な眉。そして、ライオンに睨みつけられたかのような猛々しい眼光。

――豪炎寺修也が、そこにいた。

 

 

扉の音に気づいた彼が、ゆっくりとこちらに視線を向ける。

鋭い三白眼とバッチリ目が合ってしまった。

 

 

「お前は......」

 

「あっ……!」

 

 

僕は完全にパニックになり、大事なカレーパンを落としそうになりながら空いた手を全力でバタつかせた。

 

 

「ご、ごめんね豪炎寺くん! せっかくの休憩中に! す、すぐに戻るからさっっ!?」

 

 

脱兎のごとく踵を返そうとした僕の背中に、ひどく落ち着いた声が投げかけられた。

 

 

「……円堂(アイツ)に聞いたのか」

 

「えっ?」

 

 

ピタッと足が止まる。振り返ると、豪炎寺はいつものクールな表情のまま、ふっと短く息を吐いた。

 

 

「……」

 

 

なんだかよく分からないが「ここで逃げたら絶対に後悔する空気」を察知した僕は、小鹿のように膝を震わせながら、おずおずと彼の隣へ並んだ。

 

 

「誰にも言わないと約束しておきながら、これか......。だが、俺の事情を知ったところで結果は同じだぞ」

 

「え? えーっと……?」

 

 

僕の頭の上に盛大な疑問符が浮かんでいることにも気づかず、豪炎寺はフェンスの向こうを見下ろしながら、冷たく突き放すように言った。

 

 

「夕香のことを知って、何を言いに来たか知らないが……俺がサッカー部に入ることはない」

 

「……ゆうかって? え、なんのこと?」

 

「……?」

 

 

僕が本気で首を傾げると、豪炎寺の言葉がピタリと止まった。

彼はゆっくりとこちらを向き、鋭い目をすがめて僕の顔をまじまじと見つめる。

 

 

「……お前、円堂(アイツ)から何を聞いてここに来た?」

 

「ぜ、全っっ然! なんにも! 僕はただ、ここで静かにカレーパンを食べようかなと思って、来ただけで……」

 

 

僕が証拠の品を掲げると、豪炎寺のクールな表情が劇的にピシッと固まった。

限界までバツが悪そうにスッと視線を逸らすと、「……忘れてくれ」と額に手を当てて深いため息をつく。

 

 

(えっ、なに!? 今のって完全に、豪炎寺くんが一人で勘違いして勝手に墓穴掘ったってことだよね!?)

 

 

お互いの間に、いたたまれない空気が流れる。

屋上を吹き抜ける風の音と、僕が握りしめているパンのビニール袋がガサガサ鳴る音だけが、やけに大きく鼓膜を打った。

 

 

この微妙な空気をどうにかしなければ。

僕が焦って口を開きかけた時、豪炎寺が咳払いを一つして、強引に話題を変えてきた。

 

 

「……お前、あの時の怪我はもういいのか?」

 

「え?」

 

「たしか、一週間以上前だったか。河川敷で、不良に絡まれていただろ」

 

「えっ……なんで、豪炎寺くんがそれを──っ!?」

 

 

その言葉に、僕の思考がピタリと停止した。

帝国学園と戦う1週間ほど前、河川敷での出来事。

 

 

不良が蹴ったボールがまこちゃんに当たりそうになった時――凄まじいシュートでそのボールを撃ち抜き、不良たちを追い払ってくれた人がいた。

 

 

ボコボコにされて目が霞んでいたから、顔ははっきり確認できなかったけれど。まさか、あの時の『恩人』が――

 

 

「──も、もしかして……あの時助けてくれたのって、豪炎寺くんだったの!?」

 

「……ああ」

 

 

驚きで裏返る僕の声に、豪炎寺は短く肯定した。そして、痛みを堪えるように少しだけ遠くを見て続けた。

 

 

「お前と一緒にいたあの小さな女の子が……俺の妹の、夕香の姿と重なって見えたんだ」

 

「妹さん……? さっきもその名前が出てたけど、その子が、豪炎寺くんがサッカーをやらない理由に関係してるの?」

 

「……」

 

「あっ……ご、ごめん! 話したくないなら無理に話さなくていいんだ! ただ……」

 

 

僕が慌てて両手を振ると、豪炎寺は自嘲するように小さく息を吐き出した。

 

 

「……いや。話すよ」

 

「え……」

 

「夕香は、去年の夏に事故に遭ったんだ」

 

「事故......そ、その夕香ちゃんは、大丈夫なの......?」

 

「なんとか一命は取り留めた。だが……事故に遭ってから今も、まだ眠り続けたままだ」

 

 

所謂、昏睡状態。その重すぎる事実に、僕は息を呑んだ。

 

 

「で、でも……夕香ちゃんが事故に遭ったことと、豪炎寺くんがサッカーを封印することに、何の関係が……?」

 

「俺のせいなんだ......夕香が事故に遭ったのは」

 

「!」

 

「夕香が事故に遭ったのは、去年のフットボールフロンティア決勝戦の日だった」

 

「それって、あの帝国学園との……」

 

「ああ」

 

 

豪炎寺はフェンスを握る手にギリッと力を込めた。

 

 

「夕香は、決勝戦をすごく楽しみにしてくれていた。『必ず応援に行く』と約束して……スタジアムへ急いでいたあいつに、トラックが突っ込んだんだ」

 

「……っ」

 

「事故を知ったのは、試合の直前だった。俺は聞いてすぐに病院へ向かったよ。決勝のピッチと……共に戦ってきた仲間を見捨ててな」

 

 

彼がどれだけ自分の才能を愛し、仲間に期待されていたか。それを投げ打ってでも妹の元へ走った絶望と、残された仲間への消えない罪悪感。

 

 

「俺が雷門に来たのは、夕香が入院している病院が近いことと、父親が勤めているからだ。……でも、もしかしたら逃げたのかもな。仲間を見捨てて決勝戦をほっぽり出した負い目から」

 

 

絞り出すような声だった。

 

 

「夕香が苦しんでいるのに、俺だけのうのうとサッカーをやるわけにはいかない。だから俺は、あいつが目を覚ますまでサッカーを封印すると誓っていたんだ」

 

 

そこまで語ると、豪炎寺はふと表情を和らげ、不思議そうな声を出した。

 

 

「だが……お前と円堂が、帝国相手に何度ボロボロになっても諦めない姿を見ていたら……気づいた時には、ユニフォームを着てグラウンドに入っていた。何故なんだろうな。自分でも分からなかった」

 

「豪炎寺くん……」

 

 

僕は唇を噛み締めた。

彼がどれほどの十字架を背負って、あの帝国戦のグラウンドに立ってくれたのか。何も知らなかった僕は、以前、鉄塔広場で彼に酷い言葉をぶつけてしまったのだ。

 

 

「辛い話をさせちゃったね、ごめん......。僕、豪炎寺くんにそんな過去があったなんて知らなくて、鉄塔広場で怒鳴っちゃった」

 

「ふっ……円堂も同じようなこと言って俺に謝ってきたな」

 

 

豪炎寺は少しだけ口角を上げ、静かに笑った。

 

 

「円堂の時もそうだったが、不思議とお前にも話してしまった。木戸川清修(前の学校)に居た時も、誰にも話さなかったのにな……。お前と円堂は、どこか似てる気がする」

 

 

そう言い残し、豪炎寺くんは僕に背を向けて、屋上の扉へと歩き出す。

その去っていく刹那。

 

 

「豪炎寺くん! 不良に絡まれた時と帝国との試合、助けてくれてありがとう!」

 

 

僕が背中に向かって心からの感謝を伝えると、豪炎寺は照れ隠しのように、こちらを見ることなくスッと片手を上げて答える。

そしてそのまま、屋上から去っていった。

 

 

✤✤✤

 

 

すっかり冷めてしまったカレーパンをなんとか胃に流し込み、僕も屋上から降りる。

頭の中は、豪炎寺くんの抱える重すぎる過去のことでいっぱいだった。

重い足取りで階段を下りて廊下を歩いていると、不意に前方に立ち塞がる影があった。

 

 

「あら。ずいぶん暇そうな顔をして歩いているわね、司場くん」

 

「ひっ……! ら、雷門さん!?」

 

 

赤いリボンとスカートが特徴的な制服を着こなした生徒会長──雷門夏未が、腕を組んでこちらを見据えていた。

 

 

「ちょうど良かったわ。生徒会の書類を運ぶのを手伝いなさい」

 

「えぇ!? なんで僕が……! 他の生徒会の人に手伝ってもらえばいいじゃないですか!」

 

 

僕が抗議すると、雷門さんはやれやれと優雅に肩をすくめた。

 

 

「生徒会の人たちは、私に良いところを見せようとして仕事の取り合いになるのよ。結果的に仕事が遅れるから、貴方みたいな『暇そうで適当な人材』の方が都合がいいのよ」

 

「ひ、暇そうで適当って……」

 

 

有無を言わさぬ彼女の圧力に押し切られ、僕は分厚い資料の入った段ボール箱を持たされて、彼女の斜め後ろを歩く羽目になった。

 

 

「重っ……これ、何が入ってるんですか……」

 

「文句を言わない。……それにしても」

 

 

前を歩く雷門さんが、ふと振り返って僕の顔をジロリと見た。

 

 

「顔に『重たい悩み事があります』ってデカデカと書いてあるわよ」

 

「えっ」

 

「手伝いのお礼に、少し話くらいは聞いてあげてもいいわよ。一人で悩んで解決できるのは、私や父のような優秀な人間だけよ。貴方にそんな自己解決能力があって?」

 

 

かなり嫌味な言い方だけど、僕一人で悩んでいても答えが出ないという指摘は完全に的を射ていた。

 

 

(とはいえ、流石に豪炎寺くんのことは伏せて話そう。彼も誰かに言いふらしてほしくなさそうだったし……)

 

 

僕は咳払いを一つして、極力シリアスなトーンを作った。

 

 

「……これは、あくまで僕の友達の話なんだけど──」

 

 

そこから僕は、豪炎寺くんや夕香ちゃんの名前、フットボールフロンティア決勝戦の日に事故が起きたことなど、彼だと特定される要素をできるだけ削ぎ落として、オブラートに包みまくって雷門さんに相談した。

 

 

「――っていう感じで、その友達は妹さんのために自分の大好きなことを封印しちゃってるんだ。これって、どう声かければ良かったのか分からなくて……」

 

 

僕が話し終えると、雷門さんはフッと短く鼻で笑った。

 

 

「なるほど。豪炎寺くんの過去について悩んでいたのね」

 

「んなっ……!?」

 

 

僕は驚きのあまり、持っていた段ボール箱を危うく床にぶち撒けそうになった。

 

 

「な、なんでそれを……!? 僕、一言も名前なんて出してないのに!」

 

「ふふっ。これくらい、私の情報網があれば調べることなんて造作もないことよ」

 

 

雷門さんは歩みを止めず、前を向いたまま淡々と言った。

 

 

「帝国学園が彼を狙って、わざわざうちの弱小サッカー部に練習試合を組んできたことに気づいてから、失礼だけれど彼の身辺を調べせてもらったの。……彼の妹が事故に遭って、今も意識が戻っていないこともね」

 

(この人……マジで僕と同じ高校生か!? 理事長の娘の権力と情報網、恐るべし……!)

 

 

僕は底知れぬ彼女の背中に慄きながら、言葉を失った。

そんな僕の前で、雷門さんはピタリと足を止め、振り返って真っ直ぐに僕を見据えてきた。

 

 

「それで? 貴方は彼の話を聞いて、どう思ったのかしら」

 

「え……」

 

「同情した? 哀れに思った? それとも、そんな重い十字架を背負っているなら、もうサッカー部に誘うのは諦めようって、そう思ったのかしら」

 

 

鋭い、本質を射抜くような瞳だった。

試されている。直感でそう感じた僕は、抱えている段ボール箱をグッと持ち直し、屋上でずっと考えていた、たった一つの素直な感情を口にした。

 

 

「……僕が夕香ちゃんだったら。お兄ちゃんに、自分のせいで大好きなサッカーを封印なんて、して欲しくないって……そう思ったんだ」

 

「……ただの感情論ね。彼が背負っている『自責の念』は、そんな言葉で簡単に拭えるほど軽いものじゃないわ」

 

「分かってる。でも……!」

 

 

突き放すような雷門さんの言葉に、僕は思わず一歩前に出た。

 

 

「もしも夕香ちゃんが目を覚まして、豪炎寺くんが自分のせいでサッカーを辞めちゃったって知ったら……凄く、凄く悲しむと思うんだ。だって夕香ちゃんは、誰よりも豪炎寺くんがサッカーをしてる姿が好きだったみたいだから」

 

「……」

 

「豪炎寺くんが本当に妹さんのことを想うなら、立ち止まってる場合じゃない。また笑って『お兄ちゃんのサッカーかっこいいでしょ』って言えるように、前を向くべきだと......思うんだ」

 

 

一気にまくし立ててしまい、僕はハッと我に返った。

 

 

「あ、ご、ごめんなさい! なんか偉そうに……。ただの、僕の勝手な意見だけど……」

 

 

僕が慌てて視線を逸らすと、雷門さんは数秒の間、じっと僕の顔を見つめていた。

やがて、彼女の勝気な口元に、ふっと柔らかい――けれど、どこか悪戯っぽい微笑みが浮かぶ。

 

 

「……そう。貴方にしては、随分と芯を食った答えじゃない」

 

「えっ?」

 

「理屈や同情より、『もし自分が妹だったら』……そういう単純で真っ直ぐな言葉の方が、意固地になっている彼の耳には届くかもしれないわね」

 

 

雷門さんはクルリと背を向けると、再び優雅な足取りで歩き出した。

 

 

「さあ、急いで運んでちょうだい、『適当』くん」

 

 

「ええっ!? ちょ、待ってよ雷門さん!」

 

 

彼女の言葉の真意は分からないまま、僕は慌てて重い段ボール箱を抱え直し、雷門さんの背中を小走りで追いかけた。

 

 

✤✤✤

 

 

放課後。

いつものようにオンボロの部室の扉を開けると、そこには見慣れない――いや、よく見知った顔があった。

 

 

「新聞部の音無春奈。今日からサッカー部のマネージャーやります! 帝国との練習試合から皆さんのファンになってしまいまして、もう外から見てるだけじゃ物足りなくて、だったら私自身も、サッカー部に入った方が絶対に良い、そう思ったんです。新聞部で鍛えた取材力を活かして、皆さんのお役に立ちたいと思います。よろしくお願いします!」

 

 

木野さんの隣に立ち、元気よく頭を下げる春奈。

その言葉に、部室にいた一年生たちは「おおーっ!」と歓声を上げ、円堂は「よろしくな、音無!」と満面の笑みで歓迎している。

 

 

僕はその輪の端から、少し呆れたような、でもホッとした気分で彼女を見た。

一昨日の夕方、河川敷であんなに泣きながら約束したのだから、てっきり次の日にはの入部届を出してくるものだと思っていたからだ。

 

 

「春奈、てっきり昨日の今日ですぐ入るのかと思ってたよ」

 

 

春奈は「むっ」と頬を膨らませた。

 

 

「司場センパイ、新聞部の仕事を甘く見ないでください! 抱えていた記事の引き継ぎとか、機材の整理とか、お世話になった部長への挨拶とか……ちゃんと色々とケジメをつけてからじゃないと来られなかったんです!」

 

「ははっ、ごめんごめん」

 

 

筋を通す生真面目な彼女の姿勢に僕が笑みをこぼすと、春奈はふふっと悪戯っぽく口角を上げた。

 

 

「それに……一昨日の夕方、センパイからあんな『熱烈なラブコール』を受けちゃいましたし? 半端な気持ちじゃ入部できないなって思ったんです」

 

「んなーー!!?」

 

 

春奈の爆弾発言に、僕の声が情けなく裏返った。

 

 

「ら、ラブコール!? ちょ、ちょっと待って春奈! 人聞き悪すぎるよ! 僕はただ普通にサッカー部に誘っただけで……っ!」

 

 

僕が顔を真っ赤にして全力で両手をバタバタと振るも、時すでに遅し。部室の空気が一気にニヤニヤしたものに変わった。

 

 

「お〜? 司場、お前やるぅ〜!」

 

「ええっ、司場先輩、まさか音無さんに告白したでやんすか……!?」

 

「司場先輩、見かけによらず手が早いッス......」

 

「ち、違うってば!! 誤解! 完全に誤解だから! みんな信じてよ〜〜っっ!!」

 

 

一年生たちが囃し立て、僕は冷や汗をダラダラ流しながら首を横に振りまくる。

さらに、円堂までうんうんと腕を組んで前に出てきた。

 

 

「そうか! 司場の熱い言葉が音無の胸に響いたんだな! よーし、俺も負けてられないぞ!」

 

「いや円堂くんは絶対意味分かってないよね!? なんでそこで謎の対抗心燃やしてるのよ!?」

 

 

僕が息を切らしてツッコミを入れると、春奈は「あははっ!」とお腹を抱えて笑い出した。

昨日の涙が嘘のような、いつもの底抜けに明るい彼女の笑顔だった。

 

 

「はぁ......でも、これで木野さんも助かるよね?」

 

「うん! 音無さんが来てくれて本当に心強いわ」

 

 

僕の精神力(ライフ)と引き換えに、木野さんも嬉しそうに微笑んでいる。

これでマネージャーも二人体制になり、雷門サッカー部もいよいよ本格的なチームとしての形が整ってきた。

そんな和やかな空気の中、春奈が部室内をぐるりと見渡し、不思議そうに首を傾げた。

 

 

「あれ……? 一人足りなくないですか?」

 

「え?」

 

「ほら、あのピンク色の坊主頭で、ちょっと目つきの怖い先輩……」

 

「あー、染岡のことか! 確かに、部室(ここ)には居ないね」

 

 

春奈と葦考の疑問に答えたのは、モジャモジャ頭の宍戸だった。

 

 

「染岡さんなら、放課後すぐに『先に行く』って言って、一人で河川敷のグラウンドに向かいましたよ」

 

「河川敷に……?」

 

 

その言葉に、円堂の目がピカーッと輝いた。

 

 

「なんだ、染岡の奴もう練習始めてるのか! よーし、俺たちも負けてられないぞ! みんな、河川敷に行くぞ!!」

 

「「「おおーっ!!」」」

 

 

円堂の号令で、サッカー部の面々は台風のように勢いよく部室を飛び出していった。

僕は「ま、待ってよ〜!」と情けない声を上げながら、慌ててその後を追う羽目になった。

 

 

✤✤✤

 

 

ドサッ、という鈍い音が、夕暮れが近づく河川敷に響く。

 

 

「……くそっ!!」

 

 

染岡は、防球ネットに力なく跳ね返ったボールを睨みつけ、荒い息を吐きながら悪態をついた。

全身はすでに汗と泥で汚れ、太ももの筋肉が限界を訴えて悲鳴を上げている。それでも、彼の足は止まらなかった。

 

 

(違う……こんなんじゃねぇ……!)

 

 

何度力任せに蹴り込んでも、ゴールネットを揺らす音にはどこか「芯」がなかった。

 

 

染岡の脳裏には、帝国学園戦で目の当たりにした、あの忌々しい光景が焼き付いて離れなかった。

 

 

――圧倒的な跳躍、空中で弓のようにしなる身体、そしてボールの芯を完璧に打ち抜いた、豪炎寺修也のあの強烈なボレーシュート。

 

 

極限まで研ぎ澄まされた身体能力と、ボールの威力を100%引き出す完璧なインパクトだけが生み出した、理不尽なまでの破壊力。

 

 

自分こそが雷門のエースストライカーだという自負が、あのたった一蹴りによって粉々に打ち砕かれたのだ。

 

 

「あんなポッと出の野郎に……俺のポジションを渡してたまるかってんだッ!!」

 

 

焦燥と劣等感が、染岡の心を黒く焦がしていく。

彼が再びボールをセットし、血走った目でゴールを見据え、獣のように乱暴に地面を蹴ろうとした――その時。

 

 

「染岡。頑張ってるな」

 

 

不意に飛んできた声と共に、スパァン! と小気味良い音を立てて、転がってきたボールが何者かにキャッチされた。

振り返ると、そこには土手を下りてきた円堂と、僕たち雷門イレブンの姿があった。

 

 

「円堂……」

 

 

染岡は少しバツが悪そうに顔を歪めると、自嘲するように鼻で笑った。

 

 

「へっ、上手くいかねーよ……。なんかいけそうなのに、全然ゴールが決まらねぇ。これじゃストライカー失格だな」

 

 

自らを貶めるようなその言葉に、円堂はいつもの笑顔を消し、少し怒ったような、真剣な表情になった。

 

 

✤✤✤

 

 

その後、グラウンドでは風丸の的確な指揮のもと、一年生たちを含めた全体練習が始まった。

「いいぞ! もっとパス回してけ!」と風丸の声が響く中、僕と円堂くん、そして染岡の三人は、少し離れた土手の斜面に寝転がって夕空を見上げていた。

 

 

「無理するなよ染岡。今、お前に故障されちゃかなわないからな」

 

 

円堂くんが隣を見ながら言うと、染岡は「ふんっ」と鼻を鳴らした。

 

 

「あのバカでけぇタイヤで無茶な特訓してるお前にだけは、言われたくねーよ」

 

「ははっ、違いない」

 

 

円堂くんがカラカラと笑う。そして、赤く染まり始めた空に向かって手を伸ばし、ポツリと呟いた。

 

 

「俺、こないだ皆で試合出来て、すっげー嬉しかったんだ。……やっとサッカーらしくなってきたって思ったんだ。染岡と司場は、どうだ?」

 

 

話を振られ、僕が「怖かったけど……でも、楽しくもあったよ」と答えようとした時。

染岡が、ぽつりと重い口を開いた。

 

 

「……羨ましかったんだよ、俺」

 

「何が?」

 

 

円堂くんの問いに、染岡は赤く染まり始めた空を睨みつけるようにして答えた。

 

 

「豪炎寺だよ。あいつ、ピッチに出て来ただけでオーラが違った。一年生どもがあいつを呼んでくれって言う理由も、分かる……」

 

 

染岡は自分の泥だらけの手のひらを見つめ、ギリッと強く握りしめた。

 

 

豪炎寺(アイツ)がシュートを決めた時……あれが俺だったらなって、本気で思ったんだ」

 

 

僕は隣で静かに息を呑んだ。

確かに同じFWとして、あんな理不尽なまでの才能を目の前で見せつけられたら、そう思うのも無理はない。

 

 

「……それに、司場。俺はお前にも、素直にスゲェーと思ったよ」

 

「えっ!? ぼ、僕!?」

 

 

急に矛先が向いて、僕は思わず情けない裏声を出した。

染岡がゴロンと寝返りを打ち、鋭い目で僕を真っ直ぐに射抜く。

 

 

「豪炎寺のシュートを引き出したのは、お前からの完璧なアシストだった。俺がエースのくせに何もできずにいる中で……お前ら二人はたった一瞬で、帝国から点を奪いやがった」

 

「そ、それはたまたま豪炎寺くんにパスが通っただけで……!」

 

「謙遜なんてすんな。お前のパスは確かに精度の良いもんじゃなかった。だが、帝国の守備を誘導して、チャンスを作る動きと指示は、的確だった。あれは文句のつけようもねぇ、スゲェープレーだった」

 

 

染岡は悔しそうに顔を歪め、地面の草を力任せにむしり取った。

 

 

「……豪炎寺には絶対負けたくねぇ。それに司場、お前にも選手として負けたくねぇんだよ。俺ら、雷門のストライカーとして、チームを勝たせてやれる存在になりてぇんだ!!」

 

 

染岡の、その血走った目から伝わってくる「真っ直ぐすぎる悔しさとプライド」は、本物だった。

 

 

彼がどれだけ雷門のストライカーというポジションに誇りを持っているかが、痛いほど伝わってきた。

 

 

染岡の絞り出すような本音。

それを聞いた円堂くんは、ガバッと勢いよく身を起こし、ニカッと太陽のような笑顔を向けた。

 

 

「よし! ならお前のシュート、完成させようぜ! そいつで尾刈斗中に勝つんだ!」

 

「おまっ……簡単に言うけどよ」

 

 

染岡が呆れたようにため息をつく。

 

 

「試合まであと何日だと思ってるんだ。間に合うわけねぇだろ……?」

 

「だから頑張るんじゃないか!」

 

「は?」

 

 

思わず僕の口から、素のツッコミが漏れ、ズコッと盛大に肩の力が抜けてしまった。

 

 

(いやいやいや、『期間が短いから』イコール『頑張る』って、全然理屈になってねぇーー!!? 精神論で物理的な時間を捻じ曲げようとしてるよこのキャプテンーー!!?)

 

 

僕が心の中で全力で顔を引き攣らせていると、円堂くんはそんなことなど露知らず、真っ直ぐな瞳で染岡を見据えた。

 

 

「豪炎寺になろうとするなよ」

 

「え……」

 

「お前は染岡竜吾だ。お前には、お前の泥臭くて力強いサッカーがあるだろ? もっと自分に自信を持てよ!」

 

「なぁ司場! お前もそう思うだろ?」

 

「えぇ!? う、うん……」

 

 

急に話を振られ、僕はビクッと肩を跳ねさせた。

染岡の鋭い視線が僕に突き刺さる。

僕は冷や汗を流しながら、必死に彼のこれまでのプレーを頭の中で巻き戻した。

 

 

「そ、その……染岡って、ガタイがいいし顔も怖い(あっ言っちゃった)から、豪快なパワープレーをイメージしちゃうけど……」

 

「あ゙ぁん!?」

 

「ひぃぃ! ち、違う! 違うんだって!」

 

 

僕は両手をパタパタと振りながら、早口でまくし立てた。

 

 

「パスを受けてからのボールキープとか、シュートも直球じゃなくて、コースを狙うとか……実は、力任せに蹴るんじゃなくて、繊細で丁寧なシュートが得意そうな印象あったなーって! だからその、豪炎寺くんみたいなアクロバティックな強行突破は、そもそも染岡のプレースタイルに合ってないっていうか……!!」

 

 

言い切った後、僕は(ああああ絶対怒らせたぁぁぁ!)とギュッと目を瞑った。

 

 

だが、怒声は飛んでこなかった。

そっと薄目を開けると、染岡は雷に打たれたように目を丸くし、自分の大きな両手を見つめて固まっていた。

 

 

「……繊細で、丁寧な……シュート」

 

「そ、染岡……?」

 

「そうだった……俺の得意なプレーは、豪炎寺のような一人で突っ走る直球や、アクロバティックなパワーシュートじゃねぇ……!」

 

 

染岡がガバッと立ち上がった。

その顔には、先ほどまでの鬱屈とした迷いは一切なく、ストライカーとしての狂暴なまでの歓喜が浮かんでいた。

 

 

✤✤✤

 

 

僕たちは急いで土手を駆け下り、全体練習が行われているグラウンドへと戻った。

 

 

「半田! 俺に縦パスをくれ!!」

 

 

ペナルティエリアの少し外側。

染岡はディフェンダーを背負うような低い姿勢を取り、右手を高く突き上げた。

 

 

「──っ! なんだか良く分かんないけど、ほらよ、染岡!!」

 

 

半田が戸惑いながらも、染岡の足元へグラウンダーのパスを送り込む。

 

 

染岡はその鋭いパスを、分厚い背中で――ディフェンスの影野を背負いながら、足の裏でピタリと柔らかく収めた。

 

 

先ほどまでの力み切ったトラップとは別次元だ。

天性のフィジカルとボディバランスで、染岡はボールを完全に自分の支配下に置いている。

 

 

「うっ……奪えない……!」

 

 

当たり負けしてボールを取りあぐねている影野をフォローするため、巨漢の壁山もズシンッと染岡にプレスをかけに迫る。

 

 

だが、染岡はそれを見計らっていたかのように、裏に走っていた僕の足元へボールをポンッと落とし、素早く反転した。

 

 

重い扉が開くような、力強くも滑らかなターン。

ディフェンダー二人の死角を突くようにして、染岡はペナルティエリアの左内側――ゴールから約18メートル、左斜め40度の位置へと走り込んだ。

 

 

右利きの選手が、ゴールの右隅(ファーサイド)を狙うために体を最も自然に開ける、ストライカーにとって完璧な角度。

 

 

「司場、寄越せェッ!!」

 

「うんっ、染岡!!」

 

 

僕からのダイレクトのリターンパスが、染岡の足元に転がる。

 

 

染岡は極限まで集中力を高め、転がってくるボールの一点――ミリ単位の『芯』を、血走った目で鋭く見据えた。

 

 

豪炎寺のように、全身のバネを使って100%のパワーで直球をぶち抜くわけではない。

だが、威力を妥協するわけでもない。

 

 

「(捉える……! ボールの絶対的な中心を!! コレが、俺の、俺だけのシュートだ!!)

うらあぁぁあああっっ!!!」

 

 

雄叫びと共に、染岡の足の甲の内側(インフロント)が、ボールの真芯を完璧に、そして正確無比にこすり上げるように打ち抜いた。

 

 

バァァァァァァンッッ!!!

 

 

空気を切り裂く凄まじい破裂音が、グラウンドに轟く。

 

 

真芯を完璧に捉えたことで爆発的な推進力を得たボールに、インフロントの強烈な回転(カーブ)が加わる。圧倒的な力と、繊細な技の完全な融合。

放たれたシュートは、ただのカーブシュートではない。

まるで一匹の青き竜が獲物に体を巻き付けるように大きく曲がり、ありえないほど鋭いカーブを描きながら獲物(ゴール)を捉える──《青竜・曲球狙撃(ドラゴン・コントロールスナイプ)》!!

 

 

「なっ……!?」

 

 

GK(円堂)が懸命に腕を伸ばして横っ飛びする。だが、そのシュートは彼の指先を嘲笑うかのように直前で大きく逃げて曲がり落ち、ゴール右隅のネットへズサァァンッ!! と暴力的な音を立てて突き刺さった。

 

 

「……やった」

 

 

一瞬の静寂の後、グラウンドがどよめきに包まれた。

 

 

「すっげぇ……」

 

 

栗松が腰を抜かしたようにへたり込む。

 

 

「今までのシュートとまるで違う……」

 

 

風丸も、信じられないものを見るように目を見開いていた。

 

 

「な、なんか、威力も軌道も段違いだったぞ!?」

 

 

半田に至っては、あまりの衝撃に言葉を失いかけている。

 

 

「染岡!! すげぇシュートだったな!!」

 

 

円堂がゴールポストから跳ね起き、満面の笑みで染岡のもとへ駆け寄った。

 

 

僕も大きく息を吐き、足の震えをごまかしながら二人のもとへ歩み寄る。

 

 

「……す、凄いよ染岡。さっきは偉そうに煽っちゃったけど……豪炎寺くんのシュートと同じくらい、僕じゃ絶対に真似出来ない、とんでもないシュートだったよ……!」

 

 

僕が素直に白旗を上げてそう言うと、染岡は荒い息を整えながら、じっと自分の足元を見つめた。

 

 

「今まで、あんなシュート打てたことがねぇ。……新しい感覚を、確かに掴んだ気がするぜ!!」

 

「やったな、染岡!」

 

「ああ!」

 

 

興奮冷めやらぬグラウンド。

ふと、円堂くんが顔を上げ、ポツリと呟いた。

 

 

「あ、豪炎寺」

 

 

その言葉に、僕と染岡も視線を上げる。

夕日に照らされた土手の上、橋の歩道部分に、夕風に髪を揺らす豪炎寺くんの姿があった。

 

 

「なに!?」と染岡が顔をしかめる中。

豪炎寺くんは静かに橋の階段を降り、そのまま僕たちのいるグラウンドへと、迷いのない足取りで歩みを進めてきた。

 

 

第17話fin

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